クーの迷宮(地下36階 ゴースト・オルトロス・闇蠍戦) オルトロスとさよならパーティー
台風のせいで投稿忘れてました。申し訳ありません。平にご容赦を。m(_ _)m
川沿いに住んでる妹の家が床下浸水ギリギリでハラハラの一夜でした。
全国で被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。
子供たちに三十六階層の情報を与えると子供たちは絶叫した。ワンフロアーぶち抜き、逃げ場なし。安全地帯を自分たちで構築しながら進むしかない、もはや迷宮と呼んでいいのかもわからないオープンフロア。
「早く寝なさい」と、言われながら子供たちは居間で作戦会議を始めた。
「オルトロスを一撃で倒せるかどうかだな」
それを僕とラーラは食堂の窓から見下ろした。
「闇蠍はどうなったのよ?」
ラーラが問うた。
「あまり出てこないとわかったら、安心したみたいだな」
「まずは顔合わせって感じかしらね」
「そうだな。それよりオルトロスとのさよならパーティが大変だよ」
「足の速い相手に退避できる場所がないっていうのはきついわね」
「あいつらなら壁でもなんでも自分たちで造れるから大丈夫さ」
「面白そうなフロアね」
「殲滅スピード次第だな。後手を踏むようだと地獄だ」
「今日の特訓はレジーナ様の助言、あってのことでしょう?」
「多分な」
「リオネッロは何かしないの?」
「駄目なら、増幅系の魔法陣を教えてやろうかと思ったんだけど……」
「怠け癖が付くのは困るわね」
「今は地力を上げるときだからな」
魔力回復速度を上げる魔法陣だとか、魔力を増幅させる魔法陣だとか、強化魔法とは別に足元に展開させる範囲付与魔法があるのだが、下駄を履かせるのはできるだけ先に伸ばしたいと考えている。
「装備付与はあくまで、あの子たちの身体的劣勢を補助するためのものだもんね」
「充分オーバスペックだけどな」
「それは親心というやつでしょ」
「『強化魔法』もあるし、その上さらにと言うのは…… 自分の立ち位置を失いかねないよな」
「四十階層以上のボスクラスまで取っておきたいわよね」
「経験者は語る、だな」
僕とラーラは苦笑いした。
人は余裕が生まれると成長をおこたる生き物だ。
成長しなくなるとは言わないが、がむしゃらにやるべきときにやっておかないといずれ後悔することになる。冒険者にとってそれは死だ。
今でも結界と攻撃との多重展開に苦慮してるのに、さらにともなれば混乱は必至だし。
「もう少しこなれてきてからだな」
何事も学ぶ分には止めはしないが、これに限っては蔵書はすべてエルフ語、セキュリティーガチガチだから恐らく読み終わる頃には誰かが教えているはずだ。それはそれで勉強になるだろうが。
今は経験だ。経験を山のように積み上げるときだ。
「わたしたちもしごかれたもんね」
「今じゃなきゃ駄目なのです!」
「獅子族の子孫が負け犬になりたいですか! わたしは違うって、何度言ったか知れないわ」
「婆ちゃん、何してるかな」
「いい歳してあのしゃべり方はなんとかして欲しいわよね」
「ほんと、美人台なしだよな。そうだ。明日、弁当がいるんだった。夫人は?」
「もう寝たわよ」
「ケバブサンドの在庫あったっけ?」
「確認しておくわ」
翌朝、お弁当をリュックに詰めて、子供たちと僕たちは家を出た。
「うわー」
「すげー」
「オルトロスが羊みたい」
安全地帯の高台から見下ろす景色は昨日と同じ。変わることはなかった。
天頂には既に太陽が……
「ここからは時間制限ありだぞ」
「がんばる!」
「急いで欲しいのは山々だけど、まず焦らないこと。間に合いそうになかったらヘモジも僕も参戦するから、時間のことは気にしなくていい。それより、目の前の敵を確実にだ」
「最初からそう言われると気が削がれるんですけど」
ニコレッタに突っ込まれた。
「じ、じゃあ、見せて貰おうかな。練習の成果を」
子供たちは実際の景色を見ながら作戦会議を始めた。侵攻ルートを定め、安全地帯の構築を模索した。
最初のうちはここまで戻ってくればなんとかなるということで、一番近い群れに攻撃を仕掛けることになった。
「行くぞ! みんな!」
「おーッ!」
なんかみんな、いつもよりやる気だ。
子供たちは目をつむり深呼吸。杖を前に掲げ、頭のなかで詠唱を始める。
そして一斉に駆け出した。
幼い子から順に手前の敵に攻撃を仕掛けていく。
倒せたらよし、駄目なら次の詠唱者が追撃する。
確かにこれなら撃ち漏らすことはない。が、それも敵が反撃に転じるまでの一瞬だ。
子供たちは六体のオルトロスを見事に倒して見せた。
昨日の成果が出たかというと、ちょっと疑問だったが。
オルトロス相手にはあまり考えていないのか?
それでも群れの半数は仕留めた。
そして一巡したところで、詠唱を終えた者たちは結界を展開させていく。
「いい流れだ」
オルトロスの進行は抑えられた。
結界に弾かれ、子供たちのテリトリーに入れないオルトロスは子供たちの第二撃を受けて、次々倒れていった。
「ナーナ」
「これは見事と言う他ないな」
「凄い。鮮やか」
そうして殲滅が終わり一息ついたときであった。
「闇蠍、来た」
オリエッタが囁いた。
気付いてるか? みんな。
森のなかから子供たちの後ろを取るようにこっそりと忍び寄る影、というより闇。
子供たちは一斉に振り返った。
そして一点を睨み付け、杖を前に!
