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リオネッロ、救助に向かう

「見えた! タロス兵」

「ナー」

 ヘモジががっかりうなだれた。

 タロス兵はタロス兵でも精鋭とやりたかったらしい。

 見えてきたのは人の何倍もある鎧を着た巨人。かつてこっちの世界にいた人類を滅ぼした異世界からの侵略者。僕たちは奴らを総じてタロスと呼んだ。

 そのなかでも最弱の部類の結界を持たない雑兵が、牙を剥き出しにして砂丘の上で三体、暴れていた。

「冒険者、一人で大丈夫かな?」

 最弱の部類と言えど本来、一人で対応できる敵ではない。それが三体いる状況は明らかに不利に思えた。

「生きてる!」

「ん?」

「あっちに負傷者いる! 三人!」

 嗅覚と聴覚に優れたオリエッタの誘導に従って、僕たちは砂丘を回り込んだ。

 そこには真っ二つになった小型のホバーシップが転がっていて、その側には鮮血に砂をまぶした負傷者がうずくまっていた。どうやら三人は家族のようだった。傷付いた両親を子供が泣きながら介抱していた。

「ヘモジ、薬だ!」

「ナーナ」

 ヘモジは負傷者の頭上で飛び降りた。

 僕とオリエッタはヘモジをおいて、そのまま戦闘している冒険者の元に向かった。

「一刀両断! 風神剣ッ!」

 冒険者の剣技『風斬り』が炸裂した。が、タロス兵はたじろぐことなく大きな鎚を振り下ろした。

「危ない!」

 オリエッタが鼻より先に乾きそうな大きな目を見開き、耳を震わせた!

