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こっそり行こうか?

 案内された場所は商業区にある港の一角だった。運搬船の守人たちが焚火で暖を取るなか、見慣れた小船が見えてきた。

「お兄ちゃん!」

 マリーが手を振って出迎えた。

「オリエッタちゃん、ヘモジちゃん。元気だった?」

 ふたりをきつく抱きしめた。

 本命はそっちか。

「宿は引き払いました。わたしたちはここでも何とかなりますから」

「食事は?」

「これからです。食堂も満席になってしまいましたから。食材を買い集めていたらこんな時間になってしまって」

「でしたら、もう少し我慢して一緒にいらっしゃいませんか? イザベルとも合流できると思いますので」

 イザベルの荷物も宿から引き払うと、僕たちは屋敷に向かった。辻馬車も営業時間外で移動に少々手間取ったが、壊れた町並みの非日常が時を忘れさせた。オリエッタとヘモジのおかげでマリーもぐずることなく、僕たちは屋敷の門扉の前に到着することができた。


「よろしいのですか?」

 ソルダーノさん一家は屋敷を見上げた。

「問題ありません」

「そうそう」

「ないなーい」

「ナナーナ」

 僕たちは門扉を潜った。

 畔のプラベートエリアの木々が戦闘で結構倒されていた。

 緑は貴重なのに……

「お帰りなさいませ」

 執事のセバスティアーニさんが出迎えた。

「急で悪いんだけど、こちらの家族が泊まれる部屋を一つ用意してくれないかな」

「かしこまりました」

 部屋はすぐに用意された。ギルドの連中の貸しきりだと言ってもベッドの数は元々足りているので、一部屋用意するぐらい造作もないことだった。

 イザベルもモナさんも既に客として迎えられ、晩餐に有り付いていると教えられた。


 本日の夕食はどうやら立食のようだ。

「みんなヤッホー」

 ラーラがギルドの輪のなかに飛び込んでいった。

「おー、姫さん。今日は大活躍だったな」

「そっちは何してたのよ。姿見なかったわよ」

「あんたたちがいるから、早々に手を引くようにお達しがあったんだよ」

 姉さんか。さては通常攻撃が有効打にならないことに気付いてたな。

「ずるい!」

「おかげで弾代が節約できた」

「風呂入れ、風呂」

「特別に沸かして貰ったから」

「ほんと!」

「嘘。やることないから朝からみんなふやけてたのよ」

「だらしないなー」

「いいだろ、一年ぶりの安息なんだぞ」

「みんなもう入ったから、あんたたちも入っちまいな」

「マリーちゃん、一緒に入ろっか? 湯船大きいわよ」

「お姉ちゃん、お姫様なの?」

 マリーが言葉尻を捉えて聞いてきた。

「ええと…… それは…… ですね……」

「こう見えてアールハイト王国の第四王女」

「こう見えてって何!」

「いろいろ」

 オリエッタの回答にマリーは瞳を輝かせたが、ソルダーノ夫妻は青くなった。

「気にしなくていいから」

 猫又に言われてもね。

「どうぞ、こちらへ」

 進められるまま、席に着くと皿だけが目の前に積まれていた。

「申し訳ございません。緊急事態につき、給仕の半分がただいま出払っております」

 給仕さんに耳打ちされた。

「あの…… わたしたち」

「お気になさらず、自宅だと思ってくつろいでください。遠慮は無用です」

 姉さんが入ってきた。

 なおさら夫妻を萎縮させた。

「甥がお世話になったようで――」

 僕を甥とは呼ぶ癖に、おばと呼ばせないのはこれ如何に。

「気にしたら負けよ。早く食べないとなくなっちゃうから」

「お前は気にしろよ!」

「マリーとお風呂入ってくるから」

 一々断わらんでもいいわ!

