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クーの迷宮(地下34階 クヌム・メルセゲル・ゴースト戦) ゾンビじゃん

「ピュイ?」

「キュルル」

 無翼竜が周りをキョロキョロ見回す。

 僕は光の魔法『聖なる光(ホーリーブラスト)』の最弱レベルを通路の角に放り込む。

 まばゆい閃光と共に、ゾンビが二体、悲鳴を上げて飛び出してきた。

 本日は三十四階層、クヌム、メルセゲル、ゾンビ、じゃなくてゴーストの攻略である。ゾンビはクヌムとメルセゲルのものだ。ややこしい。

「燃え尽きろ!」

 子供たちが放った火の玉がゾンビに命中した。薪のように燃え上がり、ボロボロと崩れ去る。

 オーバーキルだけど許す。


 パチパチと通路の隅でゾンビだった物がくすぶっている。

 ヴィートが灰のなかから巾着袋を拾い上げた。

「銀貨だ。結構重いよ」

「ゾンビじゃ、せっかくの銀貨も取り出せないわね」

 ニコレッタが皮肉る。

「待て。オリエッタ」

 オリエッタに調べさせる。

「何?」

「その巾着。なぜ燃えてない?」

「あッ」

 オリエッタが近くに寄って、目を見開く。

「魔道具なの?」

 子供たちがオリエッタに駆け寄る。

「…… 当たり。火耐性ある」

「巾着の方が売れるかもな」

 ヴィートが側にいたミケーレのリュックに押し込んだ。

「ちょっと、浄化してから入れてよ!」

「あ、ごめん、ごめん」


「ゴーストいる?」

 ニコロが囁く。

 別の角。やけに静かだ。

 普段『魔力探知』に頼りきりの子供たちにゴーストを見付けることは容易ではない。スケルトンやゾンビならば足音や唸り声ですぐわかるが。

 ゴーストとなるとそれもできない。

 使い勝手のいい『聖なる光』はその気になれば一瞬で周囲を浄化してしまえる対アンデッドに特化した魔法である。だが、子供たちはそれではつまらないと言うので今回のような作戦を取っている。

「『浄化の光』と何が違うの?」

 カテリーナが聞いてきた。

「『聖なる光』は『浄化の光』を戦闘寄りに特化させたものだ。レベルの低い相手なら『浄化の光』で充分だけど『浄化の光』はそもそも集団回復魔法だ。『聖なる光』は聖騎士団が使う代表的な攻撃魔法で、当然、部外者が使っていい魔法じゃない」

 子供たちは不満顔だ。

「ばれないように使えばいいのさ。せっかくアンデッドに有効な魔法なんだから」

「教えてくれる?」

「『紋章学』をもう少し勉強したらな」

「そのときは教えてくれる?」

「だましのテクニックも教えてやるよ」

 具体例を披露した。

「ゴーストが燃えてるッ!」

「見た目は『衝撃波』 でも中身は聖属性」

 透明な絹のような存在が透き通った光を浴びて、夕焼け色に輝きながら悶え苦しんで果てた。

「気付かなかった」

「あんなとこに隠れてたのか」

「やるな、師匠」

「さすがは師匠!」

 やめろ。くすぐったいから。って、おい。見るところが違うだろ!


「ゴーストは何も落とさないの?」

「エクトプラズムをたまに落とすな」

「何、それ?」

「錬金術に使うアイテムだ。やばいから拾わなくていいぞ」

「死霊使いとか?」

「まあそんなところだ」

「他のはいいの?」

「呪いのアイテムをたまに落とすな。だからオリエッタが確認した物以外、拾わないように」

「ちょっと、さっきの!」

「あれはゾンビからのだろ!」

「そうだった」

 ミケーレとヴィートに呆れた視線が集まる。

「ゴーストのドロップ品は無視するぐらいがちょうどいい」

「いいんじゃない。どうせめったに落とさないって言うし」

「それがそうもいかないんだな」

「?」


 実に迷宮らしい造りのフロアだった。壁掛け用の燭台がただひたすら並んでいるだけの通路。たまに炭鉱夫が寝泊まりするような蛸部屋。

「金目の物があるとは思えないな」

 一々光の魔法で照らさないといけないレベルの中途半端な明るさ。蜘蛛の巣もちらほら。

 天井も羊頭と蛇頭のサイズに合わせたにしてはやや高めだ。剣を振るう余裕はある。

 事務所で借りてきた情報で出口までのルートは検証済み。

 こんなフロアはさっさと通り抜けるのが賢明だ。が、嫌な情報が一つ。それがこの先に控えている。

 仲間の断末魔に誘われて、奥からのそりのそりと姿を現し始めた。

 手に杖を握っている!