無数の氷の刃が放たれると結界のなかから尻尾をもたげた蠍が姿を現した。
だが子供たちの攻撃は止むことなく続き、蠍は足止めされたままあえなく息絶えた。
間違いなく練習の成果だ。
子供たちは急いで薬を舐めると、蠍の骸を見に近付いていった。
「あれ、あれ」
オリエッタが闇蠍の骸の近くにある木の根元を指差した。
「もう一体いる!」
「ナーナナーッ!」
ヘモジが叫んだ。
「わかってるって!」
ヘモジの声を合図に蠍が動き出した。
が、子供たちの結界とガチンコ。押し合いになったところを、一斉斉射。こちらもあえなく絶命した。
「なんか凄いね」
「なんでだろうな?」
僕もオリエッタも呆れた。うまく行き過ぎている原因がぱっと見、わからなかった。
大伯母は何を教えたんだ?
「森に近付くのはやばいね」
「結構遠くまで出稼ぎしてくるね」
「気を付けましょう」
「暗くなったら森からうじゃうじゃ出てくるんだよね?」
「急がないとまずいわ」
子供たちはいざというとき逃げ込めるように、倒したオルトロスの群れがいた場所に陣地を形成した。
「これは!」
大伯母は何を教えてるんだ!
それは一時的に外敵から村落などを護るために結界を張る魔道具だった。オベリスクと言えばわかり易いだろうか? 迷宮で使うような魔道具ではないのだが、お手製のミニュチュア版障壁展開装置が子供たちのリュックのなかから出てきた。
「大師匠がね、昔作ったんだけど、使いどころがなかったんだって」
パラソルという似た障壁展開ツールが一般に普及しているので、今更感があったのあろう。でもこの地では、まだパラソルは販売されていない。いずれ更なる深度に進むと環境が厳しくなるので必要になるはずだが。
「見てて!」
子供たちは嬉しそうに先細りしている先端の方を地面に逆さまに突き刺した。そして底に空いた穴に魔石を載せた。
「え? そっち向き?」
想像と違った。
綺麗な結晶体なのにオベリスクではなく、杭扱いだった。
魔石を載せた途端、周囲に魔力が波紋のように広がった。
「この辺まで安全だよ」
ニコロが障壁の展開範囲を身を以て示した。
ニコロは手を当てて空気抵抗を楽しんだ。
「魔石一個で一時間、保つって」
「出られるのか?」
「出られるよ」
ニコロが出て行って、戻ってきた。
「なんで入ってこれるんだ?」
「血の一滴」
「契約してるのか?」
「登録って言ってよ。師匠もオリエッタも早く登録して」
「ナーナ」
血の一滴と言っても一々、指先を針に指さなくてもいい。身体の一部を魔石が嵌まった状態で指定の場所に触れさせればいいらしい。
「ナナーナ」
ヘモジが杭のわずかな溝に手を触れたら手が燃え上がった。
「ナーナ!」
熱くないようだ。一瞬慌てたが、今は好奇な目で自分の手を見ている。
「ヘモジちゃんは師匠の召喚獣なんだから、師匠が登録してからだよ」
言われるまま僕たちは登録した。
「これで安心してお昼が食べられるね」
「自分たちで壁を造れば済むんじゃないのか?」
そもそもこういった物は魔法が使えない冒険者のためにある物だ。
「師匠のお爺ちゃんは家を迷宮のなかに出して休憩してるって言ったよ」
「セーフティーハウスね。あれは……」
「師匠はできないの?」
「あれは時空の狭間に物を収納するスキルがないと」
「できるの?」
「…… たぶん」
『転移』を繰り返し使える程、魔力が上がった今なら。
「なんか出して!」
「何も入ってないのに何、出すんだ?」
「ぶー」
先送りにしてきたけど、そろそろやらなきゃ駄目か。
無性に欲しくて爺ちゃんにせがんだ時期もあった。でも魔力の充実を待たなきゃどうにもならないと知ってからは、どうでもよくなっていたんだ。
直接転送できる倉庫がなかったら、考えたかも知れないけど。
「爺ちゃんのはユニークスキルだったから…… 『楽園』だっけ」
大伯母は同じような魔法を『お仕置き部屋』から進化させるのに大分苦労したって言ってた。
「その話は置いといて、一旦休憩にしましょう」
子供たちは自分で椅子を造り、腰掛けた。
クッキー缶を開け、休憩がてら作戦の微調整を始めた。
十分後、簡易結界装置は引き抜かれて、次のターゲットに向けて皆、歩を進めた。
「行くぞ!」
子供たちは突貫した。
先頭のトーニオが簡易結界を地面に突き刺すと、最後尾のカテリーナが魔石を置く。
結界の波紋と共に子供たちの一撃が群れに突き刺さる。
子供たちは安全地帯のなかで次々敵を撃破する。
「ああ、なるほど」
無駄アイテムだと思っていたけれど、あれのおかげで全員が攻撃に参加できていた。
守勢に回ることなく、攻撃し続けることで殲滅速度は一気に増した。
子供たちは現状のまま隣の、また隣の群れにちょっかいを出した。
想像もしていなかった展開になった。
僕は子供たちを侮っていたかのもしれない。子供たちは想像の上を行った。
「移動するぞ」
屑石は回収せずに次の群れに飛び込んでいった。時間との勝負だということも忘れていない。
次回、17日0:00に投稿します。




