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クーの迷宮(地下35階 メルセゲル・ゴースト・オルトロス戦) ヘル・シャドー

 全員の手を渡って僕の手に戻ってきた。

「犬の絵があった」

「首三つ」

「ケルベロス!」

「ケルベロスの犬小屋行こう!」

「ナァ? ナナーナ」

「昨日は宝箱などなかった」とヘモジが言っているのをオリエッタが通訳した。

「それは昨日の話でしょう? 今日はあるかも」

 子供たちは部屋を出て階段を下りていくが、僕とオリエッタは踊り場で立ち止まった。

「師匠?」

「どうしたの?」

「中庭、こっちだよ」

「犬小屋行かないの?」

「ここでいい」

「少女の肖像画?」

 正面階段の踊り場に掛かっている家族を描いた絵の一枚。

「本当にケルベロスが好きだったんだな」

 椅子に座った少女とその膝の上で寝ている小さなケルベロスが描かれていた。

 魔法で埃を払うと鮮やかな色が戻ってきた。

 少女の満面の笑み。メルセゲルの蛇顔など、普段面の皮が厚くてよくわからないものだが、この絵の表情はよくわかる。

「昨日会った幽霊の子だ。間違いない」

 僕はイザベルと絵を動かした。するとさっきと同じように、額縁の後ろに隠し穴を見付けた。そしてそこにはケルベロスの木彫りの置物があった。

「鍵穴だ」

 置物の底にそれはあった。

 先程の鍵を差し込むと底が簡単に抜けた。

「何?」

「羊皮紙だな」

 取り出して側のサイドテーブルの上に置く。癖が付いてうまく広がらない。

 カランと何かが床に落ちた。

「これは?」

「また鍵だ」

「どこの鍵かしら?」

「たぶんここよ」

 イザベルがテーブルに置いた羊皮紙を指した。

「地下墓地?」

「隠し部屋かしら?」

「『開かずの扉』かも」

「じゃあ……」

「入口の鍵だな」

「おーッ」

「見せて、見せて」

 子供たちが羊皮紙を取り合うように覗き込んだ。

 一周したところで、僕は持っている情報と照らし合わせた。

 探索自体完結していない地図なので、どこからが地図に載らないエリアなのか、まだはっきりしないが、目的の部屋のある方角はわかった。

「楽しみが増えたな」

 子供たちが頷き合った。


 王座の後ろに、庭園を見下ろすバルコニーへと続く扉がある。その扉だけ朽ちずに残っていることに疑問を呈することなく僕たちは外に出た。

 バルコニーの両端には石の螺旋階段があり、僕たちは草木の枯れた庭園に降りた。

「敵いないね」

 静かな庭だ。庭を少し行った所に丘の上にあった物を小さくしたような霊廟があり、その先に目的の地下通路がある。


 アンデッドの巣窟。長めの階段を下りると、スケルトンになりかけのゾンビやらゴーストやらが息を潜めて来訪者の訪れを待っていた。

 従来の攻略コースを大きく外れた。ヘモジを先頭に通路を左、左へと進んだ。

「ゴースト」

『聖なる光』を角に放つと、慌てて逃げていった。

 こちらが角に達したところで、子供たちが魔法を放った。

「ゾンビも発見!」

 居館のなかより広い通路。広々とはいかないまでも、いつもの戦い方ができていた。

「おっしゃー」

 でも、地上程の回収品はない。

「ゴースト、アイテムドロップした!」

「キュルル」

 ミケーレのリュックからキュルルが顔を出した。

「ピューイ?」

 ピューイも出てきた。

 なんだ?

 オリエッタが近付くのと入れ替わりに子供たちは遠ざかる。

「当たり」

「どっち!」

 子供たちがハモった。

「呪われてない」

 その後、細かい品評が行われた。

 アイテムの名は『安息の揺り籠』と言った。

 安らいでよく眠れる揺り籠らしい。サイズ的に使えるのはヘモジとオリエッタぐらいだろうが、赤ん坊扱いされるのは嫌だろう。

「こんな物も落とすんだ」

「この迷宮はちょっと変わってるものね。宝箱からチーズが出てきたりするし」

「管理者が変わり者だからね」

 わたくしのことでしょうか?

「キュルル」

「ピューイ」

 二体の無翼竜が揺り籠のなかで丸まった。

「……」

「あれ?」

「気に入っちゃった?」

「しょうがないな」

 ミケーレがピューイを、フィオリーナがキュルルを抱き抱えた。

「師匠」

「わかってる。お持ち帰りな」

「ナナーナ」

 ヘモジが二匹に説明した。

「ピュ、ピューイ」

「キュルルルルル」

 喜んで転がった。

 端から見ると、のたうち回っているようにしか見えなかった。

「転送するぞ」

 重い物ではなかったが、さすがに嵩張る。

「宝箱!」

「今度はなんだ?」

 十字路を左に折れた突き当たりにそれはあった。

「ナナーナ」

 ヘモジが拾った石をゆったりとしたフォームで投擲した。

 バーンッ!

