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クーの迷宮(地下37階 オルトロス・闇蠍・土蟹戦) 迷子帰る

「海の底にはまだ知らないことが山程あるってことだな」

「あの子蟹、成長したら無敵」

 子供たちが無翼竜を交えて遊んでいる姿を見ながらオリエッタは呟いた。

 同じ精神支配系スキルを有する自分のことは無敵になれるとは考えないのか?

「強い種に限って個体数は少ないものじゃ。そなたらが助けたあれはそういう奴じゃ」

 見た目以上の価値がワタツミ様にはあったようだ。

「それで、今日は何しに?」

「それはじゃな……」

「はーい。ご飯ですよ。新鮮な海鮮丼ですよー」

「お刺身もいっぱあるいよー」

 ただ飯を喰いに来ただけだった。



 いつもの桟橋からワタツミ様と子蟹を見送る。

 今回は子供たちの有志も一緒だ。

「子蟹かわいかったね」

「そうか? 蟹は蟹だぞ」

「あの子蟹、マグロよりでかくなるんだってさ」

 何と比べてる!

「また遊びに来るかな?」

「さすがに来ないだろう」

 今日の料理に味を占めたとしたら、わからないぞ。

「今日は間違って来ちゃったんだもんね」

 ワタツミ様の秘め事を周囲にばらすと言えば、いつでも付いて来られそうだけどな。

「いつか向こうの世界に行ったら、会いに行ってやろうぜ」

 そのときはきっと、あまりの大きさに驚くんだろうな。

「さっさと帰ろうぜ。明日も早いんだ」

 後ろ髪を引かれるのは子蟹の精神支配の影響だろうか?



 帰宅すると明日の夕飯が蟹クリームコロッケに決定していた。

 朗報を一番聞きたかったであろうカテリーナは既にマリーと一緒に寝息を立てていた。

『隠密蟹』…… 『魔獣図鑑』にも載っていない珍獣。

 僕はメモを記し、図鑑の隙間に挟み込んだ。

 報告すべきか…… 強力な精神支配系のスキルを持った魔物がいると世間に知れたら……

 あいつが人知れず生きられるなら…… 今はその時を稼ごう。

 僕は挟んだメモを図鑑から引き抜き、丸めて捨てた。

「今日は碌な探索ができなかったな」

 ヘモジもオリエッタもたらふく食べて、自分の寝床で気持ちよさげに眠っている。

 僕は明日のためにまだしておくことがある。

 席を立って、納戸に向かう。

 今日戦ってみて、気付いたことがある。

 それは戦闘力よりも移動力が重要だということだ。土蟹の一歩に勝るスピードがあれば、あの鋏が届かない位置からならば、子供たちだけでも充分やれる。

 そのためには……

 フライングボード。子供用につき、安全ロックが掛かっていて高度が上げられない仕様になっている物だ。

「ロックを解除してやろうと思ったんだけど……」

 ない?

 ガーディアンで高所に慣れているとはいえ、いきなり大木より高い高度を飛べるわけもないので、まずは一メルテ程、今より高く飛べるように調整してやろうと思ったのだが…… 

 僕は止むを得ず『こっそり師匠面作戦』を中止して部屋に戻った。

 ボードがないってことは自分の部屋に持ち込んで手入れでもしてるのだろう。つまりあいつらも明日、あれを使う気なのだなと勝手に解釈した。



「知らないよ?」

「なんのこと?」

「今日の攻略で使う気だったんじゃないのか?」

「使わないよ。今日は必殺技使うから」

 必殺技?

