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クーの迷宮(地下33階 無翼竜・クヌム・メルセゲル戦)下見 満月

 そんなわけでアイテム回収を終えた僕たちは砦を後にした。

 レアアイテムを期待された女領主だったが、装備は既にお釈迦、魔石も期待した物ではなくなっていた。

 吊り橋を渡り、まっすぐ伸びる街道を行く。轍で削られているが、舗装されたしっかりした道だった。両側には深い森が広がっている。

 逃げ出した敵の姿は既になく、道端に小動物の反応があるだけだった。スプレコーンの大街道の景色を思い出して、ふとユニコーンの姿を木々の間に求めた。

「出口はあっちだな」

 先人の資料ではこの先を右に折れていた。結果的に早期に出口を見つけられたようなのだが。普通まっすぐ行きたくなるだろうに、ここで道を外れる選択をするとは。

 森にそれた理由は丘を越えてすぐにわかった。

「関所だ」

 敵が大挙して待ち構えていたのだった。

「そういうことか……」

 先人を見習って僕たちも道をそれた。

 倉庫整理も済んでないし、追加の魔石は取り敢えずいいだろう。

 それでも森の警備に何度かつつかれた。

 騒ぎになると関所に気付かれるので、瞬殺を心がけた。


 若干昼を回ったが、目的地に辿り着いた。

 目的地は断崖絶壁に建てられた真っ白な霊廟だった。花束を捧げたくなるくらい清涼な場所だった。

「午後は倉庫整理だな」

 ふたりは別行動したいと言い出した。

「オリエッタ、装備品の鑑定――」

「やっとく」

 わかってるならいいけど。

「あまり構ってやるなよ」

 勿論ピューイのことである。

「わかってる」



「予定変更」

 食事の皿を並べているとオリエッタとヘモジが戻ってきた。

「どうした?」

 子供たちはラーラや大伯母と共に遠足という名の偵察に既に出掛けていて、合流は叶わないという。

「最近、多いな」

 勢いだけで無理して海を越えてくる馬鹿がいる。

 あわよくば僕たちの砦に厄介になろうというふざけた連中だ。残念ながらギルドの拠点であるこの砦は友好関係にないギルド要員の入場は固くお断りしている。仮に緊急性があったとしても船の修理をさせてやるぐらいだ。それも対外用の法外な値段で。補給も精々帰りの分の魔石だけ。こちらも潤沢な備蓄があるわけではないし、何より前例となられては困るからだ。

 仮に鞍替えして当ギルドの傘下に入れたとしても、砦に常駐などあり得ない。まず前線で命懸けの任務が待っている。働かざる者食うべからず。最低保証はあっても報酬は基本、出来高払い。役に立たなきゃ高額な費用を払わされて海の向こうに戻されるだけである。

 大伯母たちは、南西の海岸線に打ち上げられた一行を見たという情報を元にギルドの連中と捜索に向かったそうだ。

「なんで子供たちまで?」

「海を体験させてあげたいんですって」

 またピューイか。

「普段なら断るだろうに」

「なんだかんだ言って、皆さん甘いですし」

「夫人はどうなんです?」

「あのまま成長しないでいてくれると助かるんですが。それより妖精族の方たちの方が心配です。餌にならないか」

「ああ、巡礼ツアー」

 神樹を見学するツアーはまだ続いていた。

「分祀なさっては?」

「まずは無事に育って貰わないと」

「注意喚起だけはなさっておいて下さいね。食べられちゃっても責任持てないんですから」

 ミントたちも既に状況はわかっている。子供たちもピューイに『ペルトラ・デル・ソーレ』がいる間は木の側に寄らないように指導、努力している。

「低いところを飛ばないように言っておきます」


 昼食後、僕たちは倉庫に向かった。

 オリエッタに先日の装飾品を捌いて貰っている間に、こちらは魔石の加工を行った。

 ヘモジはいつものように小石をリュックのなかから出して、代わりに細かくした土の魔石をリュックに詰め込んだ。

「ナーナ」

 オリエッタの作業が終わったら、畑仕事に行きたいと言う。

 ヘモジの温室の野菜がそろそろ収穫時期を迎えるらしい。初期の頃造った実験菜園だが、最後の一手間が味を決めるのだそうだ。魔石を間引くんじゃなかったかな?