「クヌムだ。魔法が来るぞ」

 水の魔法が飛んで来た。

 が、結界が寄せ付けなかった。

 お返しとばかりに火の玉が無数に飛んでいった。

 クヌムはゾンビになっても魔法を使うが、気力に問題あり。結界は耐えることなく易々と突破され燃え上がった。


「罠あった」

 オリエッタが後退った。

 光の魔法で先を照らすと、壁に木の杭が隠れていた。

「ぐがぁああ」

 光に誘われて奥からゾンビがよろよろやってきた。今度はメルセゲルだ。槍を引き摺っている。

「あ」

 目の前のゾンビがバチンッと足元を横切っていたワイヤートラップに引っ掛かった。

 杭が横からバンと突き出てきてゾンビは串刺しになった。

 また馬鹿やってると皆が呆れた。が、次の瞬間、悪寒が走った。

「光あれ!」

『聖なる光』を殲滅レベルで放った。光の波紋が周囲にいたゾンビたちを一掃した。

 頭の上から塊が落ちてきた。

「うわっ」

 子供たちが後退る。

 チラチラと灰になってくすぶっていた。

「消滅しないか……」

 絶命してはいる、いや、元々死んでいるが、その姿はクヌムのものでもメルセゲルのものでもなかった。

 長い爪が燃え残っている。

「何か混ざってるな」

 情報にあった奴だ。

 クヌムでもメルセゲルでもない…… いや、それでは迷宮の暗黙の了解が崩壊する。中盤に出てくる敵の種類は三種類。四種類いると判断するのは早計……

 魔法使いのクヌムが何かしたのかも。

「師匠ッ!」

 子供たちの声に振り返ると通路の先に金色の瞳が大量に現れた。

「何、あれ!」

「怖いよ」

 メルセゲルじゃない。ゴーストでもない。

「クヌム……」

「羊が狼になった」

 山羊の頭に鉤爪ならデーモンという迷宮限定の魔物がいるが、目の前にいるのはもっと小ぶりだ。それに猫背だ。

 でも加減なしの『聖なる光』を浴びて消失しなかった。要注意だ。

「お前たちは下がってろ。手合わせしてみる。あれは気味が悪い」

「師匠?」

「結界全開だ」

「は、はい!」

 僕はヘモジを残して飛び込んだ。

 黄色の瞳が金切り声を上げた。やはりこの品のなさはクヌムじゃない。

 天井も壁も関係なく蹴り飛ばして猛烈な勢いで駆けてくる!

「ただの強化魔法じゃないな」

 まるで獣人だ。魔法使いの動きじゃないぞ。

「光よ!」

 全力の『聖なる光』を放った。

 敵の中心で光が爆発する。広がる光の波紋が得体の知れないクヌムを包み込んだ。

 バタバタと倒れる音がする。

 まだ動いている反応は?

 四つもある!

 地面を蹴った。

 目の前にうずくまってるのが一体!

 こちらを察知して手刀を放ってきた。

 伸びる!

 僕は腕と一緒に首を切り落とした。

「危なッ」

 二体目が既にこちらを狙ってる。

「ぎゃあああああ」

 天井から飛びかかってきた。

 クヌムとは思えない野性味。手刀は正確にこちらの喉元を狙ってくる。

 結界でブロック、突き返してやる!

 避けられた。

 蹴りが飛んでくる!

 剣の柄で受けて、その勢いで薙ぐ!

 いなされた!

「ゾンビが体術をやるのか!」

 剣を大振りして距離を取った。つもりだった。三体目の手刀が後ろから狙ってきていた。

「消し飛べ!」

 身体のなかに燃えさかる炎をイメージした。

 三体目のゾンビが内側から炎を吹き出し燃え上がった。

 結界で殴り飛ばした。

 二体目の手刀が喉元に!

