クーの迷宮(地下38階 闇蠍・土蟹・殺人蜂戦) 蟹尽くし
子供たちは『ゲイ・ボルグもどき』の三連撃を正面下方から打ち込んだ。
蟹の進路を予測し、谷間に隠れて頭上を通り過ぎるのを待っての強攻である。
「一撃目、威力ちょっと下げてみる?」
「結界の復活、鈍かったね」
「おっきな魔石取るんだから、結界張り直される前に仕留めなきゃ駄目だよ」
「でも余裕あったよね?」
「二撃目のタイミングは今のでいいんじゃないかな?」
「三発目だよ、三発目!」
「ごめんなさーい」
「息が合ってなかったぞ」
「詠唱終んなかった」
「焦らずしっかりね」
「あの甲羅がなくなったら、もっと弱い威力でもいけそうだけどな」
子供たちは次の調整に入った。
状況を見計らったかのように巨大な蟹は忽然と姿を消した。
「あ!」
「見失っちゃう!」
「大丈夫、こっち」
ニコロが跳ぶように谷を下った。
「速い!」
『身体強化』が獣人並みの動きを可能にしている。
「まだ、他の敵がいるかも知れないんだから、一人で行かない!」
「大丈夫」
ジョバンニとヴィートが続いた。
ヘモジも追い掛けた。
「次はどっち?」
「あっちじゃなかった?」
マリーの問いにミケーレが苺味を舐めながら答えた。
「マリーたち今度は二番目ね」
「タイミング外すなよ」
「わかってる」
班分けは一班が地味目なトーニオとニコロとミケーレ組、二班が好戦的なジョバンニとヴィートとニコレッタ組、三班がおっとりフィオリーナとマリーとカテリーナ組だ。
一班は状況把握に優れ、二班は火力と運動量に特化し、三班は防御と持続力に秀でた組み合わせらしい。
一班はほぼ動かず、二班が迎撃、三班がそれを防御するため中間に。お互いの能力が偏らないように普段は分担を固定せずローテンションで回しているが、今はベストの布陣を敷いている。
おかしなもので、同じ魔法陣を使う同門の魔法使いでも確固とした個性が生まれるから不思議だ。
「あったよー」
水色の綺麗な石を掲げながらニコロが戻ってきた。
「もうちょっとで沢の中だったよ」
「沢なんてあったんだ」
「準備がよければ、一旦さっきの場所に戻るぞ」
僕たちは見晴らしのいい高台に戻った。
「二体目がいなくなった?」
「三体目も離れて行ってるな」
「警戒された?」
「多分な」
「どうする? 二体目探す?」
ニコロとミケーレがじっと目をこらす。
「近くにはいない……」
「じゃあ、あれやるか?」
「警戒してるから、いきなり攻撃されるかもな」
「隠遁、厳し目に行こう」
「転移したらばれると思うけどな」
「じゃあ、隠遁も控え目に」
この人数を運ぶのに控え目にって言われてもねぇ。
試みとしては面白いけど、失敗は許されない。
「あの先をどっちに進むかよね」
進路の先には山の頂まで続く急な坂、谷間は左右に分れている。
正面の山の頂に飛ぶのは、警戒している相手にはあからさま過ぎる。
かと言って谷間に飛ぶには視界がよくない。あの辺りは薄霧が立ち込めている。
「山頂に跳んですぐ下方にいる敵の頭をやるしかないな」
「見付かること前提で。接近される前に討つ!」
「ヘモジ先頭。行くぞ」
ゲートを開くとヘモジと子供たちが飛び込んでいった。
僕も即行だ。
ゲートを潜ったときには蟹のでかい頭がすぐそこまで来ていた。
やはり転移による魔力放射に反応されたようだ。
敵はもう下方ではなく目の前だ。
だが、結界は既にない。
甲羅が砕け、目と目の間が陥没した。
蟹の腰が砕けた。
「撃つな!」
三発目がジョバンニの声で遮られた。
脚のテンションが落ちて、でかい胴体が沈み込むと、ズルズルと土蟹は坂を滑り落ちていった。
「あわわわ!」
「止まれーッ」
全員でできたての斜面を滑り降りた。
「土蟹を狩るのって大変だね」
「時間ばかりが過ぎていく」
利益も大きいが手間も掛かる。わかっているけど、坂の上り下りはこたえる。コンパスの小さな子供たちはなおさらだ。
