終結
箱のなかにあった部品は子供たちの協力もあって、すべて床に並べることができた。
装備の付与効果だけでは足りず、身体強化も駆使して子供たちは汗だくだったが、なぜか満足げだった。
おかげで床にはパーツで作った巨大な人型ができあがっていた。
「使い回しできるのは五割か…… もう少し使えるかと思ったけどな」
「立ち入り禁止」
「ナナーナ」
子供たちが周囲をチョークで囲った。
「入っちゃ駄目だからね」
「俺たちはいいじゃん!」
「ヘモジだって入ってるのに」
「ナー」
頬を膨らませた。
「既にパキッとやってるから」
オリエッタが笑った。
「時間つぶしには最高だったな」
「ちょうどお昼だよ」
「よし、戻るか」
「ねぇ、ねぇ、師匠」
ヴィートが僕に耳打ちする。
「なるほどね」
努力の先には見返りが。後でこっそり牧場に行きたいらしい。
デザート禁止一週間の裏を掻きたいわけだ。
「じゃあ、午後の集合もここでな」
「やった!」
「さすが師匠!」
「大好き!」
いやー、それ程でも。
壁を叩く音がした。
びっくりして振り返ると、モナさんが腰に手を当て呆れ顔でこちらを見ていた。
「あちゃー」
「見付かっちゃった?」
子供たちの笑顔に陰りが見えた。
「わたしの分もお願いできます?」
モナさんは笑った。
「モナ姉ちゃん、大好きーっ」
子供たちがモナさんの元に駆け寄る。
「午後からイザベルも手伝いに来るので、彼女の分もお願いね」
「任せておいてー」
大伯母にばれるのも時間の問題のように思えた。
昼食はウドンであった。
氷で冷やした太めの専用パスタを醤油ベースの汁に付けてつるりんと飲み込む。
暑い日には最高だ。
薬味に葱をふんだんに載せて、子供たちも満面の笑みを浮かべる。
セットメニューは海鮮丼だった。こちらもワサビ醤油を垂らすと最高にうまい。
どちらも今では珍しくもない異世界料理である。
「やっぱり海鮮丼はうまいのー」
「この声は……」
ワタツミ様がいた。
「今頃、何しに来たーッ」
「なんじゃ、お主。元気そうじゃな。死んだんじゃなかったのか?」
「死んだらこんな所にいるわけないでしょ!」
「『リオナの奴が様子を見てこいとうるさいから頼む』と、娘にせがまれての」
「婆ちゃんが……」
然もありなん。
「もう少し早く来て欲しかったですけどね」
「なんでじゃ?」
「聞きたいことがあったんです」
「ん?」
「もう済みました」
「それはすまぬことをしたな」
ウドンを一本つるりん。
ワタツミ様は幾つもの伝言を運んできた。どれもギルド通信では伝えられない内容ばかりだった。
一つは『ロメオ工房』からの伝言。と設計図。
多くの事前発注のおかげで、僕の『ワルキューレ』が正式採用され製造ラインに載ることになったという知らせ。図面は工房のプロ集団によってブラッシュアップされた完成品のそれだ。
まるで今の状況を見透かしているかのようなタイミングだった。
「相変わらず量が半端ないな」
何百頁にも及ぶ設計図面集。
僕のオリジナルとどこが違うのか比べながらの作業になるかと思うと、今から胃が軋む。
それと、こちらは姉さんに。
『補助推進装置』の暫定『製造ライセンス契約書』だ。
『補助推進装置』の正式採用は間に合わなかったが、試験投入という形で『銀団』だけに許可を出したものだ。ライセンス料は貰うけど、壊れてもこっちの責任じゃないからね。でも今後、派生する技術はこっちのものだから、ちゃんとフィードバックしてよね。という、工房に都合のいいものだった。
いくら同じ穴の狢だからって。
その代わりと言ってはなんだが『銀団』以外の組織への配分は姉さんが決めていいという一文が添えられていた。
ギルドの影響力強化にも気を配る、一見、姑息な手にも見えるだろうが、本音はこちらの事情が全然わかっていないから丸投げしたかったのである。