 パタータ、ズッカ、ラットゥーガにルッコラ、ラパ、カロータ等々、順次摘み始めるらしい。

 ルカ・ビレのかつての果樹園から移植した物からの収穫が既に始まっているので、砦初ではないが。種や株から育てた物としては初めての収穫となる。


 そして魔石の在庫を一掃したところで僕の作業は終了だ。

 地上に出るとでかい頭陀袋の山を運ぶ荷車が目の前を通った。

 ナツメヤシの実のデーツだ。あれは輸入品である。本来実がなるまで五年を要するものだから、移植した物から収穫できるのはまだまだ先だ。砂漠の貧しい食糧事情を補うためにあるような物だが、さすがにあればかり食う気にはならない。


 帰宅したときも家にいたのは夫人だけだった。みんなの夕餉の支度をしていた。

「まだ帰ってこないんですか?」

 一体どこまで行ったのやら。

 ヘモジとオリエッタの声が玄関から聞こえてきた。

 上から覗くとオリエッタは全身を振り、ヘモジは膝を叩いて泥を払っていた。


「遅い」

「ナーナ」

 子供たちより料理の方が先に並んだ。

 そしてデーツの入ったヨーグルトを平らげた頃、ようやく戻ってきた。

「お帰り」

「んもー、大変だったんだよ。聞いてよ、師匠」

 泣き言を聞くことになった。


 新参者たちは遭難者だった。魔力供給が切れた船が漂流。打ち上げられたのだそうだ。

「あんなちっちゃな船で越えられるはずないじゃん」

 うちの船より小さかったそうだ。海が荒れた折、唯一の資産であるガーディアンを海の底に捨てる羽目になったらしい。

 帰りの便の手配はしてやると大伯母たちは言った。

 だが、彼らは金がないことを理由にそれを断り、代わりに砦に入れろと言い張った。

 こちらは砦が一般開放されていないと突っぱね、気に入らなければ好きにしろと言った。

「タロスに見付かっても知らんがな」

 連中は烈火の如く怒った。非があるのは軽率な行動に及んだ自分たちだというのに。


「大体、金がないなら船を売ればいいんだよ」

「ガーディアンがないのに運搬船なんて意味ないじゃん」

 温厚な子供たちがやけに喧嘩腰だ。


 船から子供たちは状況を見守っていた。早く海岸でピューイと遊びたいのを我慢して。そのために帰り用のガーディアンまで持参してきたのに。

 だが、そのせいで話が更にこじれた。子供たちの存在がばれると、漂流者は子供たちはよくて自分たちは駄目なのかと、おかしなことを言い出した。自分たちは子供たちより役に立つはずだ。砦で雇うのが当然だと。

 大伯母を始め、こちら側の大人たちは子供たちは皆、ギルドメンバーの家族だと言ったが、漂流者たちはそれでも食い下がった。

「採用試験に通用してから来い」

 大伯母の正体を知っていれば、大人しくしたがったかもしれない。が、そいつらは『ヴァンデルフの魔女』を知らなかった。

 大伯母は言った。

「お前たちがあいつらより役に立つなら証明して見せろ」と。

 そこで採用試験代わりの対戦が行われることになった。貧乏くじを引いたのはトーニオだった。


「遊びに行っただけなのにさ」


 そして砂浜に下りると模擬戦が始まった。

 相手は一応冒険者。備えのなさからもわかる通り二流である。故に相手の力量がわかっていなかった。身に付けている装備を見ただけでもトーニオが魔法使いだと知れただろう。例え、手ぶらだったとしても。