 舞い上がった砂塵を潜り抜け、冒険者が姿を現わした。

 潰されたかと一瞬思った。

 オリエッタもほっと息を吐いた。

 なかなかやるな。あの足は獣人並だ。

 肌は琥珀色。シルエットは紛れもなく女性のもので、髪は長く、日に焼けた赤毛が兜の隙間から背中に流れていた。容姿の程はマスクと砂埃ではっきりしなかったが、声は若い。

 でも……

「叫んじゃう人なんだ……」

 いくらタロスがこちらの言葉を解さないとしても……

「自分の次の一手を晒すなんて愚の骨頂なのに! ど新人か?」

「全然、利いてない」

 おまけに攻撃力不足だ。主に装備のせいだろうが。攻め方も間違っている。

「魔力の少ない世界で属性攻撃したって意味ないだろうに。リーチの差を補うなら、ライフルの方がいい」

「どうする?」

「一応、あの人の獲物だからな。お断り入れてからだ。危なくなれば別だけど。一人でやりたがるかも知れないし」

「それはバッドエンド」

 ということで、場違いだが交渉だ。

「おーい、そこの人。助太刀しますか?」

 僕は戦っている冒険者の横をすり抜けながら『ワルキューレ』専用のライフルを掲げた。

「ポイントは譲らないわよ!」

 第一声がそれかよ。強欲は身を滅ぼすぞ。

「ランキングポイントなんかいらないよ。冒険者じゃないから」

「一般人が何しに来た! 早く逃げて、応援呼んできて!」

「だから僕たちが助太刀するって!」

 彼女はこちらをちらりと見た。

 回避しながら擦り傷程度の攻撃を敵のすねに叩き込んだ。

 やはり武器の性能差だ。腕はあるように見える。

「…… そのガーディアン、ハリボテだったら怒るわよ!」

 タロスは叫びながら跪いた。

「当然だろ。じゃなきゃ、とっくに逃げてる!」

「ポイント以外を割り勘で! それでいいなら助けて頂戴! それが嫌なら交渉決裂よ!」

「救難信号上げただろ!」

「あれはやられた連中が上げたのよ! わたしはそれを見て助けに来ただけよ!」

「漁夫の利を狙う手もあるな。見たところ決め手はなさそうだし……」

「あんたねぇ!」

 ときに自分の置かれた状況を冷静に確認することは大切だ。第三勢力は抜きにしても。

 膝を突いていたタロスも痛みさえ取れれば戦列復帰だ。だから骨ぐらいへし折る力がないと。

「わかったわよ! ポイント分の現金も折半するから!」

「交渉成立!」

「ポイントは兎も角、あとで換金できるんだから、それが平等ってもんだよね。それじゃ、銃弾撃ち込むんで、当たらないように」

「わかったから早くして!」

 僕たちはタロス兵をからかいながら冒険者の周りをくるくる飛ぶのをやめて、上昇した。

 タロス兵はでかいツルハシのような武器を振りかぶって、こちらを狙った。

「まずは一体!」

 ライフルの銃弾が見上げるタロスの兜を貫通した。

 一拍おいて頭と足元の砂塵が弾け飛んだ。

「ちょっと!」

「対ドラゴン用なんだ!」

「証拠まで吹き飛ばさないでよ!」

「わかってる!」

「ブレード使う?」

 オリエッタが聞いてくる。

「いや、あの冒険者の邪魔になる。もう一体、行くぞ。動きが止まったら……」

 冒険者は頑張っていた。攻撃力こそカスだが、敵を翻弄する足は持っていた。でもそれもそろそろ限界のようだ。

 砂塵に足を取られずに済んでいるのは『ステップ』を踏んでいるからだろうが、魔法同様、スキルを行使すればその分、体力やスタミナも減っていく。

 足下が砂ではその消費にも拍車が掛かる。

 回復薬は持っているのか?

「そこだッ!」

 二体で小さな獲物を追い回すより、でかい新手の獲物を狙った方がいいと一体が方針を変えようとした矢先、そいつの頭も吹き飛んだ。

「完璧!」

 何が完璧かというと、タロスを倒した証になる右耳を頭と一緒に吹き飛ばさなかったことだ。一回目はたまたまだったが。

「自画自賛」

 オリエッタが小さな頭を振って砂塵を払った。

「いいだろ、別に」

 冒険者が高度を下げるように手招きした。

 何かする気のようだ。高度を下げろというのだからあれだろう。

 一対一になって余裕ができたか。

 確かに全部こちらがやってはしこりが残るからな。華を持たせた方がいいだろう。

「雷撃ッ!」

 こちらが地面すれすれに降下すると頭上に雷が落ちた。

 彼女の虎の子はあれだったか!

 そして彼女は麻痺して硬直している敵の首目掛けて剣を突き立て、横に薙いだ。

 大きな身体が砂のなかに沈んだ。が、冒険者も落ちてきて尻餅をついた。

「イタタタタ…… あんた、なかなかやるわね」

「そっちはダメダメだな」

 疲労が既に足に来ているようだ。

「うるさいな。デビューしたてのランカーに買える剣はこの程度しかなかったのよ!」

 そりゃ嘘だ。その腕ならもう少し増しな剣が手に入ったはずだ。

「天上から来たんじゃないのか?」

「生まれも育ちもミズガルズよ。ランキングに参加したのは二ヶ月前。やっと迷宮をクリアーできたから挑戦しようかと思って」

 地元民という奴か。二ヶ月って、半端な。どうせならもう二ヶ月待ってからでもいいだろうに。

「上級じゃなきゃ、ランキングに参加できないんじゃないのか?」

 いくら何でも若すぎる。特段強そうにも見えないし。

「実績があれば許されるのよ。地元民は多かれ少なかれタロスとはやり合ってるから、特別枠って奴。でも装備までは特別とは行かないのよね」

「準備不足だな」

「ナーナナー」

 ヘモジが盾に『浮遊魔法陣』を仕込んだフライングボードに乗って戻ってきた。

 その後ろには重傷を負っていた両親と子供が付いてきた。

 ガーディアンをオリエッタに任せて、僕は砂漠に降り立った。

 ずぶりと足が砂に嵌まった。耐熱装備が足下の熱を一瞬で中和した。

「ご苦労さん」

 飛んできたヘモジを抱き止めると肩に乗せ、盾兼ボードを拾い上げた。

「ナーナ」

 ヘモジは倒されたタロス兵の遺体をキョロキョロ見遣った。

「助かりました。なんとお礼を、言っていいやら」

 息切れしながら父親が言った。さっきまで倒れてたんだ。奥さんも日陰で休んでいればいいのに。

「挨拶は後にして! ここから急いで離れないと。あんたたちも貴重品の回収を急いで。血の臭いを嗅ぎ付けて別の魔物がやってくるわよ」

 冒険者は言った。

 別の魔物とは主にタロスの番犬が野生化したものだが。犬だけでなく蛇や鰐、キメラのようなものまでいるらしい。その最たるものが先の戦役で人類を苦しめたドラゴンタイプなのだが。

