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時は来たれり?

 ヘモジが戻って来ないところをみるとトラブルで遅れているというわけではなさそうだが、他の仕事も抱えているモナさんがまだ戻ってこないというのは気掛かりだ。

「気を揉んでも、どこにいるかわからないんだから」

 ラーラは言った。

「すぐ帰ってくるわよ」

「またヘモジたちが勝手してるんじゃないだろうな」

「そんなにいい感じなの?」

「機体の方が保たないくらいには」

「駄目じゃないの」

「光った!」

 窓の正面に座っていたヴィートが突然、立ち上がった。

 みんなの視線が窓に釘付けになった。

 全員が窓の外を覗くなか、二度目の閃光が走った!

「ヘモジが戦ってる!」

 ニコロとミケーレが叫んだ。

「嘘だろ、あんな近いところで」

「何と戦ってるの!」

「タロスだ!」

「タロス!」

 機体を操縦してるのは夜目の利くオリエッタか?

 ヘモジは既に別行動だ。今、魔力がごっそり持って行かれた。

「行ってくる!」

 万能薬を舐めながら装備を担いで玄関を出ると、南門に跳んだ。



 守備隊のガーディアンが十機程、門を潜り頭上を越えていった。

 暗闇のなか、スーパーモードのヘモジの輝きだけがちらついて見えた。

「別の意味で輝いてるなぁ」

 照明弾が上がった。砂丘の丘の向こうを巨大な光の魔法陣が明るく照らした。

 ヘモジの出番は終わりである。

 さて、モナさんは?

 救援と入れ替わりに『ワルキューレ』が戻ってきた。

 モナさんは操縦席からこちらに手を振った。

 どうやら人も機械も損害はないようだ。勿論、猫又も。


「ご苦労様」

 門の前に着陸した。

「オリエッタが集団を見付けちゃって。しばらく追尾してたんですけど、砦が近くなってきちゃって、どうしようか迷ってたら」

「ヘモジか」

 モナさんの膝の上でオリエッタが頷いた。

「何体いる?」

「十二体いた。今半分」

 オリエッタの目が光を反射した。

「ナーナー」

 ヘモジも手を振りながら戻ってきた。

 こっちの魔力残量を見越して戻ってきたか。

「お疲れ」

「ナーナ」

 ヘモジを持ち上げて肩車した。

 ガーディアンの編隊がまた門を越えていった。



 モナさんにしばらく付き合って後片付けをして、工房の戸締まりをして帰った。

 帰宅すると三人には事情聴取が待っていて、モナさんたちは事の経緯をラーラに説明する羽目になった。

 大伯母は眉をひそめて隣で聞いていたが、前回と違って偶発的な接触だと判断すると、酒をグラスに注いだ。

 斥候なのか、陽動なのか、単に飢えているだけなのか。タロスが前線を無視して、敵陣深くまで侵攻することはよくあること。『ペルトラ・デル・ソーレ』の痕跡があれば、探索目的だとすぐわかる。が、オリエッタには見付けられなかった。

