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準備万端

「へー、これが。結構広いわね」

 ラーラが螺旋階段からラウンジ下の居住スペースを覗き込んだ。

「一年遠征に出ることを想定して造られてるからな。なんでも広めにできてんのさ」

「あ、この部屋貰い」

「ずるい! じゃあわたしはこっちの部屋貰うから!」

「ソルダーノさんたちは突き当たりの一番広い部屋ね」

「よろしいんですか?」

「見てくる!」

 マリーが駆けだした。

「……」

 各々勝手に扉を開け始めた。

「ちょっと、何言って――」

「みんな同行することにしたから」

「はあ?」

「姉さんに雇われたのよ。給料の支払いもギルド持ち」

「なんで?」

「みんな『迷宮の鍵』を持ってるリオネッロの護衛だから」

「そんな感じ」

 オリエッタは尻尾を立てたまま開いた扉の隙間を覗き込んだ。

「モナさんもか? 『アレンツァ・ヴェルデ』は?」

「試験棄権しちゃったから。この船とガーディアンの整備士ということで」

 願ったり叶ったりだけれど……

「わたしたちも。『太陽石』がお金にならないとなると、村もいよいよ干上がってしまいますからね。移住先を考えないと。この際迷宮の話が事実ならあやからせて頂こうかと」

 ソルダーノさんの村は元々枯れてたでしょうに。

「でも最前線のさらに向こうですよ?」

「今の生活をしていても敵とは遭遇しますから」

「マリーは怖くないのか?」

「へーき。ヘモジちゃんが守ってくれるって」

「ナーナ!」

 ヘモジの実態はまだ見せていないはずだが…… あの小っこい身体が何かの保険になるとマリーは本気で考えてるのか?

「いいんですか?」

 奥さんに振った。

「王女様の身の回りのお世話ができるなんて、これはもう出世と言っていいんじゃないでしょうか?」

 食えない人だなぁ。いくらで契約したんだ?

 でもまあ、子供を誰より心配している母親が決心したというのなら何も言うまい。

 せいぜい期待を裏切らないように努力することにしよう。

「安心安全」

 オリエッタが一周して戻ってきた。

「みんな団員になったと考えていいのかな?」

「新種との戦いが評価されたって感じかしら?」

 ソルダーノさんたちは参加してなかっただろうに。

「お前がねじ込んだんだろう、どうせ」

「そうとも言う」

 確かに人手は必要だけど…… 

「いい人材が集まったと思うわよ」

 確かにイザベルの実力もモナさんの実力も申し分ない。商売に明るいソルダーノさんも、雑務をこなしてくれる奥さんも……

 よくよく考えてみると、どの道、僕の方から頼み込んでいたかも知れない……

 引っ掛かっているのはマリーのことか……

「ナーナ」

 重石? 

「あ!」

 そういうこと?

「自重しろってことか」

 納得した。僕への足枷か。ラーラじゃなくて、姉さんの横槍だ。

「わかった。みんな、改めてよろしく!」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。お任せ下さい」

「お世話になります」

「マリーも頑張る!」

 了解も取れたとあって各々引っ越し作業が始まった。

「ラーラ、ガーディアンをハンガーに移しておけよ」

「オリエッタ」

「最後に動かしたのラーラだから」

「ヘモジ」

「ナナーナ」

「畑作るから忙しい?」

「デッキは荷物置くから駄目だよ」

「ナァ!」

 マリーに諭され、ヘモジは大きく肩を落とした。


 船は三層構造。甲板下は前部が居住スペース、後部がガーディアンの格納庫と船の心臓部になっている。甲板フロアは前部がリビング、後部が貨物スペースで、二階部分は展望ラウンジと操縦室、屋根の上にオリエッタが寝床に定めた見張り台がある。『浮遊魔方陣』だけでも推進可能だが、メインマストが船体のほぼ中央を貫いている。


