クーの迷宮(地下38階 闇蠍・土蟹・殺人蜂戦) イッツショータイム
四分の一にと粘って一時間「今日また採ればいいじゃん」という子供の言葉に攻防戦は終結した。
既にヘモジは使い物にならない。肩に載る重しである。
「蜂蜜の時だけ頑張ればいいから」
すっかりしょげかえっていた。
さすがに面白がっていた子供たちも哀れんだ。
迷宮攻略の序盤からなんとも陰鬱な。
山道を歩きながら、僕たちは敵と遭遇するのを待ち構えた。
が、遭遇したのは昨日の子供たちだった。
昨日より出番が早い。
今日も後ろに『殺人蜂』を従えていた。
僕がしたことを子供たちが行った。一体でも逃すと『増援』を呼ばれるから、ついつい過剰気味になるのは弟子も同じだ。
「助かりました。冒険者様」
どう見ても様付けされるような面子ではない。ほとんど同年代だ。
昨日は「近くまで来たら、ぜひ」という控え目な言い回しだったが、本日は「待ってますから!」と断りづらくなっていた。
どの道、今日は寄る予定だったので、僕たちは分岐を左折し、里を目指した。
「蠍いるね」
「こんな所に人住まないよ、普通」
「まったくだ」
昨日に比べて出現ポイントが多かった。が、二日連続で疲れているのか、この辺りの蠍はアクティブさに欠けていた。
物理的な壁の前には『闇蠍』も無力ということか。
村と呼ぶには立派過ぎる防壁が、僕たちを見下ろした。
「跳ね橋まであるよ」
「ようこそいらっしゃいました。この度は子供たちを――」
以下省略。
僕たちは村長宅に招かれた。
そして茶を振る舞われながら、どうでもいい『土蟹伝説』を聞かされた。
内容は、村娘が助けた『土蟹』が恩義を感じて『陸王蟹』に進化し、悪い隣国の軍勢を蹴散らし、村を救ったというものだった。
ヘモジが睡魔と戦いながら船を漕いでいると、頃合いを見計らったかのように、村人が飛び込んできて「東村が蜂起した!」と叫んだ。
「ナ?」
「いかん、あやつら『土蟹』を使うつもりか!」
村長は重い腰を上げ、村人たちに指示を出し始めた。
そして――
「あやつら『土蟹』を使って領主の城を襲おうとしております。なんとか止めねばなりませぬ」
そこで都合良くその場にいた冒険者にお鉢が回ってきた。
子供たちも長話に欠伸しているかと思いきや、事態を思いの外、満喫していた。
「戦争?」
「クエスト? これクエスト!」
「落ち着いて。みんないつも通りよ」
だが、次の瞬間、想像だにしていなかったことが起きた。
「こちらも『土蟹』を出せーッ!」
「はぁあああ?」
さすがに僕も声が出た。
子供たちも唖然となった。
地響きと共に『土蟹』軍団が里山の裏手から現れた。
「嘘でしょ?」
その数二十体。
気が触れたか、ゲートキーパー。しかも甲羅には緑色と白のペイントまで施されていた。
ドンドコドコドン、ドンドコドン! 太鼓の音まで聞こえてきた。
「どうなってるの?」
「知るわけないでしょ!」
「冒険者様、早く背中に乗って」
「ええええええッ?」
言われるまま一体の土蟹の背中に崖を足場に全員、跳び乗った。
てっきり討伐依頼だと思っていたのに。ガチンコか!
ブゥオーオーッ! ブゥオーオーッ!
野太い角笛の音色まで木霊し始めた。
「戦のホルンか! ホルンだな!」
ドスン、ドスン。
「これは一体…… 」
「お祭りみたい」
「ナナナ……」
土蟹軍団はどんどん正規ルートを外れ、山奥へとズンズン進んでいった。
ブオーオーッ。ブオーオーッ。
ドンドコドコドン、ドンドコドン!
ズン、ズン、ズン、ズン!
ドンドコドコドン、ドンドコドン!
「東村の土蟹、発見!」
目の前の山間に土蟹の頭がチラっと見えた。
ほぼ同数の魔力反応。
ブオーオーッ。ブオーオーッ。
ドンドコドコドン、ドンドコドン!
「気付かれたぞ!」
そりゃ、気付かれるだろッ!
山向こう側からも同様の騒音が聞こえてきた。
両軍の演奏がやみ『土蟹』軍団も足を止めた。
僕たちは全体を見渡せる後方にいた。
両軍固唾を呑むなか、それぞれの軍団から一体ずつ前に出た。
お互いの村長が話し合いの場を持つようだ。
「どうせ決裂するんでしょ」
ニコレッタが言う通り、会談は物別れに終った。
原因は最近値上がりした年貢にあるようだった。西は甘受し、東は反発した。
ドンドコドコドン、ドンドコドン!
