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とことん手の掛かる連中だ

 アレッシオの家の裏手にある畑で、ヘモジが何かを地面に打ち付けるところに遭遇した。

「ナーナ」

 ミョルニルをホルスターに差し込んで踏ん反り返る。

「その様子だと問題はなかったようだな」

「ナナーナ」

 でも畑がすっかり荒れてしまった。

 ここは誰の畑だ? 補償しなければいけないだろう。

 その畑の真ん中で見たこともない茨のようなとげとげしい装備をした男が大の字になってのびていた。

 男の装備はみるみる薄くなって、紙っぺらのようになり、やがてすべてが消えてしまった。

「これは…… 武装召喚? また珍しいスキルを」

 気を失ったことで男の装備は武器諸共消え、内着姿を晒した。

「アレッシオは?」

「ナーナ」

 ヘモジの後ろの建屋の一室で物音にも気付かず、昼の疲れでぐっすり眠っているようだった。

 応援がすぐに現れ、最後の男も無事拘束された。



「知り合いか?」

 翌早朝、留置所の一室でジュディッタたちが面通しをする。

 お姉さんズは全員、首を横に振ったが、アレッシオだけは首を縦に振った。

「たぶん、王国復権派の奴らだ。奥の男はルカ・ビレの水軍兵長だった男だ」

 変身男が兵長……

 低過ぎる評価に一瞬、疑念を抱いたが、水軍ではさもあらん。せっかくのユニークスキルも水の上では役には立つまい。世渡りベタ、不遇な人物であるようだ。同情する気にはならないが。

 今は魔法を封じるための手かせが嵌められ、なおさら惨めに映った。

 尻尾は兎も角、切り落とした片腕を付けるのに相応の薬を使ったはずだ。恐らく乗ってきた船を対価に支払うことになるだろう。

「何しに来たと思う?」

「さあ」

 王女たちを復権のための御旗にでもしようというのか。


 だんまりを決めていた一行のお茶に薬を混ぜて、思いの丈をぶちまけて貰うことにした。

 すると彼らはやはり旧ルカ・ビレ代表王国出身者だということがわかった。そして目的が消えた王都を探すことだったと言うことも。

 はっきり言って興ざめである。

 同郷の者がこの町にいることを最後の街アンダーシティーの酒場で聞き付け、藁にもすがる思いでやって来たらしい。

「なんで騒ぎを起こした?」という質問に、このまま返されては何も達成できずに終ると確信したからだと、男は答えた。

 皆で話し合って、脱走したところまではよかったが、すぐ見付かってしまって抵抗したら昨夜の捕り物に発展してしまったのだそうだ。

「我らには故郷を訪れる権利がある!」と豪語したが、担当官に「犯罪者にあるのは冷たい牢のなかにいる義務だけだ」と返され、ようやく自分たちの犯した罪の重さに気付いたようだった。


