無翼竜、レベルを上げても無翼竜
「ちょっと陥没した……」
オリエッタが呟いた。
ヘモジが二体を抱え、オリエッタの元に。
「マンマミーア!」
オリエッタがまた感嘆の声を上げた。
「猫語?」
「さあ?」
「これは反則レベル!」
レベルが一気に九まで上がったらしい。
「ほんとだ。もうすぐレベル十だ」
「すごいわね」
ミケーレとフィオリーナはカードの両面を確認すると、再召喚を試みた。
「……」
子供たちが全員、僕を見上げた。
言いたいことはわかっている。
「ヘモジも変わんないし。いいんじゃないか?」
子供たちは見た目が変わらない二体の無翼竜を心配した。でもレベルが上がっても見た目が変わらない実例が目の前にいるわけだから、これ程説得力のある話はあるまい。
子供たちは未だにヘモジの真の姿がチビヘモジの方だと勘違いしている。ピューイとキュルルも似た様なものだと思ってくれたなら、今はそれでいいだろう。
当事者の意志かどうかもまだわからないし…… 将来、擬人化するのかすら、僕には予測できない。 召喚獣になった無翼竜を育てたケースは持ち込んだ文献のなかにはなかった。
ナガレに尋ねてみるか。
「そうなの?」
「大きくなった姿も見たかったけどな」
爺ちゃんたちの召喚獣を見てきた限り、カードに書かれていることだけがすべてじゃないと、それだけは確信している。
「ちょっと残念だね」
「ヘモジみたいにそのうち変身するかもよ」
「でもちょっと変わったわよ」
キュルルの顔を覗き込みながらフィオリーナは笑った。
「そうかな?」
召喚主にしかわからない感覚がある。
それは護られる立場から護る側に変化したときの召喚獣たちの意気込みというか、自信のようなものかもしれない。
「ようし、もう一戦行くぞーッ」
「おー」
さすがに三戦目ともなると、レベルは簡単には上がってくれなかった。でも二桁の大台には乗った。この迷宮ではまだまだ力不足だが。これから参戦する機会も増えてくるだろう。
でも小さいままの無翼竜って、なんの役に立つんだろうな? ヘモジのように神器を持っているわけでなし。
数週間後、僕たちが落とし穴の罠に嵌まった原因が判明した。
検証チームの何組かが、ある条件下で同様の事態に陥ったのである。
その発動条件とは――
『山荘の扉に、現実時間で正午までに辿り着くこと』
と、いうことだった。
早期クリアが原因ではないかと、事前に推測されてはいたが、結論付けられた格好である。
これはご褒美クエストと言えなくもないが、さすがに巨人レイスを相手するとなると…… 褒美と言っていいものか。
秘匿されることが当たり前のクエスト情報にしては稀なことであるが『クー迷宮洞窟マップ(仮)』に注意事項が記載されることになった。落下注意と、巨人レイス。どちらも準備を怠ると死ねますよ、と。
だが、その後、僕の予想を超えて、レイスを一発で葬れる装備は迷宮の特産になろうとしていた。
ピューイとキュルルの活動範囲が急に増えた。寝てばかりいた二体は家に着くと早々、家中を探索し始めた。
夕飯の支度でフィオリーナが面倒を見られない分、手の空いた連中が代わりに追い掛けた。
まずは上階に上がり非常口で爪を研ぎ、反転すると地下の地下、薬草畑を闊歩して、岩間から外に出ようとしたところをヘモジに戻され、船のドックのある入り江で喉を潤すと、大師匠の部屋の扉の前に行き着いた。しばらく扉を見上げていたが、危険だと察したのか、爪を研がずに反転、風呂場にやってきて、今、僕たちと一緒に湯船に浸かっている。
正確に言うと湯船に浮かんだ桶に張った湯に浸かっている。
「お風呂が好きなんだよね」
「て言うか、水溜まりが好きだよ」
「気付いたときには泥だらけだったりするし」
「砂まみれになってたときもあったよね」
「揚げパンみたいだった」
「あー、あの時は笑ったわ」
「ピュー」
ピューイは桶から尻尾を出して、桶を揺らしながら心地よさそうに鳴いた。
「眠いんじゃないの?」
「キュルルはオリエッタとヘモジ用のスロープでもう寝てるし」
いつの間にか桶だけが浮いていた。
こちらは岩盤浴している様だった。尻尾の先っぽだけ、湯に浸かっていた。
「のぼせる前に出ろよ」と、無翼竜に言って先に出たのに、子供たちの方がのぼせて出てきた。
「何やってるのよ」と、男たちは女子に馬鹿にされた。
風呂を上がると、僕は入り江を見に行った。
ピューイたちの散歩に付き合った子供たちが言っていたことが気になったからだ。
「なるほど船がない」
はて? どこに行ったのやら。
「こんなことするのは一人しかいない」
最近見掛けないと思ったら、何をしているのやら。
「はあああ?」
「迷宮が発見されたの?」
食堂にいた全員が、大伯母に大挙して詰め寄った。
「以前、海岸線を南下した所に大穴があると言っていただろう?」
「あそこか!」
