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神樹のある家

 大通りから当家の玄関まで繋がる小径の勾配が心なしかきつくなっている気がした。

 気のせいかなと思ったが、ベランダの高さが、否、家全体が……

「家が伸びた!」

 マリーが叫んだ。

 他の子供たちも口をぽかーんと開けたまま呆けた。

 そんなことはあり得ない。否、大伯母のことだからあり得なくもないが、今回はそうではない。今僕たちが立っている小径の方が低くなったと考えるべきだ。

 玄関扉を開けると然もありなん。元の地下一階部分と繋がっていた。

 中に入るとそこには砂壁の白くてつるつるな広い円筒のホールがあった。

 かつて倉庫だったそこには臼状の緩やかな段差があり、その段差が部屋の仕切りの役を果たしていた。フロアの中心を囲うように円柱が設けられ、その中心に神樹が鎮座していた。

 広い植え込みに若木が一本。子供たちよりも背が低い。

 子供たちが駆け寄り覗き込む。

「神樹だ」

「絡まってるのは取らなくていいの?」

「取っちゃ駄目だぞ。それこそが金枝、宿り木だ。神樹はその枝を通して魔力を与えてくれるんだ」

「ほえー」

「よろしくね。神樹ちゃん」

「ヘモジちゃん、今日取ってきた土の魔石あげてもいい?」

「ナーナーナ」

 ひとりが置くと、我も我もと九個の魔石(大)が植え込みに置かれた。

 さすがにヘモジが駄目出しをした。もっと小さな石じゃないと駄目だと。

 子供たちはリュックの中を一生懸命漁って小さな魔石を探した。が、今日のサイクロプスから取れた魔石は全部中サイズ以上。

「取ってくる!」と、言ったヴィートは一瞬立ち尽くした。

「階段どこ?」

「右だよ、右」

 ヴィートは自分の部屋に至る螺旋階段を駆け上がった。

 その間、残った子供たちは植え込みを囲う水路の溝に手を浸けて、冷たさを確かめた。

「冷た!」

「おー、冷たい」

 ぱっと見、柱が何かしらの結界オベリスクの役目を果たしているのがわかった。神樹が育ちやすい環境を構築しているものと思われた。後は家人以外の侵入防止とか、窃盗防止とか、悪意がある者の排除とか。その辺は爺ちゃんちのリオナ婆ちゃんの庭で培った技術を踏襲しているはずだ。ミズガルズではそれに加えて魔力の四散を防ぐ必要もあるかもしれないが。

 そんなことを考えていたらヴィートが戻ってきた。そして各々に小サイズの石を手渡した。

 今度はヘモジも縦に首を振った。

「お水はあげなくていいの?」

「ナーナ」

「夜、お部屋寒くならない?」

「ナナナ」

 太陽が天井や新たに設けた壁面の窓から降り注ぐ。

「天井をぶち抜いたんじゃあるまいな?」

 僕は最上階に転移した。

「師匠、ずるい!」

 子供たちが下から叫んだ。

「若いんだから階段使え」

「師匠だって若いだろ!」

 それは鏡の板を使った演出だった。壁面の窓から差し込む光を屈折させて下に落としていたのだった。

 張り紙がしてある。


『天井をガラスに変更予定』


 見張り台の床をガラスにする気か? 何か策があるのだろうか?

「おっ先ーっ」

 子供たちと入れ替わりに僕は廊下を逆走する。

「ずるいぞ、師匠」

 子供たちはゼーハーと息を切らせながら螺旋階段を駆け上ってくる。

「やっぱり」

 見たことのある扉だと思ったら……

 北側に奥まった通路が一本増えていてその先にスライド式の扉があった。

「エレベーターだ」

 僕は魔力供給用のパネルに手を当てた。するとゴンドラが階下から上がってくる。

「動いた!」

 しかも乗り込むと、外の景色が望めるガラス張り仕様であった。

「あーッ!」

「エレベーターだ!」

 無駄な努力を強いられた子供たちが地団駄を踏んでこちらに何か叫んでいるようだった。

 一階に降りると上を見上げた。

「ご苦労さん」と返すと、天から八つ当たりの声が降り注いだ。

「師匠の馬鹿ーッ!」

「ハゲ!」

 誰がハゲだ!

 床の段差は三段、そのまま椅子代わりになる高さがあった。僕はそこに腰掛けて子供たちが戻ってくるのを待った。

 エレベーターが降りてきた。

「ほー、全員乗れたか」

 子供たちのほっぺたが全員膨らんでいた。

「知ってたんなら最初に教えてよ!」

「僕も上ってから気が付いたんだ」


 スロープがフロアの中心から東西南北に伸びている。

 北は今戻ってきたエレベーターに繋がっていて、南は玄関だ。

 西は地下へ続く階段。東は子供たちがさっき必死に上ってきた螺旋階段だ。

 階段とは別に西の壁には扉があり、プレートに『風呂場』とあった。

 扉を開けると今まで通りの脱衣場と風呂場が待っていた。

 新地下は今までいろいろ入り組んでいた倉庫や通路関係を整理、薬草畑に続く中庭への下り階段にも直結された。

 東の階段下のデッドスペースにも扉が設けられていて神樹の面倒見るための機具を収めるスペースが設けられていた。


 二階部分は基本的に旧一階と変わらない。納戸も台所も食堂も子供部屋も今までと何も変わらなかった。が、中央を吹き抜けにしたせいで減った面積分、食堂を外側へせり出させる結果となった。

 外から見ると大分せり出してみえるはずだが、確かめると意外に目立っていなかった。垂直に伸びるエレベーターのタワーもそうだが…… もしかして建物の内部構造だけを全体的に北側にずらしたのかも?