岩を一つ、倒木一つ跨ぐのにも悪戦苦闘だ。万能薬があっても行動に付随する苦痛までは対処できない。段々息が荒くなる。
山道でも勾配がない方が珍しいから、徐々に足が止まる。
休憩を何度も挟んだ。
でも警戒されたのか実入りは減るばかり。子蟹を誘拐した方が儲かるなんて……
いよいよ夕食までに帰れそうになくなってきた。
なので巻きに入った。
「敵は全部無視。最後にもう一体狩って、ゴールまで一気に行くぞ」
「うん……」
「がんばろう」
「……」
「声出して」
「苦しいときこそ、成長できるチャンスなんだからね」
「苺味…… やっぱり甘ったるいな」
「さっぱりしたいつものがいいよ」
「普通に冷たいのが飲みたい」
「冷やす?」
「いや、万能薬じゃなくて」
「水ならいくらでも」
「僕の水筒ももう空だよ」
「師匠、甘い物を所望します」
「クッキーならあるぞ」
「喉渇きそう」
「最後、さっさと仕留めて帰ろうぜ」
「反応ないよ」
「くそー、でかいくせに臆病な奴らだな」
仲間を瞬殺する敵が森を闊歩していたら動物の本能として身を隠すのはおかしな行動ではない。ただ、でかい分、逃げる距離が……
「探知外まで逃げるなよ」
山の頂を跳ねながら、僕たちは土蟹を探した。
「オルトロス、うるさい!」
「闇蠍、仕掛けてこないなら出てこないでよ!」
雑魚には切れ気味だった。
小さな鬼神軍団だ。
「極楽だ」
チャポンと天井の雫が湯船に落ちる。
「ピューイ、あんまり出してあげられなくて、ごめんね」
ミケーレが無翼竜の頭を撫でた。
ピューイは目を細め、湯船の縁に寝そべり、尻尾だけを湯に浸けた。
「魔石足りた?」
ニコロが聞いてきたので、僕は首を横に振った。
昨日の分を合わせても作れる特大サイズは数個だけだ。
「やはり『火蟻クイーン』だな」
「他に特大出る魔物いないの?」
「知ってるのはセンティコアだけだな。でもあれはギルドの収入源でもあるから……」
僕は今更ながら気が付いた。当たり前にしゃべっているが、これって……
「誰にも言うなよ!」
「何が?」
「火蟻とかセンティコアから特大が出るってことだよ!」
「冒険者の収入源のことはばらしちゃ駄目ってこと?」
「授業でちゃんと勉強したから」
「言ってないよ」
「わかってるって」
「それとだな…… 四属性を混ぜると光の魔石になること」
子供たちはケラケラ笑った。
「大師匠とラーラ姉ちゃんにもう釘刺された」
「教会に知られたら、危ないんでしょう?」
「教会の収入源だもんね。しょうがないよ」
「頼むから内緒な」
自分を棚に上げて言うことではないが、余計なことを背負わせてしまった。
「信用してくれてるからだもんね」
「言わないよ、絶対」
全員頷いた。
「ごめんな」
「いいよ。僕たちだって『鉱石精製』スキル、取る気だし」
「『紋章学』…… あれは罠だ」
「『紋章学』は自分で描けるようになると、レベル上げが加速するぞ。ニコロにはまだ早いかも知れないけどな」
さすがに今のところ実行できるのは年長組だけだ。
それだって構文を並べるだけで、ほとんどが既存の公式のパラメーターを入れ替えるだけだ。
それでもそれ以前とは比較にならないくらい成長する。
若干遅めの食堂。冷めてもいい料理の皿は既にテーブルに並んでいる。空の皿も並んでいる。
男子は席に着いた。
女子待ちである。
幼くても女子、長風呂だな。と思ったら、マリーとカテリーナが出てきた。
「お姉ちゃんたちも出てくるよ」
言葉通りフィオリーナとニコレッタも出てきた。
キュルルがフィオリーナの頭の上に乗って、尻尾で彼女の顔を隠していた。
夕飯は予告通り蟹づくしである。
「蟹クリームコロッケだ!」
カテリーナが目を輝かせた。
「蟹ご飯も美味しそう」
「足りない人はグラタンね」
「作り過ぎたね」
「食べたくないならいいのよ」
「そんなことは…… ごにょごにょ」
「ごにょごにょ言わない!」
ケタケタ笑った。
ピューイとキュルルがグラタンに突撃した。
すんでのところで持ち上げたが、これは意外な好物発見か?
