表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
252/553

クーの迷宮(地下37階 オルトロス・闇蠍・土蟹戦) 師匠と弟子

 子供たちは前回のように二列に並ぶことなく、三人ずつ組んで三組に分れた。

 結界担当は一人。残りふたりが攻撃担当のようだ。

「『ゲイ・ボルグ改』詠唱開始ッ!」

 トーニオが号令を掛けた。

 どう考えたって『ゲイ・ボルグ』じゃない。

 巨大な三十本の光り輝く槍を出現させ、地上を一気に殲滅する範囲魔法が本来の『ゲイ・ボルグ』だが、子供たちの『ゲイ・ボルグ』はそもそもその略式。槍の数を五本に減らしたものである。

 それが今回は各々わずかに一本ずつ。三組のパーティーだから三本だ。

 しかも形成過程が大きく変更されている。

 事実上ペアによる『集団で』とは言えない魔法だ。その分使い勝手はよさそうであるが。

 砂塵を宙に巻き上げながら巨大な槍が形作されていく……

 見掛けは『ゲイ・ボルグ』 金色に輝く槍だが、魔法陣は明らかに稚拙なものだった。

「なるほど」

 でも面白いアイデアだ。

 魔法陣を見れば大伯母が噛んでいないことは一目瞭然である。

 先の戦いでは土属性だけだったが、今回は雷属性を更に加えている。輝いているのは魔力が飽和状態だからではない。単に雷属性が付与されているからだ。

 空に青い魔法陣が二枚縦に並んだ。

『成形』段階は既に終了し一本の槍が宙に浮いている。

『収束』が行われ『射出』を待つばかりだ。

 より光を増した最後の魔法陣が槍を繋ぎ止めている。

 青い魔法陣が金色に輝き出す。

「臨界だ」

 最後の陣が魔力の過剰供給で周囲を脱色、透き通らせた。

 規模を縮小したとはいえ、基本は押さえている。

 全員でしていたことをわずか二人で。

 槍が誇らしげに輝く。

「放てーッ!」

 三本の槍と魔法陣が一瞬で消えた。

 そして次の瞬間、尾根から頭を出した土蟹の頭部に風穴が開いていた。


 子供たちの放心は蟹が稜線の上に沈んだ後も続いた。

「無粋なやつ」

 オルトロスが戻ってきて子供たちの報酬を横取りしようとしていた。

 ヘモジは消え、オルトロスの鳴き声だけが山に木霊した。

 子供たちは喜ぶどころか、しょぼくれた。

 マリーとカテリーナは目に涙まで浮かべていた。

「うまくいったじゃないか。自分たちで考えた魔法だろ? その歳で自分で魔法を構築できるなんて、すごいことだぞ。『紋章学』を極められたら『鉱石精製』も覚えられるかも知れないからな」

「どれか一発でも当たればやっつけられると思ってたんだ」

 子供たちは悔しくて顔を拭った。三組の内どれかの組が放った一発で仕留められると確信していたのだ。三発放ったのはあくまで保険だと。

 でも現実は一発目で結界を破壊し、二発目で硬い甲羅を剥がし、三発目でようやくとどめに至ったのである。三発同時に放っていなければ、攻撃は失敗していたのだ。

 非力さを証明してしまったわけだ。が、僕はあまり悲観していなかった。

「一度自分たちの実力を客観的に見詰めるべきだと思う」

 オリエッタがもっともなことを言った。

「そうだな」

 この結果で落ち込まれたら、世の冒険者は怒るだろう。

「目標が高いことは悪いことじゃないけど……」

 それに押し潰されちゃ駄目だ。

「回収したら、一旦戻るぞ」

「なんで?」

「そんなしょぼくれた顔でこの先、進めるか」

 いつにない強硬な僕の姿勢に子供たちはたじろいだ。



 有無を言わせずやってきたのは、ヒドラのいる地下十階層。十一階層のゲートから逆走して後ろから入った。

 探知スキルを使って順番待ちをしている冒険者を探したが、まだ朝早いのか誰もいなかった。

 もしかして九本首か?

