クーの迷宮(地下30階 サンダーバード戦) 動き出した闇
令和、最初の投稿です。
は~、風邪を引いている間に平成が終ってしまった。日の丸でも用意しようかと思ってんだが……
休憩時間、お茶とクッキーの詰め合わせを用意した。販促の意味も込めてソルダーノさんの店の商品を用意した。おっさん連中にはどうかとも思われたが、大旨高評価を得ることができた。
昼食は各パーティーで各々用意することになっていた。
僕たちだけ外で食事というわけにはいかないので、ランチボックスを用意した。
ベーコン載せハンバーグにソーセージ、ベークドポテトにケバブサンドだ。
「野菜がないな……」
ヘモジの野菜スティックに手を出そうとしたら、ぺちっと手を叩かれた。
『フォルテッツァ』の面々はソルダーノさんの店の『特製厚切りステーキ弁当』と自作の付け合わせを少々、『グランデアルベロ』の一行は大鍋シチューと固めのパンだった。
寒かったせいだろうか、大鍋ででかい肉をグツグツ煮込んだシチューが何よりおいしそうに見えた。
デザートだけは全員分、こちらでマフィンを用意した。甘党でないおっさんたちでもこれならいけるだろう。
「冒険の最中にデザートとは弛んどらんか?」
デザート自体拒否られた。
「おやつ命だから!」
よく言った。カテリーナ!
「固いわね。折角なんだから頂きなさいよ」と女性陣も味方した。
「いらんとは言うておらん」と、口のなかに放り込んだ。
午後も歩きづらい場所は人為的に雪崩を起こしながら進んだ。
戦闘も基本スルーで、見付かったときだけ戦った。
子供たちは序盤でこそ大騒ぎしていたが、今はもうはしゃいでいない。大人たちの挙動を一挙手一投足、見逃さぬように注視している。
魔法使いとはまったく違う前衛の動き。それをサポートする中衛の妙。そして熟練の同業者。限られた魔力量をどう効率的に運用するか、彼らのポイントを得た動きを入念にチェックした。
常に肉体的限界と戦い続ける子供たちにとって、いいお手本になっているようだった。
そして、いよいよ……
吹き荒れる灰色の嵐。
峠の先にあるのは吹雪いた世界だった。
「ここから一時間か……」
大人たちも不安は隠せない。
子供たちは外套を一枚羽織り、緊急脱出用の転移結晶の入った袋の位置を確認、突入する準備を整えた。
「進み始まったら、のんびりできないぞ。予習したことをしっかりな。迷子になったら――」
「結界張って、その場で待機」
大人たちとペアになって貰った。
魔力探知が可能な子供たちより、身体能力だけでここまで来た獣人連中の方が心配だ。何せ、ここからは目も耳も鼻もあまり役立たない。
僕は警告なしに『衝撃波』を放った。
突然、開けた世界に全員が驚いた。
空から暖かい日光が降り注ぐ。ついでに雪崩も起きる。
進むべき道が現れた。
上級魔法の威力を目の当たりにした大人たちは口をあんぐり開けた。
「こりゃ便利だ」
「こんな使い方もあるのね」
足元を破壊しないレベルの弱いものだが、これでしばらく視界が維持できる。
「よし、行くぞ」
大きな魔法を使えばこちらの居所もばれるわけで、近くにいたサンダーバードが一体近付いてきた。
緊張の一瞬。
二発目の『衝撃波』を接近に合わせて放とうと思ったが、視界を塞がれる方が早かった。なので『衝撃波』を空撃ちした。
そのせいでサンダーバードは警戒して、接近してこなくなった。
高度を上げて、そのまま距離を取るようになってしまった。
「厄介ね」
弓使いが言った。
「ああいうのはどさくさに紛れてくるからな」
どちらにせよ、射程外なのでどうすることもできない。僕たちは視界がある間に前に進むことにした。
「サンダーバード来た! 二体! 右下と右上から一体ずつ」
「それと遠巻きに見てるのが一体ね」
敵にとってもこの吹雪は厄介だ。『衝撃波』で視界が開けたこの薙いだスポットは彼らにとっても絶好の狩り場となった。
上下から迫ってくる。
まずは定石の雷!
目眩ましを講じた一瞬の隙に敵は一気に距離を狭める。
通常の獲物なら麻痺もしているから楽な狩りになっていただろう。が、こちらはビクともしない。
『風切り!』
前衛の一人が大剣を振った!
下から攻めてきたサンダーバードが僕たちの視界に入った瞬間、頭が真っ二つになった。
「どっしゃーい!」
ドンピシャだった。
感心していたらもう一体が頭上から!
だが、もう何重かわからない結界に押し返されていた。
魔法の矢が二本、敵の左右に放たれた。
お、アイテム回収できるな。
矢を避けることができず、直撃を受けて峰の上に落下した。
「もう一体、回り込んでくるよ!」
ミケーレが叫んだ。
高みの見物をしていた一体が稜線を跨いで、こちらの背中から突っ込んできた。
光った!
