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帰還

『前方に船影確認!』

 望遠鏡で地平線を覗いた。

「なんか見たことあるような……」

 航海最終日、砦の手前で見送ったはずの船団と高速艇に追い付いた。

「あちらも向かい風はきつかったようだ」

 それでも目に見える形で得られた成果に全員、息を呑んだ。

「逆走もしたよね」

「実験もしたよ」

「それでも僕たちの方が早かった」

 子供たちがニヤニヤしだした。

「砦から通信! 『そのまま入場されたし。結界を解除する』」

 追い付いたと思ったら、船団は大門から入場するため舵を右に切った。

 僕たちの船は防壁に沿ってさらに西進し、南側から回り込んで入場する。

「減そーく。舵そのまま。ヨーソロー」

 僕たちの船は砦の島の北側を目指した。湖の北側を大きく迂回して侵入する。


「ちゃくすーい」

 たくさんの船が湖に浮いていた。

「衝撃に備えよ」

 影響がないように大回りしながら高波を巻き上げ、湖面に降り立った。

 砦の北側を見上げる機会は余りなかった。

 展望台の裏手、上の方はほぼほぼ手付かずの状態で残っている。

 昼下がりの濃い陰のなか、水道橋の下を潜った。

「怖ーっ」

 子供たちが橋桁を見送った。高さは十二分にあったが、幅はギリギリだった。

 こんなでかい船を通す予定はなかったからな。

 でも通れてよかった。通れなかったら南側から大回りしなければならなかった。向こうを通る場合、大橋の上を跨ぐことになるが。それはそれで怖い。

 我が家ののっぽな建物が迫り出した岩場からかろうじて見えた。その下にはヘモジの薬草畑が隠れている。

 そして新設された専用ドックの入口が……

「どこから入るんだ?」

 何度か訪れているというオリヴィアに尋ねた。

「おかしいわね」

 それらしき埠頭はどこにもなかった。

 オリヴィアも首を捻った。

 大伯母が何か仕掛けを施しているんだろう。

「少し待つか」

 目の前が突然、開けた。

「うわぁあ」

 望遠鏡を覗いていた子供たちがのけぞった。

 無骨な基礎壁が消えて、入口が現れた。

 洞窟の奥に入り江が見えた。

「我が家の足元がいつの間に……」

「もう一速落としたい」

 トーニオが言った。

 勿論、減速の下はもうない。停止のみだ。

 トーニオの弱音を聞いた子供たちは見張りに飛び出していった。目は多い方がいい。


 桟橋が見えた。

「機関停止」

 惰性で船は進んだ。

「ここは任せた」

 僕と数名はガーディアンに乗り、船外に出た。

 ぶつかる前に停止できなさそうならガーディアンで押し止める。

 が、逆に止まるのが早過ぎた。

「アンカー、どうします?」

 このドックはこの船専用に造られているので、係船ロープを左右両舷から取れる造りになっていた。

