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クーの迷宮(地下33階 無翼竜・クヌム・メルセゲル戦)キュルル

 突破すべき大扉はなく、退屈そうな見張りが二体、プラプラと立っているだけだった。

「あそこ通らなくても、他から入れそう」

 壁を形成しているのはかつての残骸。建物と呼べる物は半壊した中央の廃墟のみ。木材で簡単な補修を施してやっと立っている。

「なんか急に動き出した」

 ニコロが遠くを見ながら言った。

「強そうなのが来た!」

 ミケーレが情報を補足する。

「どこだ?」

「僕たちにじゃないよ。あっちの出入口」

 門番の向こう側にいた連中も慌てて、砦の反対方向に駆け出した。

 さすがに門番は持ち場を離れないか。

「他の冒険者かな?」

「無翼竜みたい」

 確かに無翼竜のようだった。ただ、あの反応は先日見た大物よりさらにでかそうだった。

 崩れずに残った遠くの胸壁の上でメルセゲルが何事か叫んでいた。

 叫びながらせわしなく弓を引いている。

「まるで素人だな」

 あれでは無翼竜の鱗は通らないし、そもそも当たらない。

「道理で少ないはずだね」

 ニコロが言った。

「ここでも争い合ってるんだ」

 ミケーレが荷車の陰に隠れた。

「冒険者がずっと来なかったから退屈してたんだろう」

 ジョバンニが冗談を言う。

「どうすんの?」

「無翼竜、助ける?」

 マリーとカテリーナが振り返る。

「師匠のせいで訳わかんなくなったよね」

 ヴィートが僕をからかった。

「みんな」

 先陣のニコレッタが指を口に当てる。

 全員一斉に黙った。

「取り敢えずあれ、やっちゃいましょう」

 射程に収めた門番二体を指差した。

「よし、やるぞ」

 トーニオが合図した。

 子供たちは口を閉じ、魔法を放つタイミングを待った。

 ミケーレの肩の上のピューイもじっと身を潜めた。


 番人の足元が突然、凍り付いた。

「うわっ、なんだ」

 慌てる番人。

「敵襲」と、声を上げようとしたところで全身が凍り付いた。

 二つの反応があっという間に消えた。

 子供たちは門の瓦礫に隠れるべく駆け出した。


 僕たちはアジトのなかに入った。

 敵は全員、反対側の来訪者を迎えるために出払っていて、もぬけの殻になっていた。

 建物の先まで反応はない。

「トラップに気を付けて」

 庭木同士の間に鳴子が仕掛けてあった。

 子供たちは手で合図を交わしながら少しずつ前進する。

 スプレコーンの獣人村で戦闘訓練して遊ぶ獣人の子供たちを思い出した。


 中央の崩れた建物の屋根の上に陣取る頭目クラスが何体かいた。

 ようやく後方の異常に気が付いたのか、うろたえ始めた。

 だが、時既に遅く、詰めていた側近たちは、ピューイの目の前で昇天していった。

 隠密行動もうまくなったもんだ。

「無翼竜、発見!」

 カテリーナが入場口の方ではなく、中庭を指差した。

 数体の無翼竜が例の檻に捕らえられていた。

「ピューイ!」

 また助けろとピューイがミケーレをつついた。

 なんだろう? ピューイの行動がただ同族種を助けたいという理由からではないように思えた。

「今なら誰もいないよ」

 丸太で筏を組んだだけの坂を降りる。

 助けている間、ヘモジにはボス部屋にある宝箱を任せた。


 檻は頑丈だったが『無刃剣』で容易く施錠部分を切断できた。

 でかい無翼竜がつらそうによたよたと出てくる。

「何か飲まされてるな」

 僕は子供たちの間を進み、無翼竜に触れる。普通こんなことできないぞ。

