クーの迷宮(地下30階 サンダーバード戦) いい手見付けた
午後は外套を一枚羽織った。足元はどうしようかと思ったが、急に冬物を調達できるわけもなく、ストックとアイゼンを素材から自作するだけにした。
スタートの遅れと相俟って二時間遅れの再開となった。
しばらく進むとまた足跡を見付けた。
『フォルテッツァ』の連中か? と思いきや足跡の数が多い。
「レイド組む場所じゃないぞ」
こりゃ、実入りは期待できないな。
いや、転移してしまえば…… 先を越せるかも。
ヘモジとオリエッタが僕が転移と言った瞬間、異様に身構えた。
「大丈夫だって」
一度見た景色まではショートカットできる。
今度はストックを地面に刺しながら慎重にゲートを出た。
ヘモジとオリエッタが大きく溜め息をついた。
足跡があった。
入口から足跡が消えてないということは大分強行軍だったと思われる。
「そんなに飲み会が大事か」
僕はのんびり追い掛けることにした。
坂の頂まで来たところでライフルの望遠鏡を覗き込む。
「一気に跳ぶか」
灰色の雲が遠方の空に簾のように垂れ下がっている。
「ナーナ?」
「見せて」
ヘモジとオリエッタが望遠鏡を必死に覗き込もうとする。
「ちょっと、危ない! 落ちるぞ! 自前のがあるだろ」
ふたり一緒は無理だから!
オリエッタがライフルを構える左腕にお尻を載せて、手を銃に掛けて横合いから覗き込もうとする。
ヘモジはストックの上をほふくしながら前進する。
「いて」
顔、蹴飛ばすな。
「ナナナ」
「よく見えない」
双眼鏡じゃないんだから。ふたり同時は無理。
諦めて、ストックの上で自分の持ってきた望遠鏡を覗き込むヘモジ。
「ナーナ」
「見えた」
独り占めできてようやく見ることができたオリエッタ。
「そこで落ち着くな! ふたりともライフルから早く降りろ!」
「あっち、雪降ってる」
「ナーナ!」
わかったから早くどけ。
僕たちは灰色のカーテンの手前の尾根に転移した。
日差しが降り注ぐその場にも冷気を含んだ風と小雪が舞い込んできていた。
「さすがに早いな」
足跡があった。追い抜けるかもと思ったが、甘かったようだ。
僕たちは足跡を追って吹雪のなかに身を投じた。
結界があるので風や寒さに凍えることはなかった。ただ、視界は最悪だった。
「ビバークする意味があるのか」
先発隊の足跡が消えていた。この天候じゃ埋まっていて当然だが。
これ完全に駄目だな。
サンダーバードもこの天候じゃ、飛んではいられまい。
「強引に行くか」
前方に軽めの『衝撃波』を叩き込む。無論、先発隊の有無を調べた上でだ。
雲が晴れ、積雪が吹き飛び、山の地肌が垣間見えた。
「急げ」
開けた視界が再び狭まる前にできるだけ前進する。
「わっせ、わっせ」
「ナーナ、ナーナ」
「反応なーし」
「次行くぞ」
『衝撃波』を撃ち込もうとしたとき「反応あり! 右下からサンダーバード、数一!」
オリエッタが叫んだ。
「押し潰す!」
『衝撃波』をキャンセルし、結界の範囲を拡張、下方に向けた。
障壁を二重、三重に強化する。
僕も敵の反応を捉えた。
激突の瞬間、カウンター気味に障壁を押し込んだ。
そこに全力で獲物を狩りに来たサンダーバードが突っ込んでくる。
大きく開かれた尖った嘴。雲間から垣間見えた。
稲妻!