 マリーの母親も誘われたが、さすがに王女様と一緒に入る気にはなれなかったようで首を横に振った。

 旦那と僕は男湯貸し切りだから、いつでもいいだろう。

「遅かったわね! 心配したわよ」

 イザベルが戻ってきた。

「付いて行けないわ」

 モナさんと整備班連中の輪から抜け出してきて、ワインを呷った。

 ソルダーノ夫妻と合流するとお仲間ができたようで、お互い気を許して料理を楽しみ始めた。

「まるで夢のようです」

 モナさんも整備談義をやめてこちらに戻ってきた。

「ナーナ」

 ヘモジはサラダをボールごと小脇に抱えて、モシャモシャ嬉しそうに頬張っていた。

「あれ、あれ!」

 オリエッタは欲しい料理を自分専用の皿によそうように僕に催促した。

「肉。ササミ」

 残念。それ、もも肉。

「ナンは?」

「いらない」

 僕はヘモジのサラダボールからラットゥーガを一枚取り上げると、肉と一緒にナンに包んで頬張った。

「水ほしい」

「ナーナ」

「ほれ」

 ピッチャーの水を器とコップに垂らしてやる。

 ふたりがじっーとこちらを見詰める。

「わかったよ! お腹壊すなよ」

 僕は魔法で水をキンキンに冷やしてやった。

「リオ坊、こっちも頼む」

「はいよ」

 振向いたら、でかいビール樽が目の前に……

「ちょっと……」

「いいから、いいから。ジョッキを一つずつ冷やすより楽だろ?」

 冷蔵庫があるんだから利用しろと言ったら、冷えていたのは全部飲み切ったと言われた。

 どうやら非常呼集で一度酔いを覚まされたせいで、飲み直す分が追い付かなくなったらしい。


 ラーラたちが戻ってくる頃には、すっかり腹も満たされ、僕は眠くなっていた。

 周りは徹夜をする勢いでどんちゃん騒ぎを続けていたが、ソルダーノ夫妻は飲み物だけで料理には手を触れず娘の帰りを待っていた。

 茹だったマリーが戻ってくるとようやく皿を取って、料理をよそい始めた。

 マリーはそんなこと知ってか知らずか、嬉しそうに料理を頬張った。

「ナーナ!」

「これもおいしい」

 ヘモジとオリエッタが次々料理を運んでくるが、ラーラの魔の手をすり抜けるのに苦労している。

「眠いから今日はもうお風呂はいいや……」



 翌朝、涼しいうちに朝風呂という贅沢を堪能することにした。屋敷のなかはアンデッドに呪われたかのように唸るゾンビの群れに占拠されている。

 さすがに昨日は魔法を使い過ぎたかな。まだ疲れが残ってる気がする。

「ん?」

 森から見上げる人影が。

「ヤマダタロウ?」

 僕は部屋着を羽織り外に出た。


「悪いね。せかせたようで」

 黒い瞳が笑った。

「いいえ、暇を持て余していただけなので。あの、僕に用ですか? 姉さんに用なら」

「いや、君に会いに来たんだ。お姉さんには君の口から後で伝えてくれたまえ」

「はあ……」

「取り敢えず、一緒に来てくれるかな」

 突然、世界が暗転した。

「うわっ! 何、ここ?」

「この世界に造った迷宮の最下層の一つだ。我らの家と言ってもいいだろう」

「爺ちゃんに聞いていた通りだ……」

 ヤマダタロウ氏は笑った。

「実は…… 昨日の損害評価が出てね。まずこれを見てくれたまえ」

 そこは天球儀のような装置だけが置かれた、透明な床に支えられた部屋だった。まるで星空のなかに浮かんでいるような錯覚を覚える。

「これが我々が見知っている多元宇宙の姿だ」

 空間に映し出された映像は、実像に球を線で繋いだような図柄を重ね合わせた不思議なものだった。

「あくまでこれは話をわかり易くするための模型だ。それに我らが観測できた世界だけだから、実像のすべてではないと断わっておこう。これらとはまったく違う世界観がタロス側にもあると理解してくれると助かる」

 僕は頷いた。

 周囲の景色がダイナミックに上下左右関係なく目まぐるしく回転する。

「これがこの世界、ミズガルズ。そしてこちらがアールヴヘイムだ。この線が五十年前、我らの手によって繋がれた次元回廊を現している。そして――」

 球が一つの世界を現わしていて、線が次元回廊。そして暗転しているのが今はもう存在しない世界だと説明を受けた。

 そして赤く染まっている球がまさにタロスとの紛争地帯、あるいはタロスに支配されている世界だそうだ。

 僕たちのいるミズガルズはまさに真っ赤だった。

 隣りのアールヴヘイムが色付いていないことを考えると、先の戦いで切り離しに成功したとゲートキーパー側は考えているようだ。

「ではこれから昨日起こった事象を映し出すから、よく見ていてくれたまえよ」

 突然、ミズガルズのすぐ側で閃光が走った!