 桟橋の対岸にあるボラードも利用することにした。

「その前に首を回しておきますか」

 出港するときにバックして出ていってもいいのだが、どうせなら人の多い今、船の向きを変えてしまった方がいい。

 係船ロープがそれぞれに投げ込まれた。

 僕らはそれを受け取り、慎重に船を半回転させ、四方にあるボラードに固定した。

 甲板でロープの巻き上げが始まって、船はゆっくり後ろ向きで桟橋に近付いていった。

「オーライ、オーライ」

「もうちょっと」

「ゆっくり、ゆっくりー」

 甲板の上で子供たちは巻き上げ作業を行っているクルーと元気に合図を交わしていた。

「はい。オッケー」

 陸地に着陸するばかりだったから気にならなかったが、水上での接岸作業は面倒臭かった。

「お帰り。どうだった?」

 振り向けば欠伸する大叔母が桟橋に立っていた。



「現金の方がいいか?」

「んー、薬と食材も混ぜてくれると嬉しいかな」

 ドック隅でオリヴィアと今回掛かった経費の支払いについて相談していた。

「食材?」

「船で食べたチーズケーキ。あれの在庫残ってたら分けて貰えないかしら?」

「構わないけど…… チーズケーキ限定?」

「個人的に…… ね?」

「ね、じゃないだろう。棟梁が公私混同してどうすんだ!」

「実はわたくしめも虜になりまして」

 ベルモンドが後ろからぬっと顔を出した。

 あれはあちらの世界から運び込んだ物ではなくて、牧場で手に入れたチーズと牛乳を使って、夫人たちが手ずから作った物だ。

 素朴な味が気に入ったのかな?

「あれはこっちで作った物だから、言えば作ってくれるんじゃないか。出立前にまとめて作ってたから、たぶん在庫もまだあると思う」

「アルベルティーナさん? 帰りに訊いてみるわ」

「値段のある物じゃないから、請求に入れなくていいぞ」

「じゃあ、ポケットマネーで食材でも送らせて貰うわ」

「助かるよ。うちは大所帯だから」

 後を遠征隊とは別の商会スタッフに任せて、僕たちはドックを後にした。

 大伯母の話では船はこれから水上に一度上げられて、点検作業に入るらしい。

 ただのドックにしか見えない後ろの埠頭は乾ドックの仕組みを備えた優れ物であった。


 新たに増えた地下通路を進み、一階エントランスホールに出る。

 奥には変わらず神樹が鎮座していた。

『ペルトラ・デル・ソーレ』の参拝者の列が目の前を横切った。

「なんだ? 旗持ったのがいたぞ」


 食堂でそのことを話すと、専用の旅行ガイドさんらしかった。

 参拝だけでなく、砦周りの観光地を巡るツアーを仕切っているのだそうだ。

 ヘモジの薬草畑や野菜畑、大門に繋がる大橋、粉挽き水車、水族館、北の滝壺等々、一日掛けて巡るのだそうだ。一番の見世物はそこに生きる我々人族。迷宮を訪れることがない冒険者以外の人たちの姿を生で見る異文化交流事業なのだそうだ。

