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クーの迷宮(地下33階 無翼竜・クヌム・メルセゲル戦)暢気なフロアになったもんだ

 翌朝、白亜のゲート前ではトーニオが持てはやされた。おっさんたちの手をうざったそうに払いのけるトーニオも、女性の手は払えず、撫でられ放題になっていた。

「せっかく髪を整えたのに、寝起きと変わんないわね」

 フィオリーナに突っ込まれるも、本人はまんざらでもなさそうだった。


「うわぁあ……」

 入場してすぐ巨大な瀑布を目の前に子供たちは感激のあまり立ち尽くした。圧倒的なパノラマ。

「ほえー」

「これ、どっから下りるの?」

 本日地図担当を任されたフィオリーナが持つ地図を全員が覗き込む。

「あっちだ」

 トーニオが左に進路を変えた。


 ひたすら下る長い坂道を前に息を呑む。瀑布の轟音と湧き上がる霧に警戒心が跳ね上がる。

 ピューイも首を伸ばして坂の先を覗き込んだ。

「足元、気を付けろよ。滑るぞ」

 湿った坂道をしばらく下りると例の場所に出た。

 子供たちは振り向き、僕の顔を見た。

「まず自分で考える」

「いいこと思い付いた!」

 ヴィートが叫んだ。

 子供たちは頭を寄せ合い秘密会議を始めた。お前たちしかいないだろうに、誰に秘密にするんだ。

「よし、行くぞ」

 ジョバンニが腕を振り回した。そして壁に穴を開け、坂に平行に、ではなく真下に穴を掘り始めた。


「限界だ」

 魔法が届く距離の限界まで掘り込んだようだ。

「じゃあ、水溜めるわよ」

 ニコレッタが坂の勾配を操作して湧き水を穴のなかに誘導、水を満たした。そして目一杯溜めると誘導をやめ、穴に湧き水が流れ込まないように地形を変えた。

 水を凍らせ、水分を遮断している間に土を熱し、乾燥、成形。濡れた土の操作手順もスムーズだ。

 僕はニコレッタの手際のよさに思わず感心した。

 マリーが穴に溜まった水の表面に氷の足場をこしらえた。

「全員乗った?」

「乗ったよ」

「乗ったわよ」

「じゃあ、やるよ」

 カテリーナが足元の壁に溝を開け始めた。

「慎重に。壁が倒壊しないようにね」

「わかってる」

 すると溝から水が漏れ出して溜まった水が滝になって落ちていく。

 これは昇降機だ。

 足元の水が減っていけば、氷塊に浮いた自分たちは労することなく滝壺の底まで辿り着けるという寸法だ。

 斜めに掘り進めるより早いかは兎も角、面白い。

 下に行く程、壁は厚くなる。途中選手交代。ニコロの番だ。

 空けた溝から下を望めば、自分たちがいる高度を確かめられる。そして……

「すげー」

 上を見上げれば、縦穴の壁に縦に延びる一筋の光。

 穴の底まで到達すると今度はトーニオが縦穴を掘り、みんなで水を張った。残り三分の一の高さまで下りてきていた。

 そして繰り返し。


「大成功!」

 子供たちはハイタッチを交わした。

 最後に人が通れるサイズに溝を拡張し、横穴を出たところで作戦の成功を祝った。

 振り返れば断崖を縦に切り裂いた足跡が。

「もっといい方法があったんじゃない?」

 フィオリーナの言葉に「何を今更」とみんな、声を上げて笑った。

 冒険に一番必要なもの、それは達成感だ。

 例え、明日にはリセットされて消えてしまうものだったとしても、他人にはたわいのないことだったとしても、今感じている手応えは彼らの手のひらに永遠に残る。

「なんとかなったな」

 子供たちは僕の遠慮がちな評価に笑顔を返した。


 瀑布と大きな湖を横目に道なりに進むと上り坂が見えてくる。

 無翼竜の姿もちらほら見えてくる。

「ピュー」

 ピューイが動きの鈍い同胞たちに目を向けた。

 去来する感情があるのかないのか。目玉をぱちくりさせる。

 坂道から十体程の団体が猛烈な勢いで下りてきた!

「敵襲!」

 かと思ったら、次々湖に飛び込んでいった。

「何?」

(りょう)だ」

「そうなの?」

 水面を荒らしながら次々無翼竜が陸に上がってくる。どれも口に大きな魚を銜えていた。

 陸にいた同胞たちが寄ってきて、また餌の取り合いを始めた。


 腹を満たした連中は坂を上り始める。

「全然こっち気にしないね」

「ピュー……」

 ピューイも食べたそうな顔をした。が、生魚は駄目だよと、子供たちに止められていた。

 警戒しながら僕たちも坂道を上る。

 坂の途中で疲れた者はその場で眠っている。

「また来たよ!」

 次の一派が坂を猛烈な勢いで駆け下りてくる。

 身体が冷える前に餌の確保をしたいのはわかるが、滝壺の冷水のなかにいる魚の動きも同様に鈍いのだから焦ることはあるまいと思うのだが。

 僕たちは道を譲った。

「僕たちより魚の方が美味しいのかな?」

 ヴィートが言った。

 さあ、食い出はなさそうだけどな。


 地上に出ると一転、猛烈な日差しが襲ってきた。

「あち、あちっ」

 子供たちは足元の岩盤に手を当ててははしゃいだ。

「ちょっと、ちゃんと警戒してるの!」

「してるよー」

 オリエッタが僕の肩を叩いた。

「怪我してるのいない」

「そういえば…… 傷付いた連中、今日はいないな」

 何かあったのかな?


