クーの迷宮(地下37階 オルトロス・闇蠍・土蟹戦) タロスの新種と魔石集め
「あれ? なんか変」
「空気が張り詰めてる」
「何かあったかな?」
港にいつもの賑やかさがなかった。代わりに神妙さが漂っていた。
耳をすませるが、それらしい情報は掴めなかった。
箝口令が引かれているのか?
帰宅すればわかるだろう。
「重力魔法?」
それは衝撃的な内容だった。
それはタロスの新種。仮称『タートルタイプ』の出現情報であった。
元々、亀顔だったが、今回の敵は見た目も亀のような四つ足だという。ドラゴンタイプに近く、アースドラゴンに似た感じだったらしい。
それが重力を操るらしく、ガーディアンの飛行能力が阻害され、戦線が一時崩壊した事例が報告されたのだった。
「空間をねじ曲げる敵が現れるとはな」
明日まで留守の予定だった大伯母が異様なオーラを放ちながら僕の目の前にいた。
そして一冊の分厚い本をステーキ肉の代わりに僕の前に置いた。
「能力的に個体数は多くないだろうが、集団戦では致命傷になりかねない事例だ。対策を見付けろ」
砦は非常事態。
偵察を密にして、敵の侵攻に備えた。
『愉快な仲間達』も北部戦線に大急ぎで伝令を飛ばした。
地上に根を下ろした重戦士タイプのガーディアンが活躍する時代が復活するのか?
せっかく開発した『ワルキューレ』が、このままでは幻の名機に。
「重くなるのはこちらだけなんですかね? 敵は重くならないんでしょうか?」
夫人がワゴンの料理をテーブルに並べながら言った。
「その情報は来てないわね」
ラーラが非常口から入ってきた。
「慌ててて、それどころじゃなかったんでしょう」
「場所は?」
「南の渓谷砦。虎の子の大型弾頭を使ったらしいわ」
「『眩しい未来を貴方に!』?」
命名は制作者の爺ちゃんだ。
「何それ?」
「そういう名前なの」
「変なの」
「大型弾頭って?」
「特大サイズの魔石を十個使って作った投下爆弾のことよ。昔は四十個使って作ってたんだって。オーバースペックで使えないから今では十個だけだけど。それでもこの砦を平地に変えるくらいの威力があるわ。だから所有数も制限されてるの。誰でも使っていい物じゃないのよ」
子供たちは特大魔石、四十個と聞いてざわついた。
「『銀団』には製作者特権があって、何発か所有を許されてるんだけど。使う度に議会に報告が必要になるのよね。下手すると王と議会の認可が下りなくて次弾を分けて貰えなくなるかも知れないのよ」
「だから使わなかったことにする」
大伯母が言い切ったぁ。
僕がまずやることが決まった。
「魔石の在庫は?」
「今、ギルドから運んで貰ってる」
「お前が隠した分も出せ」
「あれは」
船の反応炉用だ。
大伯母は黙って手のひらを上に、指をひょいひょい。
「……わかった。使った分の補充と、ここの砦用にも用意しておくよ」
「魔法陣はわたしが刻もう。お前は石だけでいい」
「了解」
北部と南部のギルドにも同じ物が支給されている。ただし、上位ギルドにそれぞれ一つずつだ。使ったら最後、次に支給されるのはいつになることやら。
余分を作って配りたいくらいだが、ばれて問題になったときの影響の方が怖い。いつでも作れるように素材だけは用意しておくか。
とは言え、反応炉用に用意した特大サイズの数は限られている。
手に入る特大サイズの数は今のところ限定的だ。普通に狩っていては手に入らないものだからだ。『火蟻クイーン』を一撃で倒すような特異なケースに頼らなければならない。
どのみち『鉱石精製』スキルを持つ僕が一つにまとめなければいけないので、この際、大きさにこだわる必要はないのだが。それでも、なるべく大きい方がいい。
「午後、土蟹を倒すぞ」
子供たちは頷いた。
戦闘は子供たちに任せるとして『転移』の連続使用することになることはほぼ決定した。
この際、僕の『転移』スキルのレベル上げだと思って、無茶しよう。
「万能薬、新しい味付けないかな?」
ラーラに尋ねてみた。
「苺味試してみる? リモーネもあるわよ」
「じゃあ、両方貰えるかな」
「僕たちも!」
「わたしたちも!」
子供たちが身を乗り出した。
「ジュースじゃないんだからね!」と、即行で釘を刺された。
「はーい」
「これで腹がタポタポになるまで飲めるな」
魔力の少ない子供たちじゃないから、そこまで飲むことにならないとは思うが。
「狩りに行く前に、取り敢えず一つ作れ」
大伯母が立ち上がった。
「ん?」
「魔法陣は移動しながら刻む」
どうやら急いで南の渓谷砦に向かいたいようだ。
食事中に、ギルドがストックしていた魔石が非常口に届いた。
「取り敢えず一つ作れるな」
特大を十個と小さめの物をいくつか取り出して、食堂の空いたテーブルに並べた。
さてさて、魔石の属性を等分にしないといけないのだが、目の前にある魔石には大きな偏りがあった。
「水属性ばっかりだな」
それもそのはず。二十一層の主、センティコアが、エルーダでもギルドの特大魔石の重要な入手源になっていたからだった。
当時は砂漠を緑化する計画があったから、それでもよかったのだが。
僕の持ち分は火蟻クイーンから手に入れた火属性の物ばかり。
「どうする?」
「牧場で両替できない?」
「両替商がいればな。予約でなんとかできるかも知れないけど、今日中には無理だな」
ラーラとふたり腕組みをする。
爺ちゃんが作った特殊弾頭は、四属性を混ぜて作った、禁忌の光属性だ。
「水属性だけでいい。こっちでなんとかしよう」
大伯母が言い切った。
そうと決まれば特大十個分の水属性の魔石を製作することに。
まずは不純物を取り除く作業から。不純物のなかには他の属性も紛れ込んでいるので、しっかり分離する。
純度が低いと、ここで何割かがごっそり削がれるが、幸い軽微で済んだ。
減った分を別に用意した魔石で充填する。勿論それも『精製』済みの水属性だ。
集中、集中。
子供たちの視線が突き刺さる。
カラメルの匂いが邪魔をする。
食べてからにすればよかったか…… 大伯母に急かされている気がして、僕の皿は手付かずだった。
「ナーナ?」
自分の分は食っただろう!
