密談と在庫処分
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。m(_ _)m
「なんだ?」
出た先は工房下の地下倉庫だ。
「これなんだけど」
僕は厳重に封をした石の箱の組織結合を緩め、砂に戻しながら封を解いていった。
そして回収した光弾の砲塔を見せた。
「どうやって手に入れた?」
「迷宮で回収した」
大伯母は怪訝そうな顔をした。
「ゲートキーパーはミスして配置したと言ってたけど」
大伯母は何も語らなかった。
「これを利用しろってことなんだと思う」
「お前には『魔弾』があるからいらないがな」
大伯母は気付いていた。
重力魔法には強力な魔素を含んだ攻撃が阻害に有効だと。
「知ってたんだ」
「わたしを誰だと思ってる」
「で、どうなの? これ使えそう?」
有効なスキルを持つ者を当てにした戦線の維持は長期展望を考えると悪手である。スキル持ちの死去や不在、疲労や体調不良などで戦況がコロコロ変わるようでは話にならない。汎用性が重要だ。
敵の新種配備がどのような展望によるものなのか、短期決戦を意図したものであると決め付けるには時期尚早である。
「距離を稼ぐという点では有効な手段だ。距離さえ届けば『必中』やお前の『一撃必殺』などの命中補正系のスキルが使えるからな」
「じゃあ、ありなんだ」
「いいや。新種の奴は魔法を放った段階で自身を次元の壁の向こう側に追いやっている」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿も何もお前だって転移で亜空に緊急回避ぐらいするだろう?」
「そこまでヘマしたことないけどね」
似たようなことはついさっきあったけれど。あれは爆心から距離を取るためで、逃げ込むためじゃない。
でも、そうか。そういう使い方もできるんだよな…… 忘れてた。
「時空も歪むって聞いたけど。危なくない?」
「脱出ポイントをしっかり覚えておけば、ポイントが消失しない限り帰還は可能だろう。出と入りは一連のものだからな」
「結局、これは使えない?」
「新種だっていつまでも次元の隙間に隠れてはいられないだろう。出てきたときには有効打になるだろうが、その時は重力魔法の影響もなくなっているだろうから意味はない」
「やっぱり魔法自体は消極的な方法でしか止められないか」
「特攻しないで済むんだ。それだけでも充分有り難いだろう?」
「魔力消費は?」
「ガーディアンの出力では賄えないから、船に載せるしかないだろうな。それも反応炉並みの出力がある船だけだ」
結局、汎用性の足しにはならないわけだ。
「一発で特大魔石一個分とか?」
「距離と打ち出す物の質量にもよるな。それより我らには有効な手段がある」
「有効な手段?」
「ちびっ子ハイエルフだ」
「エテルノ様?」
「『エテルノ式発動術式』だ」
「敵の懐まで重力の影響を受けずに魔法を運べる」
「まさか…… もう試したとか?」
「新種を見付けるのに苦労したがな。色々試させて貰った」
何? 探して見付かるものなの?
「『浮遊魔法陣』の応用とかは?」
「当然試した。重力魔法を押し返す効果はあったが、こちらも効果を打ち消された。推進機能に障害が出た」
「引っ張られたって」
「浮いていられなくなったからな。幸い敵の魔法も乱れたから逃げ出せはしたが、投下タイミングとぶつかってしまってな」
「凹ませたわけだ」
「次元の隙間から出てきた段階で奴は使い物にならなくなっていたから、弾頭投下は余分だったかもしれん」
第二形態も転移後はよくガス欠になっていたな。この世界が魔素に溢れた世界ならそれでもよかったのかも知れないが。
「これを導入するのは悪くない考えだ。但し、導入するなら改良版だ」
爺ちゃんが改良した奴か。
「今、できる?」
「これを使ってか?」
「別に材料は」
「図面をやる。自分で造れ」
「いいの? 封印したもんだろ?」
「自主的に封印したんだ。お前が勝手にこれを使えるようにしたところで誰も責めやしない。それがたまたまエルネストの物と似通っていたとしてもな。但し、肝心な所はブラックボックス化しておけ。それが条件だ」
「ちょうど四十階層攻略も近いから。みんなが追い付いついて来るまでこれで時間を潰すかな」
「もう四十階層か」
「師匠も同行する?」
「なんだ、のけ者にする気か?」
「今から三十九階層まで攻略するの大変だろう?」
「移動だけなら容易かろう? 牧場までは攻略しておるしな」
あれは十一階層だろう。
「皆が揃うまでには追い付いて見せよう」
一拍妙な間が空いた。
「支払いでしょ、わかってます」
図面とのバーターだ。
