追跡者
「もうこっちの範疇じゃないのに、なんで付いてくるかな?」
「二隻いる」
「前に見た奴か?」
「たぶん違う」
オリエッタが見晴台の手摺りに座って後方を見詰める。
「ソルダーノさん、少し進路を変えて貰っていいですか?」
僕は階下の操縦室に声を掛けた。
「このまま北進。尾根伝いに進みましょう」
目指す村は北西。現在向かい風に就き、北へ西へとタッキングしながら進行中だったが、折れずにそのまま北上して様子を見ることにした。
「了解」
しばらくコースを外れるも、追跡者は距離を取りつつ付いてきた。
「どうするの?」
オリエッタが尻尾を丸めた。
「取り敢えず速度を落とさないように。風が切れたところで詰めてくる気だろう」
魔石の消費合戦なんてやってる場合じゃないんだけどな。
「じゃあ、あの窪地に入ったら狙われるね」
砂丘の波のなかに一際大きなうねりがあり、深く沈んだ大地が眼前に現われた。峰から堅い地層までの高度と急斜面は這い上がることを諦めさせるに充分であった。
「地図にも載ってる大穴だ。元々大回りする所らしいけど…… どうしようかな。誘うか、それとも引き離すか…… 今更、戦う理由はないんだけどな」
「逆恨み?」
「そんなこと言ったら計画を阻止した冒険者全員だろ?」
「とどめ刺したのラーラってことになってる」
「王女誘拐の線もあり得るか……」
独立派なら…… どう考えても悪手だがな。
「『太陽石』のこと聞いてみる?」
そうだ。そっちの方が重大だ。
『太陽石』とタロスの繋がりをわかってやっていたとしたら一大事だ。わかっていないでやっていたとしてもそれはそれで一大事だ。
一度敵さんの意図を聞いておいた方がいいかもしれない。
「敵の姿が見えないってのは」
「分かれた!」
「え?」
「二手に分かれた!」
ぼくは望遠鏡を覗いた。
一隻は窪地を反対側から回り込む気らしい。
「マストはただの白地。何も書いてないな」
「旗もない」
「見るからに怪しいわね」
後ろから突然声を掛けられた。
「うわっ!」
「ラーラ、いつの間に」
「ふたりでコソコソしてるから、何してるのかと思って来たら。追っ手なの?」
「まだわからない」
僕の望遠鏡を奪って後方を見遣る。
「倍は大きいじゃないの。盗賊なの?」
「今二手に分かれたところだ。同じ船が向こう側にももう一隻いる」
「盗賊だったら豪勢な賊ね。どう考えても実入りの方が小さいわよ」
後方の一隻が加速し始め、進路をやや外側に向けた。
追い越しポイントではない。片側を窪地の縁に阻まれ、タッキングも制限された一本道だ。
「まるで素人ね。魂胆丸見えじゃないの」
延々と北進を続けられたら挟み撃ちにならないから、頭を振らせたいのだろう。
「だから迷ってる。捕まえても蜥蜴の尻尾じゃな」
「迷ってたらやられるぞ」
イザベルが見上げて言った。
「見たことあるか!」
「盗賊にしてはお金掛かってるみたいね」
「盗賊はあんな大きな船で狩りはしないですよ。足の早い小舟でこっそり夜襲を掛けてくるものです」
ソルダーノさんが下の階から頭を覗かせて言った。
「こっちは積み荷もあるし、ガーディアンも二体しかないしな……」
それでも圧倒する自信はあるけど。
正体がわからないとどうにもならない。風向きの読めない素人航海士がただ後ろに付いてきているだけかも知れないし。とすると二手に分かれた理由が不自然なのだが。タロスと違って見ただけでは判断できない。迂闊に攻撃を加えたら民間船だったなんてことになったら面倒臭い。
そろそろ光通信でも、信号弾でも警告の一つぐらいあるものだが。
「光通信!」
お?
