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クーの迷宮(地下39階 土蟹・殺人蜂・ジュエルゴーレム戦) インターバル

「詠唱、噛むなよ」

「久しぶりだから、大丈夫かな」

「ちょっと、タイミングずれたらキャンセルになっちゃうんだからね!」

「キャンセルならまだしも、暴発したら死ぬから」

 どんな魔法使う気だよ。

「ちょっとおさらいしよ」

 子供たちが『クラウンゴーレム』と再戦する機会を得たのは、お昼休憩に入る間際のことだった。

 子供たちは伝家の宝刀『ゲイ・ボルグ』の全員参加バージョン、それでも簡易型の使用を決定した。倒すというより、自分たちが有する最大の矛の有効ダメージを見ておきたいといったところである。

 自信の回復。立ち位置の確認。具体的な呼び方はどうでもいい。子供たちは無意識に後退しないための理由を探していたのだった。

「自分たちはまだやれる!」と、必死に突破口を探している。

 初心者用の迷宮で、和気藹々狩りを楽しんでいてもおかしくない年頃なのに、なんで大人も青ざめる上級者向けの迷宮で苦汁を舐めているのか。

「みんな、おさらいはいい?」

「大丈夫」

「がんばる!」

「じゃあ、みんな位置について。ここからなら一方的に狙えるから」

「遠過ぎないか?」

「イカとやったときはこれくらい離れてたよ。ね」

「ね」

「あの時からわたしたちも強くなってる…… はずだから!」

 久しぶりに見る青色の魔法陣が金色に変わっていく。

 金環がはち切れんばかりに増大して、五本の巨大な槍が鋭く光る。

「発射!」

 魔法陣と槍が消えた瞬間『クラウンゴーレム』の身体のど真ん中に風穴が空いた。

「どっちだッ!」

 崩壊した身体がどう修復されるか、子供たちは望遠鏡を手に取り観察を始めた。

「ナーナ……」

「反応消えた……」

「あれ?」

 今回は僕もコアの位置は調べていない。子供たちと一緒に探そうとしていたのだが、ヘモジとオリエッタが結論を述べた。

「修復しない……」

「反応なし!」

 ミケーレとニコロが順番に判定を下した。

「呆気なかったな」

「……」

 子供たちの脱力振りが半端ない。

 想定していた第二次攻撃が不要になって、思い切り肩透かしを食らった。

「やる気満々だったのに!」

「ほら、威力判定しに行くよ」

 子供たちは枝や茂みを結界で強引に押しのけながら山の傾斜を滑り降りていった。

「待って!」

 僕はマリーとカテリーナを両脇に抱えて跳んだ。

「飛んでる!」

「しゃべると舌噛むぞ」

 着地の瞬間、風魔法で衝撃を和らげながら次の跳躍に備える。

 斜面を滑りながら衝撃を緩和し、逃がしきったところで再び跳躍!

