クーの迷宮(地下32階 オーガ・無翼竜・クヌム戦)本番 バトルロワイヤル
白亜のゲートを出ると周囲が重苦しい雰囲気に包まれていた。
「何かあったのか?」
すると一足先にゲートを抜けてきた冒険者のお兄さんが言った。
「あれだよ」
指差した方になんとさっきまで共闘していた無翼竜がいた!
「おー?」
「無翼竜だけど…… 無翼竜じゃないみたい」
「かっけー」
さっきまで一緒にいた無翼竜より鱗がとげとげしていて甲殻類のような奴だった。目もキリリとしていて格好いい。何よりぬめっとした爬虫類っぽさがないのがいい。
「亜種?」
「硬そうだね」
「あれ何? あれも召喚獣?」
「それだよ」
男はピューイを指差した。
「お前たちのそれを期待して、うちの女性陣が今朝から潜ってたんだ。で、やっと手に入れたと思ったらアレだったわけだ」
レベルは一だけど、既に中型犬サイズで強面。
やはり召喚者の身体能力に影響されるんだな。
ピューイはミケーレの身体を気遣ってあのサイズに収まっているだけで、本来あるべき姿ではないと大伯母も言っていたが、それが裏付けられた格好だ。
「俺、あれなら欲しいかも」
ジョバンニの言葉にヴィートが頷いた。
「ピューイもあんな風になるのかな?」
ミケーレも頬を紅潮させる。
「大きくなったら多分な」
「大きくなるの?」
「ん?」
「ナーナ?」
ヘモジは小さいままじゃないかと、子供たちは懐疑的な視線を僕とヘモジに送った。
子供たちは未だにヘモジの本来の姿がコロボックルの方だと思っているようだった。
「無翼竜いないよ」
ヴィートが言った。
昼食を終えた僕たちは草原地帯から探索を再開した。
道中、無翼竜の姿はなく、移動はさながら遠足のようだった。
幸いなことに、ここにはピューイでも戦える小動物が豊富にいたので時間の無駄にはならなかった。
ヘモジとオリエッタと一緒に草原を駆け巡り、虫や蛙を元気に狩る姿を見ながら、僕たちは和んだ。
「上がった!」
オリエッタが声を上げた。
ヘモジがピューイを抱えて戻ってきた。
「ナナーナ」
言われるままミケーレは召喚カードを手にして召喚し直した。
腕のなかにいたピューイは消え、次の瞬間、足元に魔法陣が光り出した。
現れたのは代わり映えしないピューイが一体。
一方、ミケーレは大急ぎで『万能薬』を舐めた。
「あんまり変わんないね」
子供たちがピューイを覗き込んだ。
「レベルが一つ上がったくらいで変わっていたら大変だろう」
「ピューイ!」
「ナナーナ」
「尻尾ガードを覚えたって」
オリエッタが通訳した。
それは体得したということか? それともスキルか?
兎に角、ピューイの育児はヘモジとオリエッタに任せて、僕たちはクヌムの城門目指して歩き続けた。
「師匠、転移して」と、疲れた顔で頼まれるまでは……
「反応あり!」
「いっぱいいる!」
なんと城門前でも大規模なバトルが繰り広げられていた。
「大きい…… あれも無翼竜か」
防壁に守られ、遠距離攻撃を得意とするクヌム側に負ける要素などないと思われたが、無翼竜側は大きな個体によるごり押しで門を打ち破ろうとしていた。
「あんなの見たことない」
オリエッタが言った。
僕もあのサイズの無翼竜は見たことがなかった。人の一・五倍はあるオーガが跨がるのにちょうどいいサイズが、普段見掛ける成獣サイズ。今、目の前で暴れている数匹はその成獣の二倍はあった。
その個体のおかげで無翼竜の鱗に水耐性があることに今さら気付いた。大きな個体程効果が顕著であるようで、気付くことができた。
そのせいで大きな個体程、クヌムの魔法攻撃を物ともしなかった。
「羊頭には相性の悪い相手ということか」
「どっちに加勢する?」
「当然、無翼竜だ」
この先も羊頭を相手にするのだから、当然の選択だった。こっちを攻撃してこなければ考える余地もあったが、昨日と同様、先に仕掛けてきたのは向こうからだった。
僕たちは無翼竜を盾にしながら、城壁の上から攻撃してくる相手を優先的に排除した。
倒してもすぐに補充され、見た目に変化はないが、壁の向こう側の反応は明らかに減っていた。
「ピューイ、ピューイ」
ピューイが敵の射程外から雄叫びを上げまくる。
でもちょっと攻撃されるとそそくさとミケーレのリュックのなかに待避して、グーと低い声で唸った。
「お調子者か」
オリエッタが呆れた。
「まだ幼いんだ。あんなもんだろう」
「そりゃ、そうだけど」
リュックから顔を出したピューイと目が合った。
「頭出しちゃ、駄目」
オリエッタは手で押さえ込むような仕草をした。
どうやら心配でならないようだ。
あっちは召喚獣。お前の方が生身で危ないんだけどな。
こちらが果敢に攻めれば攻める程、敵の集中砲火を浴びた。
一斉に攻撃を浴びると、総動員した結界でも危うくなってくるので、子供たちは後退と前進を繰り返す。
そうこうする内に無翼竜の群れが門の破壊に成功した。
ここまで来る間にせめぎ合っていた反応の半分が双方から消えていた。
おかげで魔石を大量入手することができたが。
オーガ、無翼竜の分も含めると百個以上を既に回収している。このサイズを百個というのは稀に見る豊作である。
しかも戦いはまだ続いている。
