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帰宅

 ざわめきで目が覚めた。

 僕たちは操縦席で毛布を被って夜を明かしていた。

「イタタタタ」

 周りを見ると、斥候とは別のガーディアンが十機近くいて、タロスの亡骸から討伐ポイントになる部位の回収を行っていた。

「増援か? 早かったな」

 空を見上げるとまだ太陽は大きく傾いていた。風もまだ熱気を帯びていない。

 オリエッタが遠くを恨めしそうに見据えながら鼻をひくつかせる。

「結界張ってあるんだから臭わないだろう」

「気分で臭うから」

 巨人の骸なんて嫌がらせ以外の何物でもない。

「迷宮と違って死体が残るから面倒なんだよな」

『太陽石』の方も別動隊によって回収作業が進んでいた。

 コックピットの縁に腰掛けて、仲間の回収を欠伸しながら傍観するミント。寝癖で髪がボサボサだ。

「挨拶して帰るか」

 隊長を探すべく、地上に降りた。


 天幕の前で後続の責任者と朝食を取っていた。

 パンだ…… テーブルの上に視線が行ってしまう。

「大収穫でしたな」

 責任者が豪快に笑って出迎えた。

「斥候部隊のおかげです」

「ご謙遜を。こちらこそ、助かりました」

 隊長も昨日と打って変わって満面の笑みだ。

「ご一緒にどうです?」

「連れがむくれるといけませんので」

 隊長に向き直る。

「先に帰ります」

「そうですか。我々は周囲をもう少し探索してから戻ります」

「伝言があれば預かります」

 責任者を見る。

「こちらはアレの運搬を数回に分けて行います。撤収はそれからになりますな」


『太陽石』を一度に持ち帰ったら、先のメインガーデンで起きた惨事のようなことが起きる可能性がある。

 既に救難信号を発した後だから、こうしてのんびりしているわけだけど。

 今回運び込まれた『太陽石』も、責任者の話では数回に分けられて持ち込まれた形跡があるらしい。古い物は砂塵の下に埋もれているそうだ。

 そのおかげで目撃情報が得られたのかもしれないが。

 なので、こちらも慎重に分けて運ぶのだ。船で片道六日の距離。速い船を数隻手配しても後始末に半月は掛かるだろう。

 こんな些末なことに半月も付き合わされるのかと思うと、ここにいる皆が気の毒に思えた。

「百体狩っておいてよかったな。でなかったら今頃テンションだだ下がりだ」

 そう思わずにはいられなかった。


「起こしちゃえばいいのに」と、ミントは言った。

 仲間を起こして仕舞えば分けて運ばずとも一度に運べると。

「でもお前ら、うるさいからな」

「ひどい!」

 超ミニ車輪パンチを食らった。

「嘘だよ。万能薬が足りないんだ」

 手持ち分だけでは起こすだけで精一杯だと思われた。そうなると運搬中、魔素不足で却って苦しめることになる。挙げ句、また石に戻られてしまったら『万能薬』をドブに捨てるようなものだ。

『補助推進装置』の付いた斥候の機体を横目に愛機に乗り込む。

 帰ったら予備を供出して、在庫を補充しないと。

「朝飯食ったか?」

「食べた」

 ハムを挟んだパンが目の前に。

「配給だって」

 ミントがハムだけちぎって食べた。

「ナーナ」

 アイランが水筒から注がれた。


「生き返るーッ」

 報告書を何通か預かって僕たちは飛び立った。

 船ではできないショートカットコースも教わって、順風満帆。というより海からの風は逆風だったが、関係ない。転移するには持って来いの天候だった。

 日が高い。

 地平線に向けて一直線だ。



「むっちゃ早かった」

 到着したのは深夜、砦中が寝静まっていた。

 工房に機体を押し込んで、ハッチを閉める。

「ミント、ゲート開いてやる」

「サンキュー」

 いい情報を持ち帰れて、ミントも嬉しそうだ。

「万能薬は明日届けるから…… いや、もう今日だな」

「わかった。村長を叩き起こして伝えておきます」

「別に叩き起こさなくても……」

「ミントは用件をサッサと済ませて安眠を貪りたい!」

 だから、ふ…… 丸くなるんだよ。


 ミントと別れた僕たちは詰め所に寄った。

 報告書を提出すると裏口から家に戻った。

「あ、ガラスが嵌まってる」

 以前仮工事中だった天井の明かり取りの仕掛けが改修されていた。

「仕事早いな」

「ナーナ」

「何かいる!」

 見慣れない反応が一階に!

