クーの迷宮(地下35階 メルセゲル・ゴースト・オルトロス戦) 今度はスケルトンかよ
「涼しい」
窓から吹き込む風に身を委ねる子供たち。
「今日は風、強かったんだな」
「ジャリジャリになってたね」
「お昼、お肉じゃなくてよかったね」
「気を使ってくれたのよ」
「やっぱりゾンビだったんだ」
「お帰りなさい」
ラーラたちが帰ってきた。
「ラーラ姉ちゃん、聞いてよ。変なのがいたんだよ」
子供たちが今日見たことをそのまま口にした。
「今日中にクリアできるの?」
「遅れてるけど、なんとか」
豆のスープとサラダが出てきた。
「はーい、みんな手伝って。並べて頂戴」
メイン抜き、パスタ大盛りとマルガリータ。そしてデザート。
「いただきまーす」
午後の部は予定通り進んだ。金目のゾンビの出現もなくなって、肩透かしを食らった。
「どこかにゾンビを狂化した死霊使いがいたのかもな」
「ゾンビのくせに」
「オリエッタに調べて貰えばよかったね」
「……」
「見た目クヌムだったじゃん」
「爪長かっただろう」
「悪かった。僕の判断ミスだ。次に会ったら調べてみよう」
「ゴースト発見!」
後半ともなると皆、目も慣れてきて、ゴーストも空気の揺れのなかから探し当てることができるようになっていた。
あっという間に燃え尽きた。
「あっ!」
ドロップアイテムが残った。
「何これー」
「きれー」
「綺麗な王冠だよ」
「ティアラって言うのよ」
「綺麗な宝石。これ高く売れるよ」
子供たちが我先に拾い上げようとアイテムに接近する。
「はい、そこまで。呪い注意だ」
「あッ」
「ああ!」
「はう」
「だから言ったろう?」
オリエッタがゆっくりとアイテムににじり寄る。
「むむむ」
「…… どう?」
子供たちもしゃがみ込んで同じ視線で覗き込む。
「当たり」
「ほっ。よかった」
「呪いのアイテム」
「え?」
子供たちが青くなった。
「触ったら混乱必至。頭に載せたら狂人の仲間入り」
最後にいい勉強ができたな。
因みに子供たちの装備には状態異常耐性が最高レベルで付与されている。仮に触れてもオリエッタの言うような状態になることはない。精々訳もなくだるくなる程度だ。しょっちゅう『万能薬』を舐めている子供たちが影響を受ける可能性はまずないと言っていいだろう。だからといって「触っていい」とも言えないわけだが。
僕はアイテムを解呪して、倉庫に転送した。
解呪したアイテムに初見ほどの魅力がなくなっていることに気付いた子供たちは驚いていた。
「そういうものだ」
迷路の出口を出るとそこは以前三十三階層で見た真っ白な霊廟だった。ただ、霊廟は以前見た物よりわずかに朽ちて汚れていた。
「出口は?」
前回は霊廟が出口だった。
今度の出口は丘を下った先にあるはず。
三十三階層のアジトがあった方角と反対側の坂を下って行く。霊廟の丘の麓に変哲のない洞穴の入口を見付けた。
ここにフロアの出口がある。
見慣れた階段を下り、脱出部屋に踏み込んだ。
「事務所に報告してから帰るぞ」
「了解」
僕たちの報告は窓口で驚きを持って受け止められた。情報にいくらの値が付くかはわからないが、明日調査隊を向かわせるとのこと。
僕たちは倉庫に向かった。
「これ、どうするの?」
もう触っても大丈夫なのだが、床に置かれたまま、子供たちはそれを拾おうとはしなかった。
「拾わなければよかったって思っただろう?」
子供たちは頷いた。
「ゴーストからのドロップ品は以後無視するように」
「はーい」
そう言われると欲が出る。実際、当たればいい物を落とすから質が悪い。
「どうする?」
解体して素材に変えようかという話にもなったが、それでも売った先に申し訳ない気分になると、転売を諦め、処分することにした。