「ずるいぞ。ふたりとも!」

 追い抜かれたヴィートが叫んだ。

「高い、高ーい!」

「速い、速ーい!」

 あっという間に先頭を走るジョバンニに追い付いた。

 そしてゴーレムの残骸が残る麓に一番に降り立った。

「降ろすぞ」

 ふたりを地面に降ろした。

 ふたりは興奮して頬を高揚させた。

「すごかったね」

「すごかった」

「びゅーんって飛んだね」

「飛んだね」

 ジョバンニを先頭に次々下りてきた。

「師匠、早過ぎ……」

 その割に息が全然上がってない。

 殿のフィオリーナも一分と遅れず下りてきた。

「全員いるな」

「はい」

 ゴーレムの残骸はコアを失ったことで結合力を失い砂と石に変わっていた。

「これじゃ、わからないわね」

 自分たちの攻撃がどれだけ効いたのか、こうなってしまっては判定は難しい。

「お腹空いた」

「アイテム回収したら、撤収だから」

「今日のお昼何かな?」

「昨日パスタ大量に買い込んできたみたいだからパスタじゃない?」

「ミートソースかな」

「ボンゴレかも」

「辛いやつかもね」

「あれ、手抜きっぽい」

「ミートソースならパスタだけでもいいよ」

「カテリーナはデザートいらないのか?」

「デザートは別腹だから。ね。お姉ちゃん」

「なんでこっちに振るのよ!」

 フィオリーナが赤くなる。

『クラウンゴーレム』を一撃で葬れたことで取り敢えず彼らの自信は保てたようだ。


 回収した宝石は珍しい色をしていた。

「この発色…… 凄いな」

 僕は日にかざしながら傷を確かめた。

「高く売れるかもな……」

 昨日、僕が倒した物に比べれば遙かに小さいが、炎のような赤み掛かった光沢を放っていた。

「取っておくのも一興か……」

 フィオリーナやニコレッタの嫁入り道具に加えてもいいかもしれないな。この赤はなかなかないぞ。

「金塊もあるよ。んー」

 漬物石程度だったが、重過ぎてニコロとミケーレだけでは持ち上がらなかった。

「大量だね」

「そりゃ『ジュエルゴーレム』と比べたら遙かにでかいからな」

「一箇所に集めたら転送するぞ」

 ニコロとミケーレは『身体強化』を全開にして金塊を転がそうとしたが、ニコレッタが『無刃剣』で四等分してほくそ笑んだ。

 他にも宝石や鉱物の結晶がポロポロ。質はバラバラだったが、銀銅鉛等々、鉱石も少しずつ手に入った。

 大きく損壊したが、一撃で仕留められた分、結果的に魔力の損耗が抑えられた格好だ。

「こういうラッキーもたまにはないとな」

「でもこれ、またインゴットにするんでしょう?」

 自分たちの仕事が増えたと子供たちは嘆いた。

「どうせなら鉱石は一種類にして欲しいよね」

「面倒臭い」

「そーだ、そーだ」

「それぐらいなら直接売っても構わないぞ」

「それは駄目! 修行にならないもの」

 フィオリーナが言った。

 なんだかんだ言って、その辺は貪欲なんだよな。

「銅や鉛じゃ、もうスキル上がらないだろう?」

「普段からの行いが大事なんです」

「さいですか」



「カルボナーラ?」

 子供たちは巨大チーズのホールの真ん中をくり抜いたなかにクリーム色のパスタを見た。

「これは……」

「なんの余興だ?」

 大きなホールを輪切りにした物がそのまま大きな皿と化してワゴンの上に載せられていた。

「バンドゥーニさんがお友達と狩りをしていて手に入れた品なんですけど、酔った勢いで輪切りになさったそうで…… こういうカットをされると売れないんですよね」と夫人は嘆いた。

 確かに、カットは水平方向に、しかも断面は見事に傾いていた。

 というわけで我が家で消費することになったらしい。

「チーズを袈裟懸けにするかな、普通」

「横に薙いだのかも」

「フェンリルの巣の宝箱かな?」

「多分そうだね」

「でも美味しそう……」

「ミートソースじゃないけど、勘弁してやるか」

「ナナーナ」


 大きいとは言え、全員分を一度に調理することはできず、最初の一杯は子供たち用に大皿に盛り付けられた。

 そして空になった凹みに新たにスピリッツを注ぎ、夫人は二杯目を作り始めた。

 注いだスピリッツに火を付け、チーズを溶かしている間に、台所から茹でたパスタとカリカリベーコンが入った手鍋を運んできて、火の消えたところに投入した。そして卵と粉チーズ、胡椒で味を調える。

 あっという間に空になった大皿に二杯目が盛り付けられた。

「ナーナ」

 ヘモジが皿を持ってウロウロするが、回ってきたのは数本のパスタとスープのみ。

「ピュイ?」

「キュルル……」

 ヘモジ特製フォンデュが、先にふたりに配られた。


 そして三杯目にしてようやくヘモジにも順番が回ってきた。

 デモンストレーションが面白かったのか、子供たちは自分たちもやりたいと言い出した。

 すると「助かるわ」と言って、夫人はその場を離れ、次のパスタを茹でに台所に消えた。

「火傷するなよ」

「ここだけやって」

「魔法使いがだらしないわね」

 ラーラが酒を投入して魔法で発火させた。炎が高く舞い上がった。

「……」

「前髪、焦げたよね?」

 子供たちは囁き合った。

 確かに焦げた嫌な臭いがする。

 ラーラは何も言わずに奥に引っ込んだ。

 そして「あーっ、焦げてる! 昨日カットしたばっかりなのに」と、台所の奥で悲鳴を上げた。

 子供たちも僕もヘモジもオリエッタも笑いをこらえるのに必死だった。


 炎が消えて、溶けたチーズと香りだけが残った。

 夫人の手によって、一気に食材が投入された。

 子供たちは大きなスプーンとフォークでチーズとパスタを一生懸命、絡めた。

 窪みの曲線をスプーンで削ぎ落としながらチーズを更に混ぜ込むから窪みも段々大きくなる。


 子供たちは何度も、お代わりした。

 間を置いて食べるからすぐお腹が空いて、いくらでも入ると思ったのだろうが、それは気のせいだった。子供たちは「しばらく見たくない」と愚痴をこぼす程、食べ過ぎていた。

 窪みも大きくなり、当初の二倍の量のパスタが一度に投入できるようになると、ようやく女性陣が手を出し始めた。

 子供たちは席を立ち、腹をさすりながら退場した。

 それでもデザートのプリンを忘れず、残さず食べたことは言うまでもない。



「ゆっくり行こ、ゆっくり」

 そう言いつつ午後の部の再開である。

 子供たちは不戦を誓った聖者のように、見事に邂逅を避けて進んだ。

 やる気のなさが、索敵能力の修練へと昇華されていった。



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