軽い目潰し攻撃だ。
でも見えている。『魔力探知』でしっかり。
滑空体勢からのホバリング一発、姿勢を変え、凶暴な鉤爪で襲いかかろうとする一瞬。
長い首が折れ曲がった。顎が裂け、何かがぐしゃりと陥没する音がした。
そこへでかい身体が突っ込んできて斜面に激突した。
衝撃で山肌が崩れた。
「危ない、危ない」
僕たちは崩れ始めた足元から逃げた。
振り返ると雪崩が何もかもまとめて谷底に引き摺り込んで行くのが見えた。
視界が再び狭まってくる。
「こえー」
首の長い種なら普通頭からガブリとくるものだが、こちらを山羊か何かと勘違いしたのか、爪で捕獲に来やがった。おかげで押し返すポイントがずれた。
「ナーナ」
「異常なーし」
「ふーっ」
息を整え、再び前方に軽めの『衝撃波』を放つ。
「お」
何か見えた気がした。
僕たちは視界を得ながらゆっくり稜線を進んだ。
進むこと一時間。吹雪になってからそう遠くない場所に山小屋があった。
石組みの基礎の上にいつ吹き飛ばされてもおかしくなさそうな掘っ建て小屋が載っていた。
「少し休もう」
高い尾根が後ろに控えていたが、扉を開くと見慣れた長い階段が現れた。
「思ったより近かったな」
「嗚呼ッ? クリアしたって?」
「みんなも行ったんでしょう?」
「ああ、偶然一緒になってな」
同じ頃合いに同じ目標目指して一本道を行けば、そりゃかち合うだろう。
「でも吹雪にあって帰ってきたってわけ」
「ジェフリーズさんも行ったんだ」
「調子を見たくてな」
「あんな目に遭ってすぐ、よく行きますね」
「ああいう目に遭ったからこそ、行く必要があったのさ」
年長の冒険者がしみじみ宣う。
「恐怖心ってのは後から来るからな。リベンジは早い方がいい」
「できたんですか?」
「二勝した」
酒場の一角で老練なパーティーと若手のパーティーが席を同じくしていた。どちらも混成なので言う程振り切れているわけではないが、平均的な意味で。
「じゃあ、まずは乾杯だ」
「ジェフリーズの復帰とリベンジ成功に」
「かんぱーい」
ジョッキを掲げた
「たった一日の出来事だったんですよね」と若手が言った。
「夢を見ていた気分ですよ」
「坊ちゃんが無茶を言ったときは、さすがに度を超していると思いましたがね」
「奇人揃いだからな。ヴィオネッティーは」
「え? そういう意味?」
「頼りになるって話さ」
「たまたまだよ…… ジェフリーズさんの運に引っ張られたんだ」
「運のいい奴が、腕もがれるかよ。なぁ」
「焼き肉大盛りだよ」
「オー、来た、来た」
「奮発して最上肉だぜ」
ブルードラゴンの肉だった。
奮発し過ぎだろう。
「じゃんじゃん食ってくれよ。お前らも遠慮すんな」
「ありがとうございます!」
「ジョッキが空だぞ。遠慮すんな」
「あんちゃん、酒、追加だ」
「野菜持ってきたわよー」
「んなもんいらねーよ」
「あんたのために持ってきたんじゃないわよ」
「リオ様、お野菜も取りませんと、脳筋馬鹿になりましてよ」
「誰が脳筋だ!」
さばけた連中との飲み会は楽しい。幼い頃から付き合わされてきたからだろうが、こういう席は嫌いじゃない。
「まじかぁ。あの吹雪を一時間入った所に出口があったのかよ」
「帰らなければよかったわね」
「くそー、しくじったぜ」
「一時間ぐらいなら耐えられたかもな」
「でも吹雪は難しいわよ。視界は兎も角、風がね」
弓使いの彼女は言った。
「『必中の矢』があっても、魔力の減衰率を考えると遠くまで飛ばせないのよね。撃てる距離まで我慢してたら後手になるし」
もう一人の弓使いも言った。
「なんとかならんのか?」
魔法使いに話が振られた。
「結界を広めに展開するので手一杯ですよ。雷攻撃もありますしね」
「役割分担が必要ですが、吹雪のなか一時間もとなると」
「リオネッロ様はどうやって潜り抜けたんですかい?」
素朴な疑問が飛んできた。
