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クーの迷宮(地下33階 無翼竜・クヌム・メルセゲル戦)下見 やり過ぎました。

「暴れる湖面を凍らせるのは難しいんだよな」

「下流に流されてる」

 下流には別の大滝が待ち構えていた。

「ナーナ」

 穴の底は無翼竜のテリトリーだった。

 ピューイが一緒だと戦わずに済むのかも知れないが、今は一緒ではないから戦闘になる可能性がある。 だから安全策を取って湖の真ん中に急遽、降り立ったわけなのだが。

「こんな寒い場所、さっさと通り抜けてしまおう」

 湧き上がる白い霧にどんどん体温を奪われていく、気がする。結界があるから実際はなんともないのだが。

「あ、目が合った……」

 上陸ポイントを探していたら湖畔でダレている無翼竜と目が合った。

「ナーナ」

 ヘモジが凍らせた湖面を渡り、無翼竜のすぐ脇に上陸した。

 えーッ? ピューイマジック! 絶賛、効果発動中か?

「もしかして仲間だと思われてる?」

「違う。寒い所で戦いたくないだけ」

 遠巻きにこちらを見る無翼竜の全身は霧で濡れていた。

 寒い場所で動きが鈍るのは変温動物の性だが、動けなくなる程か?

 上陸する僕たちに道を譲るように後退りしながら距離を取る。

 無翼竜の団体が対岸に続く坂をのそりのそりと歩いてる。オーガライダーの片割れとしての機敏さは微塵も感じられなかった。

 水のなかで大きな魚が数匹、飛び跳ねた。

 振り返ると数体の無翼竜が大きな魚をくわえて湖面から這い上がってきた。

「餌場だったのか」

 引き上げた魚に周囲の無翼竜が群がってきて取り合いが始まった。

 あんなに食欲があるのに…… こっちを無視する理由はなんだ? ほんとにピューイマジックか?

 暖かい場所では襲ってくるかも知れないので、半信半疑、距離を取りながら坂を上った。


 緊張しながら岩でできた洗濯板のような坂を上り切ると、上から見たとき見えていた大河の畔に出た。大分奥まった位置だったが、熱い…… 焼けた岩盤の上、滝壺の涼しさが嘘のようだった。

 川辺は浸食された岩に覆われていた。抉られてできた岸辺の段差からでは水面に触れることはできなかった。

「なるほど。一々坂を下りなければならないわけだ」

 身体を乾かし過ぎたのか、干からびた無翼竜が何体も横たわっている。

「ひなたぼっこしているようには見えないな」

「血の臭い……」

 オリエッタが警戒した。

 転がっている連中から弱々しい反応が返ってくる。

 傷を負っているのか?

「魔法ではないな」

 明らかに刃物による切り傷だ。

 先客が来たような跡も反応もないが。

「この先に何がある?」

 上流を見回すと――

「あ」

 遠く岩場の影に丸太を並べた防壁が川辺を覆い隠すようにそびえていた。

「集落?」

「あれのせい?」

「どうかな」

「ナーナ」

 あれのせいで無翼竜はこんな岩だらけの場所に追いやられたのか?

 だとするとあれはメルセゲルの……

 岩場の一部を平らにならして、勾配の付いた浅い岸辺を造ってやった。そして激流に飲まれないように支流を造った。

 これなら下まで降りずとも喉の渇きを潤すことができるだろう。

 しばらくこちらを警戒していたが、僕たちがその場を去ると、干からびていた無翼竜たちは動き始めた。

「ナー?」

「なんとなく」

 あそこまで痛めつけられたら回復の見込みはないかも知れない。

 かと言って、とどめを刺してやるのも、回復させてやるのも、どうかと思えた。

 僕のなかではこれがちょうどいいバランスだった。


 外壁に近付くと攻撃を受けた! これは見慣れた攻撃! 水魔法だ。

「クヌムだ!」

 無翼竜をやった犯人とは別口のようだった。

 燃やされたいか!