「いや、そこから少し西に行った所にある離れ小島だ。大穴を探索していた連中が偶然発見したんだ」
「島なんてあったか?」
僕はヘモジとオリエッタと顔を見合わせる。
「潮が引いたときだけ、現れるんだ」
「すげー」
「それって水中洞窟?」
「水中という程深くはないんだよ。時間帯によって入口が没する程度だ」
「なんで迷宮だってわかったの?」
「中にいた魔物を倒したら魔石になったからな。洞窟の奥には地上の生物や、人工物やらも満載だったし。恐らく、初級ランクの迷宮だろうな」
ラーラとイザベルは浮いた尻を席に収めた。
迷宮からの回収品に見込みがないとわかると興味が薄れたようだった。
「それでも砂漠では貴重な場所だ。幸い近くに水源もあるしな」
「それで船を勝手に持ち出したんだ?」
「資材を大量に運搬できる船が他になかったんだ。目的もなく試験航行を繰り返すより建設的だろう?」
「内緒にすることないのに!」
「言ったら付いてくるだろう?」
「う……」
子供たちは黙った。
「さすがに今回は教会も重い腰を上げざるを得ないからな」
「教会が来るの!」
「整備するにしても、封鎖するにしても駐屯地を用意しないとな」
「タロスに襲撃されない?」
「散発的な襲撃程度なら問題ないだろう。当然、聖騎士団も連れてくるだろうしな。うまくいけば南部との連絡も取り易くなるかもしれん」
「防衛ラインが間延びするのは嫌だな」
「メインガーデンではそこをどう管理するか、連日、弁舌が振るわれているようですよ」
夫人が『今日のミズガルズ最前線日録』の人脈から得た情報を披露した。
「ここの成功が呼び水になったか」
「一年も経ってないんだから、成功したかどうかなんて、まだわからないのに」
「次に何か造るのなら、前線ラインに防壁を設けるのがいいと思ってたんだけどな」
「それはもっと調査が進まないことにはな。タロスの勢力図がはっきり掴めない現状では時期尚早だ。造ったはいいが、後になって、もっと適した場所がありました、では済まされないだろう?」
「この砦より先に教会が建つかも知れないわね」
「むしろ向こうに居着いてくれた方が世話ないんだけどな」
「散発的でもタロスの目撃情報がある場所だから、造って終わりとはならんだろう」
「僕たちも遭遇したっけな」
「ナナーナ」
「南部の戦場に近いのも問題よね」
「南部に横に展開する余裕はないでしょう?」
「リオさんのおかげで小康状態になったって話でしたよね?」
「両軍とも相手側に上陸するだけの戦力が残ってないのよ。回復するには時間が掛かるわ」
「こっちは前進したいのに。面倒なことになったわね」
「そのことなんだが」
大伯母はまだ内緒の話と断った上で語った。新しい村落の統治を冒険者の連帯組織が行う案が浮上していると。要するに『銀団』を初めとする巨大ギルドではなく、小規模な、あるいはフリーの冒険者たちの互助会にやって貰おうというのだ。
「初めから護って貰うこと前提よね」
ラーラが憮然とした。
実際問題、冒険者が最前線以外でギルドランクを稼ぐ機会はあまりない。こちらの世界にいる魔物と言えば、タロスとその眷属だけであるから、結果的にそうならざるを得ない。
だが、冒険者とはそもそもフリーランスの荒くれ商売。お山の大将の傘下に入らなければ、碌な狩りもできないとなれば、不満も高まろう。これまでは同じラインで共闘していたから、さしたる問題にはならなかったが、中海を越えることが当たり前になると、財力がないことにはどうしようもなくなる。
「ガス抜きか……」
「でもこっちにいる冒険者に初級の迷宮は……」
「生活物資が自前で調達できるのなら、投資で身銭を切らなくて済むとでも思っているのだろう」
「近場に商売相手ができるのはいいことよね」
「で、船は?」
「改修は終えて、試験航行も済んでる。でも他に船がないからな。当分借りるぞ」
「日帰りしたいだけだよね?」
「大師匠も…… だしね」
「なんだって?」
「魔石はどうしてるの?」
「それは……」
「それは?」
「メインガーデンに請求しておく」
船の在庫を使ったのか。
「だと思った」
子供たちも頷いた。
「最近、アンデッドフロアばかりで魔石の調達ができてないんだから、無駄遣いしないでよね」
「物資の輸送さえ済んでしまえば、高速艇で行き来できるから。それまでは貸しておいてくれ」
「別に構いませんよ。事後承諾さえやめてくれればね」
「お前たちは載せんからな」
「なんでだよ!」
「学校のみんなも連れて遠足しようよ」
「整備してない迷宮は危ないんだ。開発が済むまで、接近禁止!」
ひるまない子供たちを相手する大伯母に同情しつつ、雑談は続いた。
そしてソルダーノさんとバンドゥーニさんが帰宅する頃には子供たちは深い眠りに落ちていた。
食堂が酒場と化す前に僕も退散しよう。
「明日から土蟹だ」
あいつらでかいんだよなぁ。




