クーの迷宮(地下38階 闇蠍・土蟹・殺人蜂戦) 参考になりませんが
次の相手はヘモジの客だった。
「お前『殺人蜂』今日が最初じゃないだろう?」
ヘモジは小さい相手に苦戦していた。
撃ち漏らす度に『救援要請』を出されて『増援』に次ぐ『増援』で切りがなくなってきた。
「打ち止めあるんだよな?」
「たぶん」
僕とオリエッタは離れた結界のなかで高みの見物。
「羽音がうるさいな」
耳がいいのも考えものだ。
「助けなくていいんですか?」
ジュディッタたちは心配するが、ちゃんと結界は張っている。
「いつも簡単に片付いてしまうから、手強い敵は嬉しいはず」とオリエッタがヘモジの心境を吐露した。
しかしヘモジは簡単に四散する相手を葬り切れずに、取りこぼしては『救援要請』されていた。
「何やってんだか」
完全に守勢に回ってるじゃないか。
「日が暮れるぞ」
「ナーナンナ!」
「手伝えって」
「助けはいらないって言ってたろ?」
「ナナナナナーナンナ!」
「蜂蜜分けてくれるって」
「独り占めする気だったのかよ」
足元に落ち葉が多い。
森に火が移るとまずいので、今回は凍らせることにした。
「結界の中にいて下さい」
広範囲をウィスプの如き冷気で満たした。
塊が落ち葉にボコボコ落ちていった。
「残りは?」
「ないなーい」
僕は冷気を風魔法で散らした。
「ナー」
ヘモジが額を拭った。
巣のなかにも残存兵力が残っていたが、冷気を浴びたせいで動くこともままならなかった。
そしてお待ちかねの蜂蜜採取である。
ヘモジは木に登り、熊の如き強引さで巣の表面を引き剥がした。
蜂も蜂の大きさをしていないので、当然、巣も普通のサイズじゃない。ヘモジが豪快に剥がしても、それは巣のほんの一部。
ヘモジは手を突っ込んで中をまさぐり、引き抜いた。
たっぷりの蜜がミトンを包んだ。ヘモジはそれを舐めた。
「ナァー」
笑顔がこぼれた。
だが満足するのはまだ早い。
エルーダでは回収が可能だったが、ここの迷宮でそれが可能とは限らない。
こればかりは試すしかない。
まあヘモジの今の顔を見ればギミックとは思えないが。
当然、リュックに入っている保管箱には収まらないので、土で作った器に巣を丸ごと入れて、蓋をして倉庫に転送した。
無事、届けばいいが。
ヘモジとオリエッタはギミックかどうか調べるためと言って、しばらくミトンに付いた蜜を舐めていた。
「今日中にクリアできないぞ」
僕は根の張ったふたりを持ち上げたが、蜂蜜べったりだったので、肩に載せるのをやめて地面に落とした。
「ナナーナ!」
「危ないから!」
「だって、お前らベトベトだから」
「あの……」
ジュディッタさんが口を挟んだ。
「後で分けて下さいませね」
蜂蜜より甘そうな笑みを向けられた。
「パーティーの回収品は等分割というのがルールですから」
それを聞いたヘモジは取り分が減ると解釈したようで、新たな蜂の巣を探すべく、ミトンを僕に浄化するよう促した。
使い捨てにするんじゃなかったのか?
まだ手をペロペロ舐めているオリエッタには悪いが、ふたりを浄化した。
次の巣はすぐ近くで見付かった。近くと言っても探知外からだが。
新たな巣の住人たちが僕たちの方に接近してきていた。
「ナナ!」
お、気合いが入ってる。
未だ偵察モードで散開している蜂たちにミョルニルを向けた。
ミョルニルがチカチカと光り出す。
「久しぶり」
オリエッタが尻尾を大きく振った。
「ナーナーッ!」
蜂の一体を仕留めた瞬間、稲光が!
