無事を祈る
モナさんの作業の邪魔にならないように『ワルキューレ』を地下に下ろした。
昨日の今日であちこち砂を噛んでいるから、まずは浄化魔法でクリーニングを施した。
そしてこのために準備しておいたミスリルを運び込み、記憶と図面を頼りに『補助推進装置』の制作に取り掛かった。
試行錯誤を繰り返した分だけ記憶は鮮明に残っている。
「意外に覚えてるもんだな」
内部のパーツから生成していった。以前はイメージだけで造っていた部分もあったが、今回はモナさんたちが量産のために作った『スクルド』用のゲージや型がある。
もはや試作品とは言い難く、多くの情報のフィードバックによって研磨された物となっていた。
この際、流用できる物は流用させて頂こう。
手数は増えるが、正確な物ができるはずだ。
できあがったパーツに魔法陣を刻み、魔力を注いでは動くことを確認する。
そしてそれらを繋げていって、最後は大きな一つの装置と成す。
以前使っていた操作パネルを持ってきて、装置と結線、魔力が通ることを最終確認して、取り敢えず完成である。
外に出していよいよ試験運転だ。パラメーターの調整を行う。
ヘモジとオリエッタが屋上のパラソルの下で優雅にジュースを啜っていた。
「完成した?」
「ナーナ」
待っていたらしい。
「これから試験飛行だ」
太陽が思ったより傾いていた。
まずは以前設定していたパラメーターの値を導入した。
ふたりは何食わぬ顔で操縦席に乗り込んだ。そして僕を差し置き、操縦桿を握る。
「ヘモジ、試験は南門、出てからな」
「ナーナ」
外に出るよう促した。
「さあ、始めるぞ」
ヘモジと操縦を代わって貰って、装置を稼働する。
魔力が『補助推進装置』に込められていく。
今のところ魔力の伝達経路に異常は見られない。
「じゃあ、行くぞ」
『ワルキューレ』を最大速度まで加速したところで、満を持して装置を作動させた。
爆発的な急加速!
「ナーナ!」
「これこれ!」
ふたりは目を輝かせた。
「吹けがいい」
以前より発破がスムーズだ。連続性が増していて、加速に波がない。
「なんか快適」
「ナーナ」
正常に稼働するようなので、今度は『浮遊魔法陣』の限界高度を越えた上昇を試みる。
あっという間に雲の上に到達した。
「ナーナ」
「空になった」
魔石が一つ空になった。
魔力の消費量は相変わらずか……
「ナーナ!」
「交替、交替!」
「ちょっと!」
操縦桿をヘモジに奪われた。
「ナーナ」
『後は任せろ』じゃないよ。
基本動作のチェック作業を勝手に見切られた。
パラメーターは意外なほどしっくりきていたので、不具合が出るまでこのまま行くことにした。
こんなあっさり調整ができるのならもっと早く装置を造るんだったと後悔して止まない。
なので以下、負荷実験に移行する!
ヘモジに好きにやらせてしばらく経った。
が、可愛げのないことに装置はビクともしなかった。
むしろ快調過ぎて、機体の安全基準の方をこのままにしておいていいのかと考えさせられる程だった。
「なくなった」
魔石がまた一つ空になった。
「交替」
今度はオリエッタだ。
「ステップアップする」
言葉通り、ヘモジの上を行く傍若無人振りだった。
ネコらしい立体認識力をフル活用した、めちゃくちゃな操作。
頭に血が上ったり、下がったり、シートに押し付けられたり、突き上げられたり。
もう装置の負荷実験というより、機体のそれのようになってきた。
「無茶するな。機体が壊れる!」
わざと姿勢を崩して、ベクトルをずらしたところで急加速! そこから錐揉み。
「あわわわわわっ!」
撃ち落とされた鳥のよう。
ヘモジと一緒に頭ぐるんぐるん。
「限界突破!」
「しなくていいから!」
限界を知ることも大事だけど、今じゃなくてもいいから!
羽根のプレートが軋む嫌な音がした。
「ガーディアンはこういう変則的な動きをするようにはできてないんだよ!」
「試験だから!」
なんのための姿勢制御だ。
突然、減速した。
「まずい!」
僕は咄嗟に操縦桿を握った。
操縦はそのままオリエッタに委ねて、魔力だけを通した。
予備の魔石まで使い切りやがった。
「交替」
機体を安定させるとあっさり操縦を譲った。
「うわっ。ガタついてる! どっか曲がってるぞ、これ」
ヘモジが魔石を交換しながら、オリエッタを叱った。
交換を忘れたからではなく、自分より二倍も長くギリギリまで操縦していたことに腹を立てたからだった。
「もう、しょうがないな。帰るぞ。魔石、使い過ぎだよ」
「ナーナ」
「魔石まだある」
「これだけ暴れても装置は壊れないんだから大丈夫だ」
むしろ機体のガタの方が問題だ。
「砦はどっちだ?」
「ナー?」
「海はあっち」
オリエッタが指差す方角から察するに砦はあの方向らしい。
「わざとか…… わざとだな」
「ナーナ?」
「適当に飛び過ぎた」
ひたすら砦から遠ざかってただろうに!
