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クーの迷宮(地下32階 オーガ・無翼竜・クヌム戦)本番 ピューイ参戦

 ゆったりとヘモジと湯船に浸かる。子供たちはピューイと遊ぶのに夢中でまだ帰ってこない。

「あれもレベルが上がったら普通の無翼竜になるんだよな」

「ナーナ」

 ミケーレを背中に乗せて砂漠を駆け巡る未来を思い浮かべる。

「あれはあれでありかな」

 迷宮サイズ以上にでかくなるのは問題だが。野生の無翼竜があそこまで大きくなることはまずない。

『魔獣図鑑』はどこにしまったかな。

 子供たちに貸したままか……

「ピューイ」

 湯船の縁の向こうから声がした。

「……」

 身を起こし覗き込むと、湯船の縁を見上げる蜥蜴が一匹。

「ピューイ?」

「ナー?」

 ヘモジが話し掛けた。

 チャポン。

 滴が天井から落ちてきて湯船のなかで弾ける。

 流れ落ちる湯を舐めようとするのをヘモジが制止した。

「ナーナ」

 桶に水を注ぐヘモジ。

「ピューイ」

 桶を乗り越え必死に水を舐めようとするピューイ。

 桶に落ちて暴れた。

 ヘモジが掬い上げようとするが一緒にすっ転んだ。

「何やってんだ」

「あー、いたいた」

「着替えてる間に行っちゃうんだもん」

 うるさいのが帰ってきたな。

 子供たちがゾロゾロ入ってきた。

 ヘモジが突然、子供たちの間に仁王立ちした。

「ナナナナナーナ。ナーナンナ」

「なんだ?」

 ミケーレに向かって説教を始めた。

 ピューイが一瞬身をこわばらせたのを見逃さなかったようだ。

「ごめん……」

 ミケーレが謝った。

 ただ事ではないと他の子供たちも神妙になって入口の所で立ち尽くした。

「かまい過ぎちゃ駄目……」

 会話の一部が漏れ聞こえる。

 一日中、付き纏わられ、ペタペタ触られまくったら、そりゃ、辟易とするわな。

 ヘモジは桶を僕に渡すと少しだけお湯を張るように言った。

 そして自分のタオルを敷いて、浜に見立てた勾配を作った。そこにそっとピューイを置いた。

 ピューイはその場に丸まって尻尾を湯に付けた。

「ピューイ……」

 心地よさそうに鳴いた。

 そして再びヘモジは説教モード。今度は子供たち全員にだ。

 オリエッタが長湯を心配して、扉から顔を出したのが運の尽き。湯船に浮いたパタータ相手に通訳する羽目になった。

 僕も湯船から出られず、緊迫した入浴となった。

 でも必要なことだった。召喚獣というより生き物を飼うときの基本だ。構い過ぎない。心配し過ぎない。甘やかせ過ぎない。放置し過ぎない。

 自分に言われているようだった。

 言いたいことを一通りしゃべると、ヘモジは冷えた身体を温めるために再び湯船に飛び込んだ。

「ピューイ……」

 桶のなかが余程心地よかったのか、ピューイは桶のなかで寝てしまった。

 全員の視線を一身に浴びる。

 こういうのもストレスになるんだけどな。

「大丈夫。すぐ日常になるさ」

 気まずい雰囲気はあっという間にほどけて、僕は脱衣所に逃げ出すタイミングを得た。

「のぼせるかと思った」

「毛がビチャビチャ」

 自分を乾燥ついでにオリエッタにも冷風を送ってやった。

「はぁ、気持ちいい」

 着替えを済ませるとオリエッタと一緒に食堂に向かった。

 そして窓から吹き込んでくる風に身をさらした。

 それからしばらくして、真っ赤になった子供たちも風呂から上がってきた。

「ピューイの寝顔に見とれてた?」

「何やってんのよ」と言う顔で見下す女子にヘモジは再び仁王立ちして説教を始めた。

 オリエッタが深い溜め息をついた。


 ミケーレがピューイを乾かしながら戻ってきた。

 ピューイが一鳴きすると、消沈した女子の緊張がほぐれて和やかになった。

 ピューイは窓際のテーブルの上で欠伸をすると丸まり、また寝息を立てた。

 僕はミケーレに今日一日の魔力消費の具合を尋ねた。

「なんともなかった」とミケーレは言った。

 午後は何をしていたのか尋ねたら、釣り上げた魚を相手に戦闘訓練させていたらしい。そして戦闘後は美味しく頂いたそうだ。

「魚好きみたい」

 ミケーレがやっと笑った。

 召喚獣は飼い主に似ると言うから、きっと食いしん坊で穏やかな性格になるだろう。


 夕食の皿が並ぶとピューイも起き出してきた。ミケーレの皿を物色しながら「ピューピュー」と鳴いた。

「え? パスタ食べるの?」

 恐る恐る皿を近づけると、パスタではなくソースを舐め始めた。

「仲間」

 オリエッタが連帯に打ち震えた。

「肉好き仲間」

「挽肉が好きとは限らないだろう」

 ピューイはミートソースをひたすら舐めた。

「変なの」

 子供たちが笑った。

 無翼竜は雑食性らしいが、飼育した記録など、たぶんどこにもないから、何を食べるのか誰も知らない。

 色々食べさせてみて様子を見るしかないな。

「ミートソースか……」

 この日のピューイの夕食はミートソースを小皿一杯分とサラダの葉っぱ三切れだった。



 翌朝、ピューイの元気な鳴き声で目が覚めた。

 食堂に下りると「ピューイーッ」と、鳥のように鳴いて出迎えてくれた。

「ん?」

 少し大きくなった?

