早仕舞いのその後で
「クエストなんだよな」
「罠じゃないの?」
「どっちだろう」
「罠の反応、なかった」
オリエッタは断固として否定した。
僕も気付かなかった。
「ゴーストが消えたことを考えると、単純な落下トラップじゃないだろうな」
最後の相手があれだと考えると手の込んだ罠のようにも思える。いないはずのスケルトンがいる時点で異常なわけだし……
「問題は発動条件か」
「クエストか……」
僕の呟きに子供たちは神妙な顔をした。
いつものお店でお弁当を開けるのは申し訳ないので、牧場の裏手の見晴らしのいい草原に腰を下ろした。
一人一つずつ。両手で持たないとこぼれ落ちてしまいそうになる大きなケバブサンド。
「作ったの、絶対ラーラ姉ちゃんだ」
正解。在庫が少し足りなかったので、わざわざ全員分を新作してくれたのだ。
このサイズは彼女の愛情の深さだと思って、感謝しながら呆れるがいい。
「大盛りだ」
「おいしー」
「楽しいね」
「食いづれー、けどサイコー」
「景色もいいし」
「たまにはいいわね」
子供たちは大いに楽しんだ。
「顎が疲れる……」
みんな口の周りにソースべったり。笑って、貶して、これもイベントだ。
器用に各々、浄化魔法で口元を拭いながら、また新しいソースを付けていく。
「ジュース頂戴」
ニコロが催促すると、アイランの入った水筒が転がされる。
円陣の間を転がる様子を見ながら、中身が後どれくらい残っているのかなと推察する。
水筒はやけに軽く転がった。
「あー」
ニコロのコップを満たすには半分程足りなかった。
「誰だよ、飲み過ぎだよ」
「大丈夫!」
「買ってくるから」
マリーとカテリーナが指差したのはいつもの食堂。
「確かに売る程あるだろうな」
「じゃあ、ニコロの奢りってことで」
そう言ってジョバンニは自分の懐から魔石を取り出し、マリーに放り投げた。
「なんでだよ。割り勘だろ!」
「冗談だって」
「買ってくるね」
水筒を抱えてマリーとカテリーナは牧場の方に駆けていった。フィオリーナが心配して後を追い掛ける。
「心配性だな」
母性に乾杯。
僕はそう囁いて、やっと外に召喚して貰えたピューイとキュルルに肉を与えた。
ソースばかり舐めて、肉はつつくだけだった。
「小さくしないと食べられないか」
と思っていたら、突然、走り出して草むらに消えた。
「あ」
子供たちが思わず声を上げた。
茂みのなかの小さな反応が消えた。
「…… 生の方が好きみたいだね」
ミケーレが苦笑した。
「フィオリーナには言わない方がいいかしらね」
ニコレッタも頬を掻いた。
「レベル上がるかな?」
ヴィートが言った。
「どうだろうな。迷宮の虫は基本ギミックだからな」
栄養になるかも定かじゃない。
マリーたち三人が汗を掻きながら戻ってきた。
「ただいまー 買ってきたよー」
みんな何食わぬ顔で出迎えた。
「荷物、多くない?」
「アイスだよ。容器に入れて貰ったの」
石の内側を四角くくり抜いた器だった。陶器のようだった。木の蓋をかぶせて、蔓で縛ってあった。
「ピューイとキュルルの分もあるよ」
カテリーナが無翼竜の行方を捜した。
そして硬直して、水筒を落とした。
見開いた目をそのままこちらに向けて、何かを訴えようとした。
カテリーナの視線はフィオリーナにも向けられたが、フィオリーナはアイスを皿に小分けするのに夢中で気付いていなかった。
「どうかしたの?」
マリーが尋ねた。
そしてみんなの視線を追って草むらの方を見た。
「あー、虫食べてる!」
フィオリーナはガバッと立ち上がると、キュルルとピューイに突撃していった。
「落ちてる物を拾い食いしちゃいけません! お腹壊したらどうするの!」
それを無翼竜に言いますか?
