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クーの迷宮(地下37階 オルトロス・闇蠍戦・土蟹) 今夜は蟹クリームコロッケだ

 爺ちゃんとロメオ爺ちゃんの家にはでかい陸王蟹(ランドキングクラブ)の召喚獣がいる。土蟹の上位種で大工仕事に精を出す愛嬌のある奴らである。

 一体はエルーダの、これから攻略する階層のクエスト報酬、もう一体は大本になるイベント報酬に参加した人から譲って貰ったものだったが…… どちらも、その報酬の土蟹の子供を手に入れるのは恐ろしく大変なことだった。

 土蟹は図体はでかいが、基本大人しい魔物だった。大きさに見合った大きな心の持ち主で、自ら進んで何かを襲うようなことはしなかった。

 ただ唯一、同族の子供に対する虐待には敏感に反応した。親と引き離して泣かれただけでも、大騒ぎになるのである。そんなわけで村を襲撃するのに利用されたりと、陰湿なクエストが展開された。

 現実世界の土蟹はどんなに育っても迷宮生まれの半分以下のサイズだが、召喚獣ともなると頭は木の幹の上にあった。

 魔石(大)は確実な奴で、堅い甲羅に障壁持ちという厄介な相手だった。

 爺ちゃんたちがクリアしたクエストはイベント用の大規模な催しをベースにしたもので、子蟹を運ぶというレイド戦必須の高難易度クエストだったそうだ。

 逃げ出す冒険者が多かったせいで、登場人物がすれた人生を歩むというシナリオまで組まれていたとかいないとか。

 兎に角、階層三十七階層、レベル五十越えの土蟹を相手にするのはなかなかにスリリングであったという。

 子蟹さえいじめなければスルーできる相手ではあるが、蟹のなかでも肉は上級品で、甲羅も素材として需要があるため、見付けたら屠るのが、婆ちゃん曰く、冒険者の嗜みなのだそうだ。

「蟹コロッケ…… 食べたくなってきた」


 僕はオリエッタとヘモジを従え、冒険者ギルドに立ち寄った。

 まだ早朝の、自分の足音さえ大きく感じられる静かな時間。

 事務所のなかでは掲示板に依頼書を張り出す業務がこぞって行われていた。

 それを手ぐすね引いて冒険者が見守る。

「早く来過ぎたか」

 オリエッタが欠伸した。それに釣られてヘモジも伸びをした。

「次の方」

 窓口業務は既に始まっていた。僕はいつも利用している列に並んだ。窓口にはペルラさんという中堅どころのご婦人が座っている。

「おはようございます。三十七階層の情報を下さい」

「『クー迷宮洞窟マップ(仮)』 バラ売りでよろしいですね?」

「はい」

 現在『クー迷宮洞窟マップ』は冊子化されていない。それは日々追加される最新情報のおかげで、冊子にしていては更新が間に合わなくなるからだ。それでも『前編』はそろそろ形になろうとしているわけだが。

「土蟹の依頼が二階にございますが、どうなさいますか?」

「やっぱり土蟹出るんですか?」

「はい。ですが」

 言い掛けてやめた。

「冒険の楽しみを奪ってしまってはいけないわね」

 そう言って笑った。

「依頼は後受けで」

「かしこまりました。銀貨五枚頂きます」

 情報は用紙にして二枚。一枚はマップでもう一枚が情報だった。既に冊子にしたときの体裁ができていた。

 次の人が待っているので僕は列を開けた。

 ヘモジとオリエッタは窓口嬢に愛想よく手を振った。

 彼女が何を言い淀んだのか、確かめに行きますか。


 驚いたことにクエスト内容が開示されていた。

 元々イベントととして用意されていたものだからだろうか? ただ、爺ちゃんたちの話にあったような複雑さはなく、至極簡単なお題目が記されていた。

『召喚獣、土蟹獲得レース』だそうだ。

 廃村そばの滝壺の裏手に子蟹を養殖する室がある。そこは爺ちゃんたちも立ち寄った場所だった。そこに爺ちゃんと契約することになるチョビがいたのだった。

 滝壺の音で子蟹の声は掻き消されているが、滝壺から離れるとフロア中にいる親蟹たちに襲われることになるのである。

 本来それをイベントに参加した大量の冒険者が相手することになるのだが。

「蟹は食いたいが」

 召喚獣がどれだけでかくなるかはもう知っている。あいつらを育てるには広大な敷地が必要だ。

「ナナーナ」

「湖の主にする?」

「クエストやりたいのか?」

「ナーナ」

「いいけど」

 ヘモジに関してはただ全力で戦いたいだけだろうが。

 レースという名の通り、恐らくゴールまでひたすら追われることになるだろう。それも限られた道しかない山岳コースで。敵は山を跨いでくる存在だから、逃げようがない。子蟹を運ぶ者は消臭、消音、転送、転移等の類いも使えなくなるから、闇蠍たちとの戦闘にも影響が出る。