「ついでに修理も頼む。お前がやった方が早い」
「言うと思った」
あの陥没を直すには相応のスキルがいる。何せミスリル製だ。ばらして、溶かして、板にして、なんてことしてたらドワーフでも日が暮れる。
「大丈夫だ。竜骨は死んでない」
「最後に一つ」
「ん?」
「探せばすぐ見付かるものなの? 『タートルタイプ』って」
「奴らの小規模な前線基地が渓谷砦の先にあってな。破壊してばらけられても困るので、こちらに余裕が出るまで敢えておよがせておいた所があったんだが、そこをつついた。案の定、増援が現れてな」
「基地はまだ?」
「あれは諸刃の剣だぞ。綺麗に飲み込んでくれた。兵員は第二形態が逃がしていたようだがな」
兵員の半分は巻き込まれたらしい。
「夢の跡か」
大伯母は目ざとく僕が材質高めに加工した宝石を陳列棚から拾い上げた。
「貰っていくぞ。開校式に付けていくアクセサリーを探してたんだ」
そう言いながら袖の下から金貨を取り出すと、僕の手のひらに落とした。
「原価でいいよ!」
明らかに貰い過ぎだ。
「今回はしくじった。迷惑料だ」
そう言うと欠伸をしながら自分でゲートを開いて出ていった。
「毎度あり」
僕も後に続いた。
翌朝、子供たちはいつになく元気だった。それもそのはず、今日はみんな杖と一緒に弓を携えていたからだ。新たなおもちゃだ。しかも自前で作った魔法の矢を携えていた。
「見てこれ、綺麗でしょう」
マリーとカテリーナがおそろいの弓を見せびらかした。
見るからに小さい。
「使えるのか?」
無駄にキラキラしている。弓自体は職人の手による物のようだが、変形を繰り返していくうちにデコレーションは剥がれていきそうだ。
「魔法の矢を自作する授業があってさ」
「せっかく作ったのに、危ないから廃棄するって言うんだよ」
「だから生徒全員分、貰ってきました」
鏃に使っている魔石の大きさからして、売り物にはならないのだろう。かと言って、魔法の矢は魔道具の一種。魔力を通せば発動する危険があるから、保管しておくわけにもいかない。
僕はマリーの矢筒から一本抜いて鏃の術式の構成を覗いた。
実戦用の術式が基本そのまま施してある。
距離を稼いだ分、威力が落ちる仕様になっているから、すべては鏃が内包する魔力次第という定番の術式だ。これなら初心者でも魔石の大きさを気にせず刻めるわけだ。子供たちの『必中』付きの弓なら、ある程度の威力は叩き出せるだろう。
僕は矢を矢筒に戻した。
「弓は?」
デコは光るが、自作じゃあるまい?
「備品作って貰うついでに作って貰っちゃった」
だったら備品使えよ。
「使えるのか?」
この程度でいいなら僕が作ってやるのに。弓に使われている素材の元は棍棒だ。元々粘り気のある素材で弓にしても折れにくいが、やはり高価な素材とは比べるべくもない。
「使えるよ。ちゃんと実習で試したもん」
「魔法付与バリバリだけどな」
ジョバンニが口を挟んだ。
「しょうがないじゃん。非力なんだから」
そうか。付与術式をカスタマイズするためか。それじゃ、備品を使うわけにはいかないな。
化粧部分に刻まれた魔法陣は年長組が施したものらしい。
弓を使っても魔力頼りとは、こりゃ如何に。
「感想言っていい?」
オリエッタが囁いた。
「なんだ?」
「たぶん矢が足りなくなると思う」
「ナーナ」
ヘモジも同意見らしい。残念ながら僕も同感だ。
用意した装備では『ジュエルゴーレム』に通用しない。そもそも鏃の魔石が小さ過ぎる。十割破壊力につぎ込んでもレベル六十近いゴーレムを破壊するのは容易なことではない。
力任せの戦い方は劣った装備でするものではなく、優れた装備でするものだ。
でも今回は勝利そのものを意図したものではなく、役に立たない在庫一式を処分するついでに弓の基本スキルを上げることが命題になっている。
それもこれも「三十九層は暇だった」という僕たちの感想が要因になっていた。
「コアの位置を見抜けないと面倒この上ない相手なんだぞ。いいのか、こんな余計なことしてて」
そばでにやけているラーラに言った。
「子供たちがやりたいって言うんだから、やらせて上げたら? トライアンドエラーは魔法陣構築の基本でしょ」
「強い相手でやることじゃないだろう」
「何も敵は『ジュエルゴーレム』だけじゃないでしょう?」
『土蟹』も同様だ。
「蜂しか倒せん」
「充分じゃない」
不要になったらいつでも倉庫送りにできるから、嵩張っても別に構わないけど。
「『殺人蜂』を狩る予定はないんだけどな」
僕たちは家を後にした。
「ヘモジ、お前まで付き合わなくていいんだぞ」
ヘモジは専用のボウガンをいつの間にか背負っていた。




