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向かい風は実験日和

告知通り連投ですm(_ _)m

「えーっ!」

「えー言わない。これより補助帆による帆走を行う。最後の試験だ。いざって時に動きませんじゃ話にならないだろう?」

「僕たちにできるかな?」

 帆船の帆を張る作業は重労働だ。このクラスの船になると、大勢の男たちがシュラウドをよじ登り、ヤードに掛かったあぶみ縄に足を掛ける必要が出てくる。さすがにそんな危険な作業、保護者としてさせられない。ドラゴンがいる戦場に連れ出している段階で、何言ってるんだって話ではあるが。

 でもその辺は考慮済みだ。参考物件はアマゾネスしかいない姉さんの『箱船』である。

「セッティングさえしてしまえば後は機械任せだから、前の船より楽だと思うぞ」

「ほんとに?」

「難しいのは実際に風を読むことぐらいだな」

「嘘じゃない?」

「力仕事、期待しないでよ?」

 しない、しない。

「インゴットを軽く持ち上げる子供が何言ってるのよ」

 オリヴィアは弱気な子供たちの尻を叩いた。

「論より証拠。まず見て頂きましょうか」

 ベルモンドが言った。


 操船担当のトーニオとフィオリーナを残した全員が甲板に出た。

 帆は両舷の船倉に張り付くように収納されているから、手摺りから乗り出さなければ見ることはできない。

 子供たちは中央甲板の隅に固まった。

 当船の帆は、マストを兼ねた可変アームに連結された装甲がそのまま帆の代わりをする代物である。故に素材は表面装甲以外ミスリルである。

 一目瞭然、そこにはシュラウドもあぶみ縄もブレースもなかった。

「まずこのロックを外します」

 商会クルーが説明してくれる。

 甲板に引き上げるノブが埋まっているので、まずそのノブを力一杯引っ張る。するとガクンと音がして、船舷に収まっていた帆がかさぶたのように浮き上がる。

 クルーは操縦デッキに合図を送った。

 操縦デッキにはトーニオとフィオリーナが残っていて、そこでもクルーのレクチャーを受けていた。

 可変アームがゴン、ゴンと音を立てて動いた。

 帆の役目をする装甲部分が魚のえらのように斜めに開いていく。

「マストはあくまで補助的な物で、様々なトラブルに対応するための物です。まず『浮遊魔法陣』が使えなくなったケース。四基も積んでいる『浮遊魔法陣』が一斉にダウンするケースは余り考えられませんが、推力が生きている場合、これを水平翼として活用します」

 アームが動いて帆が地面と水平になるように向きを変えた。

「迎角を与えることで浮力を得る助けとします」

「あんな小さくても飛べるの?」

 マリーが尋ねた。

「速度次第では可能かも知れません、が…… 跳ねたら積み荷が大変なことになりますね。でも、間違いなく喫水位置を下げる効果はあります。速度増加、燃費向上に寄与します」

