決戦の日2
巨人は姿勢を崩した。
崩したままただ落ちた。
駐留部隊も空に上がったが、障壁自体が邪魔をして最短距離を飛べずにいた。
ヘモジは姿勢を崩しながらも、全力でミョルニルを振り抜いた。
ヘモジも弾け跳んだが、敵の落下コースもずれた。
落下地点はまだ砦のエリア内にあった。
ラーラの機体が障壁に肉薄する。
息の根を止めたとして、すぐさまあの巨大な姿が消滅するものなのか?
再召喚して戻ってきたヘモジを鷲掴みすると、オリエッタを抱えて転移した。
防壁の上に出ると、ラーラの機体が吹き飛んでいた。
僕がやられたのと同じ攻撃か?
折れたブレードが破片になって降ってくる。
ラーラは咄嗟に障壁との衝突を回避した、が、これでもう打つ手はない。
敵が障壁と接触した。
ドラゴンすら弾き返す強力な結界に無数の稲光が!
まるで悲鳴を上げるかのように荒ぶった。
巨人化した姿それ自体が鎧のような効果を発揮しているのだろう。
あの高さから落ちてまだ動けるとは……
巨人は抗いながら身体が障壁を擦り抜ける時を待った。
四肢が障壁の向こう側に沈んでいく。
水面に顔を沈めるように残り半身も向こう側に強引にねじ込んでいく。
巨人と化した男は目的を達したとばかり、白い歯を見せ笑みを浮かべた。
我が家が…… みんなで造り上げた街並みが。
ソルダーノさんの店も、噴水広場も、粉挽き用の水車も、工房も……
障壁の内側に無数の結界が発生した!
「なんで」
巨人の落下速度が遅くなった。
「迷宮に避難してるはずだろうに!」
大伯母の制止を振り切って子供たちが駆けてくる。
巨人は悲鳴を上げた。
落下が遅れれば、それだけ障壁のダメージを食らい続けることになる。
子供たちは必死に何かを叫んでいた。
「こっち来んな!」
「僕たちの家を」
「わたしたちの」
「みんなの」
「一生懸命造ったのに!」
「やらせるもんかーッ!」
「壊されてたまるかよ!」
聞こえた。子供たちの必死の叫びが。
大伯母は子供たちを守るべく、結界を展開させた。
次を想定して守りを優先させたか。
障壁の内側では大伯母も本領を発揮できない。
黒焦げになった巨人が落ちる。子供たちの頭上に。
何もかも…… 奴に押し潰されてしまう!
奴の身体が完全に障壁を越えてしまうその前に。
「殺すしかない」
「雲だ……」
真っ青な空をかすれた雲が流れていく。
何をしたか、よく覚えていない。
気付いたときには巨人の背中が目の前にあって、僕はその背中を吹き飛ばしていた。
駄目だ、この程度の破壊では、と思った。
それで何かをしたんだったか……
「冷たい」
足元に波が打ち寄せた。
気付いたら湖の縁に倒れていた。
全身ずぶ濡れで、動けずにいた。
横には腹の辺りを大きく抉られた大男が一人、大量に出血して倒れていた。
もう助からない。
それだけの血が既に流れていた。
「我らはずっと待っていたのだ……」
男は波音に消されてしまう程小さな声で囁いた。獣人の耳でなければ聞き取れない程か細い声で。
「再び陛下のお声が掛かるのを…… ずっと待って…… なのに、なぜ…… 先兵となって戦いましたものを……」
男の最期の言葉だった。二度と息をしなかった。
この男もまた愛国者だったのだと悟った。
でもこっちも魔力切れだ。
意識を刈り取られる瞬間、男の口のなかから折れた数本の歯がこぼれるのを見た。
「指弾じゃなかったのか」
端から死ぬ気であったのかと理解した。
「命懸けの抗議なんて……」
自室のベッドの上に転がっていた。
ヘモジの顔がすぐそこにあった。
召喚を維持できなかったか……
「ごめんな、ヘモジ」
「ナー……」
頭を撫でる僕の指に絡まった。
窓の外は暗い。
「夜?」
光の魔法を飛ばして時計を見る。
半日丸々?
「腹減った」
ベッドから立ち上がろうとして、ヘモジをどうするか悩んだ。
置いていこうか、起こしてしまおうか…… どっちもかわいそうな気がして。
「腕に絡まってることだし」
このまま抱えていくか。
「おわっ!」
寝室の扉を開けたら、子供たちがパタータのように床にゴロゴロ転がっていた。
「起きた?」
オリエッタが欠伸して出迎えた。
目で子供たちをどうするか助言を求めた。
「子供たちは罰を受けて、疲れてるからほっとく」
そういえばこいつら……
「罰って?」
「『雷天の万槌』一時間の刑」
「『雷撃』?」
「そっちじゃない方」
「『地獄の業火』の雷版か」
雷魔法の初級魔法と同じ名前だが、雷属性の最上位魔法である。
昔の人が名前を間違って使い続けた結果、現代では初級魔法の『雷撃』が『トールハンマー』と呼ばれるようになったのである。最上級魔法など使える者がいなかったので、それでも支障はなかったのだが、大伯母が『魔法の塔』の書庫から発掘してきたのである。
大伯母の得意属性でもあり、見過ごせなかったのだろう。
「我が家の伝統だな」
「『地獄の業火』とどっちが怖い?」
「『地獄の業火』」
「なんで?」
「『雷天の万槌』は避けられる」
「そんなことできるのリオネッロだけだから」
「どれだけ浴びたことか……」
「アイシャも練習がてら撃ちまくってたもんね」
「どれだけ的にされたことか……」
食堂に下りると、大伯母がひとりグラスを傾けていた。
「『万能薬』を持ったまま魔力切れ起こすか、普通」
「レアケースだ」
「座れ、馬鹿者」
大人しく大伯母の前の席に座った。
「腹減ったろう」
大伯母は立ち上がると台所に消えた。
「お咎めは?」
「何か悪いことでもしたのか?」
「よく覚えてない」
「障壁に突っ込んだんだ。敵の身体を盾にしてな。そしてお前はあの巨体を湖に転移させたんだ。おかげで結界が完全にダウンした。お前が用意していた特大魔石の在庫を全部使ったからな。補充しておけよ」
「嘘だろ?」
新型船用に用意していた特大魔石を全部か?
