決戦の日1
翌翌日の早朝。まだ日も上がらぬ頃、南から船団が上陸したとの報あり。上陸地点は南に一時間下った海岸線。
斥候が見付け見付けられ、追撃を受けたが『補助推進装置』を積んだ偵察機に敵が追い付くことはなかった。
先手を打つことに成功した我々は砦の外でユニークスキル持ちを迎え撃つチャンスを得た。
敵勢力はまさかこちらが城外に打って出るとは想定していなかったようで、上陸してからの行動は迷走していた。
北からタロス勢力が襲い掛かる瞬間を待っていたのかも知れない。
偽の『タロス襲来』の急報はメインガーデンのフィルターを透過して、効果的に働いているように見えた。
我々は彼らが双子石の片割れを所持しているという情報を掴んだ。
先の悪戯でメインガーデンも弊害を悟ったようで、即情報が下りてきたのだった。
敵勢力の石は彼らのスポンサーが用意した物で、聞けば、先方の領土内にあった冒険者ギルドが、町の再開発で一時撤収した折、紛失した物らしかった。
盗難の報は未だ入っておらず、本店の度重なる調査でようやく明らかになったわけである。
あれからこちらは正規ルートを通して、こちらの作戦概要を説明した。そして砦の防衛に関しては好きにさせて貰う確約を得たのだった。
結果、最良の襲撃時間を選んだというのに、こちらの遠距離攻撃で足止めされた敵の一団は、もはや身を隠す術を失ったのである。
地平線から太陽が昇る。
さぞ疲れたことだろう。こちらの警戒網を掻いくぐるために、中州を大きく迂回しなければならなかったのだから。
しかも上陸早々、即戦闘である。
期待していた増援もないとなれば、その心中いかばかりかと思われた。
大型船三隻、中小が十数隻。どれも年季の入った鉄屑だった。
「あんな物でよく海を越えられたな」
「塗装、剥げてるじゃないの」
ガーディアンの戦闘隊形も前時代的なファランクス。盾を前面に押し立てた密集隊形。
「あれ、あれ! 『ニース』!」
オリエッタが興奮した。
モナさんのいじり倒したカスタム機などではなく、原型を留めたオリジナルがいた。
こちらは上空から接敵しようと試みるが、大型船に積み込まれた無数のバリスタに阻まれた。
「船から沈めるようだな」
制空権を取るために大型船から沈めなければならなくなったが、その大型船は中小の船に守られていた。
突っ込んだ味方の一機が落とされた。
どこで手に入れたのか、鏃のなかに特殊弾頭が混ざっていた。
落ちた機体に敵ガーディアンが群がる。
得物は近接盾持ちが片手斧、その援護は銃剣付きの突撃ライフルだ。
「どこまでも前時代的だな」
鈍重なタロスを相手にしてるんじゃないんだから。
逃げ足もこちらの方が速かった。
結界が破壊されただけで機体に問題ないようだった。
味方の編隊が間に割って入って事なきを得た。
「外堀から埋めるようだな」
こちらは散開して、射程外からネチネチと仕掛けた。
「いつまで密集隊形を組んでいられるかしらね」
耐えているだけでは先が見えている。
小型船は煙を吐き、大型船のバリスタも着実に数を減らしていた。
正面防御は嫌になるくらい強固だったが、機動力と射程に勝るこちらが徐々に隊列を浸食していった。
一体何機が城壁まで辿り着くことができるだろう。
自分たちの計略が水泡に帰したことは敵ももう理解しているはずだった。
当方としては砦からなるべく離れた場所で事態が起ることを望んでいた。それは一にも二にもユニークスキル持ちを砦に近づけたくなかったからだ。そしてそれは叶った。
敵後方に戦火が挙がった。
「なんだ、敵増援じゃないんだ」
「わかってたくせに」
オリエッタが僕の冗談を一笑に付した。
『銀花の紋章団・天使の剣』の主力ご一行様の乱入である。
「来なくてもいいのに」
「あ……」
ラーラがしまったという顔をした。
「何?」
「メインガーデンに、姉さんに伝えるように言うの忘れてた」
僕たちは南門から少し行った日の当たる高台から戦場を見下ろしていたが、急に背筋が冷えた。
「冗談だって知らないわけか」
「我が家は留守だと思ってるかも……」
ラーラが望遠鏡片手に言った。
「…… 今からでも旅に出る?」
「今からじゃ、敵前逃亡になるだろう」
「逃げるのは敵からじゃないわ!」
「あーあ、あんなに頑張っちゃって」
なんだかあそこだけ気合いの入れ方が違う気がするよ。
「まずいわね」