 丸太でできた外壁に火を付けてやった。

 クヌムたちはこっちを襲うどころではなくなった。迎撃と消火活動でごちゃごちゃになった。

 なんだ? 素人の集まりか?

「あの壁の向こう側の記録はないんだよな」

 だから転移して見学することにした。

 消火活動のどさくさに紛れて中に入ると、見付かる前に一番高い物件の屋根に跳んだ。

「ただの村だ」

 櫓の上に見張りがいる程度で、他は皆、非戦闘員のようだった。まともな装備を付けているのは兵士だけで全体の一割にも満たなかった。

 資料提供のため、村の見取り図をしたためた。

 それが終ると僕たちは村を出て、すぐ先の森のなかに入った。


 そこは本来、無翼竜がいていい場所だった。餌になる草も豊富に生えている。地面を掘って巣作りするにも最適な環境だ。

 ここから追い出された理由がある。

「敵がいる!」

 オリエッタが言った。

 木々の後ろに隠れている反応あり。

 クヌムじゃないな。

 この距離で遠距離攻撃を仕掛けてこないのだから別の敵だ。となると、このフロアではもうメルセゲルしかいない。

 反応が一斉に動いた。

 目の前の敵がこれ見よがしに姿を晒した。

 こちらが目の前の獲物に夢中になっている間に、残りが包囲する算段のようだ。

 いきなり長斧が飛んできた。

 斧は大木に突き刺さった。

 人間の女のように細い腕なのに、腕力はやはり魔物のものだった。

 わざと無手になって、不利を演出か?

 ヘモジと別れて、僕は木の上に跳んだ。そして姿を隠した。

 敵はこちらを完全に見失い、慌てた。

 包囲役のメルセゲルの一体が警戒しながら斧を回収しに近付いてくる。

 ヘモジがわざと音を立てた。

 敵は一斉に音のする方に振り向いた。

 僕は近付いてきた一体の背後に飛び降りると首を刎ね、別の木の根元に隠れた。

 ヘモジが僕の背後を取ろうとしていた一体を弾き飛ばした。

 敵は慌てて身を低くした。

「悪いな。全部見えてる」

「ナ、ナーナ」

 僕は『無刃剣』を放った。

 ヘモジはミョルニルを振りかぶって突進した。

 

 残った反応は最初に囮役を買って出た一体のみ。

 無手だったおかげで後回しにされた結果だった。

「あ、逃げた」

「記録されてるルートもあっちだったな」

 逃げていった方角と、資料に記された侵攻ルートが見事に被った。

 僕は追跡を一旦諦め、森のなかに置いてきたメルセゲルの亡骸を探した。魔石の回収だ。

 クヌムと共闘しているわけではなさそうだったが…… こんな場所で何をしていた? 村を襲う算段でもしていたか? それとも無翼竜を狩りに? それとも森に入られることを警戒していたとか?


