遠方より補給来たる
意外な人物が待ち受けていた。
僕とラーラ、ヘモジとオリエッタは口をポカンと開けたまま桟橋の上で立ち尽くした。
「エテルノ様?」
「なんで!」
「ナーナ!」
「長老! 長老!」
「久しぶりじゃな。皆、元気そうで何よりじゃ」
見掛けはラーラより幼く見えるが、この場にいる誰より年長であった。東ヴィオネッティー自由解放区領『パフラ』にあるハイエルフの総領事館の館長にして、ハイエルフの里の長老のひとり。美少女エテルノ様だ。因みに僕やラーラの魔法の師匠でもある。
「なんでここに?」
「エルネストと来たのじゃが、あやつは急用でな。荷物番じゃ」
「ビフレストで会うはずじゃ」
「だから急用じゃと言っておろう? お主たちの到着を待っていてはこちらが動けんのじゃ」
エテルノ様の後ろには大量の補給物資が……
「帰っちゃったんだ……」
どうせなら積み込みまで手伝って欲しかったのに……
「思ったより早かったの。お主からの知らせの後、リリアーナからも連絡を貰っての。お主たちを追い掛けるようにして町を出たよからぬ連中がいたとあったから心配しておったのじゃ」
「はあ……」
村の人たちに不審がられたりしてないだろうな?
「安心せい。飛空艇で運んできたようにちゃんと見せ掛けたわ」
僕の不安そうな視線に回答した。
「飛空艇!」
ラーラが飛び付いた。
「とっくの昔に引き上げたんじゃなかったの?」
「何を言っておる。要塞共々、錆びずに残っておるわ」
「ずるい! わたしたちにも使わせてよ!」
「何がずるいじゃ! 魔石がなくて泣き付いてきた者が何を言うておる? 運用には大量の魔石がいるんじゃぞ。一人前に稼げるようになってから言うことじゃ!」
「そっちはお爺ちゃんがいるからなんでも簡単に運び出せるだろうけど、こっちは両手分しか空きがないんですからね! 金塊見付けたって、ドラゴン狩ったって、全部運べないんだから!」
運べないというのはラーラの誇張だが、獲物を狩る度に時間が取られるのは事実である。転送に次ぐ転送。解体屋送りにするにも、修道院の物資転送サービスを利用するにも、狩りの中断を余儀なくされた挙げ句、法外な税金や手数料、お布施を支払わされるのである。
「確かに爺ちゃんのアレは反則だよな」
反則というより違法だ。
「『魔弾』みたいに一族なら誰でも取得できればいいのに」
血筋といっても誰でもというわけではない。
「アレは『魔弾』以上に魔力を食うからの。エルネストが取得できたのも偶然の産物らしいしの。まあ、同じ血を引いておるんじゃ。『万能薬』が潤沢に生産できるようになったら、精々習得に励むがよかろう。レジーナも魔力の補充さえできれば同系列のスキルを発動できたというしの。望みがないわけでもなかろう」
村の人足たちに荷の積み込みをして貰っている間に、ソルダーノさん夫妻は卸商仲間の元に向かった。
僕たちは運ばれてくるコンテナの仕分け作業を急いだ。
「そっちの木箱は格納庫へ。『ニース』の装備品だ」
リストと照らし合わせながら置き場所を指示していく。
モナさんが装備品の入ったでかい箱に飛び付いた。
「探し回ってもどこにもなかったのに。パーツがこんなに……」
ロメオ爺ちゃんも大概だ。『ニース』の諸々だけでも二、三機組めそうな勢いだ。
ヘモジとオリエッタが『ワルキューレ』を使って、パーツの入った木箱を次々甲板から格納庫に移していく。
「わたしの『ワルキューレ』は?」
「あんたの機体は『スクルド』でしょ!」
「えーっ、わたしも新型がいい!」
「アップデートと新型オプションで我慢しなさい。そうじゃ、ロメオから『ワルキューレ』のデーターを預かってくるように頼まれておったのじゃ」
僕は急いで作業中のヘモジたちを停止させると、特殊な記録装置でデーターを吸い出して、エテルノ様にそのまま手渡した。こちらの世界に来てからのほぼすべての活動記録が収められているはずだ。
イザベル用には入門機として『グリフォーネ』が用意された。
『スクルド』を頼んだのだが、さすがに初心者には無理とのことなのでスタンダードな汎用ユニット『グリフォーネ』が用意された。さすがにアレクス工房製の軽装甲ユニットではないが。『スクルド』にも転用可能な純正パーツだ。
魔石の入ったコンテナの搬入も終わると、日用品と食料の積み込みが始まった。
「あの箱はヘモジの農場で作った野菜じゃ。ヘモジ兄からのプレゼントだそうじゃ」
我が家で使っている野菜は購入品も含めてすべてヘモジ兄が監修している。素材に関しては王宮の食卓より贅沢だ。
「コンテナが多い気がするんですけど……」
一年分を要求したのだけれど、一年分というのはこんなにも多かっただろうか? スプレコーンの恒例肉祭りでもこの量は一度に捌けない気がするのだが……
食材に関してはすべて保管箱という劣化防止用の金属製の箱に収まっている。なので魔力供給さえしっかりしていれば中身が傷むことはないのだが……
手前のコンテナサイズの保管箱をちょいと開けてみた。
濃厚な甘い香り。
コンテナいっぱいに収められたトレーの山にそれぞれ品目や購入記録が記されている。
タルト…… プリン…… チーズケーキ…… シュークリーム…… ロールケーキ…… パイ…… バームクーヘン…… エトセトラ、エトセトラ……
「……」
なんだこりゃ?