「まずいな」
「骨董品の癖に、ほんと固いわね」
制空権を勝ち得た我々はようやく本腰を入れて、敵ガーディアンの掃討を開始した。が、侵攻は鈍重だった。
「昔のガーディアンはゴーレムみたいなもんだからな」
現代機よりずっと重装甲重装備だった時代の代物である。それは空中戦を想定した軽量な近代機とはもはや別物であった。が、その能力差を埋めているのが。
「手練れが多い」
一体どこにあれ程の操縦士たちがいたのか。
「全然気にしてないのもいるけどな」
「ナーナ……」
ヘモジは眉間に皺を寄せた。
言わずと知れた姉さんの『スクルド』である。
エルフの膨大な魔力と相俟って『補助推進装置』が鬼のように力を発揮していた。
「オリエッタはあれやって壊したんだよな」
「整備不良が原因!」
オリエッタが僕の言い様に抗議した。
むちゃな動きに難なく機体が付いていく。『箱船』の整備員たちの努力の賜だ。
ろくに飛べない旧型機は為す術がなかった。自慢の防衛スキルも姉さんの前では赤子のようである。
「強襲用ライフル持たせたら、鬼ね」
敵はよく耐えていた。先が見えた戦闘だというのに、戦意が萎える様子がなかった。
大体、この状況になっても虎の子が出てこないのはなぜだ。
優位に事を運んでいるはずのこちらに焦りが見えてくる。
銃撃の合間に降伏勧告が繰り返された。が、悉く無視された。
味方がどんどん減っていくというのに。指揮官だけは無能だというのか?
「待っているのよね」
ラーラの呟きに異論はない。
オリエッタがさっきからチラチラ別の空を見上げていた。
そよ風に髭がピクリと揺れた。
突然、後ろを振り返ったオリエッタが叫んだ。
「来たッ! 敵増援!」
真っ青な空のなかに何かいた。
「あれは……」
「飛空艇?」
ミズガルズ解放の時代。ランドシップなどまだこちらの世界に存在しない時代、大量に送り込まれた飛空艇、そのうちの一艇が空に浮かんでいた。
懐かしさが込み上げてきた。一瞬、スプレコーンの空を思い出した。
「まだ残ってたのね」
「砦が危ない!」
オリエッタの忠告に我に返った。
「まさか! ユニークスキル持ちはあっちか!」
高高度からの降下作戦。
こっちはすべて囮か!
ユニークスキル持ちとの戦闘を想定して、砦に被害を出さないよう、なるべく離れて迎撃する作戦に出ていたのに完全に裏を掻かれた。
駐留部隊は残してきたが、天井障壁の上に友軍はいない。
落ちてくる飛翔体を見付けた。
人だ。一人、生身で空から落ちてくる!
このまま降下されると砦の真上である。
「天井障壁があることを知っていて、それでも突っ込んでくる気か!」
障壁を破る自信があるのか?
破られたら我が家はぺしゃんこだ。
僕たちはガーディアンを緊急起動した。
急上昇からの旋回ひねり『補助推進装置』を全開にして一気に加速した。
距離を詰め、敵の落下コースにロングレンジライフルの弾を撃ち込んだ。
「駄目だ。距離が足りない!」
人影がまばゆく輝いた。そしてそこに現れたのは……
「……」
『巨人化』するとは聞いていた。だが、あのサイズは想定外だ!
精々ヘモジサイズ、悪くてタロスサイズ程度だと勝手に思い込んでいた。
だが目の前に見える巨人のサイズはタイタンクラスをも越えるとんでもない化け物だった。
落下の加速度と質量だけで……
突破されたら終わりだ。
ユニークスキル持ちの生死に関わらず、落下の衝撃だけで砦は半壊する!
防衛用のタイタンが控えているが、後の祭りだ。
「間に合ええええーッ」
魔力を総動員して全力で飛んだ。
が、突然強烈な衝撃を受けて『ワルキューレ』の片翼が吹き飛んだ。
指弾か? こちらの障壁を何かが一瞬にして貫通していった。
咄嗟に機体を捨て、転移した。
我が愛機は錐揉みしながら地面に落下、砂塵を巻き上げた。
「野郎ッ!」
『結界砕き』持ち決定だ。
敵巨人は拳を結界障壁に叩き付ける姿勢を取った。
「ヘモジ!」
僕の肩に必死にしがみついていたヘモジに蹴りを一発入れてくるように言った。
「ナーナ!」
ヘモジを敵の死角に転移させた。
少しでも姿勢を崩せれば。
ラーラの機体が僕たちを追い抜いた。
魔力を既に剣に込めていた。
結果がどうあれ『無双撃』を叩き込む気でいる!
巨人がもう結界障壁に。
突然、巨人の目の前で爆発が起きた。
『エテルノ式発動術式』!
大伯母だ!