姉さんの溜め息が聞こえてきそうだった。
更に定期便発送のお知らせ。実家からのお届け物である。
「まだ在庫が残ってるのに」
デザートとミスリルを多めにしておいたと手紙には記されていた。
「二つを同列にするかな」
「リオナならする!」
「ナーナ」
四つ目は今回の一件に関するあちらの対応である。
第四王女が重篤との知らせは王宮を頂点とする貴族社会を震撼させた。
黒幕と目される大貴族の名前がまだ記されていないところを見ると、作戦は継続中のようであった。
予想以上の成果に先方が動揺を隠せないでいるのを、嘘だと知っている王様周辺がニヤニヤしながら成り行きを見守っているのだそうだ。
実家の方も同様で、リバタニアとパフラが軍備を整えているという噂が流されているとか。大戦で圧倒的な戦力を誇示した一族と、最強クラスの冒険者集団の巣窟となっている東の自由解放区。おまけにハイエルフとドワーフまで加わって報復を企てているとか。参加する飛空艇の数は三十隻を超えるとか。
どうせ、酒場で鼻ほじってるだけだろう。
黒幕の調査結果を当人に小出しにしながら、真綿で首を締め上げていくように追い詰めていく両家。
現在、収監中の没落貴族の家人たちが、このことを知ったらどう思うだろう? お家再興とか、力を鼓舞するどころの騒ぎではない。
「お取り潰しかもな」
黒幕とどのような話になっていたかは知らないが、いい様に踊らされたものである。
死んでいった領主もこれでは浮かばれないだろう。
ドオオオオオオン。と、食後の眠気を吹き飛ばすようなものすごい衝撃と共に、詰め所の正門付近で爆発が起きた。
「なんだ!」
全員が窓に詰め寄った。
「なんじゃ、物騒じゃの」
そこで目に飛び込んできたのは……
「巨人だ!」
「あの巨人が生きてた!」
「大変だ!」
「大変だ!」
叫ばなくても聞こえてるって。
うとうとしていた子供たちも目を見開いて、大きな窓に張り付いた。
「なんで?」
「死んだはずでしょ!」
「しまった!」
世継ぎも今回の襲撃に混ざっていたんだ!
報告になかったことを考えると、身元を隠していた可能性が大である。
「計画の内だったのか?」
ユニークスキルを受け継いだ息子が、父親の遺志を継いで計画を完遂させる。
彼らの計略には捕縛されるところまで計算に入っていたのか?
完全に後手に回った!
ギルド事務所は完全に倒壊。現在、砦が襲撃を受けている。
ドラゴン対策用のバリスタが地上に向けられると、いち早く反撃、容赦なく叩きつぶした。
言葉を失った。
バリスタの脇に用意された次弾の矢を掴むともう一基のバリスタも破壊、そして詰め所の主要施設に向けて駆け出した。
結界の内側だというのに。
こちらは為す術がない。
駐屯地のガーディアンも今はもう搭乗すらできない。
一方的な破壊。
指令所の屋根に組んだ拳が振り下ろされる。
轟音が轟いた。
敵はもう我が家のすぐそこまで来ていた。
『我が名はオルランド・ベルトロット! これ以上砦を破壊されたくなければ大人しく降伏せよ!』
進路を邪魔するガーディアンが踏み付けられ潰された。
『仲間を解放せよ! この戦いの勝者は我らベルトロットだ。大人しく投降せよ。でなければ町をすべて破壊する!』
全く以て本末転倒である。
人類とタロスの戦いの最前線に参加したいんじゃないのか? 敵になってどうする?
「おかしな輩もいたものじゃ」
「手を出しちゃ駄目ですからね」
「食事に来ただけじゃ。じゃが…… 面白い土産話ができそうじゃ」
ワタツミ様が出ていったら、それこそ大混乱だ。何が敵で味方かわからなくなる。
大体、チェックメイトしたければ、襲う場所はそこじゃないだろう。『箱船』は外にいる。
親父の奇襲に応対したエース級のパイロットが負傷退場したことで、もはや敵う敵などいないとでも思ったのか?