 それは球の表示も何もない場所で起こった。その光は別の閃光へと次々連鎖していって、最終的に五つの光点を生み出して消えた。

 消えた光点の位置に球の図形が現われ、そこに一つの世界があったことを表わした。

 新しく現われた五つの球すべてが回廊で一つに繋がった。

 思わず言葉を失った。

 いくら何でもこれはないでしょう。

「君が破壊した世界はこの方面の一大拠点だったらしい。魔力濃度が桁違いに多い世界だったようだ。その世界を中心にタロスは周辺の世界に魔力を補給していたようだが、見ての通りそのために巻き込まれた世界が――」

 最初の光点に繋がっている残り四つの世界なわけだ。

「世界が滅びたわけではないことは見てわかるだろう。そもそも人に世界一つを消滅させる力などないからな。あくまでタロスの軍勢がいなくなったというだけの話だ」

 確かに図柄は暗転表示になっていなかったし、赤く表示もされていなかった。

「そして我らは早急に外縁の次元回廊を塞ぐことに成功し、これらの世界をこちら側に取り込むことに成功した。これによりこの五つの世界はタロスから解放され、我らの管理下に置かれることとなった」

「はあ……」

 スケールが大き過ぎてよくわからないけど、安全地帯が広がったという認識でいいのかな?

「我らに友好的な土着の知性体が存在していてくれればよいが……」

「それで……」

「まあ、ここまではこちらの話ということで聞き流してくれても構わないのだが、君には嬉しい知らせがある」

「なんでしょう?」

「この魔力が充満していた世界は今なお魔力を吐き出し続けている。そこでその魔力を利用して、君への礼としてこの世界に迷宮を造ることになった」

「それはどういう……」

 既にヤマダタロウ氏がやっていることとは違うのか?

「潤沢な魔力に支えられた新たな迷宮だ。いずれ産出される諸々によってこの世界もアールヴヘイムのように魔力に満ちた世界になるだろう」

「でもそうなる前に」

「勿論、タロスを殲滅しなければならない」

「ですよね」

「そこでだ。ここからが話の本番なのだが、例の『太陽石』を見つけ出して処分してしまわなければならないと我々は判断した。恐らく王国も同じ判断に至ることだろう。その場合、我らの勢力圏の調査は滞りなく行えるだろうが」

「敵の勢力圏の調査ができない?」

「そういうことだ。そこで迷宮の入口を中海の向こうに配し、そこに君たちの橋頭堡を確保するというのはどうだろうか?」

「そんな! もし奪取されたら!」

「配するのは入口のみだよ。迷宮自体は奴らの干渉の及ばぬ場所に造るつもりだ。それだけの余裕がこちらにはあると思ってくれたまえ」

「魔石も取れる?」

「勿論」

「魔物の部位なんかも?」

「アールヴヘイムのものと変らず、食料にも困らなくなるだろう」

「中海をこちら側の勢力圏に収められたら言うことないな」

「だが、いきなり大事にはしたくない。人類側の争いの種になっても困るからね」

「なるほど。こっそりやるわけですか」

「君のお爺さんの足跡は知っている。何ができてできないかも大体理解しているつもりだ」

「まずは内輪で相談かな」

「そうしてくれたまえ。言っておくがこれは君への感謝の印であって、君抜きで進める気はないから、そのつもりで」


 僕は森のなかに一人突っ立っていた。ヤマダタロウ氏の姿はない。

「はーっ、面倒なことになったな」

 こっそりやるには荷が勝ち過ぎる。

 姉さんの手伝いどころではなくなったな。


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