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クーの迷宮(地下33階 無翼竜・クヌム・メルセゲル戦)下見 瀑布

 ようやく出口に辿り着いた。

 因みに最後の扉は古い鍵では開かなかった。形状に違いは見られなかったが、何かが違うらしかった。

 第一エリアの鍵とは違って転売は無理なようだ。

 出口の扉も微妙にずれていて、昨日の家の一軒隣の家にそれはあった。

「微妙に変えられるのが一番わかりづらいんだよね」

 子供たちが口々に言った。

 隣家を徹底的に家宅捜査したヘモジは特に大きく頷いた。


 脱出ゲートを抜けると周囲はすっかり暗くなっていた。

 月はまだ高くはなかったが、展望台の酒場ではもうどんちゃん騒ぎが始まっていた。

「心配される前に帰ろう」

「うん」

「プフュー」

「ん?」

 ピューイの変な声が聞こえた。

 ミケーレのリュックを全員が覗き込んだ。

 ピューイが尻尾を股に挟んで抱えながら、丸くなって眠っていた。

「癒やされるーっ」

 疲労困憊(ひろうこんぱい)した子供たちの顔が一気にほころんだ。



 食後、僕は倉庫整理に向かった。

 子供たちも来たがったが、さすがに今夜は休ませた。

「おー、杖の山だ」

 考えなしにぶち込んだ大量の杖で床が埋まっていた。さながら嵐が通過したあとの岸辺に大量に流れ尽いた流木の山のようだった。

「木材も貴重だしな」

 先端の宝石以外も薪ぐらいにはなるだろう。

 床を占領している杖をまず処分する。

 回収し、杖の先の宝石を取り外していく。


 玉石混淆、数えたら百個以上あった。

 次に刻んである紋章を削っていく。

 中にはプロテクトが働いて自壊する石もあるので、椅子に腰掛け慎重に作業する。

 この作業、実は『紋章学』のレベル上げに最適で、幼い頃よくやらされた覚えがある。

 そのうち大伯母が授業で教えるかも知れないが、子供たちが『鉱石精製』を取得するためには最低でもレベル二十まで上げておく必要がある。

 この作業だけでなく、他人の記した紋章を読み解いていくのはいい勉強になる。だが、剥き出しの魔法陣というのはそうそうあるわけではなく、大抵物騒なプロテクトが掛かっているものなのだ。

 その点、クヌムの杖は個体に合わせ、杖の一本一本、仕様が異なっているし、ノーガードときている。

 今となっては学ぶところはないが、随分役に立って貰った記憶がある。

 紋章を消した宝石を別の箱に移していく。

 杖の先に付いている宝石はどれも大きく、段々重くなっていくように感じられた。


「はあ、終った」

 魔石も装飾品もまだ手付かず放置されている。

 作業を始めて一時間。

 次は『鉱石精製』を使って、分解と再構成、圧縮をしていく作業だ。不純物を取り除き、売れ筋の材質レベル、大きさに精錬していく。

 ここからは手抜きできないので、時間が掛かる。布張りしてある専用の鍵付き箱に二十個単位で収めていく。


 大量の箱が積み上げられた。

 次は宝飾品の鑑定の予定なのだが、オリエッタがまだ来ない。

 信用に関わることなので、オリエッタには必ずあとで働いて貰うことになるが、今はしょうがない。自分の目利だけで大まかな仕分けだけしておこう。


『認識』スキルでないとわからないことは多い。

 例えば内包されている魔力量の具体的な数値がわからない。残量を感じることはできても、具体的に受容できる限界を読み取ることはできない。

 持たざる者は大きさや材質、付与されている術式などから予測するのが精一杯である。魔力を通してみたり、透かして見たり、やり方は人それぞれだ。

 その辺をうまく言い当てられるのがいい商人ということになる。

 でも、それが目利きの限界であった。

 僕も普段、物や魔法陣の構造を解析して、大体の当りを付けている。容量の限界も魔力を込めて残量をゼロにすればおおよそ把握することができた。

 それでもオリエッタのチラ見に遠く及ばない。オリエッタの採点では僕の目利きレベルは百点満点中、まだ七十点ぐらいなのだそうだ。

 そんなわけで日々精進、無駄とも思える作業だが、これも修行である。


 装飾品の分別の次は魔石の加工である。因みに装飾品に目を見張るような物はなかった。

 早速始めた作業だったが、魔石の加工は数を数えただけで終わりにした。数を数えたら百個どころか二百個近くもあったからだ。


 部屋に戻るとオリエッタが気持ちよさそうに寝ていた。

「こんにゃろ」

 さてはピューイと遊んでたな。

 ヘモジも自分のベッドでへそを出して大の字で寝ている。

 明日は三十三層、通称『越えられない壁』があるメルセゲルのフロアである。

 メルセゲルとは蛇頭の魔物だ。人型でサイズも人サイズ、しかも全員がメスである。クエストをクリアした爺ちゃんたちしか入れないメルセゲルの村にはオスもいるらしいが、村を訪れられない僕たちの相手はメスだけだ。