「状態異常を解除してやろう」

 浄化魔法を施した。

 するとゲフンと変な声を上げて無翼竜がげっぷした。

「臭い」

 側にいた子供たちが逃げた。

 無翼竜は大きな身体を揺すって歩き始めた。

「ピューイ」

 残っている檻も開けろと、ミケーレを急かした。


 全部で五体、どれも自分たちが捕まっていた檻付きの荷馬車を引ける程のサイズがあった。

「戻ってくるよ!」

 ニコロとミケーレが叫んだ。

 どうやら、来訪者を追い払うことに成功したメルセゲルたちが持ち場に戻ってくるようだった。

「やばいよ」

 僕たちが来た方角に逃げているでかい無翼竜が目に止まるか止まらないか。微妙なタイミングだ。

「ナーナ」

 上からヘモジが覗いた。

 救出を終えた子供たちは再び屋根の上に戻った。

 そして宝箱の中身を拝見した。

「相変わらずしょぼいね」

 子供たちは残念がった。

 わずかな硬貨と宝石。それと今回は弓だった。

「これは……」

 なかなかの物のようだった。

 オリエッタが細かいスペックを語った。

 三十三階層でようやく使えそうな装備が出てきた感じだ。

「転送するぞ」

 回収した品も持ち寄り、一まとめにした。

「ナーナ」

 敵が迫ってきている。

「ここは放棄する。一旦、後退して壁沿いを行く」

 子供たちは無翼竜を追い掛けるように来た道を戻った。

 途中、何度か敵の気を逸らすためにあらぬ方に魔法を放ったりもした。

 そして無翼竜が無事脱出できると確信した子供たちは反転、瓦礫を盾に転進を試みた。


 氷の槍が突然胸に突き刺さる。

 倒れた仲間に駆け寄るメルセゲル。遺体に触れた途端、吹き飛んだ。

 後方にいた一体が驚いて壁に張り付くと、頭上の壁が崩れてきてそいつを押し潰した。

「三コンボ?」

「最後のは事故」

「でもコンボした」

 子供たちは冗談を交わしながら手際よく進んだ。

 一方、指揮官を失った盗賊に統制はない。

 見えない敵に憤りながら、周囲に当たり散らすのみだった。


「ピュー?」

「駄目! 頭出すな」

 ミケーレがピューイの頭を押さえつけた。

「弓持ちは粗方倒したよね?」

 残るは接近戦主体の敵ばかりだが、出口はもうそこにあった。

 ここだけはまだ警戒が解かれていないかのようだった。

 名うての勇者の如き一団が外を睨み付けている。

「一体やると、全部連鎖するな」

 今回は僕もヘモジと一緒に参加することに。一人一体。

 トーニオの合図で一斉攻撃。

 残った連中が襲ってきたら返り討ちにする手筈だったが、なぜか残らなかった。

「知恵の勝利ね」

 フィオリーナは敵本体ではなく、門の天井部分を落として数体を巻き込み、ニコレッタは落とし穴を掘って襲いかかってくる敵を足止めしたのだった。

 落とし穴に落ちた連中はたった今退治された。


 出口を抜けると昨日と変わらぬ景色が待っていた。吊り橋の先にまっすぐ伸びた街道。

 両側には相変わらず深い森が広がっていた。道端には小動物だけでなく無翼竜の反応もあった。そして街道にはクヌムの姿も。

 丘を越えた先に関所があった。どうやら僕たちではなく、盗賊対策のようで堅牢な物に進化していた。が、人通りは多かった。

 当然あそこには用はない。

「出口はあっちよ、みんな」

 フィオリーナが右に折れることを進言した。


「ただ散歩してるみたい」

 子供たちが不平を漏らした。

「他の冒険者もこんなだったのかな?」

 昨日、クヌムと無翼竜が冷遇されていたのは、その前に通った他の冒険者の行動が影響したせいということはないだろうか?

