クーの迷宮(地下32階 オーガ・無翼竜・クヌム戦) 下見する。後編
「開いた」
三つ目のエリアに繋がる扉が開いた。エルーダと違って彼らの古ぼけた礼拝施設のなかにそれはあった。
一旦施錠し直して『迷宮の鍵』も試してみた。
「開かない……」
うんともすんともいかない。
改めて工作した専用の鍵で扉を開いた。
「ちょっと、重い…… 錆びが……」
「ナーナ!」
ヘモジがミョルニルを振りかぶった。
ものすごい反響とともに扉が歪んだ。
「何を……」
別の意味で開かなくなった。
「ヘモジの馬鹿!」
オリエッタが耳を痙攣させた。
「ナナーナ」
扉が弱かった?
嘘言うな。加減を間違ったんだろうに。
「完全に食い込んでるよ」
「ナーナ」
再びミョルニルの柄に手を掛ける。
「やめろ、ヘモジ! 壁の方が崩れる」
まあ、それでもいいんだけども。
『鉱石精製』で食い込んだ部分を成形し直して引っ掛かりを解消してやると、歪んだ扉が跳ねるように開いた。
ヘモジが飛び散った赤錆をもろに被った。
「あ」
咄嗟に避けたオリエッタはヘモジを「自業自得」と笑った。
「物理攻撃は不可。高価な魔剣でなんとか刃が通る感じだな」
ヘモジが再召喚から戻ってくる間、自分の剣に魔力を込めて開いた扉をスライスしてみた。
錆びた見た目以上に分厚い扉だった。
「せっかく鍵作ったのに」
オリエッタが言った。
まったくだ。
「ナーナーナー」
ヘモジが真新しくなって戻ってくると、僕たちは先を進んだ。
取り敢えず毎回同じ場所に鍵が湧くことを祈ろう。
そう何度も訪れる場所でもないし。
抜け道はエルーダと大分異なっていた。エルーダでは隠し通路は長く、無翼竜がいる洞窟を通過したりしていたが、その辺はわかり易く整理されていた。
煉瓦造りの埃を被った地下道をただまっすぐ進むとすぐに地下室らしき場所に出た。
階段を上がると三つ目のエリアに到着した。
「うるさいな」
ゴトン、ゴトン。この音は……
水車小屋に出た。
「ナーナ?」
町の住人は避難した後のようだった。
敵がいない……
取り敢えず高所から確認だ。
水車小屋の屋根に跳んだ。
「いや、いるな」
今までのエリアに比べて数はまばらだが、要所要所に羊頭が立っていて、こちらの様子を窺っている。
「既に臨戦態勢か?」
ふむふむ。
ルートを見極めながら、倒すべき敵の位置を確認する。
「今日は魔石回収の日」
オリエッタが言った。
狩れる相手は全部狩れと。包囲されている状況で敵を選んでもいられないが。
正規ルートは中央の通りだろうが、そこから行く奴はいないだろう。
こちらが迂回することを想定して罠を張っているかが問題だ。
先人が進んだルートと景色を照らし合わせる。
資料を見習って右手から行くことにした。
角に一体こちらを覗き込む頭がある。
攻撃が届かないと思って、油断している。
瓦に跪き、ライフルで狙いを定める。
「よし」
ふたりを肩に載せ、倒した敵の所に転移する。
「ナーナ」
次の敵はヘモジがやると言って、屋根の上に跳んだ。
「ナーナ」
ヘモジの声がした。
仕留めたようだ。
オリエッタに回収を任せて、僕は壁の隙間を通り、もう一体別の反応に近付く。
狭い路地に姿を見付けると地を滑るように『ステップ』を踏んで一気に迫り、首を掻いた。
出口があるはずの場所に出た。
ここまで来てしまうと、戻って魔石集めする気にはならない。
最後の詰め所をこのまま攻略することにヘモジもオリエッタも頷いた。
高台の周りには数こそいなかったが、角が大きな精鋭たちが揃っていた。危険な匂いがプンプンしていた。
「古株の集まりだ」
「ナーナーナ」
回収品をすべて倉庫送りにして身軽になると、僕たちは勇んで火中に飛び込んだ。
「行き止まり!」
ヘモジと手分けして道を切り開いて高所を目指す手筈だった。
なのに、迎撃魔法を掻いくぐっていたら追い込まれてしまった。
足の止まった僕たちの頭上に大量の毒入り水球が降ってくる。
「この統制された動き…… 指揮している奴がいる」
