最前線にもドラゴンは降ってくる
他の子供たちもゾロゾロと現れる。
「食堂空きました」
トーニオが告げた。
子供たちと入れ替わりに、操船担当以外の商会クルーが奥に捌けていく。
オリヴィアも向かった。
代わりにトーニオが上がってくる。
「着いたんですか?」
「ああ、出迎えのガーディアンがくる」
「することあります?」
「まだ休んでていいぞ」
「じゃあ、ここにいます」
空いてる席に腰掛けた。
他の子供たちも行かなくてもいいのに担当部署に向かった。
後ろのエレベーターに乗ってニコロとミケーレも見張り台に上がっていく。
「飯うまかったか?」
「朝から最高だよ」
声が漏れ聞こえた。
最初は気後れしていたのに、随分仲よくなったものだ。
ガーディアンが四機飛んできて、旗を目視して引き返していった。
陸から光通信が来た。
「『誘導に従え』だって」
前線の様子が目視でもしっかり見えるようになると、子供たちも商会のクルーも驚きの声を上げた。
「船が埋まってる」
「おもしろーい」
「船ごとトーチカになってるんだ」
「まさか、こんなことになっていようとは……」
想像を絶する光景が広がっていた。
船を並べて壁を作っているとは聞いたが。
多くの船が距離を置きつつ、半身を湾曲した砂岩壁の内側に隠していた。ドラゴンのブレス対策か。はたまた甲板が日に焼けるのを防ぐためか。ただ背の高いマストだけは隠しようがなかった。
僕たちは船団の後方ではなく側面、北側から侵入するようだ。
何列にも並んだ船団の隙間を抜けるように進む。
最前列に並んでいる船の先に切り立った崖が見えた。
遠くからでよくわからなかったが、地層がずれてできた断層面のようだった。それを利用して、高所から敵を狙うトーチカ群となっているようだ。
ドラゴンは兎も角、タロス兵にとっては攻略の難しい要害となっているようである。
船団はその段差に沿って果てしない弧を描いていた。
僕たちはその弧に沿って中央に向かっている。
「これが『銀花の紋章団』の本隊なんだ」
トーニオが目を輝かせた。海の上で合流したのはあくまで『箱船』付きの一団だけだったし、これは壮観だ。
それにしても大型船の多さが目立つ。大型造船ドックを占有しているからこそできる芸当だろうが、これでガーディアンを主力としたギルドだと言われてもね。南部の戦闘船主体のギルドもここまでではなかった。
「張りぼて三割ってところね」
「張りぼて!」
オリヴィアの声に僕もトーニオも振り返る。
「何よ。気付かなかったの?」
オリヴィアがもう戻ってきた。
確かに、所々、朝餉の煙が上がっていない箇所はあるが……
「補給物資を扱ってると、部隊の大きさがなんとなくわかっちゃうのよ」
「張りぼて……」
「張りぼてだって」
暇していた砲撃班の子供たちが、張りぼて探しを早速始めた。
「でも、これじゃあ、姉さんの船がどこにあるかわからないな」
傘の下を飛ぶようになるとなおさら周囲が見えなくなった。
「結構大きな船を造ったつもりだったんだけどな」
「輸送船やドック船と一緒にしちゃ駄目でしょう。コンセプトが違うんだから」
行き交う人々が奇異な目でこちらを見上げる。
「おーい」
「おーい」
子供たちが一生懸命手を振った。
誘導されるまま進むと、列の隙間に大きく開けた場所が見えた。
巨大な屋根の下に無数の白いテントが並んでいる。人が大勢詰め掛けていた。
「市場かしら?」
空き地に船を下ろすようにと指示が来た。
「減そーく。着陸脚作動。下部展望、状況知らせ」
『着陸脚、正常作動中。障害物なし。それから、えーと…… なんて言うんだっけ?』
『特に異常なし』
『異常なし』
『もう、マリーったら』
『緊張しちゃって』
『接地したら、接地したって言うんだからね』
伝声管の側にいるとコソコソ話も拾ってしまうんだよな。
「こら、聞こえてるぞ」
『あ』
『マリーがしっかりしないから』
商会のクルーが一緒にいるとはいえ、子供の無邪気な会話に大人たちはほくそ笑んだ。
『速度、ゼロ。機関停止』
「機関停止します」
フィオリーナと商会スタッフが水晶のテーブルを操作した。
「総員、そのまま待機」
僕とオリヴィアがゲートを潜って、外に出た。
防犯上、コアブロックに通常の扉はなく、出入りはすべて転移ゲートによって行なわれる。
出た先は格納庫だ。船倉脇のハッチから船外に出た。
出迎えに来た一行はどこに船の出口があるのかわからず右往左往していた。が、僕たちを見付けると駆けてきた。
「『クーストゥス・ラクーサ・アスファラ』砦から来ました。リオネッロ・ヴィオネッティーです。こちらは『ビアンコ商会』代表オリヴィア・ビアンコです。ギルドマスターにお目通り願います。それと――」
運んできた冒険者たちや物資の積み下ろし、子供たちやクルーの上陸許可を願った。
担当者とのやり取りが済む前に、別の迎えが来た。
姉さんの側近のひとり、長い髪のアマーティさんだ。
「『箱船』は男子禁制だからな」
だからって今更。
こっちの船で面会が行われた。
「この船を見たかっただけだろ?」