 だとしたらこのフロアは冒険者の行動で変わる世界なのかも知れない。もしかしたら不戦もあり得るかも。

 検証案件として報告しておこう。

 でも冒険者だったら普通魔物を見たら攻撃しちゃうだろうな。この世界で最悪な存在が冒険者という事態にならないことを祈る。


 メルセゲルの兵士とはその後も何度か戦った。彼らの引いた防衛ラインを突破しようというのだからこればかりは仕方がない。

「関所に寄ったら、盗賊退治の報酬出たりして」

「その前に師匠が指名手配で捕まるんじゃない?」

 子供たちはケタケタ笑った。


 今日はちょうど昼時に目的地に辿り着いた。

 目的地は断崖絶壁に建てられた真っ白な霊廟。今日もここだけは変わらず花束を捧げたくなるくらい清涼な場所だった。

 が、突然ピューイが騒ぎ出した。

「ピュー、ピュピュ、ピューイ」

 それは大きな無翼竜が待ち構えていた。

「ドラゴンみたい」

 凄みは感じられなかったが、でかさだけなら小型のドラゴン並みだった。

 その無翼竜は僕たちの姿を見るや、立ち上がり森のなかに消えていった。

「なんだったの?」

「ピューイ」

 ピューイが地面に降り立った。

 そしてさっきまで無翼竜が身を横たえていた所までくると地面をつついた。

「ピューイ!」

 子供たちが見下ろした。するとそこには……

「カードだ!」

「召喚カードだ!」

 子供たちは大いに期待してそれを拾い上げた。

「凄ーっ!」

「おおーっ!」

 今日は実入りが少ないと残念がっていたのに、最後にこれとは。

 子供たちの手を渡って、最後に僕の所に来たカードを見ると……

「無翼竜だけど…… これ、ピューイとは種類が違うな」

「どうする?」

 子供たちが早速、話し合いを始めた。

 ピューイが未だ小さいままなので、将来性があるのかないのかわからない。その段階で所有を希望していいのかと悩む者と、かわいさがすべてと言わんばかりに即決した者とに分れた。

 所有したい者はマリー、カテリーナ、フィオリーナの女子三人だった。


 じゃんけんの結果、フィオリーナが勝利した。

「一緒に大切に育てましょうね」

 その一言で敗者ふたりは救われた。

 マリーとカテリーナに関しては保護者の同意が必要になってきそうだったので、フィオリーナで正解だったと思う。

 そして召喚カードを受け取ったフィオリーナは早速、みんなに召喚するよう急かされた。


 魔法陣が足元に広がっていく。自力ではまだ描けない複雑な術式だ。

 まばゆい光のなかから現れたのは……

「アルビノ?」

「アルビノって?」

「色素が抜けた白い動物のことだ」

「ふーん」

 目の前に現れたのはピューイを白くした奴だった。

「クー」と鳴いた後「キュルルルル」と甘えた声でフィオリーナに頬を寄せた。

「ピュー、ピュー」とピューイが興奮して暴れた。

「名前はキュルルに決定しました!」

「速ッ!」

 振り返るフィオリーナの顔を見て、全員、呆然と立ち尽くした。

 それは今まで見たどんな笑顔よりも子供らしく愛らしい笑顔だったからだった。いつも姉や母親代わりを演じてきた少女の年相応の笑顔に、彼女がこれまで背負ってきたものの重さを知るのだった。

 そして全員がこの結果に満足して笑顔を返すのだった。

「よろしくな。キュルル」

「仲よくしようね、キュルルちゃん」

 ピューイの時と同様、全員に歓迎された。

「ナーナ」

 ヘモジもオリエッタも呆れ返っていた。

 ここ数日間の無翼竜寄りの一連の行動が、この結果を招いたのだと思わざるを得なかった。

「なんて報告したらいいんだろうな」

 クエストだったのだと思う。どこからどこまでがそうだったのかはわからない。ピューイの召喚カードを得たときからなのか、このフロアの勢力図を塗り替えた時からなのか。

「ようし、みんな。続きは帰ってからだ。撤収するぞ」

「はーい」

 これまでにない涼やかな返事が返ってきた。


「まあ、これも砦を壊滅させた僕のおかげかもな」

「それはないから」

 オリエッタの肉球が僕の額に張り付いた。



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