 無手だと馬鹿にしているとまた騒がれそうなので、トーニオは短剣を持たされた。


「ハンデもいいところだよ」

 トーニオはパンを食い千切った。


 短剣と言えど、ただ持たされた子供にとっては重い鉄の塊に過ぎない。身体強化がなければ長時間構えてなどいられなかっただろう。

 だからそれを使うことなく、結界ですべての攻撃を防いだ。『結界砕き』を持っている可能性も考えて結界を二重にしたとも言う。

 対戦相手も見ていた遭難組もわけがわからなかった。いくら攻撃しても直前でいなされるのだ。却って馬鹿にされていると思ったのか、血が上って攻撃が乱暴になっていく。


「子供相手にひどいよね」

「あれ絶対本気だった」

 マリーもカテリーナも肉を頬張りながら怒っている。

「カテリーナは今日泊まりか?」

「お姉ちゃんたち、迷宮で夜を明かすって。砂漠で金塊狙うんだって」

「サンドゴーレムか」

「たぶん」

 レイド組んでるのかな? 急所さえわかれば、なんとかなるだろう。

「今日は一緒に寝るんだもんねー」

「ねー」

 月の半分は一緒に寝てるだろうに。


 話は戻る。

 トーニオは相手が疲れてきていることに気付いた。相手がやけに濡れた砂地に入りたがるのだ。砂の上を駆け回るのはきつい。漂流していたので体力も落ちているはず。

 トーニオはわざと乾いた砂地に陣を配した。

「逃げ回りやがって」

 結界に気付いたときには手遅れだった。

 対戦相手は息も絶え絶え、もう足が付いてこなかった。

 そうしてふたりの間にようやく距離ができた。

 トーニオは正体を晒すタイミングが来たと確信した。

 短剣を捨て衝撃波を放った。

 男は吹き飛んで、空高くに舞い上がった。

 弧を描いて跳んでいった男は海に落ちた。


「『銀団』舐め過ぎ」

「溺れ死ねばいいのに」

 ミケーレとニコロが言った。

 さすがに頭を叩かれた。

「なんだよ、姉ちゃんだって笑ってたじゃんか!」

 ラーラとイザベルも戻ってきた。若干疲れが見えた。

「思ってても言わないのよ」

「お帰り」

「お帰りなさいませ」

「あいつらの強制送還の手続き取ってきたわよ。一応、各船に人員に空きがないか聞いてみるけど……」

「恐らく無理ね。トーニオに喧嘩売ったのがまずかったわ」

「トーニオ、愛されてるな」

 ジョバンニがからかった。

「違うわよ、一撃でやられちゃたからよ」

「遠回りに馬鹿にされている気がする」

「まあまあ」

「そいつらも自業自得だな」

「もう町中に知られちゃったしね」

「おー、聞いたぞ。トーニオ。よくやったな」

 バンドゥーニさんが珍しく酒場に寄らず帰ってきた。

「あら、早いわね。どうしたの?」

「勇者を迎えに来たんだよ。行くぞ、トーニオ」

「ちょっと、バンドゥーニさん!」

「話を聞かせろって、みんなうるさくてな。ただ飯も食えるぞ」

「もう食べてるよ」

「それに、話はもうみんな聞いちゃったんじゃない」

「ああ?」

「今その話題を話してたんだ」

「なんだと」

「ピュー、ピュー」

 ピューイが目を覚ました。ミケーレのテーブルの上で寝ていたところを大きな濁声に起こされたようだ。

「そう言えば海はどうだったんだ?」

 子供たちは黙り込んだ。

「それだけじゃなかったんだよ」

「わたしたちがガーディアン持ってるって知ったあいつら、わたしたちのガーディアンをよこせなんて言ったのよ!」

「まさか、全員ボコボコにしたんじゃないだろうな?」

 今度はラーラたちが黙った。

「ん?」

「レジーナ様が切れちゃって」

「一生消えないトラウマになったわね」

「やられて当然だよ!」

「すぐ気絶しちゃってたから、大丈夫でしょう」

「しょうがねぇ、俺は戻るとするか」

「お食事は?」

「悪いな、アルベルティーナさん。同僚の送別会なんだ」

 前線の部隊の一部が戻ってきた。当然、代わりに出ていく者たちがいる。

 僕は窓の外を見上げた。

「どうしたの?」

 ラーラが尋ねた。

「満月なのかと思って……」

 今日はみんな、どこかおかしい。

「あ」

 丸い月がこれ見よがしに浮かんでいた。



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