 覗き込んだらやはり九本首がいた。それも二体。

「倒してこい」

 僕は素っ気なく言った。

「無理だよ!」

「九本首だよ」

「一度やってるだろう。さっきのあれで一体でいいからやってこい!」

「ナーナ」

 ヘモジも子供たちの尻を叩く。

「大丈夫」

「駄目だったら助けてくれる?」

「助けるも何も出口はそこにあるだろう」

「むー」

 睨んでも駄目。

「作戦会議は一分。はい、ちゃっちゃとやる」

 まず再生能力を排除するため『ヒドラの心臓』のある尻尾を切り落とす。結界がある子供たちにはそれさえやってしまえば首の数は問題じゃなくなる。

 以前のお前たちはもっと豪胆だったぞ。無邪気だったとも言えるが。


 落ち込んでいても我が家の子供たちは欲張りだった。

「一体でいいと言ったのに」

 一体を『ゲイ・ボルグもどき』で瞬殺。万能薬を舐めて、二体目は以前やったのと同じやり方で切り刻み『ヒドラの心臓』を回収して見せた。

 子供たちはしばらくその場に立ち尽くした。でも前回とは理由が違う。

 驚いただろう?

 毎日してきたことは無駄じゃなかっただろう?

 強くなっていただろう?

 成長した自分を噛みしめろ。

「以前より楽だったろう?」

「『ゲイ・ボルグもどき』は弱かったか?」

「もどきって言うな!」

 子供たちが駆け寄ってきて僕の胸のなかに飛び込んできた。

「うつむく理由が一つでもあったか?」

 子供たちは首を振った。

「瞬殺することが目的じゃない。冒険者は目的のためなら、一日中だって戦うんだ。忘れるな。お前たちはこれから強くなる冒険者なんだ」

 そのうちヘモジみたいに土蟹を軽く一撃で倒せるようになるかもしれない。

 大伯母のような戦局を左右するような大魔法使いにだってなれるかもしれない。

「戻るぞ」

 子供たちは黙って頷いた。



「時間損したからショートカットお願いします」

「お前らなぁー」

「今日中に帰れなくなっちゃうよ」

 三十七階層に戻ってきた。

「ナーナ」

 僕はゲートを開いた。

「弟子に甘いよね」

 オリエッタがからかうように尻尾を振った。

「だって師匠だもん」

 子供たちがヘモジの後に続いて、ゲートに飛び込んでいった。

 人は欲をかく生き物だ。勝手に高い壁を造って、乗り越えられると思い込んで。単なる目標だったものに傷付いて。落ち込んで。挫折して。

 駆け出しの冒険者のそのまた見習いだろうに。焦る理由がどこにある。

「ラーラの言うとおりかもな」

 たまには振り返ることも必要だ。

「ナナーナ」

 弟子は師匠に似る?

