落とせ、走れ、戦闘だ
いきなり鏃が飛んできた。
合図の前に既にロックしていたのだろう。
ドラゴンだって虚空から突如現れるわけではないのだから、卑怯とは言うまい。
でも、射程ギリギリというのはどうなのかな。
タッチダウンすれば勝ちとは言ったが、何もひたすら前進するとは言っていない。
僕は敢えて距離を取ることにした。
射程があるということは、そこがある種の限界だということだ。
上空に退避しつつ、回避行動を取る。
矢の先は必死に食らいつこうとするが、推力は既に限界に達していた。
小回りが利かなくなって、すぐに目標を失った。
こちらのターンだ。
高高度からの急降下!
ドラゴンがよくやる手だ。ドラゴンだったら船の喫水の下に回り込もうとするだろうが、これは初等訓練だ。隠れることはまだしない。
その代わり、ロックオンのタイミングで機体を振り、斜めに急降下。からの急上昇。視線を剥がす。
ジョバンニは躊躇して二発目をなかなか撃てずにいた。
その間にこちらは猛烈な勢いで接近する。
とは言え、ドラゴンの標準的な戦速での攻防だ。
二発目がようやく放たれた。
が、完全にうろたえての空撃ちになった。『必中』が載っていなかった。
そして、タッチダウン。
窓の向こうで頭を抱える子供たち。
『ヘモジがやりたいって』
ん? ヘモジが?
何か思うところがあるのか?
「いいだろう」
スタート地点に戻った。
そして、二戦目開始の合図だ!
ヘモジは撃ってこない。
撃ってこないなら、こちらは前進あるのみだ。
距離が半分程詰まった頃に最初の発射があった。
正確にこちらを狙ってきていた。が『必中』は載っていない。
すぐ後ろに第二射が隠れていた。
第一射を避ける間に第二射はそこまで迫っていた。
『必中』だ。
誘導された第二射が弧を描いて追い掛けてくる。
そこへ第三射が追い打ちを掛けてきた。
二つの誘導矢に追い掛けられる羽目になった。
こうなったらこちらはもうひたすら逃げ回るしかない。魔力切れを待ちながら少しでも前進する。
が、ヘモジは容赦なかった。
「今度は誘導なしか!」
まっすぐこちらに四射目を打ち込んできた。偏差射撃ッ!
咄嗟に旋回すると第二射目がそこまで来ていた。
でも二発目にもう推力はない、と思った。
「近接爆破!」
魔法陣の情報隠蔽のため、はずれた鏃には最後の魔力を振り絞って必ず自壊する仕組みが組み込まれているが、ヘモジはそれを見越していたのだった。四射目はそのための陽動だった。
機体が衝撃に揺さぶられる。
三射目を見失った。
ドラゴンならここは急降下だ。
三射目が頭上を通過。だが、安心したのも束の間。五射目が目の前にあった。
「やられた」
爆発の煙を結界で散らしながら、甲板に下りる。
目の前にあるシステムで、落とすことができるとわからせるための代役だったのだろうが、子供たちは歓喜した。
僕に含むところがあるなら、いつでも聞いてやるぞ。
「ヘモジ凄い!」
「師匠よりも凄いよ」
「でもヘモジちゃんは師匠の召喚獣だよ」
「じゃあ、師匠が凄い?」
子供たちの声がここまで聞こえてくる。
「ジョバンニ。もう一戦やるか?」
この時から新しい遊びが子供たちの間ではやることになった。
ガーディアン対砲塔対決。二手に分れてのチームバトルである。
最初は一機、一門で始まった戦いが、帰る頃には全機対全砲塔の戦いに発展していた。
そして船内ではどちらが勝利するか、賭ける者まで出始めた。
とは言え、ガーディアンを飛ばすにも鏃を用意するにも魔石がいる。戦闘が高度になるほど消費も増えて、このままでは備蓄に影響すると判断されたところで終了となる。
二日目が過ぎ、三日目の朝だった。無事、目標の丘を発見して南に進路を切った辺りだった。
『お嬢様、左舷に砂塵が見えます』
見張りをしていた商会スタッフの声が伝声管に響いた。
「タロス?」
『いいえ、高速艇のようです』
子供たちは朝食中だった。
席を立って、口をもごもごさせながら外を覗いた。
「姉さんのところの船かもしれない」
僕もメインフロアに戻った。
「光通信の準備をして」
「その前に信号弾」
あちらはこちらの船を知らない。
見たこともない怪しい船が接近してきたら距離を置こうとするかもしれない。追い掛ければ反撃もありえる。まずは敵でないことを知らせねばならない。
味方を意味する三色の信号弾を打ち上げる。
そしてお互いの素性を確認する。
こちらは相手が味方の高速艇だとすぐわかるが、あちらは『銀花の紋章団』の旗を目視してもまだ疑心暗鬼のはずだ。
「通信完了。合流します」
スタッフの声に僕たちは大きく息を吐いた。
「新造船だってこと、忘れてたわ」
オリヴィアも緊張を解いて、側の椅子に身を投げた。