何も言わずに再びヘモジが操縦桿を握った。魔石一個分自分の番だと譲らない。
オリエッタが二つ目の魔石を予備のスロットにセットした。
「お前ら魔石がいくらするか忘れてないか?」
「ナーナ!」
「必要経費だから平気」
「聞いちゃいない」
機体はひたすら上昇し始めた。
そして、最高到達点からの……
「なんで東門なんだよ」
最短距離で帰ってきたはずだろうに。なんで東に流されてんだよ。
「ナナーナ」
まっすぐ飛べない?
それはお前らのせいだろう!
外周付近に子供たちを見付けた。
観光しているのは子供たちだけかと思ったら、大人たちもガーディアンの荷台に乗っていた。
子供たちの親か? 乗り合いか?
「ナーナ」
「おーい」
高度を落として側を通過する。
子供たちもこちらに手を振った。
機体を工房に下ろして、予定外のメンテ作業に移る。
「どうしたんです? 変な音させて、落ちたんですか?」とモナさんに開口一番言われた。
「あのふたりがちょっとね」
「ナナーナ」
ヘモジは壊したのはオリエッタだけだと主張した。
「不具合が見付かってよかったですわね」と、モナさんは苦笑いした。
「装置じゃなくて、機体の方ですけどね」
機体をキャリアに固定して工房の一角に押し込んだ。
「船の様子も見ておきたかったのに」
モナさんが外注の仕事をしている横で、機体の総チェックだ。
「伝達系には異常なさそうだったから、やっぱり歪みだろうな」
ヘモジとオリエッタが神妙な顔付きで機体を見上げた。
「あった!」
オリエッタが指差した。そして飛び移りながら目的の箇所に。
「ここ、ここ」
壊れたパーツを『壊れたパーツ』と認識できるのも『認識』スキルの凄いところである。オリエッタはガーディアンの知識にも傾倒してるからすぐだった。
己のミスは己でカバーするか。
なるほど、よく見ると羽根の付け根部分の可動プレートが微かに歪んでいた。
「ミスリルですよね?」
モナさんも覗きに来て、壊れたパーツをハンマーで叩いていった。
「ひび割れてはいないみたいです。どうやったらこれを曲げられるんです?」
「大事な実験だった」
「ナナーナ」
「駄目よ。姿勢制御切っちゃ!」
切ったのはヘモジではないのに、ヘモジが叱られた。普段の行いが悪いからだ。
「テストだから」
オリエッタは無理をするのが試験だと譲らない。昔から僕と一緒にガーディアンいじりをしてきたから、この手のことは酸いも甘いも噛み分けている。後で不具合が表面化したとき、大事に至るケースを何度も見てきたせいだ。
だから僕も反省だ。『ワルキューレ零式』はもう完璧だと思い始めていた。
歪みが出たということは、空力的に問題があったのだ。可変時の動作に異常があったのか、ブラッシュアップが単に足りなかったのか。
制御システムを使って旋回時の行動パターンを再現させた。
すると隣り合う複数のブレードとの間にもかくつきを見付けた!
長年の無茶のせいで周囲のブレードも微かに歪みが生じていて、全体の整合性に無理が出てきていたようだった。
「ミスリルだと思って、安心し過ぎていたな」
もっとも今回のようなことがなければ表面化することはなかっただろう。
関節部のテンションを計りながら『鉱石精製』を使って周辺のパーツを再成形し直した。
風魔法を使って、気流の乱れを見ながら、ヘモジに操縦桿を握らせブレードの角度を何度も変えさせる。
「もう一度」
「ナーナ」
すべての羽根のテンションの調整を終えた。
「ちょっとわたしが試運転してきてもいいかしら!」
モナさんが目を輝かせていた。
「『ニース』があるでしょうに」
「あれはあれよ。今は最新鋭機よ」
ヘモジとオリエッタを同行させて出ていった。
そこへちょうど観光案内を終えた子供たちが戻ってきた。
「ただいまー」
「あれ? 師匠が居残り?」
「まあな」
「今出て行ったの、モナ姉ちゃん?」
「機体に不具合が出たから、再調整しにね」
「なんか変な音してたもんね」
「僕たち友達待たせてるから、ガーディアン、仕舞っておいて貰っていい?」
「いいよ。やっておく。それより帰り、遅くなるなよ」
「わかってるって」
子供たちは荷運び用のガーディアンを放置したまま、工房の外に消えた。
それから数時間後……
「モナ姉ちゃんたち、まだ帰ってこないね」
もう夕飯がテーブルに並んでいた。
女性陣が友達と焼いたパンもバスケットにてんこ盛りだ。
「まさか、ガス欠とか……」
今あの機体、非常食も積んでないんだよな。