「うん?」
固唾を呑んで見詰められるとね……
「『衝撃波』をぶっ放して、雲を散らして、視界が開けたところをそそくさと」
全員がうな垂れた。
「『衝撃波』って……」
「上級魔法乱発かよ」
「参考にならねー」
「でも道を破壊しないように威力を抑えて、指向性も持たせて。だからそんなに魔力消費は……」
「そんなことだろうと思いました」
みんな呆れて浮いた腰を沈めた。
「期待を裏切らないわね」
「やっぱりヴィオネッティーよね」
「『衝撃波』ってなんだよ」
「俺、まだ使ってる奴見たことないわ」
「普通の魔法使いじゃ、一日撃てて精々一、二発ですよ」
「あんなもん下手に集団戦で使われたら周りが迷惑するわい」
「あ、いいこと思い付いた。明日、再チャレンジするならいい手があるんだけど」
翌朝、我が家の子供たちはチーム『フォルテッツァ』の一行とジェフリーズさんたちのパーティー『グランデアルベロ』の一行と対面した。
「僕たちに任せておけば大丈夫だから」
ヴィートが言った。
「お、おう……」
「ほんとに大丈夫なのか?」
「かわいいわね」
子供たちには引率者が必要だった。大人たちにはサンダーバードに対抗する力が必要だった。足場の悪い道程で、吹雪のなかで。
ウィンウィンの関係とはまさにこのこと。
「師匠、この雪硬いよ」
「そりゃ、雪が凍ったもんだ」
「ただの氷じゃん」
「つまんない」
子供たちは遊びがてら、道に積もった雪を豪快に吹き飛ばしていく。
「『衝撃波』!」という名の『旋風』を次々に叩き込んでいく。
「か、硬い」
年季の入った氷の塊が吹き飛ばされずに大地に張り付いている。
「『火の玉』プリーズ」
「はいよ」
『爆炎』を叩き込んでやった。
「おー」
「溶けた」
そりゃ溶けるだろう。
「足元、気を付けて進め。はしゃいでると落っこちるぞ」
「岩まで溶けてるし」
「敵来たよー」
ニコロが声を上げた。
子供たちはサッと大人たちの陰に隠れて、杖をかざした。
稲妻が子供たちの張った結界に弾かれた。
二チームからほぼ同時に遠距離攻撃が放たれた。
「あっさりしてたわね」
「あいつらの索敵範囲広くねえか?」
「索敵だけじゃねーよ。結界の範囲もだ」
「おかげで余裕で対応できたわ」
「師匠、サンダーバード、落ちていっちゃったよ」
「今日は利益度外視だって言ったろ。足場狭いんだから」
「サッサと次出てこーい」
「修行になんないぞー」
木霊を楽しんだ。
「お調子者が来た! 正面上空、数一」
子供たちは瞬時に結界で周囲を覆った。
「誰がやる?」
「師匠、見本見せて」
「何がいいかな…… 回収しないことが前提だと何でもありだからな」
一番無難な『氷槍』を眉間に撃ち込んでやった。
「普通じゃん」
「どこがだよ」
「百本ぐらいぶっ刺すとかないの」
「一本で足りるのになんで百本もぶっ刺すんだよ」
「かっこいいから」
「また来た!」
「結構いるね。じゃあ、次、わたしたちがやりまーす」
「弓矢もったいないもんね」
「全員構えーッ」
「放てーッ」
ニコレッタの号令で女性陣が一斉に『氷槍』を放った。
男性陣はその間、結界を当たり前に展開させていた。
すべての『氷槍』がサンダーバードの頭に物の見事に命中した。
さすがに魔法使いはこの異常さにすぐさま気付いた。これだけ距離があれば避けるなり反撃なりできるはずなのにサンダーバードがそれをせずに絶命したからである。
ジェフリーズさんを始め、数人の大人たちが子供たちに耳打ちする。
子供たちは「エテルノ式だから」と口を揃えた。が、その意味が伝わることはなかった。
「エテルノって? ハイエルフのあの?」
まさかハイエルフの長老直伝の秘術を伝承する末端がこんな所にワラワラいようとは誰も思うまい。
こうして子供たちが活躍する程に大人たちは我が家の教育方針に呆れていくのであった。