 魔石と装備品を回収した。

 逃げたメルセゲルの足取りはまだ追えていた。

「なるほど他のパーティーもあいつを追い掛けたんだな」

 侵攻ルートが丸かぶりだったので、当然ゴールも予測できた。こうなると慌てて追い掛ける必要はなくなる。

 土の魔石(中)が取れた。報酬はクヌムに劣るか。

 長斧をメイン武器にしている冒険者は少なくない。が、メルセゲルの使う斧は軽めだ。

 余程のレア物でないと買い取っては貰えないだろう。鋳つぶすことを前提に転送しておいた。


 足跡を追い掛けたらメルセゲルの砦に辿り着いた。クヌムの先程の村落と比べると雲泥の差。

 でもエルーダ迷宮にある要塞砦と比べたらスケールダウンしていた。

「これならレイドを組まずとも突破できそうだな」

 スケールダウンに伴い配備されている敵兵の数も少なくなっていた。

 出口は砦を抜けた先にある。

 砦の両サイドから回り込む手もありそうだが、今回は正攻法で行こう。

「取り敢えず、あそこに」

 転移して城壁に上がった。

 敵が側にいたら転移反応で気付かれてしまっただろうが、うまくやり過ごせたようだ。

 隅塔の影に隠れて事なきを得た。

 ヘモジが肩を蹴って屋根に、僕は塔のなかにいる見張りを始末しに向かった。


 見渡せる範囲で周囲を確認する。

 出口への門は一つだけ。出入りがないようで落とし格子は落とされたままだった。

 我が家のロータリー程度の中庭には何を入れるのか、檻の載った大きな荷馬車が何台も置かれていた。そして礼拝堂、詰め所、天守(キープ)。外壁の内側にキツキツに収まった石の城。

「中に入るのはやめておこう」

 外壁の高さのさらに倍程もある垂直な壁。

 ゴールまでの難易度確認が主な目的だから、無理に戦う必要はない。

 城壁の上の敵を倒しながら移動していたが、さすがに見付かった。後方で騒ぎが起きた。倒した骸が見付かってしまったようだ。

 頭上からも矢が降り注ぐ。

 応酬するのも面倒だ。通り抜けようと思ったら、建物が倒壊した。

「あらー」

『闇の使徒』が出てきたらどうすんだ、ヘモジ?

「やっちゃった」

 オリエッタも呆れて空を見上げた。

 ヘモジが降ってくる。

「ナーナナーッ! ナアアアアア?」

 着地したら床をぶち抜いて下まで落ちていった。


「生きてるか?」

 中庭に面する壁をぶち破って出てきた。

「何暴れてるんだよ」

 メルセゲルがどんどん湧いてくる。

「ヘモジが囮になっている間に出口に急ごう」

「見捨てるの?」

「一緒に暴れていい?」

「駄目」

「じゃあ、行こ、うわっ!」

 後ろの壁が崩れた。

「どうしたんだ、ヘモジ?」

 いくらお前でも。

「逃げてる!」

 ヘモジが何かから逃げていた。

「ああ、あれは!」

 キープを破壊したもんだから、城の主が怒ったようだ。多勢に無勢。おまけに主まで。

「フューメルロード…… 女領主だ」

 雨のように降り注ぐ弓矢を掻い潜りながら、女領主の破壊力のある一撃を必死に避ける。

「どっちがいい!」

 ヘモジに雑魚敵を相手にするか、女領主を相手にするか決めさせた。

「ナーナーナ!」

 聞くまでもなかったな。

「雑魚は任せろッ!」

 僕は結界をヘモジの頭上に張った。

 そして向かいの城壁と中庭にずらりと並んだ弓兵を一掃すべく『衝撃波』を放った。

 外壁ごと吹き飛んで、崖下に落ちていった。

「あー、魔石が……」

「ナーナーナーッ!」

 地響きがして、大地に亀裂が。女領主が残っていた城壁に激突した。

 壁が崩れ始めた。

「ナナナナナ、ナーナンナーッ」

 ヘモジは勝利の雄叫びを上げた。

「よくやった、ヘモジ」

「ナーナンナ」

 ヘモジはミョルニルをくるりんと回してホルスターに、したり顔で悠然と戻ってきた。

「ふたりとも、ちょっと後ろ、振り向いてみ」

 オリエッタが言った。

「ん?」

「ナ?」

 あれ?

「森が見える」

「ナー?」

「ナーじゃないから!」

 僕には無言で尻尾ビンタ。

「ヘモジ、いい加減にしろよ」

「ナナナナ、ナナナナ、ナーナンナ!」

 僕が破壊した城壁跡を指差した。

「明日おかしなことになったらどうする気だ?」

「やっちゃったもんはしょうがない。幸い『闇の使徒』は出なかったみたいだし」

「ナーナ」

「これだけ破壊しても大丈夫なら、どうとでもなるだろう」

「ナーナンナ」

 出口に繋がる門だけが残っている。門を守っていた番兵たちは僕たちを見るとゾロゾロと逃げ出した。

「ちょっと、迷宮の魔物が冒険者を見て逃げるなよ」



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