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クッキー三枚

 言葉が通じていない子供たちは唖然とする。

「見張りに知らせたか?」

「あんたたちの家に行く途中で、気配を感じたからここに寄ったんだよ」

 全員に来られても困るので、代表者に詰め所と我が家に行って貰うことにした。

『ワルキューレ』を持ち出している間に、子供たちには代表者と一緒に帰って貰った。

「どういうことなんだ? この辺一帯はもう調べ尽くしたんじゃなかったのか?」

 僕の同行者は久しぶりにミントだ。

「こっちはこっちで調べていたのです」

「冒険者の船に便乗していただけだろう?」

「外の世界は厳しいのです。普通に出歩いてたらまた冬眠してしまうのです」

「で?」

「何日か前、戻ってきたのがいて、そいつらが結晶化してる仲間の反応を見付けたと言ってきたのです。それで再確認に行った奴がさっき戻ってきたのです」

 ソケットに挿してある魔石の魔力残量を確認する。

「『太陽石』か……」

「でも、そこは調査がとっくに済んでいた場所だったのです。誰かが人為的に置いていったのですよ! 間違いないのです! それと……」

「それと?」

「もうタロスが出現してたって言うのです」

「はぁあ?」

 機体をハッチから出して一旦、家に向かった。

 そこでリュックとオリエッタとヘモジを積んで飛び立った。

 僕たちは北門から外に出た。

 ミントが教えてくれた場所は以前噂に上っていたかつての橋頭堡、北の廃墟と一致していた。

 これは、例の事件の一環なのか? それとも…… タロスの新たな侵攻作戦なのか?


 北門を出て、しばらく飛んでから後悔した。食料を積んでこなかったのだ。

「クッキー缶だけだ」

 ミントは大きな欠伸をした。

 考えてみれば一日で着く場所ではない。

 水とクッキーだけか。

 クッキー缶はもって一週間だな。

 昼間、魔法を連発したせいか少しだるい。

「こんな時に『補助推進装置』があったら……」

 万能薬を舐める。

「飛ぶだけ飛んだら野営するぞ」

「ナーナ」

「わかった」

 ミントはもう寝息を立てていた。

 月明かりは朧で、遠くは闇に閉ざされていた。これでは転移できても距離は稼げない。

 そうこうしていると後方から反応が!

 ガーディアンだ。

 砦からの増援がもう追い付いてきた。

「『補助推進装置』付きの斥候機だ!」

 オリエッタが驚いた。


「先行いたします!」と言って、すれ違っていった。

「とほほ……」

 本家本元が追い抜かれるとは……

 とても複雑な気分で『補助推進装置』の放つ、青い閃光を見送った。

「もうすっかり乗りこなしてるんだな」

 まだ製品化もされてないのに……

 夜が明ければ、転移ラッシュで差は取り戻せると信じて、僕たちは手頃な場所に降り立った。

 そして周囲を壁で囲い、眠りに就いた。



「ご飯頂戴」

 ちっこい手足の総攻撃を食らった。

 お前らなぁ……

 お湯を注ぎ、ティーポットで茶葉を蒸らす。ポットの注ぎ口からいい香りが漏れてくる。

 至福の時だ。

 どれもこれも注ぎ甲斐のない小さな器が即席のテーブルに並んだ。

 ミントには加えて万能薬の滴を少々。

 余程喉が渇いていたのか、三人はあっという間に最初の一杯を飲み干した。

 クッキー缶から僕とその他三人分、三枚ずつ取り出した。


「よし、一気に行くぞ」

 転移をひたすら繰り返した。

 先行部隊もどこかで野営したはずだと思って探したのだが、なかなか見付からない。

「もしかして追い抜いたか?」と、不安に思ったそのとき野営の跡を見付けた。

 恐らく明け方まで飛んだのだろう。休憩は三時間といったところか。

「強行軍だな」

 頭が下がる思いだ。


 日が天頂に差し掛かる頃、僕たちは緑地帯を見付けた。北に行くほど高度は上がり、気温は下がっていく。地下水の関係で北の平原には緑の飛び地が点在していた。

 これから向かう目的地は住み易さを見込んでかつて選ばれた土地だったのだろう。噂では北に四日、内地に二日の地にあるそうだが、何を持って一日なのか。船なのか、ガーディアンなのか。