「後ろの船から!」
「『積み荷をよこせ。止まれば、命だけは助けてやる』って」
「わざと自分たちを盗賊だと思わせたいみたいね」
ラーラは冗談めかして軽口を叩いたが、恐らくそれが正解だろう。敵は僕たちをアールヴヘイム側の何かだとようやく勘違いしてくれたようだ。手が離れた今になって遅きに失するとはこのことだ。街中では警戒して襲わなかったということだろうか。
「敵だとわかれば充分だ」
下にいるイザベルに声を掛けた。
「砲台撃てるか?」
「やったことないけど、仕組みはわかるわよ」
「ちょうど試射してみようと思ってたんですよ」
モナさんが実弾の入った箱を台車に乗せて運んできた。
「合図したらマストを狙ってください」
「やってみます」
「戦闘モードで結界を張ってないってことはこっちを舐めているか、魔石に余裕がないかのどちらかだ。へし折ってやれば追い付いて来ないさ」
「射程は向こうの方があるよ」
「威力があり過ぎてこんな船に撃ち込んだら積み荷も何もかもお釈迦だよ。欲しいものがあるなら撃ってこないさ。普通はね」
この船にはアイシャさんが発明した町の防壁以上に強固な複合結界が施してある。仮に撃ち込まれても、市販されている程度の弾頭では射抜くことはできない。魔石節約のために常時展開できないところがたまに傷だが、戦闘中に張らない選択肢はない。
「まだチカチカやってる」
「盗賊に止まれと言われて止まる馬鹿はいないわよ」
こちらがコースを変えないためにもう一隻は追走を諦め、進路を変えた。僕たちがいつかタッキングして進路を変えることを想定して先回りする腹だろう。行き先はばれてると思った方がいいな……
「やむを得ない。降参した振りをして距離を縮めるぞ。撃てる距離に達したら砲撃開始だ」
「白旗?」
「いや、そこまでやったら卑怯というものだ。速度を落とすだけでいい。誤解させてやれ」
「わかった」
「ソルダーノさんちょっと……」
「もうすぐ射程に入るわよ!」
「撃ってきた!」
砂柱が船の両弦に舞い上がった。
「威嚇だ!」
減速している船に撃ち込んでも弾の無駄だろうに。威嚇はもっと元気な魚にするものだ。
自分たちが舞い上げた砂塵で自分たちの視界を塞ぐことになった。
「今だ、砲撃開始!」
敵側がこちらを一瞬、見失っている間にマスト目掛けて砲弾を撃ち込んだ。
「当たった!」
初心者のまぐれ当たりだ。マストの中腹に見事に命中した。
「照準ズレてるわね」
「どういう意味よ!」
根元を狙いたかったが、視界が塞がれていたのはこちらも同じだ。
「離脱する! 左反転、窪地に入るぞ!」
僕たちの船は敵船の懐に入り込むと窪地に向けて舵を切った。斜面を滑り落ちながら進路を反転させた。
敵が気付いて発砲してきたが、すべての砲弾は頭上を越えた。砲塔は水平より下には向かないのだ。
無数の発砲音を背に、反転、帆に順風を捉えた船は一気に差を広げた。
窪地に入ったせいで風は弱くなったが、それでも順風なので差し引きゼロといった感じだ。ここで魔石をけちっては命取りなので『浮遊魔方陣』も全開にした。
敵船はこちらの誘いに乗って尾根の縁に近づき過ぎていた。大型船であるが故に小回りが利かず、今舵を左に切ったら、船は間違いなく傾き横転するだろう。窪地を下りるなら尾根に船首を直角に当てなければいけないのだが、そのためには一度大きく膨らまなければならない。が、ただでさえ難しい帆の操作を要求されるのに、メインマストは半壊、それどころではない。土台が方向を変えている間は砲台も的が定まらなくなるし、その間にこちらは煙幕を上げておさらばである。
射程から逃れると進路を西に向けた。
「ガーディアンを誘ってもよかったんじゃない? もしかしたらどの勢力かわかったかも知れないのに」
「今はスピードが肝要なんだ。もう一隻に頭を押さえられたら、それこそガーディアンが入り乱れての乱戦になる」
「敵の予測からは大分早めのコース変更になったと思いますよ」
逆進した分のロスはあるが、窪地を下り切ってしまうと上るときに苦労して努力が台無しになるので、外縁を逆走するしかなかった。
「通り過ぎた敵の後ろをパスできるだろう」
先の船と追いかけっこを続けていたと仮定した場合の挟み撃ちのポイントより、僕たちは随分と手前で舵を切ったことになる。しかも横風を受けながら窪地の縁を南西方向に抜けたのだ。
もう一隻が勇んで北上を続けるなか、僕たちはその通り過ぎたコースを横切り西に向けて舵を切った。
こちらの動きは見失ったと見ていいだろう。
「トレ村に向かっていることはばれてるかもな」
ゴールがばれているなら、いずれ鉢会うこともあるだろうが、先回りできる可能性は充分ある。
「船の指揮はラーラに任せる。もしもの時は風の上手を取ることを忘れるなよ」
「わかってるわよ。テト爺ちゃんみたいに言わないで!」
三日目の夜、僕たちは敵船を見付けた。このまま村に入ると村に危害が及ぶので、先手を打って夜襲を掛けることにしたのである。
潜り込むのは僕とヘモジ。オリエッタはいざというときの連絡要員として船に残した。
「見張りだ」
「ナーナ」
僕たちはデッキから覗く光を避けながら舷側に辿り着くと『鉱石精製』スキルを使って壁に穴を空けた。探知スキル持ちだけは要注意である。
警戒しながら潜入した。
「ナナ」
倉庫だな。樽が並んでいる。光の魔石のライトをかざしながら出口を探した。