「雷だ!」
これは、一際大きな威力があった。
「一枚抜かれた!」
トーニオが声を上げた。
「問題ない!」
子供たちが口を揃えて言った。
二枚目三枚目の結界が突破を阻止した。
「とどめだ!」
ジェフリーズさんがサンダーバードの片翼が凍らせた。
サンダーバードは斜面に突っ込み、そのまま谷底に落ちていった。
「絶命を確認」
反応が消えた。
視界が狭まってきたので再度『衝撃波』を放った。
すると四体目が空の彼方に控えていた。
「こりゃ、急いだ方がよさそうだ」
僕たちは足早に進んだ。
「小屋があるよ!」
ジョバンニが叫んだ。
「あれがゴール?」
『衝撃波』が晴らした雲間に先日見た光景が現れた。
尾根を背にした山小屋だ。
「着いたか」
敵はまだ遠巻きにいたが、襲ってくる気配はなかった。
僕たちは隊列が長くなり過ぎないように気を付けながら一本道を足早に駆け抜けた。
「極楽、極楽」
子供たちと湯船に浸かっていた。
「冷えた身体に心地いい」
子供たちは湯船の浅いステップに腰を下ろしながら呆けていた。
「ナー」
ヘモジが専用の浮き輪を付けて湯船の上を流れていく。
「師匠……」
「ん?」
「船、いつできるの?」
「来月か再来月かな?」
「まだまだかぁ」
「そっちの荷運び用はどうなってるんだ?」
「この間の一件で忙しいから後回しだって」
「モナさんも稼ぎ時だもんな」
「僕たちだってお客さんなのに!」
「『ルカーノ』の中古が手に入ったんなら、自分たちでやるのもありだな」
「いいの?」
「前の図面もあるからな」
「こうしちゃいらんないよ!」
「モナ姉ちゃんに言いに行こう」
「お前ら、何を」
「今夜、工房使わせて貰えるように言ってくる!」
「今夜?」
「明日、チェーリオたちと遊ぶから!」
子供たちがゾロゾロと風呂場を出ていった。
「結局、浄化魔法か」
「ナーナ」
余計な仕事ができてしまったな。
「のんびり魔道書でも読もうと思ってたのに」
子供たちは夕飯を掻き込んでモナさんの工房に飛んで行った。僕が行かなきゃ始まらないのに。
僕は食事をしながらモナさんと打ち合わせをする。あるだけ勝手にパーツを使っていいわけじゃないから、その確認だ。
そうしたら致命的な問題が。
「『浮遊魔法陣』が壊れてて、今、合うサイズがないのよ」とのことだった。
大伯母に制作を依頼したら、形だけ作っておけば明日の放課後、授業が終るまでに仕上げておくとのことだった。
バランス調整をその後やらなきゃならないこっちの身はどうなる?
「甘やかすお前が悪い。自業自得だ」
手を振って追い払われてしまった。
こっちだって迷宮攻略があるのに。
「午前の部は早仕舞いだな」
明日は三十一層。予想通りなら、コアゴーレムとオーガ、無翼竜の土属性が相手である。
典型的な地下道迷宮は攻略に時間が掛かるんだけどな。
作業は地下倉庫で行うことにした。
「オーライ、オーライ」
エレベーターに必要な物を積んでいく。まずはコロの付いた作業台の上に既に載っている中古の『ルカーノ』だ。
工房は他の機体のパーツやら何やらで足の踏み場もなかった。
「ウロチョロするな。下に降りるぞ」
工房も倉庫も子供たちにとって安全な場所とは言い難いので、探索装備を着けさせていた。
「折角、お風呂に入ったのに」
「それはこっちの台詞だ」
倉庫には必要な鉱石も揃ってるし、明日のモナさんの作業の邪魔にもならない。
場所を決めると台座のころを固定した。
モナさんが下準備をほとんどしてくれていたおかげで、ほぼ組み上げ作業だけで済んだ。
二度目ということもあり、作業は難しくなかった。先の機体の反省も踏まえて、いろいろ小さな変更点が垣間見れた。
「もう終っちゃったじゃん」
子供たちは、だったらもっと早く造ってくれればいいのにとふてくされた。
「だから『浮遊魔法陣』の入荷待ちだったんだって言ったろう」
「大師匠ちゃんとやってくれるかな?」
「別にチーちゃんたちと約束したわけじゃないんだろ?」
「そうだけどさ」
「チェーリオたちも暇してるんだよね」
「空き地で遊べばいいのに」
「だから、これがいるんだよ!」
「空き地がどんどん遠くなってるんだから。徒歩だと往復だけで日が暮れちゃうんだ」
そう言えば対岸の緑化政策も大分進んで、以前遊んでいた砂地も区画整理されてしまっていた。
遊び場も遠くなるわけか。
「なんとかしよう」
壊れているという『浮遊魔法陣』を調べた。物の見事に魔法陣のど真ん中に亀裂が入っている。モナさんの言う通り、修復するより新調した方がいいようだ。
僕は必要な情報をメモに写した。大伯母も確認するだろうが、技術屋として基本的なところは押さえておきたい。まずは製造番号。これがないと再生許可が下りない。新規使用料が新たに発生することになる。払う相手は大伯母が作った管理団体になるので、金銭的に思うところはないのだが。
「さすがにガードが堅い」
少しでも読み取れるパラメーターがあればと思ったが、複雑な暗号がそれを許さなかった。高価な専用解読器があればそれで読み取れるのだが、物が壊れていては魔道具の出る幕はない。
明日の作業をなんとか省けないかと思ったが無理だった。
せめて大伯母が作業し易いようにと『浮遊魔法陣』のユニットを外して帰ろうとしたそのときだった。
回廊側の倉庫の扉を無数に叩く音がした。
「なんだ? こんな時間に?」
『開けてー、ミントだよ。早く開けてー』
念話を叩き込んできた。
「ミントだ! 何かあったみたいだ」
僕たちは小扉を開けた。
するとミント以外の『妖精族』が光に群がる藪蚊のように大挙してきた。
「仲間の反応があるって、今知らせがあったんだよ」
「それもとんでもなくやばい状況だって!」