「展望ラウンジに鉢植えぐらいなら構わないぞ」

「ナーナ!」

「ガーディアンの収納庫にじょうろ入ってたんじゃなかったかしら?」

「ナ、ナナーナ!」

「行ってくれるって」

「一緒に行きましょう、ヘモジちゃん。わたしも『ニース』を取ってこないといけないから」

「ナーナンナー」

 モナさんとふたり仲良く手を繋いで出ていった。

「ちょろいぞ、ヘモジロウ」

「お前なぁ……」

 確かにお気に入りのじょうろは入ってるけどさ。

「ではわたしも村の行商を引き継いでくれる友人に挨拶して参りますので」

 ソルダーノさんは船を売ることに決めたようだ。今なら船を欲しがる連中は大勢いるから多少壊れていても高値で引き取って貰えるらしい。



 町は未だ混乱の只中にあった。祭りは取りやめ、ランキング発表だけがなされた。上位ランカーに変動はなく、オッズの倍率も低調に終わった。

 変ったことといえば『箱船』を失ったチームが二つ三つ出たことだ。

「『箱船』建造はお金も掛かりますが、時間も掛りますからね。完成するのは早くて来年。その間クルーを遊ばせておくわけにはいきませんから」

 ソルダーノさんが荷を固定するために床のフックにロープを括り付けながら言った。

「旗艦にできる船を持ってる連中は乗り換えられるけど…… ない連中は取り敢えずフリーでやっていくしかないようです」

 失った船が攻撃の主力だったりすると一時解散もあり得る。戦術の変更は装備の変更でもあり、そこにも経費が掛かってくる。当然そのための投資も必要になってくるから船の建造と同時となると資金繰りが苦しくなってしまう。だったら使える装備を持ち寄って雇われでもする方が安上がりというわけだ。

「姉さんのところの建造船はもう予約でいっぱいだって。自分たちの新造船建造は今年は無理だって言ってたわ」

「このサイズの船が手に入ってよかったな」

 隠密行動には大き過ぎるが、積み込む物資の量を考えると妥当なところだろうか。

「わたしに感謝してよね」

「たまたまだ!」



 村を建設する候補地選びも夕食の席を盛り上げる話題の一つになった。

 最終候補地は中海を渡った先にある山岳地帯か、中海のど真ん中の二択である。

 埋立て地か山岳地帯の要害か。

 地図は爺ちゃんたちが昔作ったものが、未だに使われていた。

『箱船』の拠点としてなら中海のど真ん中は何かと便利だが、対岸を手中に収めるとなると位置的に後方過ぎる。埋立て地では迷宮があったと言い訳するのも難しい。

 一方、山岳地帯は全方位を牽制できるベストなポイントだったが、海岸線より距離があり過ぎて補給線を考えると自殺の一歩手前といった所だった。

 敵にとっても格好な拠点であるため、そう易々と手放すとは思えない。

「ドラゴンがいるわね」

 当然いるだろうな。問題は規模だ。

 過去に挑んだ者たちは数知れず。でも大概、頭を押さえ付けられている間に回り込まれて失敗するのである。

「ドラゴンはリオネッロがいれば問題ないでしょう?」

 魔石も『万能薬』の在庫もない現状ではなんとも……

 取り付いたわずかな成功例も最終的には悉く覆されている。奪取するだけでなく、敵の奪還作戦を撥ね除けるだけの用意もこちら側には必要なのだ。が、敵の領域でどこまで抗えるか。

 爺ちゃんたちも結局、味方の補給線が続かないとわかって対岸線手前でやめたんだ。本人たちは世界を一周して、数は大分減らしたらしいけど、ここ五十年で戻ってきてるというし。

 アールヴヘイムは度重なる戦費にすっかり消耗しきっている。生産性のない大地に資金が飲み込まれていく状況だけでも改善しなければならない。中海沿岸を取れれば、少なくとも食糧自給率は上げられる。

 正直、僕もミズガルズの魔力消耗の激しさを舐めていた。アールヴヘイムでなら長期戦も苦にはならないが、ここでは回復量に不安が残る。何より『万能薬』を量産できないのがつらい。

 エルフの覚醒の儀を受けた僕ですらこれなのだから、他の人たちはたまったものではない。

「現状、卵が先か、鶏が先かって状況なんだよな。迷宮があれば補充できるけど、そのためにはまず戦わなければ迷宮の建設予定地まで辿り着けない」

「無茶は避けないとね」

 凄く懐疑的な視線をオリエッタがラーラに向けた。

 ドラゴンとカスカスの状況ではやり合いたくはない。ジリ貧になるのが目に見えている。ラーラたちの機体も取り寄せれば魔石の消費も増えることになる……

 僕たちはビフレストに一旦戻って、補給を済ませてから新天地を目指すことになった。

 姉さんの船の出航準備もまだ掛かるようだし、ソルダーノさんたちも村に別れの挨拶がしたいと言うから、船の試運転も兼ねて、アールヴヘイムの玄関口ビフレストに戻ることにした。

 僕は必要な支援物資をアールヴヘイムに要請する手紙を出した。一つはラーラとイザベル用のガーディアン。それと工房の倉庫で埃を被って眠っているであろう『ニース』用の予備パーツだ。あとは『万能薬』 こちらの世界で作っていては間に合いそうにないので、落ち着くまでの間の繋ぎ分を要求した。買えば、貴族の屋台骨もへし折れる程高価な物だが、爺ちゃんが発明した我が家秘伝の製法があれば、安い材料で手軽にできるのだ。これもまた我が家繁栄の礎である。



 魔石と弾薬、村への最後のご奉公の品々と必要な生活物資をメインガーデンで補給して旅だったのは正月を過ぎて四日後のこと。

「目指すはトレ村!」

「おーッ!」

 まずはソルダーノさんたちの村に向けて出発進行だ!

「向かい風ですから、一日余分に見ておきましょうか」

「では到着まで四日ということで」



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