「ミケーレ、再召喚したのか?」

「うん。ヘモジがしろって」

 オリエッタがピューイの顔を覗き込む。

「レベルが上がってる! 三になってる」

「ほんと?」

 子供たちがゾロゾロ寄ってきた。

 朝から鬱陶しい。

「ピューイ!」

 料理の皿がやってきた。

「ほら、みんな席について」

 夫人たちの合図に子供たちは散った。

 ピューイの前にペースト状の料理が入った小皿がずらりと並んだ。

「一番豪華だね」

 マリーがフィオリーナに囁いた。

 昨日のミートソースの残り、コーンポタージュ、カボチャ煮、カレー、コールスロー。粥にムース、ヨーグルトまで。

 でもピューイは他の物には目もくれず、まずミートソースを選択した。

「同士よ」

 オリエッタは感涙にむせびながら、自分の皿のササミをピューイの皿に別けてやった。

 ゴロッと塊のままだと見向きもされなかったが、ミケーレが身をほぐして小さくしてやると、美味しそうについばみ始めた。

「肉好きは決定かな」


 終ってみればコーンポタージュの皿も空になっていた。

 手が付けられなかった小皿はみんなで処分することに。

 ムースとヨーグルトに人気が集中した。が、粥は手付かず、テーブルの上に残った。

 ラーラは皿に梅干しを一つ落とすと、これ見よがしにうまそうに掻き込んだ。

「はぁ、美味しかった」

 そして子供たちは梅干しの餌食になった。


「さてと」

 予習の段階で今日の攻略が手間の掛かるものであることは伝えてある。

 僕が立ち上がると、子供たちの顔色が変わった。

 駆け出して玄関に向かった。

「装備確認!」

 細かい準備は昨夜済ませている。要はそれらを身に付けたかどうかの確認である。

「ピューイは?」

「ピューイよーし」

 誰かに教わったわけでなく自発的にペアになって確認を済ませると、玄関脇の納戸から全員出てきた。

 最後に対魔と対毒、耐水を重点強化したアクセサリーをチェックして、いざ出陣である。



「なんもいなーい」

 スタートしてしばらく迷宮を進むもオーガの姿が見当たらない。

 あるのは炎を吹き出すトラップと罠部屋だけ。

「師匠、昨日狩り過ぎたんじゃないの?」

「いや、狩ったのはルート上のオーガだけだ」

 これは意外な展開だ。


 迷宮を半分程進むとようやく反応が現れた。

「なんだ、この数?」

 その数、ざっと見て百。

 そしてその反応は二分して互いに迷宮の出口付近でせめぎ合っていた。

「迷宮に敵が侵攻してきたみたいだな」

「無翼竜?」

「多分そうだろうな」

 昨日はほとんど狩ってないから無翼竜が優勢なはずだが。

 出口を塞がれていては前に進めない。

 勢力バランスなどどうでもいいのだが。

「ピューイ?」

 ミケーレのリュックに収まっていたピューイが首を出す。

 戦闘は既に膠着状態だった。

 いつからだか知らないが。待っていては無駄に時間が過ぎるだけだ。

「よし、やるぞ」

 潰し合いが期待できそうにないので、打って出ることにした。

 攻める相手はこちらからだとオーガしかいないのだが。

 オーガは結果的に挟撃を受けることになった。