甘いな。この砦には強者がごまんといる。
「でかいだけで勝てると思わないことだ」
まずは最小のヘモジが相手だ。
今回の巨人は前回の巨人に比べれば小さかった。それでも素のヘモジとは比べるべくもなかったが、強さは別だ。地に足が付いたヘモジは小さいままでも充分強いぞ。
畑を壊されたくないから、当人の本気度は半端ではない。
どこからともなく飛んできたミョルニルに巨人の膝があっという間に粉砕された。
『うがぁあああ!』
巨人は悲鳴を上げた。
跪いた瞬間、肩口が陥没して、巨大な片腕が地面に落ちた。
『ぐぁあああぁあああッ!』
「親父は何があっても泣き叫んだりしなかったがな」
あの巨体、神経が通っていたのか。
「ヘモジが見えない」
子供たちの目では追い切れないようだ。
「こっちの身にもなって欲しいね」
ガンガン減っていく魔力。僕は早々に万能薬を舐めた。
あのでかい手で張り手を食らわされたら、それだけで絶命必至だ。
ヘモジも内心、必死だろう。
巨人の身体はどんどん削られていく。その度に悲鳴と罵声が飛んだ。
「うちの小さな巨人の方が一枚上手だったようだな」
ヘモジが不意に戻ってきた。
「ナーナ」
どうやら疲れたらしい。
敵の身体が徐々に再生していく。
さすがゴーレムもどき。
搭乗が済んだガーディアンが次々飛び立った。
『蚊とんぼがぁああ! うがぁあああ!』
再生すればする程、苦しみが長引くことになる。
手の届かない場所にいるガーディアン目掛けて、苦し紛れに瓦礫を投擲する。
ああッ、畑の方に瓦礫が!
濠に落ちて水柱が上がった。
「ナーナンナ!」
ヘモジが再戦しに行こうとしたので、つまみ上げた。
「お前の出番は終わりだよ」
『氷槍』が巨人の足の甲を貫いた。
立ち上がり掛けた巨人が再び地面にひれ伏した。
自分の造り上げた建物を破壊されて大伯母が黙っているはずがない。
「ガキが、粋がるなよ」
うわぁ、本気だ。
無数の氷槍が巨人に突き刺さった。
一つ一つが船を沈められる程、大きな槍だった。
「がッ!」
全身凍り付いて言葉も出ないか。
「障壁、大丈夫かな」
直したばかりなのに。魔力過多でまたパンクしないだろうかと空を見上げるといつの間にか結界は切られていた。
空には『補助推進装置』の付いた見慣れた『スクルド』が。
巨大な稲妻が落ちた。
『うぎゃぁああ!』
巨人の組織が蒸気を上げながらボロボロと剥がれ落ちた。
内側まで、しっかり焼けたようだ。
「……」
子供たちも開いた口が塞がらない。
ヘモジが不満そうにジュースをチューチューと啜った。
『巨人化』が解けた若領主が黒焦げの地面に倒れ込んだ。
「出番はなさそうだ」
だが、男は何かを口にした。万能薬か?
そして、もう一度。『巨人化』を試みた。
「言い残す言葉はないか?」
何を言ってやがるという顔で、そばに現れたラーラの顔を見た。
「お姉ちゃんだ!」
「いつの間に」
重病人の振りはどうした?
「雌豚共が」
やっと拝謁できた王族になんてことを。
男は巨人化に成功した。
が、拳を振り上げる間もなく首を落とされた。
実体化を解かれ、呆然と跪く若領主。何が起きたのかすらわかっていない。
ラーラの抜き身の剣に宿る魔力の残滓にすら気付いていない。
「馬鹿が」
巨人の首が空から降ってきて、ようやく男は理解した。
次はないと言わんばかりにラーラは剣を男の首に当てた。
「我が名はラーラ・カヴァリーニ。アールハイトの第四王女である」
地獄の穴に突き落とされたかのような視線で男はラーラを見上げた。
「そ、そんな…… 馬鹿な……」
大伯母と姉さんが割って入った。
男は抵抗することなく拘束魔法を受け入れ、騒動はここに終結した。
子供たちは夫人に窓から遠ざけられた。
脱走してきた敵兵たちは瓦礫の上で呆然と立ち尽くした。
勝てる確信があったのだろう。ユニークスキルの継承を逆手に取った完璧とも思える作戦。
だが、ラーラの登場で自分たちのしていたことが悪手を通り越して逆効果だったと、ようやく気付いたようだ。
「あの男にも世継ぎがいるのかな」
二代揃って犯罪を犯せば、次の代がどう扱われるか。お家は断絶、再興など夢の又夢。
いないことを願うばかりである。
敵の老いた家臣たちは瓦礫の上で泣き崩れた。
「終ったな」
「ナーナ」
「ヘモジが時間稼ぎしてくれたおかげだな」
ヘモジは静かに外を見下ろしていた。
「逃げた方がいいかも」
オリエッタが囁いた。
子供たちが食堂の出入り口からこっちに手招きする。
窓の外では大伯母と姉さんにラーラが叱られていた。
自宅待機だったのに表に出るからだ。
「さあ、こっちも午後の作業に行こうかな」
子供たちを連れて僕は白亜のゲートに跳んだ。
「さあ、デザートの時間だ」
「おお、それは楽しみじゃな」
「……」
ワタツミ様……




