クーの迷宮(地下39階 土蟹・殺人蜂・ジュエルゴーレム戦) 下見と退屈
「出ない……」
オリエッタが僕の肩に顎を落とす。
「舌噛むぞ」
「うーん」
顎の下に自分の手を添えた。
「こんなに出ないものだったかな」
結晶キーがなかなか出ない。
「ナー」
気を取り直して、ヘモジは望遠鏡で、オリエッタは感覚を駆使して獲物を探した。
「この辺りにはもういない」
「ナナーナ」
足元に落ちている宝石を回収する。
「中の下、青色二つ。残念賞だな」
これ一個で普通は一ヶ月は遊んで暮らせる。精製、加工まですれば更に倍の値が付く。普通の冒険者ならきっと小躍りするぐらい嬉しいはずだ。
でも船だのなんだの持ってると、これじゃ一月、保たない。これを燃料費に充てても僕の船は浮くのがやっとだ。我が家の住人が所有するガーディアンも今では十機以上ある。常時稼働してるのはラーラとイザベルの機体と工房の作業用が二機。それとレンタルに出している運搬用の二機だが、これ一つじゃ、燃料代もままならない。
「まあ、いっか。たまには稼いで帰るか」
「ナーナーナ」
ヘモジの言葉にオリエッタが笑った。
「問題は敵が弱いことだって」
「確かに」
この退屈さの一番の原因はそこだ。
なんだかんだ言ってエルーダ迷宮で一番倒した相手は恐らく『ジュエルゴーレム』だ。金策にちょうどいい相手だったこともあるが、プライベートフロアという四十階層の特異さ故に利用し易かったのだ。
あの頃、僕のパーティーはもうラーラだけだった。婆ちゃんたちにも専用の結晶キーがあって、僕たちと同じ四十階層を探索することはできなかったのである。
婆ちゃんは自分たちの結晶キーを取り直すことも考えたみたいだけど、結晶キーは婆ちゃんだけの物ではない。パーティー全員の物だ。幸か不幸か他のパーティメンバーはリオナ婆ちゃんほど過保護ではなかった。力が及ばないと思うなら、僕とラーラが仲間を募って再チャレンジでも何でもすればいいというスタンスだった。
婆ちゃんはただ一緒に狩りがしたかっただけなんだよな。
四十階層を抜けるのに結局何日掛かったんだっけ。
『ジュエルゴーレム』はメインルートに余りいなかったけど、金策のために毎日帰りには寄り道したよな。
ヘモジが飽きるのも当然だ。
「このまま道なりだな」
なだらかな丘陵を街道がダラダラとしたカーブを描く。
そこをまっすぐ突っ切ると大きな廃城のシルエットが目に飛び込んでくる。
「こりゃ凄いな」
黄金色の麦畑の向こうに颯爽とした城が見える、はずだった。
『土蟹』の襲撃で城壁は完全崩壊。瓦礫が別の壁を形成していた。贅を尽くした城の上半分も倒壊して跡形もない。
「アンデッド、出てきそう」
「ナナーナ」
ふたりも辟易している。
「結局、東村と領主の軍勢はここで戦ったのか? 勝敗は見ればわかるが」
そういう理解でいいのかな……
子供たちが派手にやったせいだとはいえ、城にも駐留部隊がいたはずだ。
まさか残しておかなかったとか?
蟹を全て投入するとか、領主としてどうなんだ?
それとも勢いづいた東村の連中が強過ぎたのか?
そもそもあんな戦力を放牧地とは言え、民間に預けちゃ駄目だろう。しかもそこに重税を課すなんて、馬鹿なの? 馬鹿なんですか?
今となっては栄華の城もゴーレムの腰掛けだ。
間抜けな領主も物語なら許されるが、これが現実世界だったら笑えない。
僕たちは廃墟を見上げて大きな溜め息をついた。
「三十九階層って、こんなに疲れたかな?」
「マップの半分はいつも敵いなかったから」
「ナナーナ」
それはそうなんだが……
ストーリーなんて誰も追っちゃいなかった。入口の野営地は端から騒がしかった。
「なんか来た」
警告も適当になってきたな。
「でかいな……」
例の上位種『クラウンゴーレム』の登場らしい。
街道を下りてくる辺り、巡回でもしてるのかな?
「ナナナ」
「急所、教えろって」
「何、アレやるの?」
「ナナーナ」
僕は答えを待たずに銃口を向ける。
『一撃必殺』……
「あらー、頭のてっぺんだわ。わかり易ッ!」
「ナナーナ!」
冗談じゃないって?