 そうそう『鉱石精製』のスキルの習得方法を爺ちゃんが教わったのもその村の宝石店だったという。

 なお『越えられない壁』とは冒険者の大半が難易度に限界を感じて先に進むことを諦めるという比喩的な意味と、実際フロア内に物理的に立ち塞がっている高い壁を指す。

 この砦にいる冒険者のほとんどはエルーダ突破組であるから、最低一度は壁を突破しているはずなので問題ないと思われる。

 明日はまず、ギルド事務所に寄って情報収集だ。そうだ、今日の出来事を報告しなきゃ。

 僕はヘモジの腹にタオルケットを掛けると、自分のベッドに滑り込んだ。



 朝のギルドには大勢の冒険者が詰め掛けていた。

 僕は昨日の出来事をできるだけ詳しく記した書類を提出した。持ち帰った鍵と地図の提出を要求されたので報酬を上乗せしてくれることを条件に貸し付けた。この件に関する検証は今後もしばらく続くだろうとのこと。

 勢力争いの件も今回程あからさまなケースはなく、今後の情報を待って対応するそうだ。

 そして頼んでおいた三十三階層の情報を手に入れたときには、事務所にいた冒険者たちの姿はなくなっていた。

 窓口嬢が別れ際に言った。

「三十三階層、面白いことになってるみたいですよ」と。



 転移先に降り立った瞬間、目に飛び込んできた物は巨大要塞の城壁ではなかった。

 目の前に広がるのは巨大な瀑布。劇場の垂れ幕のように端から端まで断崖絶壁を巨大な水の流れが覆い隠していた。

「天然の要塞だな……」

 迂回ルートを探すしかあるまい。だが自分たちが立っている場所は細い山岳の爪の先。振り返ってもあるのは山の先端が一つのみ。脱出ゲートに続く洞窟の入口が山腹にぽつりとあるだけだった。

「進むしかないな」

 ヘモジもオリエッタもギルド事務所で待たされ、既に疲れていた。

 跳ぶのは簡単だが、正規ルートを一度は見ておいた方がいいだろうと考えた。ギルドから貰った資料にはまだ最短ルートを模索する段階のルートの記載しかなかったからだ。

 仮に対岸に渡るとして、巨大な川のどちらの岸に跳んだらいいのか。上陸ポイントの岸辺には無翼竜が屯している。


 滝の音は想定外だった。メルセゲルの視線は人を盲目にする力がある。状態異常耐性を限界まで上げているので視界を奪われることはないと思うが、万が一があっても音を頼りに戦えばいいと安易に考えていた。

「毒持ちだしな」

「ナーナ?」

「独り言」

 崖下を覗き込んだ。

 霧が濃くてよく見えない。

 情報によると左手に行くと右端まで横断する長い下りルートが用意されているらしい。

「やっぱり下まで降りるのやめようかな」

 坂はどこまでも下っていた。先は滝壺の霧のなかに消え、果ては見えない。対岸まで再び上ることを考えると、決心が揺らぐ程の高低差だった。

「ナナーナ」

 敵は見えない。

 唯一の敵はこの長い下り坂。

「気を付けろ、濡れてるから滑るぞ」

 足を取られると真っ逆さまだ。杭に鎖を通しただけの手摺りはあるが、身を預けられる程信用がおける物なのか定かではない。

 苔生した場所を避け、慎重に下りていたら、湧き水が道を塞いだ。

 側壁から押し出すように押し流すようにと大量の湧き水が奈落へと落ちていく。

「ここを子供たちに通らせるわけにはいかないな」

 できるだけ自由にさせてやりたいが、このままでは保護者として許可できない。

「どうするか」

 僕は壁側に庇を造った。

 流れ落ちる多くの水は庇に当たり、手摺りの向こう側へと落ちていった。

「魔力を無駄に使うけど…… 有効ではある」

 水が流れなくなった地面を炎で炙り、水分を飛ばした。

 でも道は果てしない。

 もっといい方法はないものか。

「子供たちのボードではこの高さは無理だしな」

 ゼロから道を成形してしまおうか。

 試しに側壁を抉り、屋根と階段を造った。

 湿気を帯びた土を加工するのは面倒だが、これが一番安全かも。

 明日はこれで行こうか。これなら子供たちにもできるし。

「今更、何を……」

 これまで散々手を貸しておいて、こんな時だけ自己責任を押し付けるか。

 違うだろう。子供たちと僕とで一つのパーティーなんだ。

「甘い保護者で結構。帳尻は別の足場のいい所で、だ」

 そうと決まったらもう飛び降りちゃう。

 風魔法で霧を薙ぎ払うと共に落下速度を緩和する。

「見えた!」

 巨大な滝壺に降り注ぐ膨大な激流が嵐の海の如く湖面を揺らす。


 僕はその湖面の上に降り立った。



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