「自業自得だ」
そうだった。
敵の腹を『魔弾』で撃ち抜いて空いた風穴に飛び込んで、敵の身体が障壁を完全に越えたところで転移させたんだ。砦の結界内では大きな魔法は使えない。自分の身体を転移させるのと巨人を丸ごと転移させるのでは消費量はまったく違う。
当然、術者と障壁に相応の負荷が掛かる。
「使い果たすわけだ」
薬瓶すら取り出す余力がなかった。
「子供たちが泣いて大変だったぞ。血まみれのお前を最初に見たとき、わたしも死んだかと思ったぐらいだ」
「魔力枯渇してましたもんね」
「怒るところなんだろうな」
大伯母が料理を運んできた。
「残り物だ」
「最近、残り物しか食ってない気がするよ」
「今日から日常に戻れる」
「頂きます」
「夫人に感謝して食え」
「了解」
懐かしい空気に包まれた。
爺ちゃんたちが旅に出ると途端に居場所をなくしていた僕は、よくこうして大伯母に面倒見て貰っていたものだった。
「それで何かわかった?」
「うん、ああ、まあな」
僕が抱えている物を大伯母が摘まみ上げた。
「魔除けは明日まで置いておけ」
「魔除け?」
「リリアーナは今夜『箱船』だ」
「あ」
すっかり忘れてた。
ヘモジは隣の席に落とされて一瞬目を開けたが、すぐ様また寝入ってしまった。
「何を飲む?」
「じゃあ、アイランを」
「はぁ…… 全損か。『補助推進装置』取り付けたばっかりだったのに」
愛機『ワルキューレ零式』はお釈迦になったらしい。
「最高速で突っ込んだんだ。反動がでかかったんだよ」
「奴の攻撃、自分の歯に『結界砕き』を載せて、吹き放っただけだって知ってた?」
「お前やラーラを撃墜した物がなんだったのか、皆、興味があったからな。さすがにでかい歯が砂漠で見付かったと聞かされたときには混乱したぞ」
「『巨人化』というのは結局、なんだったんでしょうね?」
「魔法生成物を自ら生み出し、鎧のように身に纏ったものだろう」
「生きたゴーレムコアか…… 道理でしぶとかったわけだ」
「原理はそんなところだろう」
「でもあのサイズが来るとは思わなかったな」
「まさに災害級だったな。正直舐めていたよ」
「世継ぎはいるんでしょうか?」
「さあな」
「ラーラの機体は?」
「腕の肘関節が壊れたぐらいだな」
「ラーラは?」
「軽い鞭打ち症になっていたようだが、薬を飲んでケロッとしていたな」
「他の被害は?」
「計画が失敗したと悟るとすぐ投降してきたからな」
「それはよかった」
「全員捕虜になったから、リリアーナは大変だがな」
「姉さんは元々、どうする気だったのかな?」
「多少日程がずれただけだろう。ただ、あいつが期待していた結果になっていたかは甚だ疑問だがな」
北からタロスに襲われ、南からも襲撃され、あの男に襲われていたら……
違う結果になっていたかも知れない。
「そういうことでお前はこのまま面会謝絶、重傷扱いだ。ちょうどいいから工房の地下で自分の機体でも組み上げていろ」
「はあ?」
「砦を壊されるよりインパクトは弱いが、お前とラーラが差し違えたとなれば、向こうの思惑にも添えるだろう。一応、お前は英雄の孫だし、ラーラは第四王女だからな」
「ラーラも?」
「迷宮探索の遅れを取り戻すとか言ってたから、子供たちのお守は任せていいだろう」
大伯母は立ち上がった。
「じゃあ、わたしも寝かせて貰おう。オリエッタも今日はご苦労だったな」
ソーセージを抱えながら欠伸で返した。
「何したの?」
「尋問する前のボディーチェック」
「なるほど」
「うるさいのが起きてきた」
大伯母は地下に造った自室に消えた。
見上げると、子供たちが僕の部屋からワラワラ出てきた。
「師匠いたよ!」
「生きてる?」
「食堂にいるよ」
「師匠ーっ!」
「もう元気になった?」
階段をゾロゾロ駆け下りてくる。
「師匠ーッ」
「なんで起こしてくんないんだよ!」
「ちょっと静かにしなさいよ。みんな寝てるんだから」
「師匠、もう平気?」
「元気になった?」
心配してくれるのは有り難いんだけど……
「聞いてよ、師匠。僕たち罰で一週間デザート抜きになっちゃったんだよ」
「え?」
デザートのカップケーキにスプーンを刺すところだった。
「横暴だよね?」
「言いつけ守らなかったんだから仕方ないわよ」
そんなこと言われたら……
「師匠は気にしないで食べて」
「はぁ…… 一週間か……」
「長いよねー」
食べられるか!
食器とカップケーキを台所に戻して、子供たちを寝かし付けた。
子供部屋からヘモジとオリエッタを回収しに台所に戻ったら、ふたりの顔にはケーキ滓が付いていた。