 易しく説明して貰ったが、マリーはいまいちわかっていないようだった。

 帆の真ん中が割れて、重なり合った金属プレートが扇状に開き始めた。そしてプレートがキラキラと青く輝きだした。

「風の魔法が施してあります。出力調整と可変アームの角度調節で船体のバランスを保持します」

「オーッ」

「すげーッ」

 子供たちが感動に打ち震えた。

「お腹擦って平気?」

 マリーがまた尋ねた。

「これを使うときは非常事態ですから、多少は……」

 緊急用の魔石は反応炉用とは別に用意してある。でもアームを常に制御したり、船底の衝撃を結界で緩和させているとあっという間に空になるはずだ。

 そうなったらいよいよ脱出を考えなければならなくなる。

 これはあくまで緊急脱出のための仕組みだ。

「羽の形が!」

 ブレードが湾曲し、翼全体が鳥の翼のような流線型を描いた。

「凄いでしょう? 金属を変形させることで、あの湾曲を生み出しているのよ」

 翼は主翼と一体化したフラップに風を孕んで大きく軋んだ。

 確かにブレード一枚一枚にフラップを付けることは効率的ではない。だからといって連結した物を捻ることでカーブを生み出すとは。

「当商会の最新の技術です。いかがですか?」

「強度は大丈夫なんだろうね?」

「まあ、ぼちぼちですかね」

 頼りない答えが返ってきた。技術屋ってのは基本控えめなもんだが。

「でも、いいアイデアだ。いろんなことに応用できそうだ」

 スタッフが笑顔を向けた。


 カンカンと警鐘が鳴った。

「揺れますから、船内に退避して下さい」

 居住ブロックの扉から声が掛かった。

 積み荷は既に壊れた、どうでもいい物ばかり。遠慮は無用だ。

 商会の技術スタッフだけが安全ロープを腰にくくりつけて、その場で状況観察を続けた。

 周囲はおあつらえ向きの砂原。見るからに細かそうな砂がなだらかに敷き詰められている。ここなら船体もそう傷付くことはあるまい。

「これより『水平翼による推進抵抗軽減を目的とする浮上航行試験』を開始します。緊急停止も考えられますから、皆さん手摺り等に必ず掴まっていて下さい」


 船がゆっくり加速する。

 振動が軽減されているドームの向こう側は荒波に揉まれているかのように揺れていた。

「船壊れちゃう!」

 子供たちも身をすくめて窓の外を見詰め続けた。

「原そーく。ヨーソロー」

 トーニオが声を張り上げた。

「おー? 急に安定しだした?」

 景色が速度を増して流れ去るなか、揺れがピタリと収まった。勿論、船首は浮き沈みを繰り返していたが、居住コアと船体との間に仕込んである吸収材で、完全に押さえ込めるレベルまで収まってきていた。

「『推進装置』の魔力消費量が減り始めました」

 地面から浮き上がった分、摩擦による抵抗が減ったのだ。

「強速まで行っちゃう?」

 オリヴィアが自信なさげに僕に尋ねた。

「船底の温度は?」

「結界、正常作動中。外装温度に変化なし」

「魔力残量…… 七割、充分です」

 僕はスタッフの顔を見回した。

「やってみるか」

 歓声が上がった。

「振動が大きくなったり、船がバウンドしたら中止よ」

 オリヴィアが釘を刺した。

 ほんとに船が壊れて帰れなくなったら笑えないからな。

 みんな頼んだよ。

「舵中央。強そーく。ヨーソロー」


 結果は上々だった。

 速度を上げた以上の成果を得ることができた。

 が、砂原のコブに接触してバウンドしたせいで船はコントロールを失い、緊急停止。試験を終了することになった。試験環境が先に劣化した格好だ。


 点検作業開始と同時に、帆は再び自動で畳まれた。

 オリヴィアが汗を拭った。

 ここが一番苦労した機構だったらしい。伸ばすより折り畳むことの方が難しいのは当然で、そこに捻りを加えたりしていたから心配もひとしおだ。

 帆は無事元の装甲形態に戻った。

「先程と逆のケース。『浮遊魔法陣』が生きていて推力が死んだ場合、文字通り帆として機能します。生粋の帆船に比べると小さいマストですから速度は期待できませんが、先のケースより増しな状況と言えるでしょう」

 点検作業終了の合図が来た。

「よし、再開だ」


「『補助帆による帆走実験』を開始する」

 再び子供たちと外に出た。

 すると今度も水平翼のように帆は上を向いていた。

「まだ風を捉えないようにね。ここから角度を変えていくわよ」

 装甲の形状のままアームが徐々に傾いていく。

 風は生憎、海側から吹いているので西進すると向かい風になる。なので舵をやや北に切ることに。

 帆が起き上がったとき、風をすぐ捕まえられるように、アームの角度調整が行われた。同時にマストの底辺の位置が上甲板にいる子供たちの視線の位置まで上昇してきた。風を効率よく孕むためである。