なだれ込む無翼竜。一方的な攻撃に晒され続けてきた鬱憤を晴らすかのように町を蹂躙し、敵に襲い掛かっていく。
ここまで来ると僕たちの出番はなく、回収がメインになった。消えてしまう前に装備と魔石をどんどん倉庫に転送していった。
やがて無翼竜の波は高台に到達する。
が、ここで攻守が逆転した。高台に詰めていたクヌムは安全なところから三割増しの魔法で迎撃してきたのである。それも水魔法に毒を含んだ攻撃を。
さすがに無翼竜の前進が止まった。
「毒はさすがに駄目だったか」
クヌムの遊撃隊が反攻を開始した。
足の止まった無翼竜を仕留めては後退し、身を隠すという奇襲戦法を取り始めた。ゲリラかよ。
「ピュー……」
ピューイがご機嫌斜めになった。
そしてリュックから頭を出すとミケーレに頭突きを始めた。
「痛いよ。痛い。わかってるよ」
どうやら戦えと嗾けているようだった。
「意外に好戦的だな」
オリエッタも頷いた。
子供たちがリクエストに応えて、最前列に並んだ。
「ナーナ!」
ヘモジが高台に向かうルートを先導する。
敵の反応もその動きに誘われるかのように流れていく。
「時間短縮」
僕も加勢することにした。無翼竜を遊ばせておくのももったいない。
壁を壊し、土を盛り、無翼竜が渋滞することなく、突撃できるルートを別にこしらえてやった。
乱戦に次ぐ乱戦。毒で動けなくなる無翼竜が多数出たが、脱落してくれたおかげで、却って高台が混まずに済んだ。
「うまくできてんなぁ」
「何?」
「独り言。それより準備いいか?」
子供たちが詰め所の扉を破壊した。
中にいたクヌム数体が飛び出してきたが、結界に押し返され、集中砲火を浴びて倒れた。
驚異的な瞬間火力。
全員、万能薬を舐めた。
建物のなかにもう反応はない。
一応、ヘモジが確認する。
「ナーナ」
問題ないようだ。
僕たちは目的の鍵と地図を探した。
二階の奥に宝箱を発見。中から鍵が出てきた。
箱の配置は昨日とは違う。ランダムのようだ。
出てきたのは古そうな鍵と銀貨数枚だけだった。
「オーガかよ」
全員で突っ込んだ。
さて、昨日回収した最初の鍵と見比べる。
「……」
「違うようで……」
「違わない」
同じ物のようだった。
「どのみち地図はいるから、攻めないわけにはいかないけど」
だが、次の詰め所で発見された地図に記されていた隠し扉の場所は前回と同じ場所だった。
それはさる民家の床下扉。絨毯を剥がすと現れた。
「こっちは固定か?」
僕が一緒に潜っているせいか? 今後の動向を見守るしかないが、兎に角、昨日と同じ景色をみながら地下道を抜けた。
「転売可能か……」
手元に二つ。昨日と同じ鍵と地図。ギルドに相談してみよう。
二つ目のエリアからは無翼竜の加勢はない。無翼竜はなぜか付いてこなかった。毒で弱った同胞を置いてはいけなかったのだろう。と、勝手に解釈しておいた。
むしろここからはいない方が戦い易い。
ルートを辿ってひたすら進む。
敵の出る場所も大体把握しているので、先回りして道を塞いだり、結構好き勝手してやった。
子供たちには既に過重労働気味になっていたが、なんとかおやつの時間まで漕ぎ着けられた。
「鍵あった!」
全員で探し回った結果、オルゴールではなく、壁掛けの絵の裏にそれを見付けた。今回絵の裏に挟まっていたのは三枚の板ではなく、一枚の板に三つの切り取り線だった。
子供たちが詰め所の一角でのんびりおやつを食べ、休憩している間に、僕は鍵を作った。
「完璧」
鍵先の形状は前の物とは明らかに違った。
元気をとり戻した子供たちは二枚目の地図を目指して次の高台を目指した。
「数は力だ」
僕が苦労したところを、難なくこなしてみせた。僕が十回相手にするところを、子供たちは三組に分れて三回で済ませた。ヘモジも手を貸しているので実質三回以下だった。
ピューイはおやつをつまんで眠くなったのか、リュックのなかでただ荷物になっていた。
詰め所の大物も無事倒して、二つ目の地図を手に入れた。
「場所、違う」
オリエッタが呟いた通り、今回の扉は礼拝堂ではなく、ここ詰め所の地下と繋がっているようだった。
余計な戦闘をしないで済むのは有り難い。
古い鍵は役に立たなかった。僕たちは新しく作った鍵で扉を開けると暗闇を照らした。
前回の錆びた扉の一件は一体何だったのだろうか。
第三エリアもやることは同じである。違うのは守っているのが古参の上位種だということだけだ。
最後の力を振り絞って高台の詰め所を奪還し、宝箱を漁るのだ。
また今回も一緒に出た。
地図と鍵が一緒に出るのはデフォルトか?
もう行かなくていい次の詰め所に行きたくなるのも冒険者としてのデフォルトのようだった。
子供たちは出口に向かう通り道だという理由を付けて迂回することにした。最後の最後で倍の時間を要した。
ほれ見ろ。と言うぐらいに子供たちは落ち込んだ。
「罠の掛かっていない宝箱なんてこんなものなんだって」
ワイバーンの巣にある即死級の宝箱を見たことがある子供たちにとって、今回の成果は満足できるものではなかった。
彼らの記憶のなかから、ここの宝箱の情報がこぼれ落ちていくのが聞こえてくるようだった。
確かに道中の努力に見合わない気もするけど……
古参が強過ぎるんだ。