後片付けをしているであろうフィオリーナとニコレッタを除いた子供たちもデッキに揃った。
「高速艇と合流する。転舵」
先方が進路を変えたので、こちらも合わせて進路を変え、合流ポイントを目指した。
合流したのはやはり姉さんのところの高速艇だった。
砂嵐が通り過ぎるとき、姉さんたちはドラゴンタイプを含むタロスの地上部隊と戦闘を繰り広げていた。
嵐で一時中断したものの、通り過ぎると再開。だがそのときにはもうドラゴンタイプの姿はなかったらしい。
引き返したのか、それとも防衛ラインを越えられてしまったのか、判断が付かなかった姉さんは高速艇を砦に遣わしたのだった。
ドラゴンタイプをすべて排除したと知った高速艇のクルーは安堵した。が、同時に砦で休暇を過ごす予定が消えたことに気付いた。
そして、それが理由かはわからないが、新型船と高速艇のスピード対決が行われることになった。勝った方が今夜の酒樽を進呈するということに。
ゴールは地平線に薄ら見えるハンマーヘッドの形をした岩山だ。
「総員、持ち場に着け。これよりスピード勝負を始める」
「合図来ます」
向こうの船の光通信がカウントダウンを始める。
「五…… 四…… 三……」
船が軋みを上げる。
「小さい分、スタートダッシュはあちらが有利ね」
「帆船同士の戦いなら、風上を取ることに意味はあるけど……」
「風任せの船に負けるわけにはいかないわね」
「一…… スタートッ!」
「加速開始! 微速から強速へ。『補助推進装置』作動準備!」
「魔力供給用バイパス解放!」
高速艇がこちらの船を斜めに横切り、風上を制した。
こちらも帆船であれば、風下に立った船は帆を孕むことができずに性能を発揮できなくなるところである。
現在量産が始まった高速艇には『補助推進装置』が積まれているが、目の前の船にはまだ搭載されていない。速いと言っても、風を越えることはない。
「『補助推進装置』いけるよ!」
「了解。『補助推進装置』作動」
景色が一気に後方に流れた。
「原速突破。強速へ」
「速い、速い」
子供たちがガラスに張り付いた。
高速艇は風に乗ってどんどん直進コースから外れていく。どこかでタッキングが必要になるだろうが、最高の風を受けるためにジグザグに進まなければならないのは帆船の宿命だ。
一方、ひたすらまっすぐ進むこの船は、最高速を出さずとも、ほぼ同等の結果を得ることができる。
「コース変わらず」
高速艇のクルーはギルドのなかでも選りすぐりの船乗りたちで構成されている。このコースを走ることも初めてではないはずだ。勝つ気でいられる理由がどこかにある。
どこかに強風が吹くスポットでもあるのだろうか……
安穏とはいかない。
「第一戦速。舵中央、高度上げ」
ひたすら直進するこちらに対して、高速艇は二度目の進路変更を行った。
「なんだ?」
折り返してくるものと思ったのに、コースをさらに外に変えてきた。
「船の高度を上げたからですよ」
ベルモンド氏が言った。
「そうなの?」
「この船を押さえ込むには、同高度を飛ぶ必要がありますが、これだけ高く飛ばれたら風上で妨害する意味はなくなります。却って自分たちのベストが出せなくなります」
「つまり邪魔することを諦めたと」
「これだけ離れてしまいますと邪魔しようにも……」
「コースを大きくそれても、取り返せるだけの追い風があの方角にあるのかな?」
「今度来るときの参考にさせて貰おう」
「暢気なこと言ってると足元掬われるわよ」
「だったら、もう少し頑張ってみようか。第二戦そーく。ヨーソロー」
『前方に煙が見えます』
伝声管から声がした。見張り台からの一報だった。
「狼煙…… じゃないわね」
立ち昇る煙の量が明らかに違った。
クルーたちが一斉に望遠鏡に群がる。
「戦闘を確認ッ!」
「ドラゴンと船が戦ってるよ!」
ニコロとミケーレが叫んだ。
それは一方的な展開だった。
ガーディアンのいない船団はドラゴンタイプにとってはおもちゃと同じだった。
「ガーディアンがなぜ出ない!」
「落とされたんじゃない?」
オリヴィアの冷静な発言が、その場を静めた。
「救助に向かう! 信号弾を上げッ」
「わああああッ」
ドラゴンのブレス攻撃が船団を襲った。
結界が船を護ったようだが、何度目の攻撃だ?
対ドラゴン用の装備をしていたとしても、何度もブレスを浴び続けることはできない。
「あああッ」
案の定、小さな船に火が付いた。
「砂に突っ込んだ!」
「ヘモジ」
「ナーナ」
こちらもエースを出すぞ。
「師匠!」
子供たちが僕を見上げた。
「ふう……」
言いたいことはわかってる。
「これより砲撃戦を始める。全員配置に付け。訓練の成果を見せてみろ」




