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クーの迷宮(地下37階 オルトロス・闇蠍・土蟹戦) 迷子の子蟹

 子蟹とヘモジたちの間で会話が成された。

 蟹にそこまでの知性はないはずだが、懸命な説得が行われた。

 しかし、この子蟹、柔な甲羅の癖に、頑として僕から離れないという強固な意志を示したのだった。

「滝壺にいたのとはサイズが違うよな」

「ナナナ」

「どこかで張り付いたのかな?」

「結界張ってたから」

 結界を解いたのは、あの子蟹たちを怯えさせないようにと滝壺の裏で一度だけだ……。

「どうしよう?」

「ナーナ?」

「主、決定?」

 決まった途端に子蟹はオリエッタの尻尾にしがみつき、僕の肩までやってきた。

「間違って潰しちゃいそうだよ」

「大丈夫。見張ってるから」

 子蟹はオリエッタの尻尾に誘導されリュックの蓋の上に降ろされた。

「どう考えてもイレギュラーな存在だよな」

「ナーナーナ」

 うちにはそんなのばかりだ、だって?

「お前が言うな」

「笑った」

 え?

 オリエッタ曰く、子蟹が笑ったようだ。

「さて、こうなると問題が出てくるわけだが」

 フロア中の土蟹が僕たちを誘拐犯として認識することになる。そしてこいつが纏わり付く限り、僕は転移も転送もできなくなる。

「ちょっとオリエッタ、子蟹連れて少し離れててくれ」

 オリエッタの背中に退避して貰って、距離を取らせた。

 すると魔法が発動できるようになった。

 倒した土蟹を解体屋に転送することに無事成功したのだった。

「間に合った」

 土蟹は魔石(大)も当たり前の魔物だから魔石になってしまっても構わないのだが。何せ、蟹クリームコロッケだから。

 既に次の反応がふたつ山を越えた向こうに現れた。

 子蟹を背負ったオリエッタを肩に載せても、僕の能力は制限された。

「ヘモジに頑張って貰うしかないな」

 戦闘になったら子蟹を乗せたオリエッタを降ろしてしまえばいいのだが、一々面倒なので任せることにした。

 消音、消臭が使えなくなって隠密性が下がってしまうが、幸いそれで困る魔物はこのフロアにはいない。 緊急脱出は転移結晶に頼ることになるが、これが機能するかも使ってみないとわからない。最悪、子蟹をオリエッタの背中から払ってとんずらということになるが、ここまで懐かれてしまうと……。

