東へ
「僕たちは何すればいいの?」
「ふたりはあそこだ。マリーとカテリーナと交代でな」
ニコロとミケーレは頭上を見上げた。
「上?」
「見張り台だ。お前たちも、これを持っていけ」
「『認識照準器』……」
「ここから見えない位置の視認をやって貰うかも知れないからな」
「ニコレッタ、操作盤に番号が振ってあるボタンがあるだろう?」
「あるわよ」
「『認識照準器』にも番号が振ってあるから、装置の番号に合わせて、操作盤を切り替えてやれば、それぞれの砲塔と連結できる」
「やってみていい?」
ニコロとミケーレが窓際一杯に離れた。
「切り替えるわよー」
ニコロが右側砲塔、ミケーレが左側と繋がった。
「動いた!」
左右の砲塔が右に左に回転する。
「…… 遅いね」
「そりゃ、人が首振るようにはいかないわよ」
「動き出しも、んって止まっちゃうよ」
「反応炉と同期するのにですね……」と、ベルモンド氏は口を挟みかけて一瞬、躊躇した。
「今後の課題ね」
オリヴィアが端的に答えた。
「あ、そうだ。ワイヤーを接続できる場所がここや見張り台の他にも数カ所あるみたいだぞ」
「今、ジョバンニの器械が刺さってる奴?」
「そう、これだ」
真っ二つにしたコルク栓みたいな部品だった。ワイヤーの先に付いた針を割れ目に差し込んで、テーブルに空いた瓶の口のようなソケットにそれごと押し込むのだ。部品とテーブルに空いた穴にはネジが切ってあって、少し捻ればしっかり食い込む仕掛けになっていた。
「大変そう……」
「乱戦になるようならガーディアンを出すから、気にしなくていい」
「どこかで練習したいかな」
「砂漠に出たら、模擬弾でも使ってやるといいわ」
「この『お』と『へ』は?」
ニコレッタが操作盤にある二つのボタンを指差した。
「オリエッタとヘモジの分よ。あの子たち念話で直接繋がれちゃうから。通称、おまけスイッチよ」
オリヴィアがおどけて見せた。
「ワイヤーなしか。すげーな」
「以後、このテーブルに座る者が砲台担当のリーダーだ。見張り担当もそのときは指示に従うように。勝手して、砲台を格納したまま発射とか洒落にならないからな」
「りょうかーい」
「安全装置は組んであるけど、過信しないこと」
「はい」
砲台が所定の位置まで迫り出すまでは仕掛けが動かないようにしてあるらしい。
「これが動力関係か」
操縦デッキのすぐ後ろに丸い水晶が設置してある。
トーニオが覗き込む。
「機械室に行かなくてもある程度、管理できるように。あまり触ることはないと思うけど。反応炉の出力調整と船全体への魔力供給調整ができるわ」
「魔石が枯渇したとき、節約に活躍しそうだな」
「そうならないことを願うわ」
「一通り回ったかしらね」
「ところで、オリヴィア…… この船どうやってここから出すんだ?」
このドックは大伯母が穴掘って適当に造ったものだ。そもそも出口がない。
「ふふん。それなら準備できてるわよ。この船の魔力があれば可能なことよ」
オリヴィアの合図と共に、天井に魔法陣が浮かび上がった。
「船ごと転移か!」
「ご明察!」
「但し、出たら最後、戻っては来られません」
「まじか」
「専用のドック、レジーナ様が造ったって言ってたけど、聞いてないの?」
「それなら知ってる」
「知ってるよ」
ヴィートとマリーが言った。
「どこ?」
「うちの裏手」
「ヘモジの薬草畑がある中庭のもっと下」
「それってもう水のなかだろう?」
「大丈夫だよ。入口は水面から上に出てるから」
てことはドックは水のなかなんだな。
「無理にそんなところに造らなくても」
「駄目よ。先端技術の集合体みたいなこの船をそこら辺に置いておいちゃ」
「因みに、当商会のポータルが既に繋がっております」
「そうなの?」
「メンテナンス契約を頂きましたので」
「それは助かる」
オリヴィアちゃん、なんで知らないの?