散開していた個体を閃光がすべて巻き込んだ。
これにはジュディッタとイルマも驚いた。
僕も驚いた。
普段、打撃ばかりのヘモジがミョルニルの雷属性付与に頼るとは。
「魔力の無駄遣いだ」
僕が万能薬を舐める羽目になった。
「うげっ」
苺味だ。
先兵を倒しても後方には無数の予備役。
「僕がやった方が早そう……」なのだが、ヘモジは光りながら突撃した。
レベル十相手に…… 伝家の宝刀を抜くか。
スーパーモードのヘモジは雷の鬼神と化した。
イルマがヘモジの戦い方を目を皿のようにして観察している。
ヘモジの近接戦闘は兄ヘモジとリオナ婆ちゃんの仕込みだ。ミョルニルはアレだが、小柄なイルマにも参考になるだろう。
「今度はうまくいった」
オリエッタが嬉しそうに尻尾を振った。
この程度の相手にどれだけ魔力を浪費してんだよ。
「同じ魔力があったらドラゴン十体は倒せる」
「それだけの価値はあるから!」
オリエッタは肉球をぎゅうと握り締めた。
「虫歯になっても知らないからな」
「蜂蜜は虫歯にならないから。それにちゃんと万能薬で歯磨きしてるから」
「はぁあ? 万能薬をそんなことに使うなよ」
そ、そうか、蜂蜜って虫歯にならないのか。腐りにくいってことはそういうことなのか。
「牙折れても生えてくる」
自分の牙を見せた。
「折れるって…… 普段、何噛んでんだ?」
「いろいろ」
毒にだけはあたるなよ。
ヘモジが巣に取り付いた。
「ノルマ達成かな」
巣を転送した。
ヘモジは蜜の溜まり具合を確認すると言ってまた味見すると、ミトンをぽいして、もう今日の出番は終ったとばかりに僕の肩にすとんと座り込んだ。
「昼飯いらなそうだな」
「ナーナ!」
「それは別腹だから!」
「お前らのその小さな身体のどこに入るんだよ」
ジュディッタたちに笑われた。
蜂の巣探しでルートを外れた僕たちは山道まで戻った。
『転移』のあまりの便利さにふたりは感嘆の声を上げた。
「相変わらず便利な魔法ですわね」
「わたしたちのパーティーにもこの魔法があれば、帰りが遅くならずに済むのに」
「転移魔法が使える程の魔力保持者は限られてますからね」
「うらやましい限りですわ」
正規ルートに戻って早々『闇蠍』が待ち構えていた。
このフロアの『闇蠍』は残り二種が引きこもりな分、積極的だった。
僕が結界で進行を抑えている間にふたりは先の戦術であっさり倒し切った。
「『土蟹』はいないのかしら?」
出てくれないと手土産が蜂蜜だけになってしまう。
『殺人蜂』は属性があれど小型で屑石にしかならないし、『闇蠍』は毒嚢ぐらいで無理に得る物ではない。ここ数日、ギルドの掲示板に依頼もなかった。
このフロアで唯一金になる物は『土蟹』の魔石だけだ。
彼女たちの装備代の足しにしたかったのに。
先のフロアと違って『土蟹』の姿がまったくなかった。
人里で何かしらクエストを受けないと遭遇できないのだろうか?
それならそれで諦めるしかないが……
「いた!」
オリエッタが『土蟹』を見付けた。
「でも遠い」
山を四つも越えた所らしい。
「行きましょう」
普通の冒険者なら諦める距離だが、僕は転移を繰り返した。
そして待ち伏せできる峰に降り立った。
「あ、あれが『土蟹』ですか!」
ばら売りされている食材からは想像できない大きさだろう?
それがのっしのっしとやってくる。
「……」
「なんだ? 気のせいかな?」
「ナー?」
「気のせい、違う」
やけに近く見える。
「大物」
周囲の地形と比較する。
オリエッタの言うとおり、目の前から迫ってくるあれは今まで戦ったどの『土蟹』よりも大きかった。
脚が長くスリムな体型をしているはずが、あれは……
「脚の生えたどら焼き」
オリエッタの比喩通り、餡がずっしり詰まったぼってり体型に、短く見えてしまう脚が刺さっている。
「食べ応え、ありそうだけど」
実戦に参加して貰う予定だったが、美味しい魔石が出そうな予感がしたので、単独で狩らせて貰うことにした。
「どうする?」
ヘモジに尋ねたが、やる気は既に失せ、休憩モードに入っていた。
「特大が取れるかも知れないのに」
「どうやって退治なさるおつもりですか? やはり脚を何本か落として」
それでは特大魔石にならない。
「僕のやり方は参考にならないんですよね」
僕は苦笑いを浮かべながら彼女たちの前から消えた。
次の瞬間、土蟹の背の上にいて急所を見下ろした。
そして足元を凍らせた。甲羅を貫通して中枢器官まで一気に。
魔力反応が消えたことを確認して、彼女たちの元に戻った。
下から撃ち抜いてもよかったのだが、欠損なく確実に倒すにはこの手が一番だった。
腹の下の木々を押し潰しながら『土蟹』は沈んだ。
そして巨大な骸は忽然と消えた。
オリエッタの指示の下、僕たちは魔石の元へ。
そして手に入れた。
「特大、手に入れたぞーッ」
「ナーナ!」
「大成功!」
ただ働きで終らずに済んだ。
その後、昼を待たずして階層出口に辿り着いた。
「やけに短かかったな」
マップの広さに比べて、横断した距離が短かった。
「本来は戦闘過多で時間を消耗する感じになるのだろうな」
その分、移動距離が短く設定されているのだろう。
そう考えると、明日がどれほど大変なことになることか、興味津々である。
「面白くなりそうだ」
特大魔石は即現金にはならないので、お姉さんズには装備を一新できるだけのお金を取り敢えず用意した。なるべく早く『ドラゴン装備』を用意しますので、武器だけでもぜひ新調して下さい。
蜂蜜が無事倉庫に届いているか確かめるためにヘモジに行かせた。
届いていたら、昼食後、家中の空き瓶を掻き集めて倉庫に向かおう。途中、ソルダーノさんの店で濾過するための綺麗な布と大瓶を買って。
お姉さんズはルチャーナが待っていると言うので、途中で別れた。
ヘモジが追い付いてきた。
あの様子だと無事届いているようだ。
「ナーナンナ!」
飛び跳ねて肩に着地した。
「あ」
オリエッタが声を発した。理由は一つ。
「ヘモジ、つまみ食いした!」
甘い匂いが漂った。




