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クーの迷宮(地下30階 サンダーバード戦) そこは雪山だった。

「なんで冬山なんだよ!」

 エルーダではロック鳥のフロアとよく似たのどかな高原地帯だったはず。

 それが足元もおぼつかない、いつ足を踏み外してもおかしくない雪山に変わっていた。

「サンダーバードより危険だ」

 何もかもが凍っている。積もったばかりの雪でさえ指が通らない。

 山の稜線がどこまでも白い。

「寒冷地対策なんてしてないぞ」

 結界に耐寒効果を付与しないと足の指が凍える。

「普通のブーツで来るところじゃないな」

 こんな所で戦闘なんて論外だ。

「溶かして進む?」

「ナーナ」

 ヘモジが足跡を見付けた。

「先客か?」

 最近、他のパーティーに抜かれまくりだな。ちょうど初期組の冒険者に追い付かれる時期なのだろう。

 靴跡から推察するに六人パーティーのようだった。

 重い装備の者が三人、軽装が三人。うち二人は女性で、全員、普通の靴底だ。先頭の何人かが杖の様な物で地面を突きながら進んでいる。

「長物だな」

 遠くで雷鳴が!

 これから向かう山の向こう側だ。

「こんな足場でやり合いたくないんだけどな」

「ライフルで充分」

「ナナナ」

 うん、ミョルニルもあるしな。

 二発目の落雷が落ちた!

「!」

「跳ぶぞ!」

 この足場で接近戦はまずい。最初の一撃で仕留めなければ。しかも足場が雪だと雷属性の攻撃は広範囲に伝播する。足の裏までしっかり気を使って結界を張らないとスタンを食らうぞ。

 山の頂に飛んだ。

「うわっ!」

 滑った!

 雪が凍っていた!

 靴底が氷の表面を舐めた。

 落ちる!

 咄嗟に両手両足を地面と一緒に凍らせた!

「はあ…… 危なかった」

 どっと疲れた。

 オリエッタとヘモジは何食わぬ顔で雪の上に飛び移っていた。

「危険だから!」

「ナナナ!」

「ごめん、ごめん」

 ふたりとも僕の肩には戻ってこなかった。

 真っ青な空にサンダーバードが輝いていた。

「いつ見ても美しい鳥だな」

「スタンされてる」

「ナーナ」

 地上では重装備の冒険者達が膝を突いていた。

 後衛の魔法使いが、結界を張って次の襲撃に備えている。

 弓使いが空に向けて矢を放った。銀色にキラリと光った。

 サンダーバードが慌てて逃げ出した!

「あれは……」

「『必中の矢』」

『必中』付きの魔法の矢だ。銀色のきらめきが雷鳥をひたすら追い掛けた。

「結構いい値段するんじゃなかったっけ?」

「勿体ない」

 オリエッタは崖下に落としたら回収不能になることを危惧した。

「ナナーナ」

 確かに今は損得を言っている場合ではない。

 二本目の矢が放たれた。

 気が削がれた瞬間、一発目の矢がサンダーバードを捉えた!

「うまい!」

 サンダーバードの片翼が凍り付いた。

 サンダーバードはそのまま崖下に落ちていってしまった。


 僕は手を振りながら峠を下りた。黙って降りると魔物と間違われて射られてしまいそうだったから。

 スタンも解除され、先行組も前に進み始めた。


 彼らが戦っていた位置から下を覗き込んだ。

「何も見えない」

 完全な断崖絶壁。サンダーバードの反応は消えていたが、怖いわ。子供たちを普通に引率するだけでも難儀しそうなのに。

「大きな音も厳禁だな」

 反対斜面は雪崩がいつ起きてもおかしくなさそうな急勾配である。

 どうしようかな、どうしようかなと明日の予定を考えながら僕は山の稜線を進んだ。


 すると先行していた彼らとすれ違うところまで近付いていた。

「リオネッロ様」

「休憩?」

 チーム『フォルテッツァ』の人たちだったか?

「作戦会議中です」

 チーム名は牙城とか城砦と言う意味で、要するに前衛主体のパーティーだ。

「装備を間違えました。この足場に重装は危なくて。引き返すか相談してたんですよ」

 重装は足元を見るのも苦労するからな。

「僕もこんな天候、想像してなかったよ」

『銀団』の若手で作った即席パーティでギルドランクはないに等しかった。が、彼らもスプレコーン育ち、幼い頃からエルーダ迷宮で鍛えた口だ。

「だから軽装でいいって言ったのに」

「どうせサンダーバードなんだし」

「俺たちにだって盾役としての矜持があるんだよ」

「でもここじゃ、体当たり一発で、あの世行きよ」

「たまには私たちに任せなさいよ」

「そうよ。こんな時ぐらい」

 さすがは先頭グループの一角だ。仲のいい、いいパーティーだ。

「狩りがメインなら残していくけど」

「遠慮なく狩っていってください」

「というか、ぜひ露払いを」

「ちょっとあんた! リオ様になんてこと」

 騒ぐ女性陣をでかい背中で隠しながら前衛の男が苦笑いする。

「元々戦う予定はなかったんですよ。出会い頭以外はスルーする予定でしたので…… はは」

 頭を掻く、恐らくこの人がリーダだ。

「ナーナ」

 前方、足元に広がる雲海に黒い影。

「もう次が来やがった!」

「僕がやろう」

 全員の前に出た。

 稲妻を身に纏い余裕を漂わせながら迫ってくるサンダーバード。

 纏う稲妻が今にも弾けんばかりに暴れている。

 僕の展開している結界に『雷撃』が落ちた。

「思ったより威力があるぞ」

 オリエッタがレベルを確認する。

「レベル五十だけど」

 元々、迷宮では飛行型の魔物のレベルは低めに設定されているので、階層レベル相応だとすると高めの設定ということになる。

 こういうときは何かレアアイテムが期待できるのだけれど。

「あ!」

 女魔法使いが声を上げた。

 サンダーバードがまっすぐこちらに突っ込んできたからだ。

 アイテム欲しいところだけど……

「狙いたいところだね」

 うまく地面に落とせるタイミングを狙って、凍らせた!