「帆がどこにもないから、またあんたとレジーナが何かしたんだと思ったのよ」
メインフロアに急遽、椅子とテーブルを並べて会場をこしらえた。
その上手の席で姉さんは頬杖をつく。
子供たちは言葉も出ない。圧倒されてただただ口をぽかんと開けていた。
「あんたたちも大変ね」
子供たちに声を掛けるが、自宅と違って姉さんが凄く偉く見えるようだった。
「そ、そんなことは」
「楽しいです」
「いまさら何緊張してるのよ。一緒にお風呂に入った仲でしょう?」
「だって、師匠のお姉さんだったから」
「今もそうよ」
「なんか違う……」
マリーの言葉に子供たちがうんうんと頷いた。
それが戦場の指揮官というものなのかもしれない。僕にはいつもの姉さんに見えるけど。
「で、あのガラクタは?」
「そのことなんだけど……」
襲われた船団の代表者が僕の部屋から申し訳なさそうに出てきた。
「昨日、ドラゴンに襲われている彼らと遭遇してね」
「怪我人は?」
「死者五名。重軽傷者も大勢いたけど、薬で手当てしたから」
姉さんがアマーティさんに、別室で話を聞くようにと指示を出した。
「ありがとう。助かったわ」
「砦に向かう高速艇にも遭ったよ。船団の護衛を任せたけど、構わないよね?」
「問題ないわ。でも、あれは持ち帰って貰うわよ」
甲板上のあれに視線を向けた。
「了解」
「それで?」
僕は砦がドラゴンタイプの襲撃を受けたことを話した。そして航行試験を兼ねて、こちらに報告がてらやってきたことも。
「それから補給物資を少々。主に食料と魔石だけど」
書類にさっと目を通すと姉さんは立ち上がった。
「それじゃあ、船を案内して頂戴」
「結局、それか!」
「新造船のできを確認するのもわたしの仕事よ」
こんなとんでも船、配備しても運用できないと思うけどな。
反応炉を見たらすぐ諦めて戻ってくるだろうと、姉さんの背中を見ながら僕は確信する。
「あら? トカゲ? かわいいわね」
子供たちの腕のなかにいた小さな物体を目ざとく見付けた。
「ピューイとキュルルです」
「無翼竜だよ」
「召喚獣なの?」
「正真正銘、無翼竜だよ」
ミケーレとフィオリーナが召喚カードを見せた。
「本当だ」
「大人の冒険者だと普通の無翼竜になってしまって、特に女性の冒険者ががっかりしてるよ」
「で、もう一体の召喚獣はどこかしら?」
「たぶん、姉さんの船の畑じゃないかな。オリエッタもいないし。自分が手がけた畑が気になるんじゃないか」
あのふたりに関しては上陸許可も何も関係ないからな。
「はあ……」
あからさまに落胆して見せた。
「じゃあ、一通り見させて貰うわね」
輝きが半減した。
子供たちに先導されて上の階に消えた。
残された姉さんの側近と僕たちは苦笑いをするしかなかった。
「お茶…… 入れますね」
オリヴィアが席を立った。
「有り得ない……」
姉さんが戻ってきて早々、頭を抱え込んだ。
「反応炉って何!」
今、姉さんの頭のなかでは無茶と無謀が目まぐるしく駆け巡っている。
僕も考えたが『推進装置』は今量産している高速船以上の使い道はないと思う。
帆をやられたときの保険とか、向かい風対策とか、あくまで『補助』的な用法しかないだろう。でなければ飛空艇でいいだろうという話になる。反応炉を持ち出すくらいなら、浪費しながら飛んでも同じことだ。
あくまで無茶すれば、ここまでできるようになったという話である。
ドーンドーンと外で大きな音がした。
「何?」
「敵の定時偵察よ。すぐ消えるわ」
ドラゴンタイプが飛んできたらしい。
迎撃部隊が空に上ると、すぐ反転して消えた。
「近くに敵の陣でもあるの?」
「ここで足止めされたタロス兵が自然と群れを作って屯ってるだけよ。定期的に間引いてやってるから今のところ大したことにはなってないわ」
敵を足止めしているのか、こちらが足止めされているのか。見解は色々あるだろうが。
北部と南部が等しくラインを上げてくれなければ、中央もこの先の展望はない。突出して中央だけ前に出ても、横っ腹を突かれるだけだ。
それに兵站無視のタロスと違って、まずしっかりした補給線が築かれなければ、人類側に存続の可能性はない。
メインガーデンからだと、もはや最前線は遠過ぎる。クーの砦が前線を維持できるだけの生産拠点とならなければ。
とは言え、このまま膠着状態では、スポンサーの懐が危うくなる。
せめて砂漠でなければ、と、愚痴りたくなる。
ドーンともの凄い音がした。
子供たちも飛び跳ねた。
「何があった?」
『ドラゴンが降ってきた』
すぐ側で土煙が舞い上がっていた。
大屋根が崩れて、船が一隻ドラゴンの下敷きになっていた。
「何当ててんでだ、馬鹿野郎!」
撃ち落として怒られてたんじゃ、間尺に合わない。
最期に意地を見せたドラゴンタイプを褒めるべきだろう。
「毎日こんな感じ?」
「ドラゴンはめったに落ちてこないけど、こんな感じかしらね」
「砦と変わんないね」
「それは問題だわね……」
確かに問題である。
「今日一日いるんでしょう? お昼は一緒に取りましょう」
ドラゴンが落ちてきたせいで、のんびりできなくなった姉さんは出口ゲートに向かった。