迷宮に戻って、草むらに放り投げ、なぜか子供たちは祈りを捧げた。そんなにビビらなくても。
帰宅すると婦人会の方々が食堂で、夫人を囲んで歓談していた。
近々、非戦闘員の一団がまたやってくるらしく、歓迎準備の相談をしていた。
子供たちは玄関で入念に浄化魔法を施した後、自室に籠った。今、食堂に行くと話の種にされた挙げ句、おさんどんさせられることがわかっていたからだ。
僕も話の種にされるのは嫌だから顔だけ出して、忙しい振りをして自室に籠った。
でもやることがないので、次の攻略情報をチェックすることに。
ヘモジとオリエッタがドアの隙間から食堂を睨んでいる。
「ナナ?」
子供たちからお呼びが掛かったようで、コソコソしながら出ていった。
僕は荷物を下ろすと資料を寝室に持ち込んだ。
「ああ、あそこか」
資料から次の三十五階フロアがメルセゲルの城であることを思い出した。
そこは城のなかを隅々まで散策しようと思うと、とてつもないことになるフロアだった。何せレイドが組まれることが当たり前の攻城戦フロアだ。まともにやり合うと、三千体の敵と戦う羽目になる。
その分、回収アイテムは美味しかったりするのだが。
勿論、今回の攻略フロアがエルーダと同じかどうかはわからない。
金色の目の報告ついでに貰ってきたフロア情報を確認すると、やはり出口に続く地下墓地への入口は王座経由、庭園にあった。
「リオナ婆ちゃんと攻略した最短ルートを行くことにするか……」
面倒臭がりの婆ちゃんの進むルートは大抵、最短コースである。強い相手がいなければ、だ。
で、このフロアの場合、上階の攻略は無視して、庭園に侵入するルートを行けばいいわけだ。
「んん…… どうしようか」
完璧な城の暮らしというものを子供たちに見せてあげたい気もする。普通の領主はこういう所に住んでるんだぞと、実地の勉強に最適な物件でもあるのだ。
獲物はメルセゲル、ゴースト、オルトロスの三種。
ただメルセゲルは城内では生前の姿で、地下墓地のなかではゾンビの姿で登場する。
オルトロスとは頭が二つある、蛇の尻尾を持った犬だ。頭が三つあるケルベロスなら黒い皮が高値で取引されるが、こいつは総じてケルベロスの劣化版である。通称、双頭の駄犬。ここでも城の中庭に放し飼いになっているようだが、婆ちゃんのショートカットルートでも完全に無視されている。
次回以降のフロアでも会えるので、ここで無理して戦う必要はない。
メインはやっぱりメルセゲルの兵との城内戦闘。あちこちから放たれる弓攻撃は要注意である。城内を進んだ方が安全とも言えなくもない。
散策するかも含めて、後で子供たちと相談しよう。
ご婦人たちが立ち去った。彼女たちにも夕飯の準備が待っている。
さて、どのタイミングで出ていくか。一斉に扉を開けようものなら、帰るのを待っていたかのように思われてしまう。
「ナーナナナ」
「気持ちよかったー」
ヘモジとオリエッタがなぜか湿気て戻ってきた。
「水風呂入ってきた」
「ナーナ」
「はあ?」
子供たちといっしょに水風呂に入ってきたようだ。
窓を開けて涼み始めた。
外が騒がしくなってきたので、僕も出て行くことにした。
子供たちが新品になっていた。
「さっぱりしたー」
「師匠も来ればよかったのに」
「これで呪いとはおさらばだから」
「何よ、呪いって」
イザベル姉さんがニコロの頭を鷲掴みにした。
「ええと、それは……」
子供たちは風呂洗いに精を出す羽目になった。
「浄化魔法でいいじゃん!」
「それをあんたが言うわけ?」
全く以てその通りであるが、それが人という生き物だ。
「誰も呪われてないのに……」
「ナーナ」
なんでこうなった?