「まさか発掘品から足が付くとはな」

 駐屯部隊の責任者ロマーノ・ジュゼッペ氏は溜め息をついた。

 廃都から回収した物資の一部が海の向こうに渡り、それが彼らの目に止まったのが切っ掛けだったのだ。それで彼らの疑念は確信に変わったのだ。

 故郷の品だと気付いた彼らは出所を探り、そしてこの砦に行き着いた。

「暗殺でも、誘拐でもなかったか」

「人騒がせな連中だ」

「で、どうします?」

「砂に埋まりかけている廃墟でよければ見せてやれ。それから強制送還だ」

 彼の地に残っている物は埋もれた瓦礫と、死者たちのために建立された鎮魂碑のみ。

 移動中の投獄も留置期間に数えるという温情を持って、早々にここから追い出されることになった。

「長居されては叶わん」

 全くだ。

 ジュディッタたちのためにも早々に出ていって貰いたい。

『ルカーノ』は迷惑料として貰っておいてやる。改造して辻馬車代わりに使ってやろう。


「素直に正面から来てれば、何の問題もなかったじゃないの?」

 ラーラは溶け掛けたアイスが載ったスプーンを口に運んだ。

 リキュールの香りが微かに漂う。

「敵対していた過去があるからな。信用できなかったんだろうさ」

「ジュディッタは結構落ち込んでいたわね」

「元は同胞だからな。思うところはあるさ。カテリーナには言うなよ」

「言うわけないでしょ」

 日に映えるベージュ色の大地。

「国を失うって、どういう気持ちなのかしらね……」

 濁流の水面のようにうねる砂原。

 斥候のガーディアンが今日も青い空を駆け抜けていく。

 暑くなりそうだな。

「今日の予定は?」

 ラーラが聞いてくる。

「今から迷宮に入るのもな。倉庫整理でもするよ」

「じゃあ、わたしも手伝うわ」

「せっかくの非番だろ?」

「ここにいたってやることないし」

 今頃、子供たちは野外授業の真っ最中。昨夜の畑の修繕も兼ねた農業体験中である。かこつけた話だが、お小遣いも貰えて嬉しい授業である。

 講師は当然ヘモジである。それと急遽、畑の所有者にもお願いすることになった。オリエッタもヘモジの通訳として出払っている。今頃自分の黒い毛並みを呪っていることだろう。



 倉庫整理はこれまでの遅れを取り戻すかのような勢いで進んだ。

 ラーラの手際は王女様とは思えない程、テキパキとしたものだった。

 僕は終始、猟犬のように追い立てられた。

「未鑑定品の箱、一杯になったから、こっちの箱使って」

「陳列棚の方のインゴットは充分だから、それは奥に」

「ゴミをいつまでも保管しておかないの! さっさと溶かすか、処分品の棚に」

「今日できることは今日中にやるの。明日の仕事ができなくなるわよ」

「これ何?」

「子供たちが拾ってきたんじゃないか?」

「じゃあ、ゴミ」

「ひどっ!」

「大事な物ならとっくに回収してるわ」

 万事、この調子であった。

 実労はほとんど僕だけだったが、一日掛かった仕事が半日で終った。

 年下なのに僕より貫禄が付いてきた。

 これも『銀団』の事務所で責任者代理の席に日々座っている成果か。

 工房で汗を流していたモナさんと三人、昼食のために帰路に就く。

「ほんと、いい天気ねぇ」

「砂漠ですからねぇ」


 そんな暢気なことを言っていたら、午後、突然、地平線に真っ暗で分厚い雲が現れた。それは大地を滑るようにやってくる。

「砂嵐だ」

 食堂の窓から迫ってくるのが見えた。

 結界の出力増強のため、魔石を大量消費することになる。一粒一粒には対処できないので、気圧を制御して被害を押さえる手しかないのだが。

 暇な僕は魔石を確保すべく、迷宮内で乱獲の限りを尽くした。

 大きな石だけを回収するルーティーンだ。

 砂嵐を嫌って、大勢迷宮に入ってくる。

 人気の少ないフロアを集中的に梯子して、それを大伯母に届けた。

「おつりが来たな。結構、結構」と、大伯母はケタケタと笑った。

 そうだった。結界も例の二つの新理論で術式を強化していたんだった。

「嵐もすぐ去ったし」

 すぐとは言っても一時間は居座っていたけどな。

 僕の午後はこうして過ぎた。


 廃都に向かっていた一行が砂に埋まったという知らせが届いた。

「帰りが遅れるって」

「とことん手の掛かる連中だ」と皆、頭を抱えた。



 残った午後の時間を部屋に籠って薬作りに使った。ついでに三十四階層の予習も兼ねる。

 三十四層は羊頭と蛇頭とゴーストである。

 爺ちゃんたちはクヌムの王の連鎖クエストで創世王を守護する十二氏族というゴーストと戦ったり『使役の角笛』を貰ったりで、随分楽しい体験をしたらしいが、僕には一切関係なかった。