 サンダーバードが惰性のまま落ちてくる。

 積もった雪を巻き上げながら氷塊は斜面に激突した。

 衝撃で稜線の両側で一斉に雪崩が起きた。

 落雪が新しい積雪に落ち、次々新しい崩落を生んだ。麓に人家でもあったら大惨事だが、ここは迷宮、心配無用である。

「歩き易くなったわね」

「さすがリオ様!」

「いや、ただの偶然だから」

 オリエッタとヘモジが回収に向かう。

 が、獲物を前にしてもうろうろするばかり。

 首を傾げている。

 付与装備のせいではなかったか? あの威力、単なる個体差によるものだったか。

「ナーナーナー」

 ヘモジが僕を呼んだ。

「どした?」

 近寄るとヘモジが指差した。

「口のなか?」

 いつものようにヘモジが自分でこじ開ければいいだろうに。

 口を開けようにも頭の重さがのし掛かってきて人一人の手ではかなわない。かと言って、手伝いを申し出てくれた『フォルテッツァ』の人たちの手を煩わせる程でもない。

 僕は頬を切り裂き、結界を張りながら強引に身体をねじ込む。

 空いた隙間を懐中電灯を持ったヘモジと、オリエッタが侵入する。

 嫌々僕も頭を突っ込むと……

「大変だ!」

「ナナナーナナ、ナーナンナ!」

「はあ? 人が死んでる?」

 頭がどうのと言っていられなくなった。

 全員一丸となって大急ぎで口を開け、支え棒をした。冷静であったならサンダーバードが魔石に変われば回収できることを思い出すべきだったのだが。


「腕だけか?」

 他の部位は見付からない。まさか胃袋のなか?

 嫌な思いをしながら探したが、結局出てきたのは上顎にある釣り針の反しのような構造の突起物に奇跡的に引っ掛かって飲み込まれずにいた片腕だけだった。

 効果を発揮していたのはどうやらこの片腕が装備していた指輪だったらしい。

 どうして発動したのか? 指輪に魔力が通っていなければ効果は発揮しないものだが……

 魔石に変わったのはこの瞬間。

 一同、びっくりして固まったが、残ったのはやはり魔石だけだった。

「この腕まだ新しいわよね」

「言われてみれば」

「ギミックじゃないわよね」

「確かめてきた方がいいんじゃないか?」と『フォルテッツァ』のひとりが言った。

 冒険者の腕の一部。地面には足跡がないところを見ると大分前にここを通ったか、出口から逆走したかだ。だが深夜を跨ぐとリセットされるから、それ以前ということはない。足跡がどれくらいで消えるか定かではないが、腕の状況からいって、まだ一時間も経っていないように思える。

 冒険者ギルドに被害情報はないか、誰かに確認に行って貰うことになった。

 うちのヘモジが適任であるという総意を得た。

 脱出用の魔石で外に出て、帰りは勝手に再召喚して貰う。

 ヘモジがなんたるかはこの砦に住む者には説明不要だ。

 ヘモジはあっという間に消えた。

 そして白亜のゲートから冒険者ギルドまで駆け、窓口に飛び込んで……


「そろそろだな」

「ナーナーナー」

 ポージングして現れた。

「まぶし!」

 輝き過ぎだ。

「どうだった?」

 全員がにじり寄る。

「ナナナナ、ナナナナ。ナナ……」

 ヘモジは早口で語り出した。


 確かに冒険者に被害が出ていた。ヘモジが言うにはキマイラのフロアで見掛けたあの連中らしかった。

 前衛一人が崖下に落ち、後衛一人を巻き込んで退場。但し、脱出用の魔石を使用したので二人の命に別状はなかった。

 が、撤退時に殿を買って出た魔法使いが一人、腕をもぎ取られた。

 薬で命はなんとか取り留めたと言うが…… 

 事件は僕たちの入場と入れ替わりで起きていたようだった。上では朝からそのことで騒ぎになっていたらしい。

 そして、そのとき魔法使いが嵌めていた指輪がこれである。

 迷宮産のドロップアイテムだった。魔石で魔力を補充するタイプの物だが、本職の魔法使いが使うのは珍しい。魔法使いなら魔力供給の便からも、人の手で作った物を使った方が勝手がいいはずである。

 今回効果が発現していたのはプールしていた魔力が切れずに残っていたからだろうが、このことがなければサンダーバードは谷底に消え、片腕は戻らなかったはずである。

 人知を超える力が働いたのだろうか?

 だが、戻ったところで腕の再生はかなわない。今ここに腕があることが天啓なのだとしたら、奇跡を期待したいところだが……


 取り敢えず、僕たちは一旦外に出ることにした。

 集中が途切れてしまった今、このまま進むのは危険だと判断したからだ。『フォルテッツァ』の面々も装備を換えなければいけないし、一時撤退することを選んだ。

 午後から仕切り直しである。



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