尻尾を丸めた無翼竜を二体、ぶら下げてフィオリーナが戻ってきた。
珍しくフィオリーナは口を尖らせていた。
「どうしたの?」
みんな心配そうに顔を覗き込んだ。
「よく噛んでとは言えないわよね」
全員、大きな溜め息をついた。
「あー……」
「レベル…… 早く上がるといいね」
ミケーレが当たり障りのない言葉を返した。
「そうね。早く成長して欲しいわね」
子供たちはぐうの音も出ない。小分け途中のアイスを恨めしそうに見詰めた。
「ナーナ」
ヘモジもオリエッタも頬杖ついて呆れている。
「早く食べないと溶けるぞ」
「ナーナ」
「まず食べてからだから」
ヘモジとオリエッタは僕が注いだアイランを舐めながら美味しそうにケバブサンドを頬張った。
肉を噛み切れないのはかわいそうだと、余った時間を使ってピューイとキュルルを成長させることにした。
「今いくつだ?」
「三かな」
ミケーレとフィオリーナが召喚カードを確認する。
これまで湖で魚を相手にあげたレベルである。
これから標的にするのは一階フロアで妖精さんと共生(?)しているレベル二十の『巨大石蟹』である。
硬くてどうしようもない相手だが、いつも定位置に閉じ込められているので反撃を受けずに済む。
別にピューイとキュルルに倒させようというのではない。一太刀浴びせられればそれでいいのである。
「何々? 何が始まるの?」
「ちょっと、狩りするんだから、邪魔しないでよ」
妖精の子供たちが頭の上を飛び回る。
「この子たちのレベル上げをするんだから、死んでも知らないからね」
「怖い、怖い」
「今日は誰にも狩られてないんだな」
「取り過ぎて、だぶついてるんだってさ」
妖精の子供の一人が言った。
「魔法使うから前に出るなよ」
「わかった」
妖精族の子供たちは後方に下がった。
「まず動きを止めるから、ピューイとキュルルは殴ってこい」
「ナーナ」
ヘモジとオリエッタが通訳する。と二体はいつになくキリリとした。
「か、かわいい」
妖精族の子供たちがメロメロになった。
「おかしなスキル、持ってるんじゃないか?」
「ないない」
オリエッタが尻尾を振って否定する。
「やるよ!」
ヴィートが声を掛けた。
マリーとカテリーナが『巨大石蟹』を凍らせた。
「ナーナンナ!」
無翼竜が突撃して凍った蟹の脚に尻尾攻撃した。
「おお?」
凍った脚の表面の氷が予想していたより豪快に破壊された。
「あのちびっ子の尻尾、強いぞ」
もっと小さな妖精族の子供たちが後ろでささやき合った。
気が済むまでネチネチやったら、疲れたようで、ヘモジに抱えられて戻ってきた。
「ご苦労様」
子供たちのねぎらいを受けた。
「じゃあ、とどめを刺していいぞ」
誰がやるか決めていなかったようで、トーニオが蟹の命が尽きるまで凍らせた。
「お夕飯、蟹鍋?」
妖精族の子供たちは期待した。
「後で届けてあげるよ」
ニコロが言った。
「今の方がいいんじゃないか。献立が決まる前に」
ジョバンニが気を利かせた。
「じゃあ、ちょっと届けてくる」
言い出しっぺが届けることになった。
『無刃剣』でニコレッタが切り分けた脚を、妖精族の子供たちと一緒に森の里までジョバンニとニコロが届けに行った。
その間、余った蟹を解体屋に送り、ピューイとキュルルの様子をオリエッタに診させた。
「オーマイガッ!」
「何語?」
「何?」
「レベルが上がった!」
「そう?」
「見た目変わんないよ」
「レベル五になってる!」
一気に二も上がっていた。
ピューイとキュルルが尻尾を振り回しながら自分の力を確かめようとした。
「再召喚してやらないと」と、言い掛けたとき、ピューイは何を思ったのか、横に振っていた尻尾を縦に振った。
バシッと地面の土が跳ね上がった。
「うわっ!」
「キャッ!」
当人は元より、周りにいた子供たちも土まみれになった。
近くにいたキュルルもオリエッタも例外ではなかった。
「ナナーナ!」
ピューイはヘモジのげんこつを食らった。
全員の土を落とし、ピューイへの説教が終ると、ジョバンニたちも戻ってきた。
「妖精の子たちは?」
「もう日が暮れるからって、親に外出止められてたぜ」
「これで静かになるわね」
そうか?
「次、行こう!」
「その前に」
再召喚である。
よし、行くか。
一回り大きくなったような、ならないようなピューイとキュルルを、ミケーレとフィオリーナが肩に載せ、次の場所に向かった。
二回戦も廃墟の瓦礫に閉じ込められている『巨大石蟹』が相手である。
今度はニコロとミケーレが凍らせた。
無翼竜は今度も自ら突撃していった。
そして尻尾攻撃!
バキッ! バキッ!
前回より大きな破壊力で、蟹の爪を破砕した。
蟹は姿勢を崩して、前のめりに倒れてきた。
「危ない!」
押し潰されたかと思った二体は、隙間から何食わぬ顔で頭を出した。
「もしかして……」
オリエッタは気付いた。このチビどもはヘモジタイプだと。見た目とは裏腹に力を内包できるタイプなのだと。
「ピューイ?」
「キュルル……」
邪魔とばかりに尻尾で蟹の顎を払いのけると、硬いはずのその場所にヒビが入った。
「錯覚じゃないよな」
「キュルル、ピューイ、もういいわよ」
商品を劣化させる前にフィオリーナが撤収命令を出した。
「これならとどめも刺せるんじゃないの?」
ニコレッタが言った。
ヴィートがじわじわと『氷結』を強めていって、反応が風前の灯火になり掛けたところで再度、無翼竜を投入、頭を思いっきりぶっ叩いてくるように指示した。
ヘモジは二体を抱え、頭の上に飛び移ると、二体を放した。
そしてピューイとキュルルは土を跳ね上げたときと同じ要領で尻尾を振り上げ、叩き付けた。