 子供たちはこれから帆がどうなるか、予想し始めた。

「こんな感じ?」

 両腕を水平に伸ばして左腕を前斜めに、右腕を後ろ斜めに伸ばした。そして手のひらを立てた。

 クルーが笑った。

「まず身体を進行方向に向けてからでないと」

「あっち?」

「そう。だから身体は北西に向けないと」

「風は西から吹いてくるから……」

「どうしたって船、押し戻されるよね?」

 マリーとカテリーナが考え込んだ。

 キールがないからな。でもその問題は五十年前に解決している。

「『浮遊魔法陣』で横風にカウンターを当てるから大丈夫なんだよ」

 簡単に言うと、船の自重による落下エネルギーをカウンターに当てるのである。風の力は横方向にだけ作用しているものではない。縦方向にも作用しているのである。船体を横滑りさせることによって横方向の力を相殺するのである。

 駆けっこでコーナを早く回ろうとするとき身体を内側に傾けるあれである。地に足が着いているから重心がずれても横滑りしないだけで、横方向に働く遠心力に抗おうと下向きの力を利用するのである。

 答えは身体を北西に向け、前ならえをして、左手のひらだけ外に捻る。向かい風に抗うために船体を横滑りさせるわけだから、高度が落ちないように垂直方向にもカウンターを与えなければならない。浮力を生むように手のひらを若干下に向ける工夫が必要になるのである。

 海の上の二次元と違って、空は三次元の世界だ。子供たちにはまだ難しかったであろうか?

 そうは言っても風の強さによって、進行方向もすべて変わってしまうから、慣れるまでは迷うだろう。

 感覚で対応できても、説明しようとすると理屈が邪魔をするのである。


 帆を見上げるようになったら、意外に大きかったことに気が付いた。

 アームが盾を構えるように金属の帆が立ち上がっていく。

 それに伴い船体が軋み始めた。

 そしてじっと我慢していた船体はようやくゆっくりと動き始めるのである。

「動いた!」

 帆はほぼ垂直に立ち上がった。マストは横を向いたままだったが。

 船首が大きく横に振れた。

「うわっ」

 すぐにカウンターが当たってピタリと止まった。

「トーニオ兄ちゃん、しっかりしてよ!」

 窓の向こうでトーニオが済まないと手を上げた。

「システムが追い付いていないだけだ。トーニオのせいじゃないさ」

 船は安定し始めた。すべてに於いてバランスが取れてきたようだった。

「セイル展開!」

「展開?」

「さっきと同じ奴?」

 扇のプレート?

「当たり」

 オリヴィアが答えた。

 でも今回は扇状ではなく、上下水平に開いた。

 船がグンと加速した。

「後は風任せね」

 帆がどんなに正確に風を孕んでいようとも、今出せる速度はここまでのようだ。

 海の上を同じ風で走るより遙かに高速ではあるが。

「これだけ出せるなら、普段使いもできそうね」

「一度楽を覚えたらどうかな」

「魔石の消費量を見たら、一コロよ」


 タッキングを敢行し、はたまた追い風を受けるために逆走したりして、昼過ぎには帆を畳んだ。

 日中の間、帆走する予定だったが、予想より消耗が激しかったのと、向かい風で『推進装置』のデータを取る必要もあったので、早めに打ち切ったのだった。

 

 子供たちは退屈を取り戻した。余りに退屈だったので甲板を駆け回り、挙げ句、勉強を始めた。

 僕は反応炉に直接魔力を送る実験を始めた。

 ヘモジに影響が出ないうちに打ち切ったが、なかなかの強敵であった。



次回は本日から四日後、9/3になります。よろしくお願いします。

投稿ミスは寝ぼけて実行ボタンを押さずにページを閉じたせいだと思われます(^^ゞ

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