「でも、わたしたちの船はもう……」

「ナーナ」

「魔法陣は生きてる?」

「ナナ」

「骨が折れただけなら修理すれば何とかなるかもな。でもそのためには――」

 補修する資材が必要だ。

 子供はヘモジと一緒に回収作業を楽しみ始めた。

「碌な物、持ってないわね」

 死体漁りをしていた冒険者は憮然として言った。

 雑兵だしな。価値のある物なんて持ってるはずがない。持ってたらそれはもう雑兵とは言わない。

 でも今はこれがあればいい。

 警戒に当たっていたオリエッタを呼んだ。

「これをあの船まで運んでくれ」

「わかった」

 僕が重いだけの鎧を『分離』『精製』して素材の塊に変えた物をガーディアンに運ばせた。

「猫がガーディアンを操るのか!」

 冒険者も両親も驚いた。

「猫違う! 猫又。スーパーネコ!」

 だからそれじゃ猫だと言ってるのと同じだと。

 オリエッタは金属の塊を持って砂丘の向こう側に姿を消した。

「船を補修しよう。迎えは来ないみたいだしな」

「一番近い村まで二日ある。お前らが来ただけでも奇跡だ」

「それがわかっていて助太刀するんだから、あんたも大概のお人好しだ」

 馬鹿と言ってもいいだろうが、嫌いじゃない。むしろ尊敬に値する。

「イザベル・ドゥーニだ」

「リオネッロだ。さっきのはオリエッタ。それと……」

 ヘモジと子供が戻ってきた。

「わたしはマリー。みんなでメインガーデンに行くところだったの」

「ナーナ……」

 回収袋にはでかいだけで繊細さの欠片もない粗悪な宝飾類が収まっていた。量だけはあるので素材として相応の値段が付くだろうが、すべてを持ち帰れるはずもない。折半したところで大した額にはなりそうになかった。故の選別作業だが。

 やはり、冒険者には『箱船』が必要だ。

 爺ちゃんの、物がなんでも入るユニークスキル『楽園』が僕にもあったらよかったのに。

 取り敢えず美術的価値のない物は爺ちゃん直伝のただの上級スキル『鉱石精製』で不純物を取り除いて、小さく圧縮しておく。多少は高値が付くだろう。

「わたしたちはその二日先の村で行商をしております。ソルダーノと申します。メインガーデンに物を売りに行く途中で見つかってしまって」

「わたしはイザベル。こっちはリオ」

 短くされた!

「ナーナ」

「オリエッタもいる」

 自己紹介する羽目になった。

「僕たちは知り合いに会うためにメインガーデンに向かう途中でした」

「あんたに修理スキルがあってくれてよかったわ」

 ホバーシップの折れた骨に回収した金属で作った添え木をして、弱ったところに補強を入れるのを覗き込んで言った。

 ガーディアンに乗ってるんだからそれくらいはね。

「近所のゴーレム工房に入り浸っていることも多かったし」

 折れた荷台を即席の釘と鉄板で補修し平らにすると、こぼれ落ちた荷物を載せ直して『浮遊魔法陣』を起動させた。

「浮いたぞ!」

「バラストの位置を変えて」

 砂袋で船の重心の調節をした。

 倒れた帆柱も折れて短くなった部位を捨てて、立て直すことで、低くはなったがほぼ元の状態に戻すことができた。

「申し訳ないんですけど、メインガーデンまで同乗させていただけると助かるのですが」

 礼ができないでいた家族は大いに喜んで、僕たちの申し出を受けてくれた。

「わ、わたしもお願いしたいのだが?」

 彼女は駅馬車から飛び降りた口らしい。

「勿論です。あなたは命の恩人です。冒険者様」

 様呼ばわりされて顔を大いに赤らめた。

 その顔がもっと見たくなったので僕はタライを借りて、魔法で水を満たした。



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