クーの迷宮(地下35階 メルセゲル・ゴースト・オルトロス戦) 宝箱探して
そこは鋭い絶壁に囲われた典型的な山城であった。メルセゲルの精鋭が警備を堅める彼らの王城であった。が、それは過去の幻影、今は巨大な廃墟が横たわるのみ。
「昨日と特に変わった様子はないな」
最短コースを行くつもりだったが、城内を散策する必要ができたので、コースを変更することにした。
まず、高所から雨のように降ってくる矢をどうにかしないと。
魔法による絨毯爆撃。届かぬなら足元を崩せとばかりに、城壁の破壊に勤しむ子供たち。
「たくましいわね」
「粗暴になったと言うべきか……」
本日は野次馬ラーラとイザベルを加えての攻略である。
因みに彼女たちの攻略は三十階辺りで止まっている。僕たちが留守の間、大分差を詰めたらしいが、それでもまだ追い付けないでいた。
「おっしゃー」
「雷撃一発!」
壁の上の最後の一体の掃除が完了した。
オリエッタとヘモジが回収品を物色しに壁の上に向かった。その間に僕は落ちてきた連中から、子供たちは魔力回復に努めた。
「ナーナ」
回収すべきアイテムを見付けたようだ。子供たちのガードはラーラたちに任せて、僕は壁の上に転移した。
「ナナーナ」
「結構あったな」
オリエッタが待つ場所に向かうとスケルトンが置いていった装備品が山になっていた。
集めてまとめて付与装備がおよそ二セット分。弓もなん張りかあるな。
倉庫に転送して、ヘモジとオリエッタと一緒に子供たちの元へ戻った。こちらもほぼ同数の装備品を回収した。
「この先から建物に入るぞ」
コソコソ主塔の足元にいる見張りを仕留めて、居館の入口に向かう。
「いた」
開け放たれた扉の前に重そうに鎧を着込んだ兵士が立っている。
「なんか強そう」
ワンランク上の『メルセゲル・ガーディアンズ』の鎧だ。
「今までの奴らより強いぞ。気を付けろ」
子供たちが仕掛けた。
足元を凍らせ『石弾』を装備が覆っていない顔面に叩き込んだ。
「ふーん、やるわね」
イザベルが感心した。
まだ内装がしっかりしている通路を行く。
あの子はきっとこの館の娘であろうから、彼女の部屋はこの館の最上階、王族が暮らす居住エリアにあると予想された。城内に他に子供部屋があるとも思えないし。
奥から来る敵に差し込まれながら必死に子供たちは抵抗した。
周囲の開け放たれた扉が気になって注意力が削がれているな。
それに今までとは勝手が違うか。
城のなかの通路は狭い。普段の数の暴力が使えない。一方、敵は固い装備に身を包み、地の利を生かして攻めてくる。
盾持ちが厄介だ。倒すまでに時間が掛かるせいで、後続の接近を許している。
「下がれ。部屋に籠城した方がいい」
子供たちは側の部屋になだれ込んだ。
退路がなくなったが、周囲から回り込まれることもなくなった。おまけに敵が現れるコースは絞られた。
「強引過ぎたわね」
ラーラの言うとおり、子供たちの侵攻は強引だった。それもこれも子供部屋を早く見付けたいがため。
「一旦、落ち着きましょう」
フィオリーナが全員をなだめた。
それでいい。
視線を入口に固定したまま、作戦会議を始めた。
城の内装を破壊していいなら、上層を破壊してもいいのなら、いくらでもやりようはあった。
周囲に及ぼす影響を最低限に抑えながら『ガーディアンズ』の防御を突破しようとするから難しいのだ。それにしても遠慮し過ぎなようだが。
「ナーナ」
「イメージ大事」
ヘモジもオリエッタも助言する。
「装備のせいで燃えないんだよな」
ヴィートが言った。
そう思うなら、手を変えてみたらどうだ? 利口な奴程、己の弱点をよしとはしないものだ。いくらスケルトンが火が苦手だからって、こだわっていると足元を掬われるぞ。それに……
