潜入
「さすがに誰もいないな」
こんな夜更けに『魔力探知』に引っ掛かる敵は船倉にはいなかった。
天井の先、上層には動かない反応がいくつも見て取れた。あの辺りに船倉作業員たちの寝室があるようだ。
僕は消音結界を張ると、扉に掛かった錠を隙間から『無刃剣』の魔法で切裂いた。真っ二つになった錠が床にゴロンと豪快に落ちて大きな音を立てたが、周囲には無音であった。
魔力を察知されたか、沈黙してしばらく様子を見たが、乗員たちの挙動に変化はなかった。
僕たちはそのまま上甲板に出る階段を探した。
途中、第二甲板でガーディアンが収められているハンガーを見付けた。両舷から発着できる大きな格納庫だったが、閑散としていて機体は十機もなかった。
「これって…… 『ルカーノ』じゃないか?」
オリエッタなら即答してくれただろうが、ヘモジにはなんのことやら、魔石をくすねながら首を傾げた。
偽装しているけど、たぶん『ルカーノ』シリーズだ。
王国連合に数年前に加盟した、遙か南のルカーノ諸島連合が開発した軍用モデルだ。水上戦を想定したフロートシステムが異彩を放っているが、砂漠でも有効なのだろうか? ライフル両手持ちの遠距離特化型であるところを見ると小回りは苦手なようだ。
枯れた技術を使った安上がりなモデルだが、こちらの世界のならず者や土着の住人が容易く手に入れていい機体ではない。
まさかスポンサーはルカーノ諸島連合なのか? 五十年前の事件もまったく知らなかった遙か南の群島国家。事情を知らないが故に、よからぬことを企んでいてもおかしくないが……
「一応、壊しておくか」
ヘモジが魔石を抜いているが、コアユニットとの接合部に細工して、外装オプションに情報伝達できなくしておいた。
外したパーツは窓から外に投げ捨てておいた。船は巡航しているから回収することはもはや不可能だ。同じ部品をアールヴヘイムから調達するまでまともに稼働することはないだろう。
第一甲板に出ると、呆れたことに船員たちはお祭り騒ぎをした後遺症でそこかしこに転がっていた。
僕たちに逃げられてピリピリしているかと思いきや、暢気なものである。
夜警がマストの上の見張り台から周囲を照らしているのが見えた。が、灯台もと暗し。遠くばかり見ていて足元を気にする様子はない。
隠遁スキルマックスの僕にとってこれほどやり易い状況はない。転がっている連中は起きそうになかったが、念のため鼻薬を嗅いで貰ってそのまま泥酔して貰った。
ざっと見て三十人…… 第二甲板の連中が十名程だったから、これでほぼ全員だ。あとは操縦室にいる当直連中だけだ。
僕はブリッジを見上げた。
声が聞える。
操縦室のなかの連中が、僕たちの船がいつ現われるか知れないせいで酒が飲めないでいる不満をぶつけ合っていた。
「どうせ奴らもどこかで寝ているさ」「何も起きやしない」「仮に現われても俺たちがあんな小舟に負けるわけがない」という暢気さだ。
風上から『眠り香』を焚いておいた。その内愚痴もこぼさなくなるだろう。
「奥へ行こう。船長室だ」
僕たちは暗い廊下を進んだ。
どこぞの傀儡なら命令書なり、航海日誌ぐらい置いてあるだろう。
「あった。ここだ!」
中を探った感じでは船長は既に就寝しているようだった。
扉にはトラップが仕掛けてあった。
「さすがに押さえるところは押さえてるな」
「ナーナ」
「やるか」
僕は壁を冷やし始めた。
「早く起きないと凍死しちゃうぞ」
砂漠の夜は冷え込むから毛布を多めに重ねて寝ているせいか、なかなか気付いてくれない。
「ナーナ」
部屋のなかが保冷庫並に冷え切ったところで、ようやくなかの人物が動き出した。
「なんだこりゃ!」
飛び起きると慌ててドアノブに掴み掛かった。
「うわぁッ!」
凍ったドアノブに素手で触れて動けなくなったようだ。
床は絨毯でも敷いているのか? 足の裏は無事のようだ。
「何やってんだよ」と言いたげにヘモジは大きな溜め息を漏らした。
叫んでいるようだが、音はすべて消してある。誰も救助に現われることはない。