「お嬢様は別の案件でお忙しかったので。報告書類はデスクの上にございます。それはそうと、そろそろ同乗者を迎えに行きませんと」
「もうそんな時間?」
「左様で」
「ようし、みんな。私物を自分の部屋に運んでおくんだ。お客さんが来るぞ」
「もう運んだ。後は師匠のだけだよ」
「だ、そうよ」
オリヴィアが僕の肩に手を添えた。
「凄いねー」
「人でいっぱいだ」
モナさんの工房のベランダから我が家の住人たちも望遠鏡でこちらを覗いていた。
「お母さんもいる」
「おじさんもいるよ。お姉ちゃんたちも」
「大師匠もいるよ」
誰に情報を流したわけでもないのに、港が野次馬で溢れ返っていた。
「小舟がいっぱいだね」
「あー、バンドゥーニさん、あんな所で手振ってる」
知り合いの船だろう。港に置かれた船の見張り台から、仲間と一緒にこちらに手を振っていた。
「まるでお祭りだな」
「みんな刺激に飢えてるのよ」
新造船が船ごと湖上に出現したとき、大歓声が湧き起った。
同乗者たちも負けじと甲板に出て手を振った。
「最初からこれだけ浮いてれば、他の船にぶつけなくて済むね」
ヴィートが言った。
船が砦の敷地内にある間は船の操舵は僕が預かる。
ヘモジやオリエッタ、見張り担当の子供たちは既に各ポイントで見張りに付いている。
『全方位、異常なし』
伝声管からミケーレの声がした。
『えーと、船体下部も異常なし』
今度はニコロだ。
『ナナーナ』
何言ってるか、わかりません。
『航路異常なしだって』
通訳、ご苦労。
「微速、前進」
「微速、前進」
「微速、前進」
僕の合図が各部署で反復される。
「大門は通れないから南から抜けるぞ。面舵」
「面舵ってどっちだけっけ?」
「右だよ、右」
「そうだった」
周囲に他の船がいないことはわかっているけど、それでも進路を変えるときは緊張する。
ソルダーノさん、いないからな。
「舵中央。ヨーソロー」
胸壁の上にも大勢人が詰め掛けていた。
「こんなに人いたんだ」
空にもガーディアンがハゲワシのように飛び回っている。
「反応炉の調子は?」
「ええと…… 問題なし。魔力残量は……」
トーニオは水晶を覗き込んだまま何度も目盛りを数え直している。
「どうした?」
「百分の一しか減ってない」
「えーっ。全然使ってないじゃん」
ヴィートが声を上げた。
「何言ってるの。反応炉に使われている魔石の大きさ考えなさいよ」
ニコレッタにたしなめられた。
「お金ばら撒いてるようなもんじゃないの」
「まじか」
「まじよ」
「ほとんど転送で使った分だろう。百分の一なら上出来だ。問題は速度を上げてからだ」
「前線までの航路情報は?」
「ここにあります」
フィオリーナが手を振った。
奥のテーブルに地図が置かれていた。
「何度も往復してる団員さんに教わったので、大丈夫です。戦闘になったときは船はなるべく定位置で方位に気を付けるようにって言ってました」
「了解だ」
「これまでの船と速度が違うから、到達時間は目安にならないわよ。目標を見落とさないようにね」
「はい。オリヴィアさん」
オリヴィアは子供たちのテキパキした姿に呆れ返っているようだった。
「ほんとに仕事ができたのね。あの子たち」
「優秀だろう」
「うちの丁稚に欲しいわね」
「やらないぞ」
ドン亀のようにゆっくり進む船が、ようやく防壁を越えようとしていた。
警鐘が鳴らされ、結界障壁が一時的に解除された。
「高度を上げるぞ。ニコロ、聞こえるか? 壁を越えたら、そこはもういいからミケーレと合流しろ」
『りょうかーい』
防壁を抜けると舵を東に切った。
ノロノロ運転はここで終わりだ。
「これより最大船速まで段階的に加速する。船外にいる者は揺れに注意。高度そのまま。半速、ヨーソロー」
船はこのまま真東に向かう。偶然ではなく、航路がそうなっている。目印は断崖絶壁の丘らしい。それが北東の地平線に見えたら、転舵。舵を南に切る。船首を南東方向に向けるのだ。
「まっすぐ行けばいいのに」
「大きな渓谷があるのよ。地形が入り組んでいて速度が出せないらしいわ。その上を飛ぶなら別だけど」
「迂回した方が早いわけだ」
「タッキングできないくらい狭い所で向かい風なんてこともあるらしいわよ」
子供たちが僕の顔を覗き込む。
「上を飛ぶのは今度な。今は普通に動くかどうかの試験航行中だからな」
「上、飛ばなくてもこの船、風向き関係ないから、行けると思うんだけど」
そっちか。
「今日のところは正規航路を走破しよう。みんなまだ慣れてないしな」
「わかった。がんばる」
「これまでの船だと目印まで平均して三日ということころね。足の速い船で二日。この船だと……」
「この船だと?」
「順風満帆より速く飛べればいいわね」
「それを今やってる」
単位時間当たりの魔力減衰量を測定して、航海全体に必要な消費量の当たりを付けないことには無茶もできない。
「もうすぐ時間だよ」
「カウントダウン。五、四、三……」
オリエッタとジョバンニが階下の機関室で反応炉の実際の数値を『認識』スキルで確認している。
「二、一……」
『記録したよ』
ジョバンニの声が伝声管から聞こえてきた。
「よし、じゃあ、次の段階に移行。巡航速力まで加速するわよ。準備して」
オリヴィアも機関室のスタッフと連絡を絶やさない。
「ジョバンニ。オリエッタ。速度が安定したら記録開始だ。それが終ったら、休憩だ」
『了解』
「じゃあ、いくぞ。両舷原速!」