 ただ、ミントが持ち込んだ地図には明確な回答が記されていた。船での移動でほぼ噂通りかと思われた。

 船に比べてガーディアンの方が遙かに高速なのだから、北に四日のポイントとなるとそろそろだ。

 地図を凝視して目標物を探す。

「緑地帯があそこだから……」

 大岩が緑地帯の北側にあるはず。

「あった」

「ナーナ」

 たぶんあれだ。となると二つの地点から見て方角は……

 機体を東に旋回させた。


 大岩の日陰で昼食を取った。

 クッキー三枚……

 サッサとこの件を片付けなければと、皆、意を強くした。

「ドラゴンでも飛んでないかなぁ……」

「肉が食べたいときに普通ドラゴンは思い浮かべないわよ」

 ペシッとミントに額を張られた。

「それにしても……」

 ここまで斥候部隊に出会えないところを見ると、彼らはどうやら地図情報を別に持っていて、こっちの航路を斜めに突っ切ったようだった。

 それでも僕たちは無駄に転移を繰り返した。

 ミントの地図情報と合致する地形を探しながらだから、どうしても小刻みになってしまう。



 日暮れ時、斥候部隊を見付けた。僕たちの右手を三機が編隊を組んで飛んでいた。

 お互い驚いた。互いの足の速さに。

 僕たちは斥候の後に付いて、近くにあるはずのゴールを目指した。


「第二形態だ」

 望遠鏡で確認した。

「黒いな」

「あれが噂の強化体か?」

「なんてこった。既に百体は来てますね」

「あれ、船じゃないですか?」

「古い物ではなさそうだな」

 乗り捨てられ、破壊された輸送船。

「奴らが『太陽石』を持ち込んだ船だろう」

 あの中には…… ミントの仲間たちがまた増えると思うと、どこか憂鬱になる。

「味方を召喚する第二形態だけはなんとかしておきたいが」

 部隊長が言った。

「ああ、うじゃうじゃいるとな」

 宿営地を造るための地ならしが既に始まっていた。

 弓を持った兵隊も結構な数がいる。

 今のところ敵の転移ゲートが再稼働する様子はない。第二形態は複数いるから、いつでも次のゲートを開けられるのだろうが、この地が自分たちに適しているか見定めるまでは数を増やすわけにはいかないといったところだろう。