ラーラの分をこっそり一掬いした。
子供たちはデザートのプリンに手を付けながら、遠巻きにこちらを見ている。
全部、純度が違うから状態確認はしっかりしないと。
できるだけ緻密に、わずかな歪みも妥協なく、何もかも均等に。心を平常に。
ヘモジがラーラに尻を叩かれ、奇声を上げた。
こら! 笑わせるなよ。
ポロポロと表面から不純物の小石が浮き上がってきてはコロンとテーブルに落ちる。
終ったら不純物をテーブルの隅に寄せて、次の石に取り掛かる。
作業の前と後では同じ属性の石でも輝きが違う。
子供たちははっきりとその違いを目にする。
匙からプリンがこぼれ落ちる。
大きな石だから見た目の違いは一目瞭然だ。
『精製』作業を終えると、今度は石を『結合』させていく。
見た目、まさに魔法って感じだ。
球が二つ合わさって、それらは更に大きな丸い結晶になっていく。
さすがに魔力がきつくなってきたので貰った『万能薬』をちびり。
うわ、甘っ。
「フラーゴラだ」
ラーラがくれた万能薬は甘過ぎた。
集中が切れた。くそっ。
最終的に外側を土属性の素材でコーティングし、セキュリティーと使用上の安全に考慮する手順になるのだが、大伯母が後で立体魔法陣を刻むので、僕の仕事はすべての石を一つにまとめて『成形』した段階で終了した。
「でかっ!」
子供たちがテーブルが壊れそうな程大きな魔石を見て言った。
大伯母は完成を見極めると、子供たちの指紋がペタペタと付く前にどこかにそれを隠した。
「あー、まだ見たかったのに!」
「ケチ!」
それを言っちゃおしまいよ。
「イダダダ!」
身体強化されたアイアンクローがヴィートの米噛みに食い込んだ。
「じゃあ、あと一つを早急にな」
大伯母はヴィートの頭をポンと叩いて、サッサと食堂を出ていった。
「呆れる程マイペースね」
「らしいと言えばらしいけど」
それだけ急を要するということだ。
例の個体が少数しかいないというのは、あくまでこちら側の希望的観測に過ぎない。
ヴィートが嬉しそうに自分の乱れた髪を撫でた。
「僕は光属性の術式しか知らないから、もう一つは牧場で両替、頼むようかな」
ギルドのストックは溜まった側から前線に送ってるので、在庫はもう一、二個しかない。
僕も最近クイーンを狩ってないし、船用に作った特大サイズのストックがあるだけだ。
合わせても十個に満たなかったし、四属性を切りよく合成するには四属性で三個ずつ、計十二個必要になる。
「土蟹を狩って、いくつ作れるか……」
広いマップで殲滅が難しいことはわかってはいるが、昨日の分もあるし、なんとか今日中に予約だけでも入れておきたい。
後は必要な属性の石が揃うまでこの件はお預けだ。
「触りたかった……」
子供たちは大伯母が持ち去った大きな魔石に未練を残した。
「両替商、いればいいね」
「そうだな。うまくすれば手間が一つ減るしな」
「ようし! 頑張って魔石集めるぞー」
「おー」
今度こそ、でかい魔石を穴が空くまで見るといいさ。
「好きなだけ指紋を付けてよし」
見返りの少ない努力に乾杯だ。
「でも、フラーゴラ味は却下だな」
「えー、美味しいよ」
こら! 用もないのに飲むな。
ジュースとして飲むには問題ないが、甘過ぎて、気が削がれるのは問題だ。
「リモーネの方がいい」
女性陣が自分好みにアレンジしてきた万能薬を譲り受け、僕たちは再び三十七層に戻った。
まずは転移して、最後にいたポイントに跳んだ。
いきなり雑魚に囲まれた。
「状況を察して欲しい……」
「オルトロスには無理だよ」
子供たちはケラケラと笑った。
「腹ごなしにはちょうどいい」
「生意気」
「なんでだよ!」
子供たちは毎回、地味な修正を重ねている。
威力の強弱、詠唱のタイミング合わせ。精密さ。全体が壊れないように少しずつ少しずつ。
根気よく続けている。
そして遠くに反応を見付けた。
「土蟹だ!」
僕たちは山の頂に飛んだ。そして見た。見下ろす樹海に三体の土蟹の頭を。
「どれから行く?」
「ゴールはあっちだから、あれは最後ね」
ということで、一番ルートから外れた所にいるやつから始めることにした。