 スナップを利かせて威力を増した小石が宝箱のど真ん中に命中、大穴を開けた。

 宝箱がぐにゃりと床に伸びた。

「ミ、ミミックだ!」

「ナナーナ!」

「気を抜かない」

 無警戒に近づこうとした子供たちをヘモジとオリエッタが叱った。

「ミミックを小石で一撃か……」

 イザベルが呆れた。

 アイテムが手に入るのは嬉しいのだが、あまり足止めされるとリズムが狂う。


 金貨と銀貨、宝飾品が三点。薬瓶が一瓶、手に入った。

「なんの薬?」

「『回復薬』」

「なんだ」

「充分高価な物よ」

「でも売っちゃうんでしょう?」

「『完全回復薬』があるからね」

「……」

「どうした?」

 オリエッタが宝飾品を何度も見比べている。

「これ全部同じ付与されてる」

 オリエッタが言った。

「どんな?」

「『状態異常耐性』」

「なんでそんな物が?」

「案外この先の部屋の主がそれ系なんじゃないか?」

「…… あり得るな」



『ヘル・シャドー レベル七十 メス』


「レベル七十!」

 ラーラもイザベルも身構えた。

「最下層レベルの魔物か!」

 そこは通路の突き当たり、広々とした広間だった。

 突然、後方の天井が崩れて、通路が塞がったかと思うと、泥でできた女の巨人が子供たちの結界を押しのけながら地の底から現れた。

 僕はリュックを下ろし、急いで『魔獣図鑑』を確認する。

「見るからにやばい」

 次から次へと大地から湧き上がってくる泥で形作られた泥人形。下半身は緑色の霧のスカートに包まれ、その影はどこまでもドス黒かった。

「あった!」

 アンデッドの項目にその名を発見した。


『不浄なる地の底に生まれし地縛霊(ファントム)。女の姿をした巨大な泥人形。即死攻撃『断末魔の叫び』を有す。――』


「なんだってーッ!」

 発見地と発見者がエルーダ迷宮と『銀花の紋章団』になっていた。たぶん、これは爺ちゃんたちだ。確か爺ちゃんたちの長期クエストはまだこの階層では終っていなかったはず。これは、爺ちゃんたちも「やばかった」って言ってた相手だ。

『我が眠りを……覚ませし…… ゴポッ、愚か者よ。その死肉を我の…… 我の…… ゴポッ、贄として捧げ…… 詫びるがよい』

 泥のなかから恐怖に歪んだ巨大な顔が現れた。逆さに吊され、今まさに拷問を受けているかのようだった。怯えた顔は泥に溺れた。そして何もなくなった泥のなかから窪んだ眼窟がこちらを見据えた。紫色の口が大気を切り裂くような悲鳴を上げた。

「うわっああああッ!」

 子供たちの結界が一瞬で吹き飛んだ。

 信じられない圧力だった。

 子供たちは必死に恐怖に耐えながら、結界を張り直した。

「今のが即死攻撃か」

 最終ライン、聖属性を編み込んだ僕の結界が敵の攻撃を防いだ。

「即死攻撃!」

 ラーラもイザベルも驚いた。

「もしかして!」

 僕は頷いた。

 一緒にリオナ婆ちゃんの寝物語を聞いて育ったラーラには思い当たる節がある。

 ラーラが剣を抜いた。

「下がっていなさい」

 子供たちを後ろに下げながら前に出た。

「あんたたちにはまだ早いわ」

 そう言って大上段から振り下ろした一撃は容易く泥人形を真っ二つに切り裂いた。

 今度こそ真の断末魔の叫びを上げ、敵はあぶくとなって消え去った。

「『リオナ流無双・壱の型』 一文字斬り』」

 ただの上段からの一撃である。但し、その踏み込み、振りの速さは人外である。今回は不動であったが。

「すげー……」

 一瞬の結末に子供たちは言葉を失った。

 せっかくのレベル七十だったが、即死持ちは駄目だ。死んでしまっては『完全回復薬』も役に立たない。

「『身代わり人形』…… そろそろ必要かな」

 死を一度だけ肩代わりしてくれる魔道具。爺ちゃんの発明だが、完全にレリック扱いの品だ。市場には流れないし、その存在を知る者もいない。

 爺ちゃんに注文は出しているんだが、まだ届いていなかった。

「即死技を持っていない敵だったら、やらせてやってもよかったんだけどな」

「たぶん、今の僕たちじゃ倒せなかったと思う」

 トーニオが冷静に答えた。

「『ゲイ・ボルグ』だったら?」

 ヴィートが問うた。

「倒せたかも知れないけど、詠唱している間に死んでただろうな」

「あれは余裕がないとね」

 僕の台詞にフィオリーナが言葉をかぶせた。

「……」

「僕たち、まだまだだね」

「当たり前でしょう。その歳でレベル七十を簡単に倒されたら、他の冒険者の立つ瀬がないわよ!」

 イザベルの心の叫びだ。

「そっか、まだまだか」

 子供たちはクスクスと笑い始めた。

「まだまだ上があるんだね」

「悔しいけど……」

「なんだかたぎるね」

 なんとも勇ましい。玉のような汗が輝いて見えた。

「それにしてもラーラ姉ちゃんの必殺技は凄ーな」

「王家の秘伝なんだよね」

「誰にも言わないでよ。王家の秘技なんだから」

「わかってるよ。言いふらしたら死刑だもんね」

「『無双撃』か。格好いいなぁ」

 ヴィートがメロメロだ。

「鍵の掛かった宝箱だって一発だもんな」

「便利過ぎる」

「ちょっと」

 ラーラのジト目が僕を睨んだ。

「いや、そういう開け方もあるって話をだな……」

 ブーツのかかとで足の甲を踏まれた。



 記入漏れの地図の左上の大半がこの広間を記入したことで埋まった。どう考えてもここは普通に来てはいけない場所だった。クエストを受けなければ辿り着くことはできないエリアだったはずだ。

 そしてその先にわずかに残った空白に……

「扉、発見」

「『開かずの扉』だ」

 それはいつか見たお宝の眠る部屋の扉と同じ物だった。



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