 クヌムの村が廃墟になっていた。代わりに対岸に立派な壁ができあがっていた。

「引っ越したのか?」

 廃墟のなかを覗いた。

「まさかあのまま燃え尽きたとか」

「燃えてない」

「ナーナ」

 村のなかは荒れ放題。生命反応はどこにもなかった。

「戦闘でもあったのかな?」

「昨日はクヌムが普通に住んでたんだけどな」

「師匠が殺しまくったんじゃないの?」

「いや、非戦闘員ばかりだったから、ほとんど素通りしたぞ」

「そのほとんどが怪しい……」

「何もしてないって」

 からかうヴィートの尻を蹴飛ばした。

「斧だ」

 長斧が所々に落ちていた。

「メルセゲルだ」

「そうなの?」

「これ、メルセゲルの長斧?」

 勿論、ギミックだ。でなければ消滅しているはずだから。

 でもなぜ?


 新しい村の方は昨日と打って変わって賑わっているようだった。唯一、外と繋がる吊り橋を頻繁にクヌムたちが行き来していた。

「メルセゲルの領主が死んで締め付けが緩んだとか?」

 森の縁で草を食む無翼竜の姿も見掛けた。

 どちらもこちらを襲ってくる兆しはなかった。

 クヌムの巡回兵たちも村に近付かなければ攻撃する気はないようだった。

 メルセゲルの姿もなかった。

「暢気なフロアになったもんだな」

 子供たちも呆然とする程、何もなかった。

「師匠、何したの?」

「絶対なんかしたよね?」

「こんなに敵いないって、おかしいよ」

「砦を破壊したのが間違いだったか……」

「これだよ」

 子供たちが呆れた視線を僕に向けた。

「何かいるよ!」

 ニコロとミケーレが叫んだ。

「メルセゲルだ」

 オリエッタが言った。

 子供たちは警戒した。

「三体……」

 来た!

 武器を抜いている。でも持っているのは長斧ではなく、短刀だった。

 待ってましたとばかりに子供たちは身構えた。

「足止めする!」

 動きの速いメルセゲルを捉えるため、トーニオは衝撃波を広範囲に放った。

 衝撃を食らったメルセゲルたちは足を止めた。止まったらこっちのもの。

 子供たちが過剰気味に放った攻撃で息絶えた。

 なんだろう? 昨日より貧相になったような……

「あ、無翼竜だ!」

 草むらのなかを徘徊する無翼竜の背中が見えた。

「ピューイ?」

 グオーと、そいつはこちらを威嚇するかのように吠えた。

 すると無翼竜の向こうにメルセゲルの反応が!

 無翼竜を狩ろうとしてる?

「ピュー、ピュー、ピューッ!」

 ピューイが暴れた。

「師匠!」

「助けたいんだろう。いいぞ、行ってきても。でも無翼竜にも警戒しろよ」

「わかった」

 子供たちは魔石の回収を中断して、駆け出した。

「ピューイーッ」

 無翼竜がこちらに駆けてくる。よく見えなかったが、小さな子供が三体一緒にいた。

 ガーッ。必死に親は迫るメルセゲルを威嚇する。

「結界の内側に入れるぞ」

 ジョバンニが結界を無翼竜親子の向こう側に展開した。結果、ジョバンニと無翼竜の間に遮るものはなくなった。今、無翼竜に襲われたらジョバンニはイチコロだ。

 ヴィートが自分の結界の内側にジョバンニを入れた。

 無翼竜はそのジョバンニと擦れ違う。

 女性陣が潜伏から急襲した。

 追い掛けてきたメルセゲルはほぼ同時に倒れた。

 無翼竜の足が止まった。

「ピュ、ピュ、ピューイ」

 ピューイがミケーレの頭の上で鳴いた。

 親竜はブオーブオーと息を吐いて答えた。

「しゃべってるの?」

「の?」

 マリーとカテリーナが首を捻る。

 こんなこと僕だって初めてだ。

 オリエッタとヘモジが会話に参加した。


 魔石の回収とマッピングを終えたので、先に進むことにした。

 無翼竜の親子の姿は既になく、メルセゲルが乗ってきた馬車だけが残されていた。それは先日中庭で見た檻の載った物だった。

「無翼竜を捕獲するための物だったのか」

 移動用に徴発しようと思ったが、馬も無翼竜だったので、野に放ってやった。

「で、何を話してたの?」

 マリーが僕の肩の上のオリエッタを見上げた。

「無翼竜がたくさん連れ去られたんだってさ」

 オリエッタはマリーの肩に跳び移った。

「それをピューイに助けろって?」

 ミケーレが言った。

「お前は小さいから、早く逃げろだって」

「なんだ、心配されてたのかよ」

「ピュ、ピューイ!」

 ピューイはミケーレの頭に頭突きを繰り返した。

「痛いよ、痛い」

「ナナーナ……」

 ヘモジも両手を腰に当てて抗議した。

 どうやらチビの内にヘモジも入っていたようだった。

「お前らも一緒じゃないか?」

 ジョバンニが年少組をからかった。

 無翼竜にしてみれば人はみんなチビ属性だ。

「ようし、助けてやろう」

「捕まってたらな」

「いるよね?」

「さあね」

「ようし、砦をぶっ壊すぞーッ」

「オーッ」

 いくら壊しても大丈夫だからって……

 無茶が効くってのはいいことなのか、はたまた。


 子供たちのやる気を削ぐかのようにあれほど立派だった砦はなんと廃城と化していた。

「情報と違うよ」

「師匠。言うことあるよね」

 一斉に痛い視線がこちらを向く。

 立派な城だったのに。詰めていたのもちゃんと鎧を着た兵士たちだったのに。

 今占拠しているのは『メルセゲル・バンディット』 山賊だった。

 僕が破壊した城は次の日、山賊たちのアジトになっていた。

「ごめん。やり過ぎた」



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