 今回は第二形態こそいなかったが、数は普段の倍であった。

 北の消失ポイントを探しているのかと、ふと思った。

「第二形態を惜しみなく投入してたからな。あれが消息を絶ったとなると、敵も気が気ではないのかも」

「リリアーナの本隊が動いたからだろう」

 大伯母が呟いた。

「前線が薄くなった?」

 そう言えばなんだったかな。

『リリアーナが動くけど誘われるな』と『情報は故意に遅れてやってくる。惑わされずに、門を閉じて備えよ』だったか。

 いよいよ、ワタツミ様の伝言が現実味を帯びてきたということか。

「遅れてくる情報なんて掴みようがないけどな」

 聴取の終ったヘモジとオリエッタは、ぐったりテーブルに伏した。

「ご苦労さん」

 ウーバジュースをそっと出す。


 全員の調書をまとめて今度はラーラが出ていった。

「ようやく夕飯に有り付けるな」

 こうもバタバタしていると給仕をしてくれる夫人に申し訳ない。

「構いませんよ。夫もまだですし」

 噂をすれば、ソルダーノさんが帰ってきた。

 夫人はそそくさと夫の元に飛んで行った。

 それを子供たちがニヤニヤしながら見送るのだった。

「それで、何か情報は?」

 漠然とした問いをラーラの代わりに大伯母に発した。

「ん?」

「伝令同士が砂漠の真ん中で遭ったっていうやつ」

「それは知らんな」

「最近、何してるんです? 見掛けませんけど」

「敵が来るとなれば、備えを固めるのが常識だろう。結界の点検とか、やることはいくらでもある」

 師匠の結界を破れる奴なんていないだろう。

「お前の方はどうなんだ?」

「『ワルキューレ』の『補助推進装置』の取り付けの方はなんとか。新造船の進捗状況も確認したかったんだけど」

「外装の貼り付け作業は終っていたな。随分コンパクトになっていた。あれで当初の設計と変わらない積載量だと言うんだから驚きだ」

 推進装置が思いっきり小さく軽くなったからだ。

「ミスリル様々だな」

 急に大伯母は黙って、肉を切る僕の手元を見詰めた。

「敵はすぐ来るぞ」

「やっぱりそう思います?」

「北の旧跡地での騒動が敵のフラグなら、この砦は近日中にタロスに襲われているはずだ」

「普通に考えれば、その襲撃のタイミングに合わせて来ますよね」

「タロスを鎮圧したことは、まだ外部には漏れてないはずだ」

「のろしが上がるのをどこかでじっと待ってるんですかね?」

「こちらの斥候はまだその姿を捉えていないがな」

「北でちょっと騒ぎを起こせば釣られて出てくるかも」

「リリアーナの動きにこちらが釣られる必要があるのかもしれないな」

 砦のなかに敵の間諜がいないことは確かめた。砦外ということになるだろうが、こちらの索敵に掛からないというのは…… 

「一体どこでこちらを見てるのかな」

「いや、待てよ」

 大伯母が何か思い付いたようだ。

「アルベルティーナ、ちょっと」

 夫と一緒に戻ってきた夫人を呼んで、二言三言。ここ最近の『今日のミズガルズ最前線日録』の記録を持ってくるように言った。

「何か?」

 夫人が不安そうな顔をする。

「いや、ちょっとな……」

 大伯母が記録用紙をめくる。

「あった」

「なんです?」

「気になるコメントでも?」

 大伯母は用紙に視線を落としたまま答えた。

「我が家の双子石はメインガーデン本店の石と繋がっている。そして夫人の日報はそこから各地に複製、拡散され、ギルド職員なら誰でも読めるコンテンツになるわけだ。一見、多くの質疑応答で成立しているように見えるそれだが、実際、夫人と直接会話しているのは本部のオペレーターだけだ」

「それが何か?」

「メインガーデン側で外部へ流す情報を制限している嫌いがある。例えば、ここ。会話が微妙にずれている。夫人はリオネッロたちが北に探索に向かったことを伝えているが、その内容に触れた他からのコメントは一つもない」

「メインガーデンがフィルターを掛けてるってことですか?」

 元々タイムラグのある情報のやり取りなので、会話が途切れたところで、違和感はさほど感じられない。時間経過とともに話題が移ったぐらいにしか思われないはずだ。

 が、なるほど、字面を並べてみると見えてくる。

 つまり情報の閲覧者のなかに敵に内通している者がいるということだ。そしてそれをメインガーデンは掴んでいる。

 カイエン・ジョフレ氏と姉さんとの間で、はたまた世界の向こう側で何を企んでいるのか知らないが、彼らが仕掛けている作戦に、日報が一役買っていることは間違いないようだ。

 夫人の文章に割り込ませたり、省いたり、敵を陽動していることは容易に想像できる。

 だが、それは同時にこちら側をも騙す結果になってはいまいか?


