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レジーナ、帰還する

 倉庫で宝石を加工する。

 中の下の素材を中の上くらいの売れ筋の物に変えていく。お手頃よりちょっと上の価格帯を攻めるのが、コツだ。それを牧場で買い付けた高級布にくるんで、木箱に収める……

「あ、木箱がない」

 向こうの世界ではいつでも手に入る小さな木箱も、こちらの世界では嗜好品だ。木工師も今はそれどころではない。廃墟から引き上げた品で間に合わせているのが現状だ。

 しょうがないからなるべく綺麗な砂でなめらかな箱をこしらえる。販売は『ビアンコ商会』任せだから、ここまでこっちでするのも無駄なような気もするが。

 いくつかは倉庫の売り場にも並べておいて、買ってくれる人を気長に待つのも一興だ。

 ヘモジとオリエッタは回収した魔石を属性ごとに、いつもの木箱のなかに放り込む。そして自分たちの屑石をテーブルに広げて僕の手の空くのをじっと待つ。

 僕は自分の作業を中断してテーブルに向かい『鉱石精製』を使って、成分を分けていく。

「魔石、まとめるか?」

「ナーナ」

「お願い」

 ふたりは屑石を一つにまとめる行程を見るのが好きだったりする。もっと大きな魔石をさっきまで扱っていたにもかかわらず、ふたりの興味は尽きない。

 毎回、何が違うんだろうかと首を捻ってしまう。

「これはグラファイト」

 結構出たな。

 黒鉛は鉛筆の芯になる大切な素材だ。膠と混ぜて……

「そうだ。顔料と蜜蝋併せたらクレヨンができるんじゃないか?」

「ナァア!」

「買ってくる!」

「え? ちょっと!」

 ふたりは飛び出していった。

「やるともなんとも言ってないのに…… 大体、顔料なんて売ってるのか?」

 原料の粉末になる材料はここにもいくつかあるけど……

 僕は棚に置かれたインゴットや手元の宝石を見た。

「開校祝いにいいかも。生徒…… 何人いるのかな」

 クレヨンか……

 年長組は嬉しくないかもな。でもこういうのは記念だし。

 試しに手元の紫色の宝石から不純物を排除する。

 透明度が増した代わりに、色が薄くなった気がした。

 それを細かく粉砕。どこまでも細かく。色が戻ってきた。

「あ、入れ物」

 今立ち上がると、粉末と化した宝石の粉が四散してしまうので、ゆっくり、こっそり側にあった不純物で小瓶を造る。取り敢えずここに入れておいて、後でガラスの。

「ナ、ナーナッ」

 ヘモジとオリエッタが帰ってきた。

 上階からエレベーターが下りてくる。

「まずい!」と思ったのは後の祭り。隙間から吹き込んできた風がテーブルの上を舐めた。

 宝石の粉は霧散し、くすんだ小瓶だけが残った。

「ナーナ」

 ヘモジとオリエッタが上機嫌で鞄の中身をテーブルにぶちまけた。

 僕の視線は床の上を泳いだ。

 駄目だ、跡形もない。

「どうかした?」

「ん、いや、なんでも。それ、どこで買ってきた?」

「『ビアンコ商会』」

 中から出てきたのは顔料になる前の鉱石や宝石や石や魔物の骨や凝固した血、泥といった物だった。

「手に入る物まで買ってこなくてもいいのに」

 鉱石なんか売る程あるだろうに。

「ナナーナ」

 何が参考までにだよ。

「参考書も借りてきた」

 それは助かる!