「船長、どうしやした?」
品のない船員の声色をまねて声を掛けた。
「部屋が凍っちまった、どういうことだ! 早く開けろ!」
「入りやすぜ! 罠、解いてくだせい」
トラップが解除されたことを確認すると、僕はドアノブを捻った。
「うわッ。静かに回さんか! 手が貼り付いてるんだ!」
隙間から冷気が逃げてきた。
我ながら「この親父、よくここまで我慢したな」と感じ入った。
その親父のでかい手はノブにまだ貼り付いたままだった。
「ご苦労様」
本人は何が起きたか気付かなかっただろう。隙間をすり抜けたヘモジにいきなり殴られ、気を失った。
不憫な船長の手をノブから離してやり、部屋の温度を戻して証拠集めを始めた。
ヘモジは船長が起きてこないか、ミョルニル片手に睨みを利かせている。
それで殴っちゃ、まずいだろ? 神器だぞ、一応。
起きないことを切に願いつつ、作り付けの机を漁った。
ブックスタンドに挟まれた青表紙の航海日誌を難なく見付けた。鍵穴はあるが、鍵の掛かっていない引き出しからもそれらしき書類を手に入れた。
壁に軍資金が入っていそうな金庫を見付けたが、生憎、こちらには鍵が掛かっていた。
放置しようとしたら、ヘモジが船長のポケットから鍵を抜き取って、こちらに投げてよこした。
「ナナーナ」
宝箱は根こそぎいただく?
「そりゃ、迷宮の話だろ」
中を開けたら、債券等の下に琥珀や宝石が敷き詰められていた。
全部持って帰りたかったが、少々重過ぎた。手分けして書類と債券と金目の石だけを抜き取って懐に収めると脱出することにした。
戻った操縦室はすっかり静まり返っていた。聞えるのは船員たちの高いびきだけだ。
船は自動航行で進んでいたが、村にこのまま行かれては困るので、停止させた。
進路を変えてもよかったけど、さすがに砂漠で迷子は気の毒だ。到着が半日遅れてくれるだけで充分だ。
侵入してきた倉庫に辿り着くと、フライングボードを回収して外に出た。
すると先に外に出ていたヘモジがガッツポーズを決めていた。
「あ!」
「ナ」
ヘモジが見られちゃったという顔をした。
突然、舷側中腹で爆発が起きた!
「起きろ! 襲撃だ! 敵襲だ!」
頭上から怒声が聞えた。
「『鏃』投げ込んだね?」
『鏃』とは鏃の形をした投擲用の特殊弾頭のことである。法規制の関係で、銃より規制の甘い魔法の矢の鏃だと言い張るためにこんな形をしている。これもまた爺ちゃんの悪知恵の成果である。
「ナーナ」
「可愛く言っても駄目!」
手が滑っただけであんな所まで飛ぶかよ。
「これじゃ、船を止めた意味ないだろ!」
『浮遊魔方陣』を狙ったのは正解だが……
「『鏃』買ったのか?」
「ナナナ」
「貰った? 誰に?」
「ナーナ」
姉さんか!
「ほんとにヘモジに甘いんだから!」
「全員起きろ! いつまで寝てやがる! 急いで火を消せ!」
慌ただしくなってきた。
「逃げるぞ!」
「ナーナ!」
僕たちは闇に紛れてその場を後にした。
「帰ったらラーラに叱られるぞ」
「ナーッ!」
今更、後悔しても遅いよ。ラーラにも爆発の明かりは見えただろうからな。
「随分大きな焚火を焚いたみたいだけど、あれは何?」
案の定、仁王立ちで出迎えられた。
「ヘモジが『鏃』を投げ込んだんだ」
「鏃って?」
ラーラがヘモジを見下ろした。
「持ち物検査が必要みたいね」
「ナーッ!」
抱き抱えられて船倉の奥に消えた。
オリエッタと目が合った。じーっとこちらを見ている。
「大丈夫か?」
オリエッタは頷いた。
「ちゃんと隠した」
姉さんからの贈り物はオリエッタが先回りをして、数個を残して隠したようだ。
いい相棒だな。
尻叩きの回数は増えそうだけど、勝手をした罰だ。
「自業自得」
オリエッタは大きな欠伸をした。
敵との距離を稼いだところで、警戒を解いた。敵の明かりは既に地平線のはるか彼方だ。
追い付いて来られるとは思わないが、このまま夜通し走って逃げ切ることにした。