 こうなってくるとワタツミ様に伝言を頼んだのは、はかりごとなど糞食らえのリオナ婆ちゃん辺りの仕業に思えてくる。出汁にされる孫や義姉を思うあまり、こっそり情報を流してくれたのではないか。


 詰まるところ、伝言がなければこちらは蚊帳の外。何も知らずに日々を過ごし、気付いたときにはすべてが終っていた可能性が高い。

 勿論、タロスの襲撃は起こっただろうし、砦は大騒ぎになったはずだ。僕たちは何も知らずに出撃し、日常の一環として撃墜数を競い合っていたかも知れない。だが、それも想定内。

 この時の僕の顔は大伯母と同じぐらい憮然としていたのではないだろうか。姉さんだけの企みなら情報は下りてきたのだろうが、あちら側の大貴族捕縛も絡んで、となると……

「北の襲撃を阻止したのはまずかったかも知れんな」

 大伯母は呟いた。

 姉さんたちは人類の橋頭堡が襲撃されたという既成事実が欲しかったのかもしれない。だが、それは……

「説明しない向こうが悪い。大体、第二形態があんなにいたんだ。先に発見できていなかったらとんでもない大惨事になっていたかもしれない」

「信用されているとも言えなくもないが」

 大伯母はぽつりと言った。

 結果的に身内を餌にしたんだ。まだ未遂だけど。

 なおさら一言あっても、よかったはずだ!

「どうしたい?」

 大伯母は僕に言った。

「冷や汗ぐらい掻いて貰いたいかな?」

 大伯母は笑った。

「アルベルティーナ、明日から数日、わたしとリオネッロ、それからこの家のみんなで新造船の試運転を兼ねて遠出すると日報に書いて貰えるかな? 勿論、あんたも一緒にね。当分日報はお休みということで」

「よろしいんですか?」

「うまくすれば、敵も釣れて一石二鳥だ」

 僕たちがいなくても砦の防衛力に問題はない。どんな敵が現れたって鉄壁な障壁と駐留部隊で充分対処できる。

 姉さんもその点は心配していないだろう。ただユニークスキル持ちの存在を懸念しているのだ。

 災害級レベルの『巨人化』スキル。それに対抗しうる力。それは僕であり、ラーラであり、大伯母だ。

 それが突然、留守を決め込んだら、姉さんはどうするだろう?

 もしそうなったら自身でやるしかない。

「どこにいるのやら」

 南の勢力に加勢すべく南下しているはずだが、果たして……

「試運転するの?」

 子供たちが無邪気に聞いてきた。

「まだ動かないよ」

「なんだ、嘘か」

「あの……」

 夫人が申し訳なさそうに言った。

「ギルド通信が入ったのですが」


『怪しい船団、ビフレストを今夜、出立』


 すべての状況から鑑みて、あり得ない内容であった。既に曰く付きのギルド通信。敵側の陽動と思われるが、メインガーデンは情報をそのままこちらにリークした。

 こちらが『遅れてくる云々』の情報を知らないと思っているから、気にせず垂れ流したのだろうが、こちらにとって、それは明確な狼煙、待ちに待った瞬間なのであった。

「敵が来る!」

 僕は椅子を蹴って立ち上がった。

 ピュー。

 空気が漏れるような変な音がした。

「ナ……」

 それはヘモジのいびきだった。

「いいところだったのに」

 オリエッタが僕の顔を覗き込んだ。

 僕は部屋に運ぶべく、ヘモジを抱き抱えた。

「悪いな、ラーラ」

 戻ってきて早々、詰め所にもう一度行くように大伯母が言った。

「こう見えて王女様なんですけど」

「じゃあ、付いてってやるよ。これ置いたらな」

 ラーラが要件を確認している間に僕はヘモジをベッドに寝かし付けた。



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