 ゴーストはゴーストであった。

 ゴーストは物理攻撃が通じない透き通った魔物で、魔法と魔法武器だけが頼りだった。奴らの攻撃手段はエナジードレイン。触れた物の体力を奪う厄介な攻撃だ。十二氏族は武器を振り回したというが、それは婆ちゃんたちの話のなかだけである。

 そして何より最悪なのは、彼らが何もドロップしないということであった。そう、闇属性なので魔石すらも。

 迷宮の嫌われ者。数が少ないことだけが救いであった。

「おっと」

 煮込んだ液体を入れる容器が足りない。量を間違えた。

 扉から首を出すと、下の階にラーラがいた。

「ラーラ。『万能薬』の空瓶持ってないか? 作り過ぎた」

「大瓶? 持ってないわよ」

「子供たちは?」

「まだ帰ってないわよ」

「洗って干した物が確か」

 夫人が台所から顔を出した。

「あれ、店に行ったんじゃ……」

 旦那の所に行ってなかったか。

「忘れ物を取りに。ええと、確か……」

 子供たちが空にした瓶を洗って、干して棚に置いたままにしていたようだ。

「あの子たち大瓶もう空にしたの?」

「人数いるからな」

「それでも使い過ぎじゃ」

 大瓶は基本千倍希釈。僕やラーラの物はエルフ仕様で百倍希釈にしているが。それを九人で消費すれば一人当たり小瓶約百十本。

「・・・・・・ 確かに使い過ぎか」

「そのうち使う機会も減るでしょうけど」

 魔力総量が増えてくれば当然、消費回数は減っていく。

 今は敵の強さに成長が追い付いていないだけだが、何事も過ぎるのはよくない。検討しよう。

 僕は瓶を夫人から受け取ると作業に戻った。

 大瓶に残りを注意深く注いで封印を施した。

「これでよし」

 予定より一瓶多くなってしまった。オリヴィアに流すか。

 外で警鐘が鳴った。

「敵襲? こんな時間にか」

 見張りと伝令の会話で来襲してきたのがドラゴンタイプだとすぐわかった。

 久しぶりだな。


 警鐘が鳴ったので、子供たちも帰ってきた。

「あれ、ヘモジは?」

「一緒だよ」

 ヘモジは思いっきり満足した顔で最後尾から顔を覗かせた。

「ナナーナ」

「砂嵐、大丈夫だった」

 でもオリエッタの毛並みは砂を被って色褪せていた。


 窓の外をガーディアンが次々飛び立っていく。

「数、多いわね」

 夕暮れ時、紫色に染まった空を見上げてラーラが言った。

「幾つ飛来したんだ?」

「こっちも出た方がいいかしらね」

「僕が行こう」

 子供たちだけを残して留守にするわけにはいかない。ラーラには残って貰う。

 装備を担いで玄関先から転移する。

「ナーナ」

「腹ごなし」

 ヘモジとオリエッタも付いてきた。


 工房から機体を出すと、僕たちは乗り込んだ。

「行くぞ。『ワルキューレ壱式』」

 新型補助推進装置での実戦は初めてだ。

 僕たちは空に舞い上がった。

「今日は僕に操縦させてくれよ」

「ナナーナ」

「警戒する」

 僕は操縦桿を握り締めて魔力を注いだ。

「『補助推進装置』作動!」

 先行部隊に追い付け!

 砂嵐に紛れての侵攻。

「普段の姉さんたちなら、この数を素通りさせることはない」


 しばらく出力を全開にしていたら、割とすぐに交戦空域に達した。

 多過ぎると思っていたこちらの迎撃部隊は劣勢に立たされていた。

 敵ドラゴンタイプは十体を超える大所帯だったのだ。

 僕は『新型補助推進装置』を切って、減速しながらライフルを構えた。

 ロングレンジから味方を追い掛ける一体の首に狙いを定めた。



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