「ほんとにやりたい?」

「明日はできないでしょ」と、オリエッタが言った。

 確かに明日やるとなると…… 子供たちがどうなることか。

「よし、湖の主を」

 でも、遠征をするときに連れて行けるのか? 留守を任せるにしても召喚獣の魔力供給源になってくれる水神様御用達の祠がこっちの世界でも機能してくれるのであろうか? できるだけこっちの都合で召喚したり解除したりしたくないのだが。

「ワタツミ様にお伺い立ててからにしよう」

「ナーナ」

「戦わないとは言ってないぞ。今夜は蟹クリームコロッケを食べるんだからな」

「食べることになってるし」

 オリエッタが尻尾を振った。

 転移ゲートの順番が来たようだ。



 エルーダより山がなだらかになっていた。所々狭くなっているが、山道も馬車がすれ違えるぐらいには広がっていた。

 僕たちは情報に基づき、最短距離を行く。その前に滝壺の様子だけは見ておこう。


 襲撃を受けることなく入口から一山越えた所にある滝壺に辿り着いた。

「おー、いるわ、いるわ」

 木枠で仕切られた箱のなかに手のひらサイズの蟹が何匹も蠢いていた。

「エルーダと変わんないね」

 オリエッタが箱のなかをのぞき込んだ。

「髭、挟まれるなよ」

「ナーナ」

 ヘモジが尻尾に触れて、驚かせた。

 尻尾をピンと立てて、目を大きく見開いて後ろを振り返った。

「びっくりするから!」

 尻尾でヘモジを攻撃した。

「ナナナーナ」

「ほら、じゃれてないで」

 今日のところはここに用はない。情が湧かないうちに立ち去ろう。

 出た先に現れたのはオルトロス。

「あれ?」

 まだオルトロスだったのか? 先日お別れパーティーをしたと思ったのだが……

「あ、ゴーストか!」

 本日の退場予定者はゴーストだった。

「勘違いしてた」

「ナーナ」

「子供たちに言われるね」

「お前たちも同罪だろうが」と、しゃべっている間に囲まれた。

「すっかり見飽きたな」

 オルトロスの氷像が完成した。

「拾うものないしな」

 山に沿って延びる山道を行く。

 闇蠍が森のなかからこちらを窺っている。

「やはり土蟹を狩っておくか」

 魔物を狩っているのに実入りがないというのは精神衛生上問題だ。努力には対価を。

 突然空が震えた。

「なんだ?」

 闇蠍が森のなかに消えた。

 木々がなぎ倒される音と共に鳥たちが空に羽ばたいた。

「土蟹?」

 なんで?

「ここの土蟹は…… 好戦的ということか」

 子供たちと遠足気分というわけにはいかなくなりそうだな。

 自分一人なら森よりでかい蟹の頭を一刀両断するのは容易いが、子供たちはどうやって結界障壁を貫通し、分厚い甲羅を突破してとどめを刺すことができるのか。

 攻撃手段が大きな鋏のみで済むこと自体、強靱さの表れだ。

「あのでかい鋏を結界で防ぐのはな……」

 目が合った。

 やはり狙ってやがる。

 一対一ならどうということはない。だが、複数現れたとき飛べない子供たちは……

 僕たちはどうしたんだったか。

 そうか、僕たちにはユニークスキルが……

「不公平だよな……」

 魔法の弱点は距離だ。それさえなければ子供たちでもあれの相手はできる。

 エテルノ式は最後の結線を対象の直前で結ぶことで、その減衰を抑えているわけだが、遠くに出現させるというステップを踏んでいる分、相応の対価も支払っている。

「来る!」

「ナーナッ!」

 ヘモジが土蟹のでかい鋏を弾き返した。

 土蟹は山の下り斜面に頭から身を投じ、川を跨いで仕掛けてきた。

 ヘモジのフルスイングに邪魔されたが、進路が変わることはなかった。

「さすが多脚生物。抜群の安定性」

 子供たちがどんなに全力で走っても、あの一歩には敵わない。向こうに戦闘する意志があるなら、回避のしようが無い。

 ヘモジはミョルニルの伸縮性を利用して跳ねた。

 そして相手の目の高さまで到達すると、いつもの豪快な一撃を叩き込んだ。

「蟹という生き物は張り付いてしまえば隙が多い生き物でもある」

「自分のおでこ触れないから」

 巨大な蟹の甲羅が空から降ってくる。

 森に受け止められて半端な位置で引っ掛かった。

「こうなると回収が面倒臭いことになるんだよな」

 蟹クリームコロッケが食べたいので、解体屋に送ろうとしたら、転送が使えない!

「なんで!」

「ナーナ?」

 オリエッタが肩から飛び降りて僕の周りをぐるぐる回り始めた。

「あ!」

 オリエッタが僕のリュックの底を指差した。

「子蟹みっけ」

 子蟹も子蟹、沢蟹並みの小さな奴がぶら下がっていた。



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