再び戦太鼓が鳴り響いた。
「なんとしてでも止めるぞ!」
「邪魔する奴は容赦せん!」
悪いのは年貢を引き上げた領主のはずだが、東西の村の住人が激突することに。
理由なんてどうでもいいんだろう。
巨大な土蟹が大きな鋏を振り上げる。
「わぁあああ!」
先陣の土蟹の頭に振り下ろされ、操っていた村人が落とされた。
「死んだ?」
「大丈夫だ」
命綱にビローンとぶら下がっていた。
「よくもやりやがったな!」
「お前ら、いつも生意気なんだ!」
「街道を押えてるからって偉そうにするな!」
「ひがむな、田舎者、山菜でも採ってろ!」
「黙れ、領主の犬が!」
あっという間に、善意の行いが私怨に変わった。
「師匠、僕たちはどうすればいいの?」
「戦えってことかな?」
「えー」
「面白いから見てようぜ」
「気を抜いて振り落とされないでよ」
「俺たちも命綱つけるか」
「なんだかなぁ」
『土蟹』たちのど突き合いが前方で展開された。が、『土蟹』の図体が邪魔をして、後方にいた『土蟹』は前に出られなかった。
「こういうの、代理戦争って言うんだよね」
「いや、違うから」
確かに村人の代理で『土蟹』が戦ってはいるが。
「よし、俺たちも突撃しますぜ」
僕たちの乗っている『土蟹』が隙間を見付けて前に出るようだ。
すると遠くで響く微かな音。耳のいい僕やオリエッタがかろうじて聞き分けられるほど微かな……
パッパッパッパッパラッパー。
「信号ラッパだ」
「え? 本当ですかい!」
村人が振り返った。
僕とオリエッタは同じ方角を指差した。
「どこ?」
子供たちも首を振った。
先に状況を察知したのは『土蟹』たちであった。手数が減っていき、やがてお互いに距離をおくようになった。
事ここに至ってようやく、背中に乗っていた連中も気が付いた。
「大変だーッ。領主軍が来たぞーッ」
だが、手遅れだった。領主軍は既にこちらを取り囲んでいた。
「むむ……」
明らかに不正が行われた。
索敵を司るオリエッタが憮然とした。
どう考えても『土蟹』の移動速度では考えられないポイントに反応があったのだ。
こちらの索敵範囲の射程が常識外れなのかもしれないが、これはあまり嬉しくない状況だ。
「伏兵だったら凄腕」
ちゃんと索敵していたのに、ズルされ後方に展開された。オリエッタはいい気はしない。
「『土蟹』に隠遁能力があるなんて聞いたことない」
「ナナナ」
ヘモジがなだめるが、ほっぺは膨らんだままだ。
「ズルはいけない」
「そういう仕様だろ?」
「退却だーッ」
「急げーッ」
両陣営が散りだした。
が、領主軍の包囲網は不愉快な程、完璧に狭まりつつあった。
東村の連中は覚悟を決め、手綱を接近する領主軍に向けた。
「大丈夫かな?」
イベントに参加する冒険者のパーティーが多ければ、現段階で東村の連中は数を減らし、結果的に自力で領主軍とやり合うことになっていたと考えられる。でも子供たちが様子見していたせいで東村の連中はほぼ無傷。故に僕たちは共闘する勢力を減らすことなく事態に対応できるわけだ。冒険者の参加が多くとも少なくとも全体のバランスが崩れることはない。大規模イベント用のシナリオが原案だという噂は嘘ではないようだが、爺ちゃんたちがクリアしたシナリオとはまったく違う。
「師匠、これ、どうすればいいの?」
「領主軍を討ってもいいのかな?」
勧善懲悪に慣れた僕たちにはやりづらい状況が続いた。
子供たちの疑問は襲われることで解消した。
領主軍は容赦がなかった。
謀反を起こそうとした東村の住人だけなら兎も角、それを止めようとした西の村人まで討伐しようというのはやり過ぎだった。西の住人は戦意を喪失していて防御一辺倒。領主軍は西の村人の必死の訴えに耳を傾けようともせず、命令にただ従うのみという姿勢。
「アレ貰う」
オリエッタが、こちらを殴りに来た領主軍の蟹を指差した。
「なんかむかついた」
自分の索敵能力を疑われるような事態に、オリエッタはまだ憮然としていた。
僕という証人がいるんだから、そこまで気にしなくてもいいだろうにと思ったが、自分の限られた責務が不当に汚されたのだ。
「単にシナリオの都合だろう?」
わかっていても許せない。そんな渋かわいい顔を見せた。
「お前の索敵範囲を考慮してたら、村人みんな脱出に成功しちゃうだろう? 戦闘にならなかったら話になんないんだから」
「そのせいでみんな危険な目に遭うのは理不尽」
「誰もお前の能力を疑っちゃいないよ」
「シナリオ重視ってことだよね」
「そんな顔してないで、楽しもう!」
「よくわかんないけど、オリエッタちゃんが凄すぎるってことだよね?」
「要はぶっ倒せばいいんだよ」
子供たちもなだめたが、オリエッタの気持ちは収まらなかった。
だから彼女の持つもう一つのスキルを行使することで、溜飲を下げることにした。
『精神支配』
猫又の持つ特殊能力である。