「そうだな……」

 でも、悔しくなれないようじゃ、頑張る意味がない。


「山のてっぺんだーッ」

 一瞬にして見晴らしのいい山頂に出た。

「すげー」

「森しかない」

「蟹いないね」

「『闇蠍』ならいるぞ」

「まだ遠いじゃん」

「道なりに行かなくていいの?」

「僕が見たかったんだ」

「何、見るの?」

「低い所ばかり歩いてると、全体が見えなくなるだろう」

 輪切りにした岩の上に地図を置いて、地形を把握する。切り口が鋭く危ないので、年長組が角を丸めた。

「出口はあっちだよね?」

「今どこ?」

「遠い……」

「ボードが欲しい」

「一度ちゃんと練習した方がいいわね」

「新品になったことだし」

「大きかった」

「わたしたちが大人になっても使えるように、でしょ」

「飛び回れたら楽しいかも」

「空飛ぶ敵、いないし」

「蠍が来たぞ」

「やっとかよ」

「もっとちゃっちゃと来なさいよね」

 あんなに警戒していた『闇蠍』にだって慣れたらこんなものだ。

「ナナーナ」

「毒針注意」

「大丈夫、近付けさせたりするもんか」

「『ゲイ・ボルグ改』!」

 こちらは一撃で粉砕した。

「あーッ」

「バラバラ殺人事件」

「加減しろよ」

「『ゲイ・ボルグ』禁止!」

「土蟹とこんなに違うんだ……」

『闇蠍』はその特異性が故に、同レベル帯では装甲が薄めになる。それでもその障壁、装甲は本来難儀なものだ。

 魔法というのは、つくづく気合いに左右されるものだと思い知らされる。

 連携もバッチリだし。恋人同士でもなかなかこうはいかない。

「いた!」

 尾根の向こう側に頭が一瞬、覗いた。

「最初のは出会い頭のアクシデントみたいなものだからな」

「無理に戦う必要ないんだよね?」

「回収品が欲しくなければな」

「側で見たい」

 僕もその意見に同意だ。


 僕たちは『転移』した。

 山を一つ越えた先の峰に渡り、蟹のゆったりとした移動を堪能した。

「最初のは山に隠れていて、よく見えてなかったけど…… 大きいわね」

「お腹くすぐったくならないのかな」

 木々の先端がお腹を磨くブラシのようだ。

「森林破壊、甚だしい……」

 バキバキと高木が折れていく音がする。

「あー、もう一体いる!」

 更に山向こうから別の土蟹のシルエットが。

「ああ?」

 なんだか怪しい雰囲気になってきた。

 二体が進路を変えて接近していく。

 普段おっとりしている土蟹が縄張り争いか!


 でかい大鋏を振り上げ、奥の侵入者の頭に一撃が叩き込まれた。

 尻込みした侵入者が山肌を削った。

 反撃の一撃。横殴りだ。

 でかい身体が浮き上がる。

「痛そー」

 子供たちが身震いする。

 単純など突き合いが続いた。

 子供たちにもう卑屈さはない。あんなのが相手じゃしょうがないよねと、自分を納得させられたようだった。

 殴り合う衝撃がこちらにまで伝わってくる。

 見てる分には楽しいが。

「飛んでくるよ!」

 たまに削られた山肌が飛んでくるから気を許せない。

「自然破壊、無限大」

 オリエッタが肩の上で仁王立ちしながら、僕の頭をペチペチ叩いた。

 侵入してきた方が降参して逃げ出した。

「土蟹も大変ね」

 勝利を収めた土蟹はしばらくその場に残り、転がっている木々の葉っぱを顎で漉し取りながら捕食し始めた。

「葉っぱ食べてる!」

 大木一本あっという間に丸裸である。

「砂漠じゃ飼えないね」

 召喚獣にそもそも餌は必要ない。召喚主の魔力さえあれば事足りる。

 僕たちは麓の攻略ルートに合流し、ノロノロと歩いた。

 あちらこちらに戦いの爪痕が。

 ここまで破壊されると他の魔物も狩りどころではないのだろうか。しばらく無風状態が続いた。

 小川を渡り、厳しめの坂道を『転移』で横着したりして。


「師匠の『転移』魔法がなかったら、毎日、迷宮でお昼だね」

 そのお昼前にマリーはクッキーを頬張っていた。

 肩の上のヘモジとオリエッタからも甘い匂いが。

「『転移』魔法は無理。魔力足んないのわかるもん」

「頭ぐわんぐわんするよね」

「僕は魔法陣が今一」

「丸暗記しちゃえばいいのよ」

「意味を理解しないと危ないって大師匠が言ってたよ」

「どのみち当分使えないんだから焦ることないよ」

「僕が使うようになったのも、最近だからな。『身体強化』を上げたら、あまり不自由を感じなかったし」

「城壁飛び越える大師匠のお兄さんの話?」

「あれは例外」

「へー、そんな人いるんだ」

「師団長までやった人だからな」

「先は長いね」

「まあな」

 そう言いながら僕たちは一箇所に固まった。

「じゃあ、午後はここからってことで」

「りょうかーい」

 地上に転移した僕たちは食堂のテーブルを目指した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