「今日は一撃必殺の日だから」

「そうそう」

「でかくてのろまな敵に最適な魔法」

「今日は楽勝な気分」

「のろまって…… 動きは遅く見えても、あいつらの一歩はお前らの全力疾走より速いんだぞ」

「進化した『ゲイ・ボルグ改』の敵ではないのです」

 あんなもの、連戦で使う魔法じゃないぞ。

「大丈夫だって」

「師匠」

「信じて」

「僕たちだって」

「やるときはやるからさ」

 子供たちが笑いながら僕の身体をぺしぺし叩いて食堂に入っていった。

「進化したって? ほんとか?」

「見てのお楽しみ」

「それより、ボードは? どこ行っちゃったの?」

「もしかして盗まれた!」

「嘘ッ!」

「他の物はなくなってないでしょ。泥棒じゃないわよ」

「じゃあ、なんで?」

「知らないわよ!」

 この家に入れる泥棒なんていない。いたらもっと金目の物がある所を襲うだろう。

「朝っぱらからうるさいわね」

 ラーラ様のご入場である。着飾っているところを見ると、本日はギルドに来賓があるようだ。

「ラーラ姉ちゃん、聞いてよ。大変なんだよ!」


「ああ、それ全部、売っちゃったわよ」

 詰め寄った子供たちは犯人の膝元で固まった。

「ガーディアン乗り回す子にあんな物、もういらないでしょう? あんたたちには子供用じゃないフライングボードを代わりに用意したのよ」

「嘘!」

「どこに?」

 ラーラは足元を指差した。

「コンテナの中」

「見てくる!」

「後にしなさい! 食事が先です」

「ええーっ」

 夫人に怒られた。

「いつの間に?」

 僕も小声で尋ねる。

「学校の授業で使うのよ。他の子たちに『浮遊魔法陣』がどういう物か教えるときにね。最適なツールでしょう? 実技の授業にも使えるし」

「要は払い下げたわけね」

「置いておいてもしょうがないでしょう?」

「お前ね。思い出とか、思い入れって考えないの? まず当人の承諾を」

「みんな新しい方がいいわよね?」

「うん」

「今度のは高く飛べるんでしょう?」

「どっちでもいいよ」

「やっぱ本物の方がいいよね」

 初心者用だって立派な本物だぞ。

「わたし興味ないし」

「出力不足気味だったからちょうどいいよ」

「太ったせいよ」

「太ってないよ!」

「淡泊だねぇ」

「師匠が師匠だから。弟子も前しか見てないみたいね」

 それにしたって……

「ボーッとしてると弟子に追い抜かれるわよ」

「あの歳で『ゲイ・ボルグ』だからな」

「そうね」

「そうだ、教えた張本人は?」

「朝、早くに出ていったわよ。今夜は帰らないって」

「元気だなぁ。爺ちゃんも、婆ちゃんもだけどさ。なんか生き物として格が違う気がするよ」

「あんたがそれ言うと皮肉にしか聞こえないから」

「僕はあんな馬車馬じゃないぞ!」

「毎日迷宮に潜ってる人が何言ってるのよ。普通の冒険者は毎日潜ったりしないわよ。子供たちだって多いくらいなんだから」



 結局、備えらしいことは何もできずに迷宮に飛び込んだ。

「遠くが見えない」

「木がいっぱい生えてる!」

「なんか息苦しい」

「木にこんなに囲まれてるのに?」

 それは勾配のきつい山々が密集していて迫ってくるように感じるからだ。同じ山の景色でも今までのなだらかで大きな山の景色とはまったく違う景色だ。

 蟹も跨いで来られないしな。

 そういえば召喚獣のことを聞くのを忘れていた。昨日の今日で蟹の召喚獣が欲しいかと聞くのは地雷のような気もするのだが。

「この先に召喚獣を手に入れられるスポットがあるけど、どうする?」

「それって昨日聞いたあれでしょう? 追い回されるってやつ」

「ピューイとキュルルがもういるもんね」

「すごくでっかくなるんでしょう?」

「砂漠で育つかな」

「食糧事情もあるしね」

「まず見てからでいいんじゃない?」

「あの山の向こうに滝壺がある。そこに繁殖用の隠し室があるんだ」

「まず一体やろうよ」

「しかし、こちらから出迎えるとなると……」

 山道を離れて山をいくつか越えなければならない。

「なかなか会えないものなんだよなぁ」

 普通にやってちゃ、魔石(大)以上は手に入らないってことだな。

「子蟹捕まえて、おびき出す?」

「そんなのかわいそうだよ!」

「却下!」

 それよりオルトロスだ。森のなかからこちらを窺っている。

「あれ?」

「なんでオルトロス?」

「あーそれは。間違ったんだ。今回こそ正真正銘、オルトロスとお別れだから」

「やっぱり」

「やっぱりってなんだよ。知ってたら言えよ」

「なんか変だなって、思っただけだもん! そっちだって気付かなかったでしょう」

「おいおい。そんなんで集団魔法いけるのか?」

「ほら、みんな。もっと集中して」

「駄犬だけど弱いわけじゃないぞ!」

 何気に気合いが入ってる。

 最初から気が抜けてたら問題だ。が、オルトロスは突然あらぬ方向に全力で走り出した!

「あれ?」

「やらないの?」

 オルトロスが潜んでいた森の後方でバキバキと木が折れる音がする。

「土蟹だ!」

「どうすんの?」

 尾根までの距離が近過ぎる。

 頭を覗かせた瞬間、大鋏の射程距離である。

「どうする?」

「頭出したら、ぶっ飛ばす!」

「駄目だったら脱出!」

「了解!」

 手を出してこない可能性もあったが、ここは緊急回避的な処置として、一撃を以て防御と成す。

 子供たちは集団魔法を撃つ体勢を取って、土蟹の頭が山の尾根を越えてくるのをじっと待った。



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