 実際、どんな色が出るのか、出せるのか、素人にはぱっと見わからない。うまくすれば今後の参考にもなるからな。

 それにしてもなんでも商品になるんだな。これなんか、この近辺で普通に取れる石だぞ。


 僕たちは参考書を参照しながら、鉱石を高温で熱したり、骨を焼いたり、泥を乾燥させたりしながら、いろいろな粉末を造った。そしてそれを溶かした蜜蝋と混ぜてまた固める。

 すべての色をクレヨンにするのは手間だから、基本的な六色を選んだ。

 紙で巻いて、軽い箱がいいよな。

 早速ヘモジが床に試し書きをした。

「ナーナ」

「硬い?」

 赤色は硬いらしいのでオイルを足す。

「ナーナ」

 黄色は薄い? 顔料多めだな。

 六個の器に顔料とオイルを混ぜた蜜蝋を流し込んで放置した。生徒の数がわかったら続きをやろう。

 プライベート用の棚に保管してその場を離れた。



 子供たちが騒いでいた。

 新校舎完成の感動の余韻が未だ冷めやらぬ様子だった。

「思ったより時間、掛かってたみたいだな」

 これまで地下の大図書館を間借りしていたが、いよいよ学び舎が始動する。

 我が家のお膝元、北の岩場にある教会建設予定地の横に校舎は併設された。

 バルコニーに出て北側を覗き込むと簡素な平屋建ての校舎と平らな校庭が見えた。隣接する教会建設予定地とは仕切りがないから必要以上に校庭が広く思えた。ボール遊びのために崖側には高い塀が設けられていた。


 夕飯の準備を進める夫人に生徒数を尋ねた。

 すると保護者全員に配られた生徒名簿を取り出して見せてくれた。

「うちの子たちを含めて二十三人ですわね」

 うちの子たちとはカテリーナも含めた今目に入る子供たち全員のことだ。

「ありがとう」

 さっき作り置きした量では若干足りなさそうだ。僕とヘモジとオリエッタは足りない材料をざっと見積もった。いくつか足りない素材は明日商会で買い足そう。

 開校は明後日。迷宮探索の翌日である。保護者のたっての希望で、取り敢えず子供を預ける施設として機能する。

 理事長は何をとち狂ったのか、大伯母が務める。その下に姉さんや僕やラーラ、ロマーノさんたちの名前が列記され、婦人会が管理運営の母体として名を連ねる。教師陣は引退した冒険者などから募集し、既に大枠は決定済みだ。


「学校名は『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ小学校』よ」

「普通だ」

「一時は魔法学院付属にしちゃおうかって話もあったのよ」

 ラーラが言った。

「はぁあ? 魔法学院付属?」

「レジーナ様が理事だし、教えることなかったから結構、魔法とか普通に教えてたでしょう? 実際、うちの子たち無敵だし」

「あいつらは別だろう。一般生徒には基礎しか教えないんじゃ」

「朱に交われば赤くなるのよ。あの子たちと一緒にいて他の生徒がただで済むわけないじゃないの」

 そういうことか……

「もう何かしでかしたのか?」

「この間、休み時間に『巨大石蟹』を狩ってきたわ。運営資金の足しにって」

「子供が何考えてんだよ」

「いい子たちよね」

「食いたかっただけだろ」

「獣人の子たちも身体強化バリバリだって言うし、頼もしいわよね」

「不安だ」

 どこかで見た光景を思い出す。スプレコーンとか、スプレコーンとか、スプレコーンとか!