 結界で押し返すか、回避するか一瞬悩んだ。でも回避コースには既に四体目が待ち構えている。

 浄化の炎で黒焦げのくせによく動く!

 回避は回避で。

 手刀を結界で受け止める。

 でも動きが止まれば結局四体目にやられる。ならば!

「『風切り』!」

 受け止められる前に切っ先には空を切らせる。婆ちゃん直伝の剣技。剣による遠距離攻撃。

 切っ先にやや遅れて放たれた風の刃が二体目のゾンビの頭を半分にスライスする。

 僕の身体はそのままもう半回転、四体目と対峙する。

 虚を突かれた四体目は何もできなかった。実体の剣で胴を真っ二つにした。

「こいつら…… なんて連携してやがる」

 僕は子供たちの下に急いで戻った。

「作戦会議だ!」


 単体なら従来の戦い方で問題ないが、連携されると翻弄される。遠距離で事が済めば問題ないが、突破されたら危険だ。

 入念に打ち合わせをする。

「まず師匠の『聖なる光』は必須だね」

「しょうがないよ」

 自分たちの力だけで突破したい気持ちはわかるけど。

「敵の動きに慣れるまでだから」

 なんかやる気になってるのもいる。

「そうだな。まず敵の動きに慣れないと」

「師匠との一戦である程度わかったし。後は体感するだけだ」

 子供たちはチームを二手にわけた。そして攻撃担当と守備担当に人員を割り振っていく。


「ゴーストいた」

「どこ?」

「あの松明の所」

 ニコロとミケーレが囁き合う。

 ゴーストと金色の目が混在するとややこしくなる。

「金目は?」

「二体いる」

 オリエッタが言った。

「行くぞ」

 ゴーストがいる辺りに『聖なる光』を放り込んだ。

 ゴーストは昇天した。エクトプラズムを落としていったので一目瞭然だった。

 が、ここで信じられない光景を見た。

 なんと光を浴びて死に掛けていた金色の目がそのエクトプラズムを食い始めたのである。

「ぎゃぁあああッ!」

 ボロボロだった表皮がひび割れて、全身に棘が生え始めた。

「まさかクヌムのなかに死霊使いが……」

「悪趣味……」

「魂を食らって狂化する術があると聞いたことはあるけど」

「生きてちゃできなかったね、きっと」

 専門家じゃないからなんとも言えないが…… 恐らくヴィートの言う通りだ。

「死に掛けが回復しやがった」

「『無刃剣』!」

 子供たちが魔法を叩き込んだ。

 当たったのは最初の一発のみ。後は反射神経のなせる技だ。

「当たらない!」

「こっちは片付いた!」

 ジョバンニの班は仕事を終えた。

 狂化しなかった方は既に死に体だった。

「一対一だ。落ち着いていけ!」

「了解ッ!」

 子供たちは杖を敵に向けた。

 元は同じトレントの杖だったのに…… それぞれの性格に合わせて随分変わったな。

 敵はいきなり突っ込んできた。子供相手だと油断したのか、いきなり首を刈りに来た。

 が、易々と結界に掴まった。

 火の魔法を避け、水魔法を躱し、風魔法を擦り抜けた。が、雷は避けきれなかった。

 頭蓋が炭化して地面に転がった。身体はまだひくついていた。

「雷が有効みたいね」

 ニコレッタが自慢げに踏ん反り返った。お前はヘモジか!


「師匠、お腹空いた」

「…… どうする?」

「ここで食べる?」

「このフロアはずっとこの調子らしいからな」

「あの金色の奴のせいで予定より遅れてるから、戻ってもいいんじゃない?」

「それを言うなら、遅れてるからここで食う、だろう?」

「さっきちょうどいい広さの部屋があったから、そこ改造しようぜ」

「どうする?」

「お前たち、ここが闇属性のフロアだということを忘れてないか?」

「あ!」

 魔力減衰効果。長居は無用である。

「撤収します」

 脱出用の転移結晶で僕たちは外へ出た。



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