 僕たちは隠遁かましながら階段を駆け下りた。

 するとそこにいたのは……

「村長!」

『妖精族』の村長一行が、神樹の根元で酒瓶のミニチュアを抱えて高いびきを掻いて転がっていたのだった。

「見なかったことにしよう」

 僕たちは台所に行き、食べ物を漁った。

 夕飯の残りがあったので、パンの入ったバスケットとウーバジュースの小樽と一緒に食堂に運んだ。

 ヘモジは自分専用の野菜スティックを皿に山盛り並べてきた。

 オリエッタは残り物のなかから食べたい物を指定して、自分の皿に早く小分けするよう急かした。


「いただきます」

 大きな窓に映る月下の世界を眺めながら、柔らかいクロワッサンを手に取った。

 裂くと広がるバターの甘い香り。

「はぁー」

「ナー」

 オリエッタとヘモジがジュースを飲み干して深い溜め息をつく。

 やっと日常が戻ってきた。


 腹が膨れたら眠くなった。

 起こされたくなかったので、個室のドアノブにその旨を記した札を即席で作って下げた。

「よし、寝るぞ」

「ナーナ」

「猛烈に寝る!」

 僕たちは各々整えられた寝床に潜り込んだ。



 翌朝、いい匂いに起こされた。

 朝食を誰かが部屋まで運んでくれたようだった。

 カーテンの隙間から強い日差しが差し込んできていた。

 時計を見返す。

「げ、もう十時過ぎてる!」

 ヘモジたちを起こそうと思ったら、ふたりとももういなかった。

「そうか、畑心配だもんな……」

 他人に任せていても心配は心配か。

 子供たちの気配も昨夜の飲兵衛たちの反応もない。

 夫人も留守である。

「完全に一人取り残されたな……」

 朝食を食べながら、今日やるべきことを反芻する。

「まずは『万能薬』をミントたちに届けて、それから予備を生産して」

 ソースの絡んだ肉がおいしい。

「それから詰め所…… いや、工房だな」

 情報は昼にラーラにでも聞けばいい。先に『補助推進装置』を造ろう。やはりあれがないと不便だ。

 それから…… 新造船の進み具合も見ておくか。



『万能薬』の大瓶を持ってミントの元を訪れた。

 ミントは戻ってきた村長に安眠を妨害され、ふて寝していた。

 我が家で僕が戻ってきていることを知った村長は急ぎ村に戻って、事情知りたさにミントを叩き起こしたのだった。

 気の毒なミントに同情を禁じ得ない。

 その村長は朝帰りを女房に責められ、今は森に放り込まれて留守にしていた。

「悪いな。起こしてしまって」

「もう、散々だったわよ! 村長探して駆けずり回って、やっと眠れたと思ったら」

 ジト目でこっちを見るな。

「取り敢えずあるだけ持ってきた」

 大瓶を三つ落ち葉の上に置いた。売ったら城が建つぞ。

「預かっとく」

「素っ気ないな」

「眠いだけ」

 ずっと外にいたから魔力が足りてないんだろう。

「一杯飲んどけ」

 近くの器を浄化してやって、そこに『万能薬』を一滴垂らしてやった。

「ちゃんとした報酬頂戴よね」

「わかってるよ。で、どこに置く?」

「村長の家の前」

 嫌がらせかよ。


 ミントに『万能薬』を届けて戻ると、個室に鍵を掛け、カーテンも閉め、情報を外部に漏らさないようにして『万能薬』の制作を始めた。

 大瓶五本に封をした頃には家人たちも続々戻って来ていた。

 子供たちの足音が近付いてくる。

 そして扉を遠慮がちにノックする。

 コンコン。

「師匠、ご飯だよー」

「ああ、今行くよ」

 薬をロールトップに納めて、僕は部屋を出た。


 他の家の子たちと一緒じゃないところを見ると、授業はなかったようだ。

「師匠、荷運び用のガーディアン完成したよ」

「ああ、そう言えば途中だったな」

「午後、みんなで砦巡りするんだ」

「男子だけだよ。女子はパンを焼くの」

「師匠はどうだったの? タロスいた?」

「やっつけた?」

 長いようで短い話をした。

 ヘモジとオリエッタが戻ってきた。

「遅かったな」

「ナーナーナ」

「手伝ってた」

「何を?」

 僕たちが空きスペースに放り込んで持ち帰ってきた『太陽石』を妖精の森まで届けたらしい。

 ついでに供述も取ったようで、いつも通りの身の上話を聞いてきたようだ。

「リオネッロ、大瓶、村長の家の前に置いていったから、みんな大変だった」

「あれはミントの嫌がらせ」

「ナーナ?」

「ヘモジがどかしたからいいけどさ」

 夫人がふたりの料理を運んできて、話は終った。

「ラーラたちは?」

「なんでも斥候が本隊からの情報を持ち帰ってきたとかで。朝からレジーナ様とご一緒に」

「随分早いな」

「あちらの伝令とこちらからの伝令が偶然、中間付近で鉢合わせしたとかで」

 予定の半分の時間で戻ってきたのか。

 待って話を聞いてもよかったのだが、こちらにも午後の予定があるので、話は夕飯の席まで先延ばしすることにした。



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