 子供たちは狙いを定めると次々オーガを倒していった。ローテに次ぐローテ。攻撃と防御、補給を繰り返してひたすら攻めた。


「攻撃やめ!」

 トーニオの号令とともに攻撃は止んだ。

 通路にいた後詰めのオーガは壊滅した。

 アイテム回収タイムである。

 道を一本行ったところでは今も戦闘が繰り広げられているが、こちらはクールタイムである。『万能薬』を舐め、呼吸を整え、宝箱を開けていく。

「…… スカだ」

 あったのは投げナイフが一振りと、銀貨銅貨が数枚だけ。

「クヌムを見習って欲しい」

 オリエッタが愚痴をこぼした。

 ピューイはヘモジの頭の上にいた。


 戦闘再開である。

 オーガの中核を背後から徐々に削っていく。

 見える敵を蹂躙し、異常に気付いて戻ってくる敵をも迎え撃つ。

「なんでこんなことになってるんだろうな」

 前線の反応も一つ消え、二つ消えしていく。一進一退。無翼竜の反応も消えていく。

 こっちの殲滅スピードの方が早いようだ。戦う相手がいなくなったとき無翼竜は素直に消えてくれるだろうか、やはり相手することになるのだろうか。

 本命とやる前に力尽きそうだ。


 子供たちも考える。このままではいけないと。

 だから効率のいい倒し方を模索する。

 敵を一本道に誘い込み一網打尽にしたり、罠部屋の罠に敢えて掛かって、集まってきた敵を閉じ込めたり。

 結果、それが功を奏した。勢力の均衡がついに崩れたのである。

 オーガの群れは差し込まれ、無翼竜が迷宮内に入ってきた。

「どうしよう」

「外に出るまで戦うしかないよ」

 混戦になった。そして……

「無翼竜だ!」

 子供たちは躊躇した。迷宮内に紛れ込んだ一体の無翼竜。

 戦いをピューイに見せたくないという感情が働いた。所詮、迷宮。目の前の無翼竜も所詮は紛い物。召喚獣はどうかと問われると、わからないと答えるしかないが、外に出てしまえば何もなかったことになる。

「ピューイ」

 ピューイが鳴いた。ヘモジの頭の上で。

 すると信じられないことに、無翼竜は踵を返して反対側の通路に姿を消した。

「どういうこと?」

 どうもこうも……


 おかしな経験をした。

 結果的に無翼竜と共闘する羽目になった。

『魔力探知』に頼っていては、もう敵も味方もわからない。

「落ち着いて! 無理に戦わないで」

 ニコレッタが全員まとまるように指示した。

「通り道のオーガだけでいい」

「ピューイ」

 ピューイは我関せずといった様子だった。仲間に同情する気も、未練もなく、ただヘモジと楽しそうにしていた。

 出口が見えた。

 もはやここに乱戦はない。主戦場は迷宮の奥に移っていた。

「ほんとに襲ってこないな」

 不思議でならないが、襲ってこないのだからしょうがない。

「警戒は怠るなよ」

「わかってるって」


 迷宮を抜けた所で僕たちは探索を中断させることにした。

「今日の探索、クリアした気分」

「わたしも」

「僕も」

「でもまだ半分も攻略してないんだよな」



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