昨日のことは忘れて、僕たちは蟹尽くしに舌鼓を打った。
しばらくして玄関のノッカーを叩く音がした。
カテリーナのお姉さんたちだ。
あちらも本日の冒険を終えたようだ。
今、何層に潜っているのか?
「いつもすいません」と、いつもの挨拶を交わした。
探索を控えた前日以外は家に帰ることに基本なっているカテリーナは渋々帰り支度を始めた。
明日はまたお泊まりだけど。
カテリーナには蟹ご飯とグラタンをお土産に持たせた。お姉さんズもこれから夕飯の準備はつらかろう。
それが呼び水になったのか、翌日、転移ゲートの前で僕はジュディッタとイルマに呼び止められた。
「普段どういう狩りをしているのか知りたい、ですか?」
「ええ。正直、カテリーナの方がわたしたちの遙か先を行っているので、想像できなくて」
前回、同行したのは二十五階層、ワタツミ様と出会ったときだったか。
あれから子供たちは二日に一層ずつ進んできたわけだから、差が付くのは当然だった。
「土蟹の大きさを本人から聞いたら心配になってしまったんです」
イルマが囁いた。
理由は色々あるだろうが、恐らく彼女たちは土蟹の大きさを知って、カテリーナではなく、自分たちの限界を感じてしまったのではないだろうか。
接近戦主体のパーティーが陥り易い問題だ。
この手の問題は装備を調えることで実は簡単に解消できるのだが、そのためには先立つ物が必要になってくる。多くの冒険者が決まって嵌まるジレンマに彼女たちも陥ったということである。
そもそも彼女たちが今着ている装備は『ドラゴン装備』が調達されるまでの間に合わせだったはず。あれからずっと同じ物を使っているわけだから確かにもう限界だ。
その点、魔法使いは遠距離主体。おまけに子供たちの装備は杖もローブもアクセサリーもまだまだ使える物ばかりだ。子供たちにも『ドラゴン装備』と『魔法の盾』がいずれ用意されるが、一度催促してみるか。
「いいですよ。明日、子供たちと攻略する予定のフロアの下見ですけど。よろしければ」
ここで断るくらいなら今ここにいないだろう。
「でも、その前に」
『虫除け』を購入する必要があった。
特に真っ黒い毛並みのオリエッタは蜂の天敵、熊と間違われて襲われる可能性があるから、注意が必要だ。にもかかわらず、ヘモジは『蜂蜜』を手に入れる気満々だから困ったものだ。
僕たちは一人分あれば充分だが、彼女たちにまで僕に密着しろとは言えないので、それぞれの分を用意する必要があった。
こういう小道具は上級の迷宮で使う機会は余りないのだが、殺人蜂一匹一匹のレベルは低く、小道具の効果は覿面だった。
集団行動が原則で、全部足すとレベル五十程度の勢力になるらしい。
蜂と言えば毒針だが、毒もレベルに比例して弱めに設定してある。ただ、繰り返し刺されるとやはりその限りではない。ヒドラ以来、強力な毒に脅かされてきた身としては肩透かしの感は否めない。
兎に角、戦わないこと前提であるならば『虫除け』だけで充分だった。
そんなわけで、実質、『闇蠍』と『土蟹』が今回の相手である。
蜂蜜取りはヘモジに任せた。