 大伯母にとってはブロックに分けた構造物を積み木のように組み直しただけなのかも知れないが。

「かなわないな……」

 この際とばかりに外側の窓には一際大きな展望ガラスが嵌め込まれていた。内側にも大きな開口部が設けられ眼下を望める工夫も施されていた。

 どんな細工をしても実際、狭まってしまった部屋幅からくる圧迫感からは逃れられないだろうと思ったが、却って広く感じるから不思議だ。

 階下の神樹周りにできたスペースを利用することも考慮したのだろう。料理を運ぶため、台所脇にもうけた配膳室からも先程のエレベーターに繋がっていた。

 旧二階にあった居間は完全になくなった。

 地上一階部分北側、二つ目の段差スペースにフェンリルのふかふか絨毯やソファ、長テーブルが移動してあるところを見るとそこを使えと言うことだろう。

「開放的過ぎて落ち着かないな」

 神樹が育てば、玄関ホール側への視線を遮ることができるようになるので、森の茶会のようにいい感じになるのだろう。

 今はだだっ広いスペースの一角に貧乏臭くまとまり、尻をムズムズさせるのみだ。


「お昼、なんにもないよ」

 夫人も追い出されたから、お昼ご飯は用意されていなかった。

「おばちゃん、ラグーソースでパスタ食べなさいって言ってたよ」

「ボロネーゼ? だったらタリアテッレだな。平たいパスタは下から持ってきてたか?」

「今見てくる」

 子供たちが螺旋階段を駆け上がる。

「全員で行かなくてもいいのに」


「ないよー」

 子供たちが開口部から顔を出した。

 早速、開口部が役にたった。

「取ってくるからお湯沸かしておきな」

「はーい」

 僕は地下倉庫に向かう。地下への階段を降りて、一新した物資保管倉庫に。


 無数のコンテナが並んでいるなかから、目的の食料物資が収まったコンテナを探す。夫人ならすぐ見付けただろうが、僕は二、三個彷徨った。

「あった」

 子供たちと僕の分…… ラーラたちもまだだろう。全員分のタリアテッレを用意する。

「これくらいは食べるかな」

 保管箱に打ち立ての平たい麺が納められていた。

 入れ物を忘れた。

 倉庫の隅に運搬用に用意された缶箱が底を上にして積み上げられていた。

「これに入れて持っていくか」

 缶箱を一つ取った。


 地下にもエレベーターが繋がっていたので、二階まで一気にエレベーターで上がった。

 ワゴンが置かれた配膳室の前に出た。

「これなら夫人も楽できるな」

 子供たちの待つ台所に入ると、年長組が神妙な顔でお湯を沸かしていた。魔石コンロを使えばいいのに、修行の場になっていた。

「沸騰させたところで維持する……」

「そろそろコンロにしましょうよ」

「まだまだ!」

 年少組は危ないので食堂で食器を並べていたが、こちらは慣れたものだ。二人一組で一人が椅子に載り、手渡しで並べていく。

 僕が運んできたタリアテッレを鍋に放り込んだら、修行は終了である。

 手の空いた者が飲み物の樽をテーブルに持って行く。

 茹で上がるのを待つ間、ソースも温め直した。

 準備万端。できあがりを子供たちはそわそわしながら待った。


 大皿三つに茹で上がったタリアテッレをぶちまけ、お肉いっぱいのソースをその上に豪快に注いだ。

 行儀よくテーブルに着いている子供たちの目の前で、高く掬い上げては掻き混ぜた。


「それじゃ、みんな。いただきまーす」

「いただきまーす!」

 足りなかったら大皿から思い思いに自分たちの皿にお代わりを。と、言う前に食べ切れないほど子供たちは自分の皿に盛った。

 みんなソースで口の周りを真っ赤にしながら、笑顔をこぼした。

 大皿単品メニューだというのに、いつもよりなぜかうれしそう……

 皿に残ったソースをパンで削いで口に放り込むまで、あっという間だった。

 本日のデザートは作り置きのプチシュークリームだ。

「確かはずれを混ぜたはず……」

 フィオリーナが不吉な台詞を吐いた。

「う……」

「え? まじで?」

「ラーラ姉ちゃんたちに食べさせようぜ」

 ヴィートが言った。

 が、天は見ていた。頑張って画策した当人がはずれを見事に引いて、大爆笑。当人は涙を浮かべて悔しがった。


 ラーラたちが帰ってきて、また大騒ぎになった。改装された家をあっちに行ったり、こっちに行ったり。

 子供たちは食堂を出ると移動した居間の絨毯の上に寝転がって、しばし寝息を立てた。


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