「さあね」
翌日、僕は半分、観光気分でやってきた。
が……
僕たち三人は正門の前で呆然と立ち尽くす。
城壁はただの垂直な壁と化していた。大門は白蟻に食い尽くされたのか跡形もなく、鍛え上げられた兵士たちはよぼよぼのアンデッドと化してカタカタと揺れていた。
「ゾンビがスケルトンになった」
舌足らずが言った。
「メルセゲルの栄光は何処……」
雲間から差し込む日の光がもの悲しく廃城を照らした。
「見学はなしだな」
子供たちに絢爛豪華な城を見せてやりたかったな。王の間の贅をこらした化粧タイル、金細工を施した化粧柱。兵士詰め所の重厚な梁。洋服ダンスのなかのきらびやかなドレス。
でも…… カテリーナは両親との暮らしを思い出してしまうかな。
「これでよかったのかもな……」
「ナ?」
「なんでもない」
メルセゲルの城は見るも無惨な廃城になり果てていた。あっちもこっちも雑草だらけ。
「くそっ」
なんかむかつく。
「一体残らず葬ってやる」
「ナナ?」
「久しぶりに千人斬りだ」
「ナァアア!」
「やるの?」
「昔、よく婆ちゃんとやったろ?」
「婆ちゃんいないのに……」
「ナナーナ」
屈伸し始めた。
「オリエッタは高みの見物でもしててくれ」
「アイテムは?」
「暇があったらな」
「ナーナ」
ヘモジがミョルニルを抜いて、右回りに行くと宣言した。
「じゃあ、こっちは左だな。数、数えとけよ」
「よーい、どん!」
「早っ!」
「ナ!」
僕とヘモジはオリエッタを置いて駆け出した。
鎧は明日、回収してやる。今日のところは黙って死んでおけ。
壁の上でアンデッドが弓を引く。でもこっちの動きに付いて来られない。
目の前のアンデッドを兜ごと切り裂いて、城壁に接近する。瓦解した壁の上に残って下りる手段をなくした兵士。
「骨にもなるわな」
ヘモジが並んだ城壁跡の根元を一つ叩きつぶした。弓兵を数体か巻き込んだ。
相変わらず豪快だ。
僕は転移して敵の後ろを取る。接近された弓兵にできることなどない。
目の前の一体を突き落とし、二体目を構えた弓ごと切り裂いた。
三体目には軽い衝撃波、かかとを浮かしたところを下から切り上げた。
隣の、崩れずに残った城壁から弓兵が狙いを定める。
登る手段のない壁の上に陣取る弓兵を倒すのは、手段のない者には最高に難しい。
でも手段のある者にとってはただの檻だ。逃げ場のない敵を追い詰めるのは容易い。
僕は壁を蹴った。隣の壁まで数メルテ。
四方から飛んでくる矢を結界でいなす。
そして対岸に立つ一体の頭蓋を突き刺すが、まだ動く。だから力を込めて下に振り抜く。
肋骨を砕く前に、先方の膝が砕けて、弓兵は地上に落ちていった。
壁伝いにこれ以上行けなくもないが、ヘモジが主塔に取り付いて暴れているので、こちらは居館を先に一掃することにした。
「ごめんなさいよ」
最上階からの侵入だ。
小部屋の扉はどこも朽ちて無いので、敵は発見し易かったが、王族が暮らすフロアである。そもそも兵士の数も限られた。
最上階には王座があるが、隠し通路は今は無視。
王座の前に仁王立ちして、下の階からワラワラと現れる兵たちを迎え撃つ。
元々剣は苦手なメルセゲル。得意な槍で来ればいいものを。それでも城勤めする兵士なら優秀なはずだが、スケルトンと化していては生前のキレはない。
「深層にいるくせにスケルトン先生より鈍いってのはどういうことだ」
鎧を回収する気がなかったので手当たり次第、切り刻んだ。
「しまった、夢中で数がわからなくなった」
ステンドガラスを割って何かが飛び込んできた。
「ナーナ?」
「こっちは片付いたぞ」
「ナナーナ」
弱過ぎると言って、転がっている兵士の頭を蹴飛ばした。
おいおい、どっちの味方だよ。
唸り声が聞こえた。
「お前」
「ナナ?」
「オルトロス、引っ張ってくんなよ」
「ナナーナ」
「何がお願いします」だ。面倒なだけだろ。
「駄犬でも足は速いんだから」
割れた窓の窓枠に身体を強引にねじ込んで駄犬は動けなくなった。
「……」