「リオナの奴じゃな」
「…… 一年分あるのかな?」
「さすがにそれは……」
口籠もった。
なんか急に不安になってきた。
「ちゃんとした食料一年分なんですよね?」
聞き返さざるを得なかった。
「そのはずじゃが…… 餅だけでも一年分入れておいたと、エルネストも言っておったし…… だぶついてるドラゴンの肉もこの際とも言っておったし……」
迷宮の探索中であってもテーブル出して豪華ランチやデザートを食べている爺ちゃんたちに頼んだのが間違いだった。この手の依頼はヴァレンティーナ様にお願いするんだった。
「たぶん大丈夫じゃろ」
さすがにエテルノ様も苦笑いを浮かべた。
「調味料はどこかしら?」
素材がいくら手に入っても調味料がないことには始まらない。
ラーラの問いに不安は爆発。リストには載っているのでどこかにあるはずだが。手分けして探す羽目になった。
「リオ。これ何年分? 五年分はあるわよね?」
「こんなに大きな保管箱見たことありません! これって凄く高価な物なんですよね。村にもこのサイズはありませんよ。これなら五年だろうと十年だろうと戦えますよ」
調味料の探索に参加してくれたイザベルとモナさんが嬉々として感動を口にした。
「……」
「五年分だって……」
「帰ったら伝えておこう……」
その後調味料は無事見付かり、安堵のなか積み込み作業は終了した。
人足たちを返すと、一服しながら例の書類の話をした。証拠書類を提出してしまう前にラーラたちにも聞いて貰わないといけなかったのでこのタイミングしかなかった。ソルダーノさんたちにもいて欲しかったが止むを得ない。
「ラーラは連れ帰った方がよいかもしれんの」
当然の如く当人は拒絶した。
エテルノ様も溜め息しか出ない。
「言ってみただけじゃ」
『万能薬』さえあれば負ける気はしないが、腰を落ち着けるまでは予断は許されない。
「取り敢えず資料を預かろう。ビフレストに着き次第、ギルドとリリアーナに知らせておく。リリアーナはまだメインガーデンにおるのかの?」
「一週間はいるって言ってたからギリギリかな」
「のんびり帰るつもりじゃったが、そうもいかんようじゃな」
「送ろうか?」
「召喚ぐらい我にもできる」
ロメオ工房の発起人の一人だということを忘れていた。彼女こそガーディアンのユニットコアの前身であるゴーレムコアの解読者の一人なのだ。ガーディアンの召喚などお手のものである。
ソルダーノさん夫妻が知り合いの卸商に最後の荷を届けて戻ってきた。名残惜しそうに村を振り返るが、その口から意外な一言が返ってきた。
「計画がうまくいった暁には移住したいそうですよ」
「はあ?」
「『銀花の紋章団』がすることに失敗はないだろうからって」
とんだファンが意外なところにいたものだ。姉さんの日頃の努力の賜か?
『太陽石』がもはや資金源になり得ないと決まった時点で、鉱石掘りにいよいよ見切りを付ける気になったらしい。わずかな望みも潰えたというか。他の大きな町に移住しようにも糧がなければやってはいけない。でも迷宮があれば別である。派生する仕事はいくらでもあるからだ。当分は出稼ぎやらで首を繋ぐそうだ。
この世界では最前線という悪条件はあまり考慮されないのだろうか? 甚だ疑問である。
取り敢えずうまくいった暁の話であり、大分先の話である。移住候補者がいてくれるのはこちらとしてもありがたい話ではあるが。
ただ、今はオリジナルをエテルノ様に渡すために、必要な情報を書き写すことに専念しなければ。