ヘモジががっくりうな垂れる。
「どうせ、一撃」
オリエッタも同じ感想だ。
ヘモジはミョルニルを上段から振り下ろせば一瞬でけりが付いてしまう未来を予知して、やる気を失った。
「ナナナ」
はい、見送り決定。
ライフルで倒しても、回収しに行くの面倒だもんな。
「代わりに宝箱発見だ」
瓦礫のなかに埋まっていた。
罠がある分こっちの方がスリリングだ。
その罠も『迷宮の鍵』で一瞬だけどな。
周囲の瓦礫をどけながら近付いた。
カパッ。やけに軽い音がした。
「あ」
ここでミミックか!
結界に頭突きを食らわしたミミックは一瞬で昏倒。
驚いた僕は反動諸共、後退り、瓦礫に足を取られて、尻餅をついた。
「プッ」
泥を噛んだのでつばを吐いた。
「ナナーナ!」
ヘモジがミョルニルを宝箱に落として戦闘終了。
僕が尻を乾燥、浄化している間にヘモジがお宝を確認する。
「冒険はこうでなくっちゃ」
オリエッタが嬉しそうに言った。
「真っ先に逃げやがって」
「あのまま転んでたら、今頃オリエッタが乾かされてた」
ヘモジがケタケタ笑った。
お、尻も乾いたかな。
「ナナーナ!」
ヘモジが地団駄を踏んで怒った。
「どうした?」
僕とオリエッタもミミックの成れの果てを覗き込んだ。
「こっちも宝石か!」
それも粗悪品ばかり。
「嫌がらせか!」
僕も怒った。
「ゴーレムでさえ、あれだけの物を落とすというのに、まったくどういう了見だッ!」
「ナナナーナナ」
オリエッタが醒めた目で僕たちを見詰めた。
「似たもの同士……」
どこがだ!
憤慨した僕たちは結局、怒りを通りすがりの『クラウンゴーレム』にぶつけた。そして……
「倒さなきゃ、よかった」
「ナナーナ」
息を切らせながら回収品の元へ。進行方向とは真逆に後退した。
律儀に回収しなければいいのだが、何せ『クラウンゴーレム』だから。
大きな図体が消えた!
回収品はどこだ!
力の収束、一瞬キラッと光った。
「ナナーナ」
草むらの茂みを物ともせずヘモジが駆けた。
僕たちはヘモジが覗き込んでいる物を覗き込んだ。
「オーッ!」
上の中。加工すれば国宝級も造れる上玉を手に入れた。
「オリヴィアに売り付けてやろう」
僕とヘモジはニヤリと笑った。
「リオネッロ……」
「ん、どうした?」
身体中に白胡麻を振りかけた黒猫が情けない顔をこちらに向けた。
「ひっつき虫、取って」
鼻面にまで種子が付いていた。
「肩から下りなきゃいいのに……」
「下りたい気分だったの!」
「さいですか」
「ナーナ」
ちょっと早いけどもう昼だし、一旦帰還することにした。
「はい、取れました」
ひっつき虫は綺麗に消えていた。
オリエッタは身体を器用にくねらせ、全身のチェックを始めた。
昼食のいい匂いがあちこちから立ち込めてくる。
「転移するぞ」
家まで一気に跳んだ。
「あら」
子供たちがいた。
「ただいま」
「お帰りなさーい」
「学校は?」
「今日は早仕舞いなの」
「引っ越しするから」
ああ、そんな話してたっけ。
我が家のお膝元、北の岩場にある教会建設予定地の横に校舎が併設された。これまで地下の大図書館を間借りしていたが、いよいよ稼働するらしい。これから学校給食も始まるので、子供たちとこうして昼食を取るのも一日置きだ。
「師匠、どうだった?」
「『ジュエルゴーレム』倒したんでしょう? 回収品見せて」
「こら、席に着きなさい」
「ちょっとだけ」
僕は空いた机に、リュックから回収品をいくつか取り出して並べた。
子供たちは大きな宝石を手に取り、はしゃいだ。
「これ、おっきーね」
「指輪何個も作れるね」
「魔法の杖の先端にこれどうよ」
「ちょっと明る過ぎない?」
「いや、これくらい目立たないと駄目でしょ」
「師匠、この馬鹿、再教育お願いしまーす」
大爆笑が起こった。
「相変わらず賑やかね」
ラーラとイザベルが戻ってきた。
「モナさんは……」
「朝、お弁当持ってった」
忙しいんだな。
「いただきまーす」
「これ後で加工してくれない?」
テーブルに置いた青い宝石。『クラウンゴーレム』から回収した上の中だ。さすがお姫様、この手の見立ては相変わらずだ。問題は加工レベルだが、指輪ときたか。そこまで圧縮したら、上の上、まさに国宝級だ。
「何か刻んでやろうか?」
「そんな勿体ない! レジーナ様に頼むわ」
「……」
ひび入れといてやろうか?