 迷宮を出るときにちゃんと召喚カードに変わってくれるのだろうか、心配はもうそっちに移っていた。


 土蟹の索敵能力は既に現実を無視した事態になっていた。例え子蟹が鳴こうとも、山の向こうから見付けるなんてことは野生の土蟹にできる芸当ではない。

 出口までは一本道。障害物レースの始まりだ。


 転移は無理でも『身体強化』は可能だった。ヘモジも喜ぶ全力の走りだ。獣人譲りの脚力を生かして地面を蹴り、土蟹と追いかけっこである。

「追い掛けてくる」

「ナーナ」

「面倒臭いな」

 逃げ回っているうちに集団戦に発展してしまうのも面倒だ。

「本日は無礼講ってことで」

「ナーナ」

 川原の広い場所に出るとヘモジだけコースを右に変え、僕たちは遠巻きに迂回するコースを取った。

 敵はヘモジには目もくれない。

 ヘモジを長い脚で跨ごうとしたそのとき、蟹は川を堰き止めるように沈んだ。

「あーあ」

 川が溢れた。

 倒したヘモジも即座にその場を離れた。

「ナーナ」

 何が失敗しただよ。

 仕留めたら回収したくなるのが人の常。肉はもういらないので魔石にしようと思っていたのだが。

 魔石になるまで待っていても、魔石になった途端、流されてしまうのは必至。

「このまま転送しよう」

 今、送ると解体屋から苦情がきそうなので、子蟹にまた離れて貰って、倉庫の方に一旦、退避させた。


 次の土蟹が計ったように現れた。

「いいタイミングで来るな。回収しなければやり過ごせる絶妙なタイミングだ」

「普通はやり過ごせないと思う」

「ナナーナ」

 ふたりが呆れた。心なしか、子蟹にも呆れられたような……

 尾根から頭が覗いた。

「ナー」

 ヘモジがだるそうにこちらを見た。

 どうやら起伏の激しい地形を走り回るのが嫌になったらしい。

 元の姿に戻ってもこの地形は面倒だ。

「迎えに行かなくても来てくれる。待ってればいいさ」

「ナー!」

 手をポンと打った。

 僕たちは走るのをやめてマイペースで進むことにした。

 よく見ると子蟹はまだ生まれて間もないようで甲羅がまだ透き通っていた。

 ただの鳥にも啄まれて仕舞いそうな程だったので、結界は厳にした。


 それからのんびり一時間。小康状態になったところで、一旦休憩し、次に備えた。

 ヘモジが沢から小魚を捕ってきて、子蟹に与えた。

 ヘモジとオリエッタは自分のおやつもそのままに子蟹の世話を焼いた。

 オルトロスが森のなかから出てきてこちらを遠巻きにしている。

「そろそろ行くぞ」

 おやつを持たせたまま三体を肩に載せて移動を再開した。

 オルトロスは逃がさんとばかりに道を塞いだ。

 ヘモジもオリエッタもモシャモシャ、食事中。

 結界に掛かったオルトロスから順番に感電して貰った。


 追っかけがいなくなったところで、ちょうどまた反応が。

 子蟹がもう食べられないと放置した小魚をヘモジが自分のリュックにそのまま押し込もうとしたので、咄嗟に保存箱を提供した。

 これ程価値のない物を保存箱に収めたことがあっただろうか。



「大漁大漁」

 魔石(大)以上が十個以上、回収できた。複数同時に現れた場合には一方を解体屋送りにもした。

 連日の不作が一気に解消された。

「大伯母には内緒にしておこう」

 燃費の悪い船の燃料になって溶けていくのがわかり切っている。

「自腹切れ、自腹を」

 そして問題の刻が訪れた。


 見慣れた脱出ゲート行きの階段前。

 子蟹がどうなるのかと思ったが、一向に変化を起こさない。召喚カードになるでなし、姿を消すわけでなし。

 子蟹はオリエッタの背中にシミのように張り付いていた。

「一緒に連れて行ってやりたいけど」

 もしお前がこの迷宮の魔物や単なるギミックだったなら、境界を越えた途端に無に帰することになる。

 ふたりは一生懸命、説明した。

 だが、子蟹は頑として動かなかった。

「どうすればいいんだ」

 すると子蟹はオリエッタの背中を下りて、自ら転移ゲートに身を投じた。

「駄目だ!」

 自我が目覚めていない幼い者がゲートを使うと誤作動を起こすんだ。どこに飛ばされるか、死んでしまうかもわからない。

 僕たちは急いで後を追ったが、どこに消えたのか行き先もわからず、地上に出た。


 まるで通夜のように僕たちは立ち尽くした。

 オリエッタがすすり泣いた。

 ヘモジも袖で顔を拭う振りをして目を拭った。

「こんな後味の悪い……」

 僕も言葉が喉に詰まった。

 一縷の望みを賭けてリュックを掻き回して召喚カードを探したが、入っているのは魔石ばかり。

 ヘモジもオリエッタも何度も自分の小さなリュックのなかを覗き込んだが、望んだ物は見当たらなかった。

「ナナーナ」

 ゲートを何度も往復した。次のフロアの入口まで行ったら、もしかして待っているかもしれない。

 しかし連鎖クエストが再開される様子はなかった。

「もう、帰ろう」

 日が暮れる。

 久しぶりに大漁だったこの日、僕たちはうな垂れて帰った。


 するとそこにはワタツミ様が待っていた。

「な、なんと」

「まさか、瓢箪から駒?」

 ラーラたちは何を言っているんだ?

 今は冗談に付き合っている気分じゃないんだ。

「よかったですわね。迷子の子蟹が見付かって」

「え?」

「ナ?」

「?」

 夫人の言葉に僕たちは後ろを振り返った。が、何もいなかった。

「……」

「剣の柄じゃ」

 腰にぶら下げている剣の柄を見下ろすと、柄頭に消えたはずの子蟹がいた。

 僕たちの探知能力を掻い潜ったというのか?

「そいつはただの蟹ではないぞ。『隠密蟹』の子供じゃ」

 隠密蟹? それは種別か? 水中世界での役職か何かか?

「知り合い?」

「こちらに来る途中ではぐれてな。やんちゃな奴で妾もはぐれる瞬間まで気付かんかった」

 優秀過ぎるだろう。

 聞けば、次元の狭間でこちらの世界側に落ちた子蟹だったが、二つの世界を繋ぐ管理者であるゲートキーパーが気を利かせてくれて、僕たちと遭遇するチャンスを与えてくれたのではないか、ということだった。

 子蟹は僕たちにワタツミ様の何かを感じ取ったのだろうか。


 子蟹はワタツミ様の長い髪のなかに消えた。

「こやつの姿を拝むことができただけでも大したものじゃ。こやつはめったなことでは心を許さんからの」

 隠密スキルではなく、精神支配系のスキルだという。人間だったら禁呪扱いで手が後ろに回る代物だ。

「蟹コロッケ、食べる気分じゃなくなったな」

 召喚獣にならない、リアルな奴だったということで、僕たちの落胆の度合いはさらに深まるのだった。



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