繰り返される失敗は記憶に刻まれる。そしてその記憶は苦手意識に変わり、緩やかな暗示となって、やがて術者に定着する。そして詠唱することもためらわせるようになる。
「石つぶても駄目だね」
ミケーレも同調した。
どうして? 入口では決まってたじゃないか。威力低下は集中力のせいだ。敵の数に動揺するな。通路が狭いというデメリットは向こうにも作用してるんだぞ。
「風魔法も今一だし」
制御を優先するあまり無意識に手を抜いてるんじゃないか? しっかり力を込めて制御しないと。まず勝つことを優先すべきじゃないか? ニコロ。
「凍らせてもそれだけじゃね」
「やっぱり切り刻む?」
『無刃剣』は便利な魔法である。使い勝手のいい門外不出の強力な魔法だが、そればかりに頼っていては自分たちの能力の裾野は広げられないと子供たちなりに感じているのだろう。
「なんとかしてやりなさいよ。師匠」
ラーラが僕の肩を押した。
幼いが故に気分による波が激しい。順調なときはイケイケでも、一旦行き詰まると簡単に萎縮する。
「まったく大師匠と対峙しても平然としているくせに、この程度の敵に臆してどうする」
僕は子供たちを押しのけた。
「いつものお前たちはこんなだったか?」
全員の顔を見回す。
「なんで影響範囲を狭めたら威力が下がるんだ?」
たまたま顔を出したスケルトンを丸ごと凍らせた。
「『凍らせても』なんだって? いつもの柔軟さはどうした?」
「……」
「思い出せ。お前たちは誰の弟子だ?」
世界最強の魔女の直系だぞ。
子供たちの瞳がキラリンと光った。
「頑張る!」
はい、頑張ってね。大叔母が今いたら蹴飛ばされてるぞ。
「イメージ、イメージ」
「練り込んで。練り込んで。小さくても最強の……」
最強?
「俺たちは師匠の弟子だから!」
「え?」
攻撃の出番だったヴィートが吠えた。
一筋の閃光が標的にヒットした。
兜が真っ赤に溶けて、炎が貫通、内側でドーンと弾けた。
「おーっ!」
子供たちが同時に唸った。
スケルトンの頭が一瞬で燃え尽きた。
「次、わたしの番!」
子供たちは一発で息を吹き返した。
が……
「悪い宗教みたいね」
「末恐ろしいにも程があるわよ」
「必殺、ウォーター・アローッ!」
マリーも吠えた。
「何、ウォーター・アローって?」
「必殺技」
「ただの『無刃剣』じゃん」
「違うから! 水圧でぶっ飛ばしたんだもん」
兜ごと首を丸ごともいだ。
「次はわたしよ!」
ニコレッタが仁王立ちした。
「『風の刃』ッ!」
肩甲骨まで綺麗に頭を縦に切り裂いた。絶対の安定感。
そうじゃなくって……
「『思い出せ。お前たちは誰の弟子だ』?」
ラーラが僕の声まねをした。
「僕は大伯母のことを言ったつもりだったんだけどな」
「何言ってるのよ。あの子たちの師匠はあんたでしょうが」
背中を思いっきり叩かれた。
「しっかりしてよ。師匠」
子供たちが何事かと振り向いた。
「あんたたちに追い越されないように師匠も頑張るってさ」
子供たちは真っ赤になって顔をほころばせた。
「よーし、みんな頑張るぞーッ」
「おーっ!」
相手する城の兵士たちに若干の同情を覚えた。
そして目指していた場所に僕たちは辿り着いたのであった。
思ったより小ぶりな部屋。
「僕たちの部屋より狭いね」
「天井も低いから息苦しいかも」
「汚れてしまって生前の面影はないわね」
埃の層で何もかもが灰色だ。
「宝箱、ほんとにあるのかな」
全員で部屋中を探した。すると額縁の後ろに宝箱が隠れていた。
少女の幽霊から貰った鍵で箱を開けるとなかから別の鍵が現れた。
「これ、どこの鍵?」
全員が首を捻った。