転移して身を隠し、俯瞰している奴を探した。
集まってきた精鋭は全部で七体。
射程外から数を減らす気でいたのに、敵はこちらが遠距離攻撃を使うと察知するや煙幕を使って姿を隠したのだった。
視界を奪われ、攻撃に絡めて毒を撒かれて嗅覚まで押えられた。おまけに『魔力探知』も妨害してくる。
「魔法の威力は三割増し。結界持ちで、姑息さは五割増し」
こちらが隠遁スキルで上を行っていなかったらと思うとぞっとする。
「舐め過ぎたか」
「いた。あれ」
オリエッタがまだ遠い高台の詰め所のベランダに角笛を持った一体の羊頭を見つけた。
「あいつが指揮していたのか」
でかい巻き角。ボスクラスのあいつにはこちらの動きが見えていたのか。
角笛本来の滑るような音の流れに紛れて、微動する無音。
そう言えば、オクタヴィアがおかしな角笛持ってたっけ。
轟く雷鳴と共に、高台にあった詰め所のベランダが崩落した。
追跡の目を失った羊頭はもはや僕たちの相手ではなかった。
視界を塞ごうが、嗅覚を奪おうが『魔力探知』を無力化しようが、それはお互い様。こちらの動きを追尾できる者がいなくなれば条件は五分と五分だ。
風魔法で煙を吹き飛ばし、互いに顔を見合わせたときにはもう敵の首と胴はセパレートしているか、頭がミンチになっているかだった。
僕は詰め所の扉を吹き飛ばした。
扉の向こう側にいた一体が一緒に吹き飛んで、混乱が巻き起る。
その隙に窓からヘモジが侵入。今度はヘモジが掻き回す。
建物のなかで大きな魔法は使えない。そもそも詠唱していては動き回る敵を捉えることはできない。
魔法使いたちが力を出し惜しみしている間に『無刃剣』とミョルニルが敵を討つ。
「理不尽」
これだけ強い相手を倒したのに魔石の大きさが変わらないことにオリエッタは不満を漏らした。
箱が二階にあった。
「普通だ」
変哲のない鍵と、出口を記した地図が一度に宝箱から出てきた。
出口の場所は情報通りだった。
「それでも、もう一つの詰め所を見ておきたくなるのが人情なんだよなぁ」
余計な時間を大分費やして、もう一つの詰め所も陥落させた。
すると今度こそ宝箱からお宝がわんさかと出てきた。
大きく息を漏らす。
「これだよ、これ。苦労が報われる瞬間」
因みにここも罠はなく施錠だけだった。
「いくらになるかな」
悲しいかな、砦で自由に現金化できるのはまだまだ先だ。
「長かった」
オリエッタが頭を垂れた。
「ナーナ」
エルーダに比べれば大分すっきりした感はあるが、それでも確かに長い道程だった。
「オーガの迷宮とか余計なんだよ」
フロアの大きさ自体は他の階層とそう違いはないんだろうが、こうも回り道をさせられると……
「宝箱に簡単にアクセスできる方が変」とオリエッタ。
逆走させないための最終扉は今回、有効なのか?
道すがら子供たちのことを考えた。彼らの足でここをどう攻略させるか。
「城壁飛び越えちゃえば?」
オリエッタの言葉に呆然となった。
「そうだった……」
かつてのエルーダ攻略も最初の一度目こそ真面目に攻略したが、二度目、三度目となったらもうどうでもよくなっていた記憶がある。
クエストをクリアしたせいで、お婆ちゃんたちは普通のフロアに出入りできなくなっていたから、この階と次の階に限って僕たちはリオナ婆ちゃんたちのサポートを受けることができなかったのだ。
自分たちの実力を思い知るいい経験になったが、そんな日々のなかでも攻略に必要な断片は揃っていく。
この迷宮でアイテムの使い回しがどれだけできるかまだ定かではないが、当時はそれができたので、寄らなくて済むエリアが攻略が進むごとに増えていった。
だからエリアを隔てる壁を飛び越えるルートを開拓した。
特別な結界があるでなし、町の構造がそれを許したので『闇の信徒』のお仕置きも当然なかった。
僕たちは最後の扉に辿り着いた。
そしてようやく隠し通路の先に見慣れた階段を見付けたのだった。
「あー、今日は疲れた」