「やるなら日が沈む前にやらないと」

 僕たちの砦のすぐそばだと気付かれたら、敵は一気に数を増すことだろう。

「倒すにしても時間を掛けると増援を呼ばれるからな。一気にいかないと」

 こちらは数人。敵は約百体。第二形態のみを狙うにしても、その数は黒いのも合わせて見えているだけでも五体。

 こちらが奇襲を掛けて倒せるのは精々半数。そうなると残った第二形態がゲートを開くだろう。

 隊長が僕をチラ見するが、決断できないでいるようだった。

 僕ならやれることは隊長も知っている。でも、ここには百体を超える討伐ポイントが転がっているのだ。

 ランキング争いをしているギルドの一員として見なかったことにするのは。特に黒の第二形態のポイントはドラゴン以上に高い。

 僕がやれば何も残らない。が、一瞬で片が付く。圧倒的劣勢のなか撃ち合いをせずに済む。

 また僕を見る。

 決断を僕に迫るんですか? 身分が絡めば僕に優先指揮権が来るのかも知れないけど。

「やるだけやってみましょうか」

 隊長だけでなく、他の皆の顔が明るくなった。

「まず全員で狙撃します。初撃にて、なるべく第二形態の数を減らします。それが済んだら残りの相手は僕が。皆さんには空から弓兵の相手をして貰います」

「取り敢えず、索敵だ。第二形態の正確な数を調べろ」

「了解」

 斥候部隊は隠密部隊でもある。機体を降りれば、位置を察知されることはない。


 ぐるりと陣地を探った結果、黒の第二形態が三体。通常の第二形態が四体存在した。

「特殊弾頭の使用を許可する。ライフルにセットしろ」

 こちらの機体は四機。敵が三体余る。余った三体も二撃目の速射で葬れる位置に全員が移動する。

 僕は機体を降りて、単独で余った一体を相手する。つまり、襲撃がうまくいけば残るは二体ということに。

 初撃が気付かれなければ、その残りもやれるはず。

 最終的に撃ち漏らした第二形態はヘモジが操縦する『ワルキューレ零式』が相手だ。

「決してゲートを開かせるな!」

 僕の一撃を合図とする。

 僕は空高くに転移する。そして割り当てられた強化体の頭上に。

「『魔弾』! エテルノ式発動術式! 『一撃必殺』ッ!」

 結界を粉砕し、頭を吹き飛ばした。

 それを合図に四発の特殊弾頭が放たれた。念のため更にもう四発。

 残る二体は他のタロス兵と同様、奇襲に慌てふためいていた。その内の一体はゲートを召喚し、既に魔力が枯渇した出涸らしだった。

 故に残る別の一体にヘモジが突っ込んだ。

 通常弾を乱射して多重結界を消したところにブレードを叩き込んだ。

 僕は魔力が疲弊した残る一体に二発目の『魔弾』を撃ち込んだ。

 力押しの一撃。結界障壁ごと葬った。

 そしてタロスの反攻が始まる。弓兵の一斉斉射である。

 僕たちは空へと回避する。

 僕はもう一度上空に転移してヘモジにキャッチして貰った。

 僕は万能薬を舐める。

 隊長たちは上空から弓兵を優先的に倒していく。ここからは一方的な展開だ。

 僕は敵の中心に転移した。

 タロス兵の意識が全員空に向いているところに舞い降りた。誰も人間一人、見向きもしない。

「これが本物の、手加減なしの『衝撃波』だ!」

 タロス程のデカブツでなければ、果てまで飛んで行ってしまっていただろう。強烈な衝撃が体内を駆け巡り、破壊の限りを尽くして、体外に抜けていく。

 砂塵を蹴散らし、波紋を描きながら衝撃は遠ざかった。

 空で結界を張ってガードしていた機体が再び狙撃を再開する。

 もはや標的は弓兵にあらず。動く者にとどめを刺していく掃討戦である。

「急がないと――」

 夕日が地平線の彼方に沈もうとしていた。


「作戦終了」

 反応の消失を確認して、僕たちの仕事は終った。

 今夜はここで寝ずの番である。

『太陽石』の山がある間は油断できない。いつゲートが開いてもおかしくないのだ。

 既に僕たちのガーディアンの空きスペースに『太陽石』の積み込みをしているが、さすがに焼け石に水である。

「増援部隊に期待しよう」

「早ければ明朝には着くだろう」

 こちらからも念のため一機を伝令に飛ばしたが、今思えば、随分近い場所に転移されたものだと。

 ふと、嫌な考えが脳裏に浮かんだ。

 同じことが前線で起きたら? 南に移動した本隊を分断する形でタロスに介入されたら。

「いくらなんでも『太陽石』がそうボロボロ落ちているはずがない」

 いや…… 金持ち連中が抱え込んでいた在庫を処分せず、買い集めていた者がいたとしたら。

 今回の一件、どうにもあちらの有力貴族が絡んでいる気がしてならない。

「たらればはやめよう。気が滅入る」

 こういうときは飯だ。

「ああ・・・・・・ そうだった」

 クッキーしかなかったんだった。



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