「『銀団』の未来は明るいわ」

「ちゃんと大伯母に鎖付けとけよ。あの人あれで結構むちゃくちゃだからな」

「あーッ」

 子供たちが立ち上がった。

「帰ってきた!」

「何が?」

「うちの船だよ」

「見えないぞ」

「もう陰に入っちゃった」

「迎えに行こうぜ。お土産あるかも」

 子供たちは階段を駆け下りていった。

「わたしも行ってこようかな」

「ナーナ」

「しょうがないな」

 夫人に後を任せて、僕たちも入り江に向かった。

「急ぐと階段踏み外すぞ」

「大丈夫、結界あるから」

「家のなかで使うか?」

「危機管理はできてるみたいね」

 ラーラが皮肉った。

 僕たちの到着と同時に船は入り江に入ってきた。


「……」

 これは一体……

「凹んでる!」

 マリーが叫んだ。

「ぶつけたんだ!」

「ミスリルだぞ。ぶつけたぐらいであんなに凹むかよ」

 桟橋の手前でヴィートとジョバンニが立ち止まる。

 綺麗な流線型を描いていたはずの船首部分が迫ってくる。隕石を落とされたかのように上部が大きく陥没していた。

「新造船なのに……」

「砲塔大丈夫かな?」

「ぶっ壊れてるに決まってるよ」

 ラーラも苦笑いした。

「すげーッ、どうやって壊したんだろう?」

「あの船の結界を破るなんて、やばいよね?」

「改修費は誰持ちになるのかしら? まだ引き渡されてないのよね?」

「そのはずだけど」

 みんな、軽口だ。

 でもそれは緊張の裏返し。

「今回の航海はこちらが付き合わせたようなものだからな。折半だ」

 桟橋に大伯母と数人が転移してきた。

 ケロッとした顔で拍子抜けだ。どうやら人的被害はないらしい。

 子供たちの緊張が解けるのがわかった。

 子供たちが一斉に大伯母に詰め寄る。

「ねーねー。なんで壊れちゃったの?」

「大師匠が壊したの?」

「タロスと戦ったから?」

「新種? 新種と戦った?」

「ねーねー。新種、どんなだった?」

 大伯母の顔が執拗な問い詰めに段々歪んできた。

 ざまーみろ。

 一緒に転移してきた連中が船の係留作業を始めた。

「宿題、増やしてやろうか?」

 子供たちが一瞬で黙った。

「それで?」

「疲れた。話は後だ」

 風呂に入りたいと言って一人先に出ていった。

「早急な対応は必要ないのかしらね?」

 ミスリル装甲の凹みを見ながらラーラが言った。

 普通、ここまで凹むことはない。しかも最強の結界が張ってあったはずなのだ。

「結界と装甲、どちらかケチってたら一撃で沈んでたかもな……」

 商会のクルーたちも眉間に皺をよせるような雰囲気はなかった。結果に納得しているように見えた。

 代表者がやってきて、今後の作業工程を大まかに説明して、商会専用のポータルの向こうに引き上げていった。

 外はいつの間にか真っ暗だ。

 セキュリティーを確認して、僕たちも入り江を後にした。


 すぐに食事になった。

 モナさんやイザベルも帰宅してテーブルに着いていた。

 メインディッシュはドラゴン肉のローストだった。

「肉、うまっ」

 ステーキとは違う柔らかな歯触り。

 子供たちは夢中で頬張った。


 そして食べ終わる頃、大伯母が茹でたジャガイモみたいになって風呂から出てきた。

 珍しく長湯だ。考えることが多かったようだ。

 今は何も言うまい。

 僕はそう思ったのだが、子供たちの好奇心はそれを許さなかった。


「あれはな。特殊弾頭を投下した後に、船が引き摺られてしまってな」

「自爆かよ」

「重力魔法の影響範囲を甘く見ていた」

 大伯母が見誤るなんて……

 重力魔法の射程は想像以上ということか。

「じゃあ、問題はないわけね」

「届けるつもりの一発を使ってしまったがな」

 船用の予備を代わりに置いてきたらしい。

 それにしても帰還が遅かったようだが。他に損傷でも?

「なっ! 火を吐いた?」

 ピューイとキュルルが火を吐くのを見て、大伯母は驚いた。

「こら! 家のなかで吐くんじゃありません」

 透かさずフィオリーナが割って入った。

「ピュー!」

「キュルルル!」

 かまって貰えて、逆に喜んでいる……

「『陸王竜』?」

「進化したんだよ」

「見た目はあんまり変わんないんだけどね」

「実在するみたいだよ」

「ほぉ……」

 それから開校の話に話題が移った。

 僕は話さなければいけない案件をいくつか棚上げにした。この場で話せる話題でもないし。



 自室に戻る大伯母を呼び止めた。

「ちょっと」

 言葉少なく、僕の開けたゲートに大伯母は踏み込んだ。



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