「ミントの奴、本格的に観光業に手を出してきたか」

「今、観光ブームなんだってさ」

「虫と間違われて叩き落とされなきゃいいけど」

「注意喚起は?」

「もうしてあるわ」

「交流が深まることはいいことよね」

「でも、あの旗振りガイドはいいアイデアだな。こっちもあいつらが何してるか、すぐわかるし」

「うるさくしないでくれれば、それでいいよ」

 子供たちはぐでーっとテーブルに突っ伏している。

「なんだ? 疲れたのか?」

「やっぱ、家がサイコー」

「幸せー」

 ラーラが「何をさせていたの?」という目で僕を見た。

「旅の疲れが出たんだろう」

「じゃあ、帰るわね」

 オリヴィアが顔を出した。

 夫人と話が付いたようだ。嬉しそうに土産をぶら下げている。

「おつかれ様したー」

「あんたたちもねー」

 おざなりな子供たちに、オリヴィアは手を振って出ていった。


 ヘモジは畑に行ったきりまだ帰ってこなかった。オリエッタもどこに行ったのやら。

 子供たちは荷物の整理をする前に、宿題をラーラに提出すると、食堂を出て行った。

「ほんとに書いてきたの?」

「誰かに話したくなるってことあるよな」

 見慣れた景色が退屈に思えるのは前線の余韻がまだ残っているせいだ。と思いつつ、食堂を出ると子供たちが居間に転がっていた。

「だらけてる」

「お帰り」

 オリエッタが戻ってきた。

「偵察行ってきた」

「何かあった?」

「ガラクタ運搬されてった。ガーディアンはお釈迦だって」

「船は?」

「外側が溶けただけだから平気だって」

「結界が突破されるって…… 魔石足りてなかったのかな」

「あれは……」

「ん? 何か知ってるのか?」

「転売する気で出し惜しんだんじゃないかって、他の船の船員が言ってた」

「遊ぶ金欲しさに?」

「どうせガーディアンがやってくれるから、結界なんておざなりでいいだろうって。船長がケチなんだって愚痴ってた」

「『万能薬』の請求書、送ってやりたくなるな」

「船直したら転売するかもって言ってた」

「自業自得だな」

「ご飯残ってる?」

「まだ間に合うぞ」

 台所で後片付けを始めた夫人の足元に飛んでいった。

「ヘモジ、おかえりー」

 子供たちの声が聞こえた。

 お、帰ってきたか?

「ナーナーナ」

「何それー?」

「ナーナ」

「うわっ、お野菜がいっぱいだ」

 子供たちがこぞって階段を駆け上がってくる。

「お野菜だよー」

「ヘモジがお野菜取ってきたー」

「あらあら、まあまあ」

「ナナーナ」

 ポリポリ、胡瓜(チェトリオーロ)をかじりながら上目遣いでこちらを見上げる。

「一本貰える?」

「ナ、ナーナ」

 七割の出来? 曖昧な評価だな。

 胡瓜を一本貰った。

 一かじりして納得した。

「充分美味しいけど…… 確かに少し水気が足りないかな」 

「ナーナ」

 ヘモジには痛恨の出来だったようだ。旅に出たせいだ。

 頼んだ同業者に胡瓜栽培の経験者がいなかったことが収穫遅れの原因になったようだ。ヘモジの帰りを待ってしまったせいで時期を逃した物が大量に出たらしい。

 持ち帰ってきた野菜の山はその結果というわけだ。

「充分市場に流せると思うけどな」

「ナナーナ!」

『ヘモジ印』の沽券に関わるとヘモジは突っぱねた。が、砦の現状を考えるなら出荷して欲しかった。

「おいしいね」

 子供たちは早速ご相伴に与った。

 土を洗い流してそのままボリボリ。

「ヘモジちゃん、おいしいよ」

「うんまい!」

「甘い」

「はー、幸せ」

 複雑な面持ちでヘモジは子供たちの感想を聞いた。

「この地で栽培できるとわかっただけで御の字だ」

「ナーッ!」

 志が低いとぶたれた。当初の予定はそうだったろう? 収穫できるかって話だったはずだ。出来は二の次、三の次。贅沢な悩みじゃないか。

 温室が機能するとわかれば、未来は明るい。巨大な結界を張って環境を変えているといっても、変化はまだ緩やかだ。

「上出来だよ、ヘモジ」

「ナナーナ……」

 明日からの野菜の出荷は既に決まっている。半分は備蓄に回されるが、市場は新鮮な野菜で賑わうだろう。

「そうだ。折を見て収穫祭をしようか。麦の収穫まで待とうと思ったけど、今年は特別だからな」

 子供たちはヘモジを抱き上げて「やろう」と叫んだ。

「どうせ酒飲むだけだけどな」

「一夜漬けのお漬物でも作る?」

 というわけで、月の変わり初めである三日後に小さなお祭りを催すことになった。



 僕は寝床で明日の準備をする。

 明日は三十四階層だ。羊頭と蛇頭とゴーストが相手である。因みにエルーダでは羊頭も蛇頭もゾンビだった。

 嫌な一日になりそうだ。

 旅の疲れもあるだろうと、子供たちは完全休業にした。なので……

「一緒に行く!」と、いうことになった。

 こちらとしては二日続けて行かずに済むので有り難いことではあったが。

「嫌なことは早めに済ましちゃいたいもんな」

「嫌なことが控えてると休んだ気になんないもんね」

「久々に魔法ぶっ放したいと思ってたんだ」

「相手にとって不足なし」

「燃やすぞー」

「オーッ!」

 隠遁かまして素通りするつもりだったのに…… やらなきゃ駄目ですかね?



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